スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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運命の日

※全方位曇らせがあります。

 

 

 

「大きい体の悪魔は面倒臭いね」

 

 つぶやいたマキマの言葉で察したユカリがスキマを操作し、マキマとともに校門の前から学校の校庭に移動する。

 そして扇子で口元を隠しながら指示を出した。

 

「神隠しは脱出口の準備をしなさいな」

「はい」

 

 見上げる学校の悪魔はもはや学校の形をした肉塊である。

 かろうじて窓があるから建造物のように見えるが、学校らしく擬態することもできないほど弱体化しているらしい。

 

 人的被害は全くないが、舌先に乗せられたウサギ小屋が悪魔の中に引き込まれていき噛み砕かれる。なにがなんでも回復しようという悪足掻きだ。

 

「野生で命の危険にさらされながら自由に生きるのと、飼われながら不自由を享受し、こうして安全が奪われることもありえる生活。果たしてどちらが幸せなのでしょうか」

 

 潰された小屋を眺めながらマキマがふとこぼした言葉にユカリは笑う。

 

「どちらにせよ危険があるなら、それなりに安全でお酒が美味しく飲める場所で生活したいわね。そこに意志があるなら、本人がどう思っているかが一番重要だと思います。でも……そうと知らなければ『箱庭』はその人にとっての唯一の『世界』になるのよ」

 

 それは、妖怪にとっても人間にとっても大きすぎる箱庭を作り上げ、管理する側の言葉だった。幻想の世界を守る賢者の言葉だった。

 生きるために整えられた箱庭に閉じこもり、己の存在のために人間を飼育する者としての意見だった。

 自由に世界を渡り歩くことは二度とできない不自由な箱庭の中で生きることを選びなお、一人だけ自由に渡り歩きそれでも箱庭の中を愛する妖怪の賢者はマキマと手を繋ぐ。

 

「動物園で生まれた動物にとって動物園の中が全てであるように、管理された世界を悪だと決めつけるべきではありません。動物園で生まれた子は、野生では決して生きていくことはできないから。世界の可否を決めるのは本人でなければならないわ。他人がそれを考えるのはただのエゴですから」

 

 潰れたウサギ小屋を見ながらデンジを思い出しているらしいマキマに、優しく言い聞かせるように。

 スキマ妖怪(ユカリ)なりの考えを支配の悪魔(マキマ)に向けて、甘い毒を舌先に乗せるように少しずつ与える。

 

 たとえ相手のことを思ってだとしても、妖怪は妖怪。悪魔は悪魔。人外は人外。どうしてもなんらかの意見を与える際には支配的な……捕食者的な独善と強い思想が顔を覗かせる。

 いかに人をよく知り、愛する存在であっても決して人ではない。人同士であっても支配層と被支配層で分かれているように、人に親しい存在であっても二人は圧倒的な捕食者だ。

 

 彼女たちは都会と田舎で論争するネズミたちの理解者になり得ても、同列の存在にはなり得ない。

 ネズミを噛み殺す牙を持つ捕食者をけしかけるか、見逃してそれをしないでやるかを選択する権利を持つ上位者でしかない。

 

 捕食者はネズミにはなれない。

 

 マキマを変えようとする癖に、自身の妖怪としての思想が全く隠せていない八雲紫は、こうしてたまにマキマに対してやたらとおしゃべりになる。

 マキマが間違っているとか、間違っていないとか、そんな基準ではなく、ただ「長生きするコツ」としてデンジを見るように誘導し、愛させ、そしてはじめての感情に困惑して苦しむ姿を「若いわね」と思いながら楽しむ。

 

 そこに多少のファン感情はあるものの、八雲紫の傲慢さが垣間見えていた。

 マキマはそれを察しながらも黙している。実は真に対等な関係ではないのかもしれないと鬱屈とした思いを抱えながらも。

 

