――その学校でね、目撃情報と行方不明者がいるから本当にいるのかを調べてほしいんだ。
チャイムの音。
一斉に席を立って散っていく学生たち。
その中に、学生机に突っ伏したままだらんと手を下ろしてピクリとも動かないデンジの姿があった。
「あ〜……」
朝、転校生として挨拶をしたデンジは一気に学生たちに囲まれてチヤホヤされ、いい思いをした。しかしそれは最初だけである。
デンジは教師以外には建前上、ただの学生として紹介される。必要な人物以外には事情が一切説明をされないのである。つまり、少し話せばデンジが学生として『ズレている』ことがすぐに判明した。
学生は異端者に敏感だ。顔のいいデンジはそれ以上に変人として映ってしまい、あっという間に相手にされなくなってしまった。
そうして授業をたんたんと受けて昼休み、放課後と続き今がある。
昼休みこそはじめての給食にはしゃいだものの、その特別感は一瞬で薄れた。なにせアキやマキマの作る食事のほうが美味しいのである。見たこともないメニューが出たり、デザートが出るのはおもしろかったがそれだけで、しかもデンジにとっては量が少ない。おかわりはすでに学校に通っている男子学生たちがいつものルーティンのごとく手をあげ、じゃんけんをして次々に残り物が減っていく。そこに参加してもデンジがおかわりをできたのはご飯ものくらいで、デザートは見事に掻っ攫われていった。
そこでデンジは気づいてしまったのである。
「……こんなもん?」
憧れていた学生生活だ。
しかし、デンジの中では勉学の興味が確かにあったはずなのにまるで悪魔に誘われたように眠りに引き摺り込まれていってしまった。
デンジの学んでいる範囲が未だ中学生には届きそうで届かないというのも原因のひとつではあるものの、ちょっと難しいくらいなら新鮮さのほうが勝って基本的に楽しく吸収できるはずだった。なのに、デンジにはつまらなく感じてしまっているのである。
夢を掴んだはずだった。なのに、思ったものと違った。
デンジの今の心境はそれに尽きる。
学校を真につまらなくしているのはその環境そのものかもしれない。
デンジはマキマやアキに勉強を一対一で教わったり、教育番組や教育本を読んで学んでいるときのほうがスラスラと学びを吸収することができていた。そのほうが『楽しかった』し、『理解しやすかった』から、一年も経たないうちに中学生に迫る勢いで勉強ができたのだ。その楽しさが学校でも味わえると思っていたデンジは拍子抜けをしてしまい、燃え尽きてしまっているのである。
せめて気の合う友達でもできれば楽しく勉強することもできたのかもしれないが、どうにもデンジの肌には合いそうにない。なにせ、悪魔被害に対しても学生たちは他人事で、まるで自分に降りかかるわけがないと心の底から信じているようだったから。
ご近所の悪魔被害や、行方不明者について教師が注意しても、まるで学生たちには響かない。それは正常性バイアスというものだったが、デンジはまだその言葉を知らなかったため、ただただその「自分たちは大丈夫」という謎の自信が不気味に見えるだけだった。
この調子では、この学校に悪魔が潜んでいると思っていたり、情報を持っていそうな生徒はいないかもしれない。
「でもなぁ、マキマさんに頼まれたことやんなきゃだよなぁ……」
一日目の放課後、すでに教室から去って行った生徒のほうが多い。
耳を澄ませて噂話を聞こうとしても話題はデンジの知らないものばかりで悪魔については聞こえてこない。
話しかけやすい誰かがいればいいのだが、大体はグループとなっていて途中から話しかけても円滑に仕事の話に持っていける自信がなかった。責任というものをはじめてデンジが意識した瞬間である。
閉塞感のある学校という環境において、誰にでも遠慮なく話しかけて馬鹿でいられる、馬鹿にされても流せてしまうのは実はデンジの強みなのだが、マキマに頼まれているという義務感で、その強みがうまく出て来ていなかった。それが今、デンジが陥っている状態である。
「んじゃ、三鷹さん、私たち用事あるから飼育当番代わってね。よろしく」
「……は!?」
「駅前のクレープ屋さん混むから早く行こ」
「はいはい今行く」
「鍵は職員室にあるから」
大きな声を聞いて机に突っ伏していたデンジが顔を起こす。
教室の片隅で、なにやらわなわなと手を震わせて驚愕、または怒りの表情でなにも言えず黙り込む女子生徒がいた。
他の生徒たちはグループが大半だが、その子だけは一人である。
「ありえないありえない、当番押し付けて速攻帰るとか……! 先生に言いつけてやる……頭ふわふわの買い食い連れション女ども……死ね」
