スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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参観日にはまだ早い

「ユカリ、この手はなにかな」

 

 ガタンと立ち上がったマキマの腕を、座ったままのユカリが掴んでいる。今にもどこかへ行きそうな彼女を引き留めるように。

 実際、神隠しのスキマ空間に手をかけて入り込もうとする寸前でユカリが止めていた。

 

「マキマこそ、なにをしに行くつもりかしら? まだ相手の尻尾も掴んでいないのだから少し落ち着きましょう」

「デンジくんがときどき会っている放課後の彼女こそ、ユカリの探していた悪魔でしょう。一見して人にしか見えませんが、デンジくんについている匂いは悪魔のものです」

「人の姿をしているなら天使さんのように人間に友好的な悪魔でしょう。魔人にしては露骨な特徴が見えませんし、頭にほとんど特徴が出ていないなら、蜘蛛の悪魔のように身体のほう……でしょうね。それか、あのマフラーの下かしら。穏やかに交流をできているなら、あまり早くに私たちが向かって怯えさせることになるのは良くないですわね」

「しかし、デンジくんに悪影響を及ぼす恐れがあります」

 

 頑ななマキマにユカリがため息を吐く。

 

「本音をおっしゃいなさいな」

「女の子にメロメロになってるデンジくんを見ていると不愉快なので排除します。デンジくんはね、ポチタくんや私、ユカリ以外の女の子になびいたりしないんです」

「あなた、理想を見過ぎじゃない? デンジさんだって思春期の男の子なんだから」

 

 これはアサもアウトなんだろうか、とユカリは思案する。まさかマキマの例の台詞がデンジ相手に使われるとは思っていなかったため、笑いを堪えるのに必死である。

 

「最初から彼女との交流は聞いていましたし、神隠しにも確認しましたが、あの悪魔の標的は『学校で浮いている存在』で、常套手段は『無くしものを一緒に探させながら目的の場所まで連れていく』ことです」

 

 当然のことながらデンジには優先的に神隠しの悪魔がついていっている。神隠しの悪魔の主人であるマキマからの命なので、彼女もわりと真面目に働いており、デンジとポチタがアキの家に帰って行ってから詳細な報告があるくらいだ。

 それ故にマキマは仕事に集中できているのだが、それでも心配なのかときおりカラスの耳を借りてデンジの様子を確認し、教師に理不尽な問題を突きつけられていたりするとひっそりと怒りを仕事にぶつけるということをしている。すっかりデンジの人生を映画感覚でハマって見ているらしい。それはそれは良いことではないだろうか? とユカリはほくそ笑む。

 

 なお、神隠しの悪魔が他の人員にくっついていなくとも契約による保護は必ず一回は発動する仕組みとなっているため問題はない。不意打ちの一手を神隠し空間送りにすることで致命の一撃は避ける。それが今の公安では保障されている。

 契約している神隠しの悪魔は大変だろうが、契約者の人数が多いため少ない対価でも十分らしい。本人的にもいろんな景色を見ることができるのは楽しいようだ。

 神隠しがいるからといって油断しているデビルハンターは二撃目で絶望の中死ぬ場合もあり、それを神隠しはたまにあるご褒美だと称しながらおもしろがって死体を持ち去るため、適度な緊張感は保てている。

 一撃目は防いでやる。しかし神隠しを頼りにするばかりで怠惰な者が死んだ場合は死体を神隠しする。油断せず、無防備で死んだわけでなければ死体の神隠しはしない。そういう契約なのだ。

 

「花子さんの悪魔はデンジくんの宿題を隠すために教室まで向かい、そして出会っているんです。これの意味が分からないユカリではありませんよね」

「宿題をとりに来たデンジさんが、彼女が宿題を隠す前にバッタリ会っちゃったということよね」

「もしかするとデンジくんが宿題を学校に忘れるという段階からすでに仕込みだったのかもしれません」

「いえ、そこは普通にデンジさんのミスですわ。花子さんの悪魔にそんな能力はないでしょう」

 

 順調にデンジ過激派になりつつあるマキマを、心配するようでいておもしろがっているユカリはそれでも彼女の腕を離さない。

 

「彼女にも事情はあるようですし、デンジさんもポチタさんをご紹介するつもりのようです。ポチタさんがご一緒ならある程度の安全は確保できるでしょう。せっかく『公安の研修生』が潜入して頑張っているんだもの。私たちは私たちで、大人の仕事をしましょう」

「……ユカリは幽霊に属する悪魔に甘いよね」

 

 提案するユカリに、マキマは責めるようにつぶやく。

 

「私は幽霊、妖怪、神……幻想に出自の近い悪魔に甘いんです。親近感が湧くからでしょうか」

 

 どうやら特別扱いされている幻想の眷属である悪魔たちに少しばかり妬いているらしい。自分もチェンソーマンファンクラブ的な眷属の悪魔たちを集めているくせに、どこまでいっても彼女たちはお互いに自分勝手だった。

 どっちもどっちであるがゆえにお互いに言及はすれど、それをやめさせるようなことはしないのだが。

 

「……分かった。あの悪魔はユカリが探していた子だからね。対応はデンジくんとポチタくんに任せて私たちは仕事として動こう。迅速に」

「各所への対応、通達、捜査の準備はマキマの仕事ですね。私は新設される特異課の人たちへ作戦をお伝えしましょう。作戦名はどうしますか?」

 

