カァ。
夕方の学校でカラスが鳴く。
オレンジ色の夕焼けが夜の闇に覆われていく少し前の時間。だんだんと夜が降りてくる境目の時間に幼い少年が一人学校の玄関で泣いていた。
身体中が生傷だらけの少年はやがて靴下のまま地面に踏み出そうとして……その手を誰かに取られ、振り返る。
「靴も履かないでどうしたの? 今、そのまま帰ろうとしたよね」
長い黒髪をポニーテールにした赤いカーディガンの少女だった。
心配そうに少年を見つめる彼女は「あたし、三年生のハナ。委員会の仕事で残ってたんだ」と自己紹介をする。よく見れば彼女には左腕がない。カーディガンは片方の袖口だけ宙ぶらりんになっていた。
優しそうに少年を見つめ、ロッカーの中が空っぽであることを確認した彼女は「外履きがなくなっちゃったの?」と尋ねる。
「そ、それが……外履きが……なくて……ぼく、いじめられてて……」
とうとう自分のことを告白した少年はその場でまた涙を溢れさせた。
「そっか、外履きがないと帰れなくて困っちゃうね。あたしも一緒に探してあげるから諦めちゃダメだよ。一緒に校内を探してみようか」
泣いて俯く少年の頭を撫でながら、ハナは手を繋いで優しく声をかける。そして、明るく励ましながら校内を探すように歩きだした。
彼女に見惚れるように手を繋がれたままの少年と、二人でさまざまな場所を探していく。教室、男子トイレに女子トイレ、準備室に普段使われていない教室。普通ならいまだ教職員がいるはずなのに不自然に暗く、無人となっている職員室。
そしてとうとう体育館まで来た二人は、その隅にある倉庫まで足を進めていた。
「そう、ここ見てないよね。どうかな」
体育館倉庫の扉を開けて少年が入っていく。
優しい上級生の女性とともに歩き回り、外履きを探し回りながらも少年はどこか満たされていた。夜がもうすぐそばまで来ている学校の中で特別なシチュエーション。美少女と二人きり。そんな体験はどこか特別感があり、その心を癒すのには最適だった。
警戒心が強まっているいじめられっ子は、すっかり安心して彼女の言うことを信用している。故に、体育館倉庫の中にも躊躇いなく踏み込んで外履きをあちこち探し始めた。
だがどうしてだろうか。少年は疑問に思う。倉庫の中は暗く、なぜか床の感触がおかしい。平衡感覚が薄れてしまうようなぶよぶよとした感触。絶対に普通の床ではない柔らかさ。そして、普段はバスケットボールの籠などたくさんの道具があるはずの倉庫の中にはなにもないように見えた。
少年はよく見えないね、と声をかけた。その声に呼応するようにハナが落ち着いた声で言う。
「そうだね、すっかり暗くなっちゃったよね。今、電気をつけるよ」
体育館倉庫の中が明るくなる。
そして、少年は自分の周囲に白い尖ったなにかがズラリと並んだおり、自分の踏んでいた床がねちゃりと柔らかい肉のようなものでできていることに気がついた。
「あっ」
思い当たってしまった少年の顔がだんだんと青ざめていく。
振り返って、少女に助けを求めようとする。
しかし、少女は今までの優しい笑顔が嘘のように無感情な顔で彼をまっすぐ見つめていた。まるでこうなることが分かっていたかのように。
「……初対面の人についていっちゃダメだって教わらなかった?」
そして静かに告げる。
助けて、と伸ばした少年の手は閉まっていく倉庫の扉から辛うじて出すことができたが、それもあっさりと切断されてハナの足元に腕だけが落ちる。
倉庫の窓に散る血飛沫。悲鳴。ゴリゴリとなにかを噛み砕く音。断末魔。
響き渡るような絶望の音を前にして少女は大きなため息を吐いて、しゃがみ込む。そして少年の残した腕を拾い上げて、目を伏せながら大きく自分の口を開けた。
「ごめんね」
骨付き肉を丁寧に食べるように、腕の肉を齧りとる。
そして、食べ終わると骨まで噛み砕いて咀嚼する。
首を傾けて、泣きそうな顔になりながら倉庫の前で手を合わせる。
彼女の無くしていた腕が再生されていた。
倉庫の扉の下から滲み出てくる血を見つめて、少女はしゃがんだ状態のまま再生した手をついて、犬のようにその血に舌を這わせる。長い髪が血に汚れるのも構わず、這いつくばるようにあたたかい血を舐めとっていく。食べ残しはもったいないとでもいうように。
「もう少しだ」