小さいつぶやき声だった。しかし、普段より悪魔を相手にして身体感覚に優れているデンジにはきちんとその怨嗟の声は聞こえていた。意味の分からないことも言っているが、どうやら一人でなにかしないといけないことに不満があるらしい。
話しかけてちょっと話を聞くにはちょうど良い人材だった。
「なあ」
「なに!?」
ぐん、と怒りに歪んだ顔のまま振り向いた少女に臆さずデンジは話しかける。
「それ、俺も手伝うよ。まだガッコ来たばっかりでなんも分かんねぇし」
「はあ? 転校生の世話まで私がしないといけないの……? いやでも、一人で飼育当番は嫌だし……分かった」
「俺、デンジ。あんたは?」
「……三鷹アサ」
「アサ、俺手伝っていい?」
「好きにすれば?」
むすっとした顔をしているが、デンジから見てもアサは可愛い顔をしている。言い捨てて教室を出ていくアサを追いかけて、デンジは言われた通りに勝手についていくことにした。
職員室でアサが鍵を受け取り、速歩で一階から外へ。そして校庭の片隅にある仕切りに向かっていく。細かい網で覆われた柵の中には小屋があり、動物特有の匂いがぷうんと漂っていた。その中に血の匂いを嗅ぎ取ってデンジは顔を顰める。
「血の匂いがする」
「は? なにそれ。網があるからウサギは悪魔に狙われない限り安全なはずだけど」
訝しげな顔をしたアサが鍵を開けるのを躊躇ったので、横からデンジが奪い取り、鍵を開けて仕切りの中に入る。
「えっ」
そしてゆっくりとウサギ小屋の中に近づいて行った。
慌ててアサも中に入り、仕切りの扉を閉じる。ウサギが遊ぶための広場となっている土の地面はところどころ掘り返された跡がある。それはいつものことだが、確かになにやら変な匂いがした。いや、音もだ。くちくちとなにか行儀悪く咀嚼するような音が小屋の中から響いてくる。
そして恐る恐るデンジの後ろから覗いた小屋の中には――彼らの知らない人物が襟元を真っ赤にしながらウサギを食べていた。
「悪魔!」
「ん……悪魔じゃないよ」
指差して言ったデンジにウサギを食べていた少女が答える。
「この子は私が来たときにはすでに死んでいた。だからこうして食べてあげるの。かわいそうでしょ?」
「なんだ、勘違いか! そっか、ごめんなぁ!」
「は!? 嘘でしょ!? 納得しちゃうの!? どう見ても不審者でしょこの人!」
しゃがんでいる少女のスカートがまくれ、白い太ももがのぞいている。それに釘付けになりながらデンジが前言撤回をした。アサはたまらず叫ぶ。
「私はここの三年生なんだ。シノっていうの、よろしくね」
「よろしく! シノ先輩!」
「うん、シーちゃんって呼んでくれたらもっと嬉しいな」
「シーちゃん先輩?」
「うんうん、それでいいよ。ありがとう」
「ええええええ、普通の人は死んだウサギなんて食べないでしょ!? なに納得しちゃってんの!?」
和やかに進むデンジとシノの会話に焦り顔をしたアサがツッコミを入れる。頑張れアサ。ここにツッコミができるようなまともな人間は誰もいない。
「……友達にね、農家さんがいるんだけど。田舎のほうでは結構ウサギとか、リスとか、車に轢かれて死んじゃったりしてるんだけど、それを見つけるとね、綺麗な部分は切り取ってジビエとして食べて供養するんだって。食べるのも愛なんだよ」
「へえ〜。確かに、貴重な栄養源だもんな」
デンジはその話で納得しているが、アサはただただドン引きしている。普通の人間とでは価値観が違いすぎるのだ。
「ウサギ当番……なら、知ってるでしょ。今朝から一匹のウサギの様子がおかしかったって」
「……先生から聞いてはいるけど……ずっとその場でぐるぐる回ってたって。だから飼育当番代わるの嫌だったのに……私のときに死んでたらウサギ撫でるだけ撫でて世話しないやつらになんか言われるし……」
ぶつぶつと文句を言っているアサに構わずシノは続ける。
「ぐるぐる回っちゃっていたのはね、脳がね、もうやられちゃってて方向が分かんないからそうやって動いちゃってたんだよ。死がもうすぐ迫っていたことの証だね」
だからこそシノはここに来ていた。死に惹かれて。
しかしその話はさすがに二人にすることはない。シノのほうはデンジのことを知っているが、デンジは彼女のことを知らないので。
「脳……? 動物病院にも連れて行かないなんて無責任すぎる。学校で動物飼って命の大切さがどーのこーの言ってることの説得力なさすぎでしょ……」
人間の姿をしたシノがウサギを食べている光景の衝撃はまだ残っているが、アサはそれにも慣れたように、しかし気味悪そうにしながら少し距離を開けてつぶやいている。責任感が強い性質ではあるので、建前だけで動物を大事にしていない教師陣にもどうやら不満がふつふつと沸いてしまっているらしい。
