ギイ、ギイと天井から吊られているわけでもないのに、宙ぶらりんになったハナの身体から軋むような音が発せられている。
伏せられた目は変わらず生気を宿しておらず、胸の下から下腹部にかけて裂けてまるで口か扉のようにぽっかりと開いた部分から伸びる白い手が包丁を振るう。
腕を組み合わせて扉としていた部分全てに包丁を持っているためか、ごちゃごちゃとしているが厄介なことにこの腕は伸びるのだ。
「ッチ! ごめん……!」
伸びてくる腕を切り裂いて、なんとか接近しようとするデンジだが上手くはいかない。姫野もアキに庇われつつ、デンジのお願い通りに幽霊で少女の動きを止めようとするが、腕が邪魔でなかなか照準が絞れない。
――一瞬でもいいんすよ。あいつの動きを止めてくれれば俺がなんとかできる……んじゃねえかなって。
デンジの作戦は曖昧だ。しかしデンジはそんな曖昧な直感に従うことで、悪魔との戦いをずっと切り抜けて生きてきた男である。それがたとえ劣悪な環境で最悪なコンディションでもだ。故に彼の直感に一定の信頼を置いていたアキと姫野は、無茶をしない、絶対に死にに行かない、と約束させて彼の作戦を実行しようとしている。
「はーなこさん、あそびましょ」
「な に し て あ そ ぶ ?」
「なわとびしてあそぼう」
と、花子さんの腕から包丁が消失する。代わりに腹の口の中から飛び出してきた無数の臓物がムチのようにしなって三人を襲った。文字通り縄跳びするように避けなければ足元をすくわれる。転ばされるどころか、勢いをつけて振るわれるその臓物のムチは、当たったら容易に人間の足の骨など破壊してしまうだろう。切断さえできてしまうかもしれない。
「うおおおお近づけねえええええええ!!」
不規則にやってくる臓物の縄を危なげなくジャンプして避けているが、近づけば近づくほど縄の動きは激しくなり無傷での突破は不可能に近しい。
危ないときはポチタの刃を当てるだけで勝手に縄が斬れていくが、飛び散る血と肉にデンジは苦々しい顔をする。
できるだけ避けようとしているのは彼女をなるべく傷つけたくないからだろう。彼女が自身の意思で自分を襲っているわけではないと信じているから。
「はーなこさん、あそびましょ」
「な に し て あ そ ぶ ?」
「かくれおにしよう」
そして、突然近づく目標にしていたハナ自身の姿が溶けるように消えた。
「ああ゛っ!?」
ギイ、ギイ、という縄の揺れる重たい音はそこでしている。しかし、ハナの姿は見えない。困惑したデンジは思わず足を止めてしまった。
「バカ! 止まるな!! 動け!!」
気がつくと、デンジの背後にハナがいて包丁を手にしていた。
攻撃の瞬間だけ空間が歪んでハナの姿が彼の瞳の中に映る。
「神隠し!」
叫んで、振り返ったデンジはそのまま自身の腹に向けられた無数の包丁を気にすることなく手を伸ばし、再び神隠しによって包丁の攻撃が隠される。
側から見れば十数本の包丁をまるで剣山に刺すように突き立てられているデンジという光景だが、その全てがしっかりと神隠しによって飲み込まれているため、ハナは動けない。
ダメ押しとばかりに姫野の幽霊が彼女の首を固定して、アキが苦い顔をしながら背後から彼女の体を掴んでその場に留めさせる。
下から掴んで引っ張っているがために、吊るされた彼女の首から縄が強く締まる音がした。
「センパイたちナイス! よっしゃ、そっちから近づいてくれてありがとなぁ!!」
デンジは包丁を握っているハナの腕を謝りながら一本切断し、その包丁を奪い取ると彼らの目の前で自分の指先を切り裂いた。
「はあ!?」
作戦を聞いていたアキでさえこれには驚きの声をあげた。
デンジから降りたポチタは警戒するようにハナの様子を見守っている。
デンジは指先を切ったあと、ハナの肩を掴んでその口の中に血塗れの指を突っ込んだ。
「花子さんの悪魔、これは契約だ! お前の傷を治して学校から解放してやるから、俺たちのモンになりやがれ!!」
ごくりと彼女の喉が
突っ込んだ指先を失う覚悟でその様子を見ていたデンジは、自分の腕をハナの腕が掴んでいることに気づいた。
「ハナ……?」
アキや姫野もなにかあったらすぐさま動けるようにしつつ、その様子を固唾を飲んで見守っているが……。
すするように、デンジの腕を逃さないように掴んでハナが指先を舐める。傷ついて血の滲み出る指を労るように、舌先で優しく。
とっくに正気に戻っている瞳が彼を見上げた。
そして、しばらくデンジの指先をアイスでも舐めるように堪能していた彼女は、小さなリップ音を鳴らして唇を離す。
少量の血でもすっかり再生した腕がいつのまにか両方ともデンジの手を掴んでいたが、デンジはそれどころではない。
(えっちすぎる……!)