床に這いつくばったままの少女の頭上から男の声が降ってくる。
「もう少しで俺はデビルハンターを気にせず昼間でも活動できるようになるだろう。そして一気に全生徒を食い荒らせば、俺は強い悪魔になって移動だって自由自在になるに違いない」
視線だけをあげた少女がその言葉に耳を傾けた。
「そのために、分かっているな花子。おつかいをしろ。餌を俺の口の中へ連れて来い。昨日のように獲物を逃すことは許されない」
「はい」
目を伏せて感情を抑えた声色で返事をした少女は、しばらくして倉庫がただの建造物に戻ったあとに立ち上がる。そしてスカートをはたいて、自身の髪についた血を悲しそうに見つめた。
彼女はその場でまた手を合わせてしばらく祈ると、ようやく踵を返して体育館から出ていく。
「所詮あたしも、学校に属した生徒でしかないからね」
すっかりと窓の外は夜の闇に染まっていた。
「しょうがないよね」
一人、言い訳をするように。自分に言い聞かせるように話す。
そんな様子を、窓の外から光る金の目で見つめるカラスがいた。
「昨日の子には、二度と会いたくないなあ……」
◇
デンジの登校する朝になると、学校はにわかに騒がしくなっていた。
また一人、一年生から行方不明者が出たらしい。
しかし、生徒たちは怪談話でもするように噂をするだけで、まるで自分たちには無関係な話題のように楽しんでいた。
よって、学校生活はどれだけの被害者が出ても通常通りに進んでいく。まるで異常なほどに。それが普通であるかのように。
それはデンジのいるクラスでも変わらなかった。
「ふふんっ、分量も完璧。少しの狂いもなく完成したうえ、味見しても美味しかったしまさに完璧じゃない?」
家庭科の調理室にて、一番に料理を完成させたアサが得意げにカレー皿を持ち上げていた。分量まで正確に完璧に測って完成させたカレーだが、他の班のメンバーたちがそもそも調理の段階で連携が上手くいっておらず完成していないのを尻目にしながら、アサは教師の元まで歩き出す。
他が班で作っているのに対して、アサとデンジはそれぞれ好き勝手に料理を作っていたワンマンプレイをしていたが故に逆に完成が早かったのかもしれない。協力して料理を作る課題としてはダメダメなのだが、いかんせんきちんとできているために先生も注意しづらそうに眉を顰めている。
そしてアサは一人で勝手に先生の元まで意気揚々と歩き……。
「あっ」
途中で転んだ。
皿が割れて、床に叩きつけられたカレーがべったりと彼女の制服にも張り付く。破片で制服の一部が少しだけ切れてしまっていた。割れた皿の上に転んだわりには怪我をすることはなかったが、起き上がったアサが頭を抱えて唸る。
目の前で起きたことが信じられず、先生はすごい顔をした。
「あ、もったいねーな!」
それを見ていたデンジが泣きそうになっているアサのところまでやってきて、突然這いつくばってカレーを舐め取りだした。
「は、はあ!? 汚いし! やめなよそんなことするの!」
「カレーに罪はねぇだろうが! 食いモン粗末にするやつのとこにはもったいないお化けが出るんだぜ。知らねーのか?」
「知らないよそんなの!! お化けが出るとかホントに信じてるの? 馬鹿じゃない!? 床に落ちたもの食べてもお腹壊すだけだからやめなよ!!」
「うるせ〜! こんぐらいで俺の腹ァ壊れると思ったら間違いだぜ!」
「はあ〜!? なに得意げな顔しちゃって!! そんなの自慢にもならないに決まってるでしょ!」
言いながらカレーを食べ進めるデンジに、アサは止めようと肩を掴みつつも頑ななデンジに頬を染めた。みんなの前でした自分の失敗を、こうして騒ぐことでみっともなさを上書きするような彼に若干満更でもない気持ちになっているらしい。
「な、なんで……そこまでして……落ちたご飯なんて美味しくないでしょ」
「あ? うまいぜ。床に落ちたからって味がクソになるわけじゃねーし。料理は最後まで大事に食わないといけないんだ。作った人への感謝ってやつが大事だからな!」
デンジはあくまでアキに教わった常識を話しているだけなのだが、それを落ちたものにまで適応するのはアキも想定外だ。そして、アキからの受け売りで話しているだけということを知らないアサはデンジの言葉に顔を覆った。
(なにこいつ……なんなのこいつ……絶対、絶対私のこと好きじゃん!?)