アサはルールや倫理には人一倍敏感だった。動物のことなら、特に。それがたとえ猫ではなくとも。
「あのね、野生動物とか、本能が強い生き物は、本当に死ぬ間近まで不調を隠して生きるものなんだ。そうじゃないと、すぐに大きな動物に見つけられて食べられちゃうから。だからね、不調が目に見えて出てきたときはもう手遅れなことがほとんど。死んじゃったものは仕方ないから……お墓を作ってあげて」
シノの言葉に思うところがあったのか、デンジは「お〜そうだな」と返事をする。
「……墓作るのってなにすりゃあいいんだ?」
「お墓作るのなら、できる。やらせて」
お墓を作ることが決定し、アサが提案する。
そして、すっかり遺体をシノが全て食べ切ってしまうと、彼女は血まみれのまま歩き出した。
「またね」
「え〜シーちゃん先輩は墓作ってかないんすか〜?」
「……分かった。付き合う」
アサが手頃な石を使って墓を作り、教師に連絡をしにいく。
デンジの登校初日はこうして過ぎ去って行った。不吉な予感のするはじまりに不安に思うほど、デンジはその辺りに詳しくはない。
けれどどこか、真剣にウサギの死について考えているようでもあった。
まるで、自分に重ね合わせているかのように。
◇
一方その頃、マキマとユカリは二人で飲んでいた。
「大丈夫かな、デンジくん」
「マキマ、さっきからそれ言うの五回目よ」
「それに、せ〜っかく私と飲んでるときに他の人の話? 妬いちゃうわね」
「ユカリだって興が乗ってくるとレイムって子の話ばっかりする癖に……」
ジト目になるマキマから顔を逸らし、ユカリは素知らぬフリでジョッキを傾ける。
「それはそれ、これはこれよ。デンジさんなら大丈夫。神隠しにも優先的に見守らせているんでしょう? あまり締め付けていたら、子供は伸び伸び育たないわよ」
「そうだよね。デンジくんにはデンジくんの夢があるから。だめだなあ、私。どうしても支配的になっちゃう。縛りつけたくなっちゃう」
「本能的なものだから仕方のないことですわ。少しずつ折り合いをつけていきましょうね。大丈夫、あなたは一人ではありませんから。私が外からちゃんと見極めてストップをかけてあげます。今回のように」
そう、マキマは一度反対したのだ。それを過保護だなんだと言って説得したのがユカリである。あまりにも反対するものだから、第二次弾幕ごっこが開催されたくらいの白熱ぶりだったのだ。
それほどマキマはデンジに強く執着していると言える。
二人が宅飲みしているテーブルの下で、あったかいミルクを飲みながらポチタが呆れたようにマキマを見上げていた。
「学校に通うのがデンジくんの夢だって早川くんから聞いて、最初は反対だったけど……ユカリに物理的に説得されちゃったもんね。あーあ、学校に行かせるなら普通に行かせてあげたかったなあ」
ギリギリ間に合わせているので誤字脱字などがあったらご報告をお願いいたします。いつも本当に助かっています。切実に助かっています。本当にありがとうございます!
更新遅延が発生する場合は活動報告をあげることにするので、おや?と思ったら覗いてみてください。お手数おかけして申し訳ありません。
・中学校
行方不明者が出ていてなおかつ悪魔がいるかも……?と噂されている。シーちゃんがいるので間違ってはない。
シーちゃんは適当な学年に入ったり自由にしているので、高校ではデンジたちを追いかけてくることになる。
デンジにとって楽しくなかったらしいが、本当に気の合う友達がいれば違うと思うよ。ね?レゼちゃん。
・正常性バイアス
異常事態の渦中において、自分だけは多分大丈夫。被害に遭うわけない、と過信して心の平穏を無理矢理保とうとする心理作用。創作でよく見るよね。
・シーちゃん
鍵かかってたけど柵の上空は空いてるので普通によじ登って中に入った。
・ウサギの死
昔家で飼ってたウサギの実話。ある日突然方向感覚が狂ってしまうまで予兆は一切なかった。
・宅飲み
いつもの。ポチタがマキマの家に預けられているので、このあとデンジが迎えに帰ってくる。
・第二次弾幕ごっこ
マキマも前より上達したらしい。
読まなくていい余談
リンバスで推してる章ボスキャラの初グッズ情報が大量に出てお祭りでした。リリース当初から好きで公式供給がないから気が狂ったように小説書いて100作くらい出してましたけど……突然燃料放り込まれたら人は狂気に飲み込まれるんだなって思いました(小並感)
推しの初グッズがメイドっぽい服。なぁにそれぇ。
全員シンクレアと関係ある女性って言われてて笑ってしまったそのラインナップに並んでる推し、好きです。