スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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公安研修生のデビルハンター

 夕方、校門の前で待つ少女にデンジはニカッと笑って片手をあげる。

 

「よお、ハナ。帰ってきたぜ」

「ワンッ!」

「……ホントに連れてきたんだ」

 

 ハナは緊張していたのだろう、ポチタを見て拍子抜けしたように力を抜いた。

 デンジの足元で軽快に歩くオレンジ色の犬のような体は丸っこく、頭についた鋸刃がなければ人畜無害そうな見た目をしている。少し変わった犬くらいにしか見えないポチタを、ハナは信じられないようなものを見る目で見つめていた。

 

「おかえり、デンジくん。もしかしてその子が……」

「そ! こいつがポチタだよ。仲良くしてくれると……嬉しい」

「ワフッ、ワンッ!」

「うん、よろしく。ポチタくん」

 

 手を差し出したハナにポチタが尻尾を振りながら噛み付いた。

 

「えっ」

「ポチタぁ!?」

 

 驚いたハナがたたらを踏んで後ずさる。

 けれど、ポチタはそのまままんまるの可愛い瞳で飛び上がり、彼女を押し倒して胸の上に乗った。驚くハナの口元に歯を食いしばったポチタの血が垂れて、ごくりと彼女がそれを思わずといったように飲み込む。

 

「ハナ、大丈夫か!? ごめん、ポチタなにしてんだよっ!? ……って、あれ…………?」

 

 デンジが助け起こしたときには、ポチタに噛みつかれた傷跡はすっかり跡形もなくなっていた。それを見てさすがにデンジは気づく。

 

「悪魔……?」

「…………そっか、バレちゃったかあ」

 

 どこぞの誰かのように雑に誤魔化すこともない。

 ハナは悲しそうに眉をハの字に下げて、デンジの首元に結ばれているネクタイを引っ張る。

 

「そうなんだ。実はあたしはね、悪魔なんだよ」

 

 接近。唇が触れ合いそうなほどの距離で言う彼女に、デンジは内心で「うおっ、ちっか! き、キス……! このままじゃキスしちまうんじゃ!?」などと思いながらドギマギしているが、どうやら彼女自身はそんなことをするような雰囲気ではない。

 

 ポチタはしてやったり! という顔をしてその場におすわりしているし、デンジはハナとポチタ両方を交互に見ながら、どうすればいいのか分からないのか慌てていた。

 

「ポチタは鼻がいいからな……そっか……そっかぁ……」

「がっかりしたかな?」

「いんや、納得したぜ。だってハナ、どのクラス見てもいねーし、放課後にしか会えないもん」

「はは、そりゃそっか。怪しいよね」

「うーん、まあ……正直……でも嫌じゃなかったよ俺。この通り会いにくるくらいだし」

「うん、それはすごく伝わってくる……ありがとう」

 

 デンジは宿題がピンチでなければほぼ毎日放課後に遊びにきていたし、その頻度の高さにかえってハナのほうが心配したくらいだ。案の定少し成績は落ちているらしい。

 

 カア、と電線の上でカラスが鳴く中、学校にも入らず向き合った二人の間には少しだけ気まずい雰囲気が漂う。

 

「俺、本当はさ、公安のデビルハンターなんだ」

「え? ああ、そうなんだ……じゃあ」

「こっ……! 公安のっつっても、まだ研修生なんだけどよ……でも、俺はハナのことは殺さね〜……人間にしか見えないし、マキマさんだって人に似てる悪魔は人に友好的だって言ってたからな」

「あたしが悪い悪魔だって言っても?」

「なんか悪いことしてんの?」

「してるよ。最近生徒が行方不明になってるのは、あたしが別の悪魔に餌をやってるからだ。立派な悪い悪魔でしょ?」

「思ったよりやべーことしてんのな」

 

 それでもデンジは笑って答える。

 

「でも俺のことは殺してね〜じゃん。それに、悪魔と友達になれるかって聞いてきたのはハナだろ。なりたかったんじゃないのか? 俺と、友達に」

「…………それは、そう……なんだけど」

「そっか! じゃあ俺はやっぱりハナのことは殺さね〜。公安にいる悪魔ん中にはさ、人間を殺しちまったやつもいるんだ。最初はそりゃあ、警戒されるかもしれねぇけど、俺がハナはいいやつだって言ってやるよ。そしたらちょっとはいい待遇になるかもしれねぇし、俺と一緒に行かねえか?」

 

 ハナは黙り込む。

 