つまりまあ、そういうことである。
「アサも俺ん作ったやつ食っていいぜ。いい感じにできたからな。隠し味にチョコレートにりんごにジャムに……」
「は!? それ美味しいの!? アレンジは素人がやるようなもんじゃないでしょ」
「うまかったぜ」
「二人ともひとまず自分の席に戻りなさい」
「あ、はい。すみません」
「は〜い」
痺れを切らせて家庭科の先生が指示をして、ようやく二人の会話は落ち着いたのだった。
デンジはデンジでアキに料理を仕込まれつつあるため、立派なカレーが出来上がっている。炊きすぎになるようあえて多めに炊いたご飯は丸いおにぎりにして量産されている。持ち帰るつもりなのだろう。
そんなこんなで、デンジの学校生活はわりと楽しく過ぎていく。
そして放課後、デンジは帰ろうと促すアサを先に帰らせて一人机に突っ伏して寝ていた。
「デンジくん、デンジくん、起きて」
放課後になってようやく、そんな彼の肩をつんつんとつつく少女――ハナが現れる。
「ふあ……よお、ハナ。待ってたぜ。どこのクラスか知らねーから探せないかと思った」
「うん? あたしを探してたの?」
キョトンとした顔で尋ねるハナに、デンジは鞄を漁ってラップに包まれたおにぎりをひとつ取り出すと、「ん」と言いながら差し出した。
「おにぎり……?」
「家庭科で作ったから、これハナにやるよ」
「本当? ありがとう。デンジくんって食べることが好きなのかな?」
「食うのって生きるには必要なことだろ。好きじゃないやつなんていんのか?」
「……それもそうか。ふふ、食べてもいい?」
「今この場で食って感想聞かせてくれてもいいぜ」
「じゃあ遠慮なく……いただきます」
ラップの包みを剥がし、欲張って大きめに握られて丸いおにぎりにハナがかじりつく。口いっぱいに頬張って美味しそうに微笑む彼女にデンジはVサインで答えた。
「ん、美味しい。ご飯って、こんなに満たされるものなんだね」
「あ? 普段はそう思わねーの?」
「うん、だいたいは……義務感的な感じで仕方なく食べるときのほうが多いかな。だから、たまには人の作ってくれたものを食べるのもいいなって思った。ありがとう」
目を伏せて言う彼女にデンジは少し考える。そして、結論を出した。
「そんならさ、また俺、なんかハナに作ってきてやるよ! 俺の今さ、一緒に住んでる先輩……みたいなやつに料理習っててさ。いろいろ作らされるから食いきれないくらいいっぱい作るんだ。普段は他の奴らにも分けてるけど、ハナにもやるよ。一緒に食おうぜ」
「本当? それは……嬉しいな。あたし、友達もいないからこうして放課後におしゃべりするのも楽しいんだ」
「友達……友達かあ。そんじゃ、今度俺の友達も紹介してもいいか? ハナとなら友達になれると思うぜ。悪魔だけど……俺の大事な友達なんだ」
おにぎりを頬張っている途中のハナが、デンジの見ていないタイミングで目を見開いた。
「デンジくんは……悪魔と友達になれると思うの?」
「ああ、ポチタはチェンソーの悪魔だけどよ、俺がちっさい頃から一緒で、一緒に生きてきた大事な友達なんだ。もう家族みてぇなもんだよ。だから、友達になれる悪魔は絶対に他にもいると思うぜ。もちろん、なんか騙そうとしてくるやつもいるけどよ……」