 少し考えたマキマは真面目に作戦名を呟こうとして、途中で取りやめる。そして改めて唇から音に乗せられたのは茶目っ気のある楽しそうな声。

 

「デンジくん授業参観作戦、なんてどうかな」

「いいですね」

 

 その場に早川アキがいたのであれば、絶対に止められる作戦名である。

 しかし、特異課の上司にあたる二人の言うことに否を唱えられるだろうアキや岸辺はこの場にいない。

 

 あとから岸辺がこの作戦名を聞き「あいつらなにがしたいんだ」と困惑することになるのは仕方のないことだった。

 

「まずは学校に渡りをつけなくちゃいけないけど、証拠として映像は必要だよね。悪魔の確保のためにご協力お願いしますって言っても渋って民間に依頼が行っちゃったら困るから」

「ありそうねぇ。偶然、未成年の研修生を学校に通わせてあげていたら悪魔を発見したのでうちの管轄です……って言えるようにしておかないと」

 

 どこの世界でも上層部にいる人間は外部からの介入を嫌がるものだ。今回は学校で何人も行方不明となっているのに対応せず、公安が偶然発見するまで放置していたという事実が露見するため特にそうだろう。

 

「それに、民間とか数人だけのデビルハンターだと花子さんの悪魔を従えてるアレには敵わない……よね」

「ええ、そうね。規模が違うもの。シノに怯えて大胆な行動にはまだ出ていないから、シノにもしばらく牽制するように伝えておきましょうか」

「そのほうがいいね」

 

 スキマの中に身を滑り込ませてシノの元へ向かうユカリを見送り、マキマは遠くを見ながら玄関に立つ。

 

 デンジの様子を聞きながら仕事をするのは簡単だが、違う景色を見ながら仕事をするのはほぼ不可能だ。だから神隠しからの報告でしかデンジの様子をなかなか知ることのできない彼女は、デンジから花子さんの悪魔についてなんの報告もなかったことを不満に思っている。

 デンジが単純に気づいていないだけというのは理解しているが、友達についてもそこまで話に出てこない。

 デンジは好きな女性であるマキマに他の女性の話をしたくないだけなのだが、マキマはそのことを知らないので仕方のないすれ違いである。

 なお、ユカリは知っていて言っていない。そのほうがおもしろいので。

 

 やがてチャイムが鳴り、マキマが一拍置いて扉を開ける。

 

「マキマさん、ただいまっス!」

「おかえり、デンジくん」

 

 マキマが扉を開けたその脇を通り抜けてポチタがたったかたったかと走ってデンジに飛びつく。そしてそのあとを追うように七頭の犬たちもなだれこみ、デンジは玄関前で一瞬にしてヨダレだらけになった。

 

「うおおおおおぁ!? 埋まるっ!!」

「こらこら、おうちに入ってからね」

「マキマさん毎回思うんすけど助ける気ぃ、ないですよね!?」

「ふふ、どうかな。デンジくん、今日もお風呂入っていくといいよ」

「あ、それなんすけど……! 俺今からポチタを連れてもっかい出かけていいですか!? 早パイには……うぉえっ、言っておいてほしくって……ちょ、口舐めんな! 少し遅くなるって……!」

「そっか、分かった。伝えておくね。お友達でもできたの?」

 

 犬に埋もれながらデンジはニカッと笑い、犬の群れの中からピースサインをした腕だけがマキマの前に持ち上がる。

 

「友達二人もできたんですよ! んで、ポチタを紹介したくて!」

「……そっか、いってらっしゃい」

「はい! お前らどけって!」

 

 マキマが犬たちをどかしてやり、デロデロになったデンジにタオルを渡してもう一度見送る。

 手を振って扉を閉め、そしてソファに身を投げ出して座れば少しだけ部屋が広く感じるようだった。

 

「ユカリ、早く帰ってこないかなぁ……」

 

 デンジはやっぱりマキマに対しては友達が女の子であることを告げなかった。

 




・花子さんの悪魔
初登場プリンシちゃんが一見人間のシルエットの状態に化けている?っぽいことをしているので、この子もそういう感じ。異形部分は作戦決行のときに見られます。

・ユカリ
マキマとデンジについて眺めているときが楽しい。この世界に来ているくらいのオタクでもあるので。
姫野と一緒にデンジの保護者会という名の見守り人員ファンクラブ的なものを作って盤石の構え。

・デンジ
公安でも研修生として破天荒ながらに真面目に働いているので、若くて元気で子犬みたいなデンジは公安の中でもそこそこ好感度が高い。イカレ部分は初対面だとギョッとするが、それ以降は慣れると可愛いと評判。

・マキマ
順調にデンジとポチタの過激派になりつつある。
ファンクラブ的なものについては知らない。知っていたら潰しているので。

・余談
チェンソーマンの舞台をDMMTVで買って見たんですが、めちゃめちゃ完成度高くて良かったですね〜。

特に幽霊の悪魔戦で、無数の腕の中に姫野先輩の役者さんがいて、腕を出してタバコ渡すところが……やっぱそういう解釈だよねってしんみりしました。舞台らしい演出が多く、原作愛を感じて良かったですね。マキマさん役を平野綾さんがやってらっしゃって、アニメのマキマさんもいいけど、舞台のマキマさんは大人っぽさと不気味さがめっちゃ強くて素敵でした。

気になったらぜひみなさんも見てみてね!
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