「どうして突然キミの秘密を教えてくれたのかな? 公安の研修生だなんて、悪魔相手に言ったら即座に殺されても仕方のないことだよ」

「先に秘密バラされたのはハナだろ? ポチタのやらかしだし、俺がセキニンとらね〜とな!」

「キミは随分と愚かな人間くんだね……でもそっか、公安の研修生ということは、学校に本当に通ってるわけじゃないの?」

「そうだぜ。学校行ってんのはセンニュウソウサってやつ」

「学校所属じゃない……そっか、良かった。なら本命は行方不明事件の捜査かな?」

「多分それもあるけど、確か悪魔探してたんだよ。あ〜なんとかさんの悪魔……みたいなやつ」

 

 それを聞いて、いよいよハナは笑い始める。

 

「あは、あははははは!」

「あ、え、なに〜? なんでそんな笑ってんの!?」

 

 困惑しきりのデンジに彼女は涙が出るほど笑いながら顔を拭う。

 

「あたしのことだと思うよ。『花子さんの悪魔』じゃない? それ。やっぱり討伐されるのかな、あたしは」

「え、ええ〜!? そ〜だったのぉ〜!?」

 

 デンジの大袈裟な驚きかたに、ますますハナは笑った。

 

「えと、討伐とかそういうのは、ないはず。確かユカリさんの話だと保護? やっぱりなんか公安に協力してほしいみたいな、そんな感じだったはずだぜ。殺せって言われても最高に友達想いな俺がぜってぇ〜話つけてやるけどな!」

「ふふ、格好いいなデンジくんは……ありがとう。そういう話なら受けるよ。でも、少しだけ問題があるんだ。キミの上司に伝えてほしいんだけど……この学校にいる悪魔にあたしは逆らえない。あたしは学校のものだからね。だから、助けてほしいんだ」

「そりゃもちろん!」

 

 即答した彼に、安心したようにふっと笑ってハナがデンジの背中を押した。

 

「今日はもう帰りなよ。それで、あたしのことを伝えてほしい。しばらくあたしは行方不明者を出さないように頑張るけど……一ヶ月くらいしかもたないと思う。だから、助けに来てね」

「ハナも一緒に帰ろうよ。前に一回家までついてこれただろ」

「残念だけど……あたしは学校に属する悪魔だから、あんまり長時間離れていられないんだ。ごめんね」

「んじゃあ今からその学校に潜む悪魔ぶっ殺せばいいんじゃねえの?」

「人間一人でどうにかできる規模の悪魔じゃないよ。不死身ならともかくね。ほら、キミの友達も止めてるだろう」

 

 デンジが足元を見ると、ポチタが必死に彼の制服のズボンを噛んで引き留めていた。

 

「……ポチタ」

「……」

 

 それでもなお食い下がろうとしたデンジは、背後から現れた腕に囚われて足を浮かせる。

 

「あっ、こら神隠し! まだ話があんだけど!!」

「ふふ、そっか。キミはいろんな人に守られているね。あたしのことを心配してくれてありがとう」

 

 デンジがスキマ空間に連れて行かれる直前、ハナは小さく笑って手を振った。

 

「ぜって〜すぐに助けに行くからなぁ!! 待ってろ!!」

「……うん、待ってるね。バイバイ」

 

 ぐうんとスキマ空間が閉じてデンジとポチタが次に吐き出されたのはマキマの家だった。

 

「おかえりなさい」

「……ただいまっす」

 

 しばらく見つめ合っていたデンジとマキマだが、先に話し始めたのはマキマのほうからだった。

 

「報告があると思うんだけど、違うかな?」

「……見つけました。花子さんの悪魔。で、でもなんか、助けてほしいって言われてそんで……! 早く助けてやりたいんですけど、どうすりゃあいいですかね、俺」

「デンジくんは助けたいんだね?」

「友達なんで」

「そっか」

 

 納得したようにマキマが呟いて、デンジの頭を撫でる。

 

「よく見つけてきてくれました。研修生一人での初仕事は達成だね、よく頑張りました」

 

 子犬を可愛がるような甘く蕩けるような笑顔を向けられて、デンジの心は一瞬で喜びに満ち溢れた。

 しばらく頭を撫でていたマキマは満足したようにデンジの頭から頬、そして顎まで手を滑らせていき、ネクタイを掴んで引っ張る。

 先ほどの光景を見ていたからだろう。明らかにハナの真似をしていた。

 上書きするようにデンジの意識を自分に向けて、顔を近づけながら囁く。

 

「そろそろデンジくんを拾ってから一年近くが経つかな? ……ふふ、デビルハンターとして一人前になるのもすぐかもしれないね」

「そ……ですね……」

 

 僅かに言いにくそうにしているデンジの心境を知るのは、この場にはユカリしかいない。二人のやりとりを眺めながら、ユカリは奥で腕を組み、沈黙して見守る。

 