「そっか……チェンソーの悪魔……そうなんだ……」
「ハナ?」
確かめるように何度か「チェンソーの悪魔か」と口にしていたハナは、顔をあげてデンジを見つめる。そして優しく微笑んだ。
「ぜひ、紹介してほしいな」
「もちろん。んじゃ明日一回帰ってから連れてくるぜ。この時間なら先生に見つからねぇだろうし!」
「うん、待ってるね。楽しみにしてるよ」
「おう! んじゃ、そろそろ俺も帰るわ。今日もハナ、一緒に帰るか?」
ハナは少しばかり沈黙すると、首を振る。
「ううん、あたしはもう少しやることがあるから、それが終わったら帰るよ。デンジくんは先に帰るといい」
「そうか? んじゃ、また明日だな!」
「うん、また明日。校門までは送るよ」
「さんきゅ〜」
校門で別れて大きく手を振るデンジに、ハナも小さく手を振りながら見送る。
「また逃しちゃった……怒られるな。でも、ま、いっか」
デンジが見えなくなって、手を振るのをやめた彼女はその場に佇みながらぽつり、ぽつりとひとりごとを呟いていく。
「チェンソーの悪魔。地獄のヒーロー……か。噂だけ聞いたことがあるけど、あたしでも助けてくれるのかなあ」
すっかり夜になった校舎を背にして、電線のうえに乗っているカラスしか聞いていないところで。
「おにぎり、おいしかったな」
名残惜しそうに呟き、校門に背を向けて再び校舎に戻る。
玄関扉がずらりと鋭い歯が並んだ口になっていることを知りながら。
「また獲物を逃したな」
悪魔の腹の中に囚われた少女は、悪魔との約束を守らなかったことで死なない程度に傷をつけられ、今日も吐き出された。血を飲まなければ再生できない傷を負ったまま、ハナは自分の寝床に戻る。そして無理矢理目を瞑って眠った。
赤いカーディガンの少女は、悪魔の腹を掻っ捌く狩人をずっと待ち続けている。
いつのまにか20万字超えてて笑いました。
書籍2巻分は書いてるって、コト!?
・カラス
マキマ様が見ている。事情は把握した。
だいたいのデンジのピンチはマキマさんが潰す。
想定していた何ルートかをマキマさんと紫様にぶっ潰されて作者はすごく困らされている。セコム強い。
>>没ルート
学校に悪魔の襲撃があってデンジがポチタが到着するまでの間しのいで対応、活躍。アサが転んで逃げ遅れたところを助けて危機一髪悪魔を倒しきり、血を吐いて倒れるルート。全方位曇らせ。
没理由:神隠しの悪魔でマキマさんが必ずポチタ連れてすぐに駆けつけてくるから。
・アサとのラブコメ
こんな感じで毎日ドタバタしてると可愛い。
・デンジ
実は初対面の対応で特別に見逃してもらっているだけだったりする。危機一髪。人外をみんな惚れさせる系主人公。
・ポチタ
マキマから話を聞いてスタンバイしてる。
・ハナ
チェンソーマンの噂はちょっとしか知らない。
・◯◯の悪魔
力をつけて昼間に生徒教師含めた全部を食おうとしているが、誰かさんの姉というヤバいのが生徒に紛れ込んでるのは分かっているので迂闊に力をつける前に一気飲みしようとはしない。近くにいないときに活動している。さてなんの悪魔でしょう。