丹念に自身の指を舐める彼女の仕草全てに視線を持って行かれてしまい、煩悩に脳みそが侵食されていた。
ようやく指を離した彼女はデンジの胸元に自分から体を近づけ、頭を預けると微笑んだ。
「ホントに、無茶苦茶なひとだね。助けに来てくれてありがとう」
「か、かわ……まあ、約束だったかんな!」
先ほどまでの戦闘が嘘のように鎮まり、アキと姫野は安堵の息を吐きながら彼女の拘束を解いた。
デンジからは「つまりよ〜、ハナが学校の所属じゃなくなりゃいいわけじゃねえか?」と聞いていた二人は作戦が成功したことで、デンジの土壇場による勘の良さを実感した。公安の研修生になる前も、きっとこうして生き抜いてきたのだろう。なるほど、これはデビルハンターとしてはもはやベテランと言えるかもしれない、と。
「ワン!」
ポチタもおすわりをして尻尾を振りながら二人を見上げた。
「ポチタくんもありがとう、助けてくれて」
しゃがんだハナがポチタの顎を撫でた。
「ヂヂ」
その様子を眺めていたネズミが一匹、そのまま破壊されたトイレの中へ侵入していった。
ガタガタと学校の悪魔が震える。
あちこちで集められた怪談系の悪魔が討伐され、一番強力だった花子さんの悪魔も捕獲されてしまった。
授業時間や校則違反による攻撃は通じず、体の中で暴れる悪魔たちに好き放題されている。概念として強力な悪魔であるにもかかわらず、こうして一方的に封じ込められている状況に学校の悪魔は怒り狂っていた。
その全てを成し遂げているのは「神隠しの悪魔」がいるからこそだ。そうでなければ、とっくに死人が複数出ている。それほど、デビルハンターにとっての命のセーフティは重要だ。
デンジの作戦も神隠しが彼を優先的に守るからこそ実現可能なものであって、そうでなければもっと決着は遅くなっていただろう。
そして、学校の悪魔の内部で変化が起きた。
悪魔の体内全域に紫色のオーラのようなものが侵食していき、学校の悪魔の触手の動きが鈍り、授業時間により活動していた全てのものや眷属たちの動きが停止して消え去っていく。
「なんだこりゃあ」
「ユカリさんか」
「ひゃ〜派手だね〜! やっぱすごいわユカリちゃんは」
そう、学校全域への札貼りが完了し、八雲紫の弱体化結界が発動したのだ。
同時に学校の悪魔が声帯として使用していた放送機器にも変化が起こる。
キィィィンとハウリング音がしばらく鳴ってから沈黙。そして
「学校の悪魔の心臓が放送室にて発見されました。全隊員は速やかに心臓を破壊し、脱出してください」
当たり前のように悪魔の機能をジャックしたマキマにアキは畏れさえ抱く。それは畏怖でもあるが、彼女の下の立場であるからこその尊敬の念でもある。
悪魔の中に突入している人間の隊員たちは皆、似たような気持ちを抱いているだろう。
この状況をマキマよりも、誰よりも喜んでいるのは実はユカリのほうだった。
悪魔としての畏怖ではなく、マキマという存在そのものに対する全ての感情が彼女の力になるとき、マキマが自分に……この世界の悪魔としてではなく、妖怪としての悪魔に近づくのではないかと考えて。
「俺らも行くか」
「ハナちゃんは怪我の具合は大丈夫そ?」
「大丈夫です、ありがとうございます。えっと……知ってると思いますが、花子さんの悪魔で、ハナです。よろしくお願いします」
「よろしく〜!」
「こいつから話は聞いてる。よろしく」
「よろしくなぁ!!」
挨拶を交わして、三人と一匹から四人と一匹になったデンジたちはマキマの指示に従い放送室を目指す。
過剰戦力によって学校の悪魔の心臓が潰されるのは時間の問題だった。
・花子さんの悪魔
遊びの数だけいろいろできるので契約できたら超〜便利。
デンジと契約したのでその場にいたデンジ、アキ、姫野が最優先だが一応公安の所属ということになる。
悪魔同士は契約できないので、眷属という縛りを強い契約で関係を上塗りした。
デンジがパワーとアキとグループになったら姫野の悪魔バディ(幽霊繋がり)になったり、コベニと契約したり、コベニ・荒井と一時的に組んだりする予定。包丁といえばコベニちゃんだよなぁ!!
本来なら地縛霊的な意味で縛りに縁があり、刃物にも縁があるのでマキマやポチタとは部下的な意味で相性がいい。
・学校の悪魔
ちゃんと強力な悪魔なんだけどね。
相手が悪いよ、相手が。
・神隠しの悪魔
大活躍してる。デンジだけは優先的に守るよう言われてるので要望があれば何回でもセーフティとして機能する。
当初は銃襲撃事件の際のセーフティとして導入したはずだったのに、もうなくてはならない存在。守備ができるのって強いね。
・デンジ
無茶をしないって約束したのに無茶したのでこのあとめちゃくちゃアキに叱られる。
・マキマ
この出来事を見て関係の深いコンビは引き離そっかなと思ったらしい。アキと姫野はとばっちりを食らう。
職務上、恋人同士とか仲良しで組んで仕事の効率が落ちたら云々。
支配の悪魔なのでパワハラしても許されます。