 自身の支配性、征服欲を制御しようと努力しているマキマではあるが、それがこうしたふとしたときに漏れ出す。感情が波立っているときには特にそうだ。執着対象であるデンジが無意識に彼女の湖面のような心をぐちゃぐちゃに掻き回しているために、こうして彼女の悪魔らしいところが出る。それは彼を束縛……いや、独り占めしたいという欲望。彼女の中に潜む獣性。

 

 あとでやりすぎたと後悔することが分かっているため、ユカリはさてどう声をかけようかと考えを巡らせる。

 でも別にマキマの欲求が暴走しかけているのを止めはしない。そのほうが見ていて愉快なので。あと、それをネタに酒の肴にするので。

 八雲紫のそういうところは実に幻想郷の妖怪らしい一面である。自分は弱みを見せてネタにされたくないと対策しているというのに。

 弱みをいかに見せずにいるかというのもいわゆる年の功である。マキマはユカリ基準ではまだまだ若いので。

 

「さてデンジくん、その悪魔から聞いた話を詳しく聞かせてくれる? 正式なお仕事として作戦を考えるから」

「はい」

 

 そうしてデンジからの報告を受けたマキマが部隊を編成し、作戦をユカリが神隠しを通じて伝達していく。

 

 設立されたばかりの特異課にそれぞれ一課に一人ずつ、悪魔や魔人を加えた部隊が創立され協力関係を結んで早くも、特異課全体ではじめてあたる作戦としてこの学校の行方不明事件についてが挙げられた。

 

 作戦の主体はデンジ。そしてマキマとユカリが務めることとなる。

 

 作戦までの一週間、ヤキモキしながらも昼間の学校に通い続けたデンジはとうとう作戦実行の日になって、学校に置いていた全てのものを持ち帰ることとなった。

 

「デンジ、また明日」

「おう、またな」

 

 いつものようにアサと別れて帰る。

 作戦が終わればもうあの学校には行かないと分かっていながら、とうとうアサにはなにも伝えることができなかった。

 

 作戦の後はどうせ近いうちに死ぬことになるのだ。

 学校から転校したとでもアサに思われているほうがきっと彼女の傷は浅い。

 そもそも戦場となる学校自体がなくなる可能性のほうが高いので、在校生徒たちはいろんな学校へ散らばることになるだろう。友達同士で同じ学校になれるとは限らない。だから、諦めはきっと早い。そう信じて、なにも言わないことを選択した。

 

 それが、アサにとって仲良くしていた人物の「裏切り」と捉えられるとは微塵も思っていなかったのだ。

 

「あとちょっとで一年かあ……」

 

 そう、もうすぐ幸せな生活を送るようになってから一年が経つ。

 秋ごろにマキマに拾われ、そして年を越してしばらく研修生として活動し、学校に通ったのは一ヶ月にも満たない時間だった。

 

 一年が過ぎ去る……その前に、ハナとの小さな約束を守るためにデンジは他の生徒たちの日常を元に戻してやるため、公安研修生のデビルハンターとして立派に活躍することを心に決めたのだ。最後に大活躍して、そして最後にマキマになにかお願いを叶えてもらう。

 

 それが今のデンジの夢である。

 

 お互いの秘密を知ったあれ以来、放課後に残ってもデンジはハナに会えずにいる。ハナが無事であるかどうかさえも不明だ。それでも作戦は実行される。

 

 校門の前にずらりと並んだ公安の仲間達の中心でデンジはマキマの言葉を聞く。作戦開始前の挨拶だ。

 

「いよいよ作戦実行の日です。油断せずに対応に当たってください」

 

 そこにはアキも姫野もいて、公安で知り合った人もいて、そしてデンジの知らない人たちもいた。知らない人たちの中には、デンジが覚えていないだけで知り合ったことのある人もいるだろうが……彼にとっては瑣末なこと。

 

 指揮を取るマキマの後ろで、ただデンジは少ない時間だったが、濃密な日々を過ごしてきた古い学校を見上げる。思い出をその目に焼き付けるように。

 

「それでは、新設された特異課の初仕事となる『学校の悪魔』討伐作戦を開始します」

 

 マキマが宣言し、通称『デンジくん授業参観作戦』が開始する。

 そしてデンジ本人はその言葉を聞いた瞬間、ポチタのスターターを引いて駆け出して行った。




・一年まであと少し
中学校編でひとまずの区切りになりますので、そこでいったん切って書き溜めになると思います。書籍化作業とかで忙しく、週三更新を維持するのはちょっと厳しいので。

・アサ
仲良くなっても裏切られてきた……みたいな回想がありましたので、再会するまではそう思っていてもらいます。ネガティブ拗らせてるほうがかわいそうでかわいいので。

・学校の悪魔
小説のバディストーリーズのほうで館の悪魔がいたのでありかな?と思って出演してもらいました。学校を怖がる人間なんて世界中にいくらでもいるでしょうし、わりと強そう。
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