 真に対等になれる日が来るとしたら、それは漫画のことまで八雲紫が洗いざらい全てのことを話してマキマを幻想郷に誘うほどのことが起こったときである。

 

 妖怪らしい妖怪である八雲紫は中立姿勢を保ちがちだが、実は誰よりも愛しかたが飼い主目線的でもある。だからこそ、博愛主義のような振る舞いを「胡散臭い」と言われてしまうのだ。

 

 マキマに対しては上位者目線でありながら執着しているから、余計にその姿は歪に映る。

 もし幻想郷の妖怪に今の紫の姿を見られたら、全員揃って「気持ち悪い」と言うだろう。

 コントロールしようとしている癖に、マキマが自分の思い通りになりそうだとそれほどよく思わない。

 成長させようとする癖に、マキマが紫の知っているマキマらしくないと胸の中で違和感を抱く。

 変えようとする癖に、マキマに決して変わらない悪辣な部分が垣間見えると、これ以上ないほどに歓喜する。

 

 ……それほどに、マキマに対する愛はマキマ並みに見事に歪んでいた。

 

 霊夢に対して、博麗の巫女が言うことが全てと肯定しつつも歪んだ愛を抱いているように、マキマに対してもそれと同等の大きな感情を向けつつある。

 

 真に彼女と対等な関係になるには、本当は霊夢のように雑に扱うくらいがちょうど良いのかもしれない。

 

「デンジくんとポチタくんが幸せなら、それでいいということですよね。それなら……今度、本人たちに聞いてみるしかないかな」

「そうね。日頃の反応を見ていると幸せそうだけれど」

「そうだったらいいな。デンジくんの夢はささやかだけど、素敵だから。ポチタくんと一緒に私もずっと見守ってあげたいなと思ってる」

 

 結局のところ、マキマが人間を犬のように可愛がるように、紫も人間を飼い主視点で見ているのだ。そんな紫がマキマを完全に変えることはできない。

 

 悪魔を人間にまで落とせるのは人間だけ。

 それができるとしたら、それは恐らくデンジだけなのだ。

 

「……放送室の心臓が切り裂かれて学校の悪魔が討伐されました。そろそろ脱出口の準備をお願いします」

「分かりました。神隠し、共同作業で行きます。いいですね」

「はい、ユカリ様」

 

 学校の悪魔が断末魔をあげて、完全に悪魔の巨大な身体と化した肉塊が次々と上層のほうから崩れ去っていく。

 マキマの耳には潰されて音が断絶されたことでネズミの死が何度も届けられる。その中で、放送室付近での混乱の声も届けられていた。その付近にはしっかりとデンジたちもいることが確認できている。トドメを刺したのはどうやらデンジとハナであったらしい。デンジと契約した彼女は再び悪魔として包丁を使い、二人で心臓を切り裂いてトドメを刺した。

 

 崩れ落ちていく肉塊。体内で暴れ回った末の結末に慌てる人間たちが次々とスキマを通じて校庭に落下していく。

 悪魔を殺せば体が崩れて、対策をしなければ甚大な被害をもたらすことは分かっていたのでこうして二人は脱出口を用意していたのだ。

 

 次々とスキマ送りにされて校庭に吐き出されていく人々を眺めながら、怪我人がどれだけ存在するかを確認していく。

 

「みんな軽傷で済んでるかな……規模のわりに上手くいってよかったね」

「人的被害を受けると困りますからねえ。公安のデビルハンターは常に人手不足でしょう?」

「うん、育てるところから始めている暇がないくらい忙しいから……その分お手当はいっぱい出るけど」

「お手当が出るとしても死んじゃったら意味がないものねぇ」

 

 むしろ死人がたくさん出るからこそ一人当たりの給料や手当て、そして有給が多かったのかもしれない。死人をなるべく出さない方針をしていたら、今後給料の支払いが渋くなっていくのだろうかなどとユカリは危惧している。

 しかし実際に社会というのはそういうものである。悲しいことに。ない袖は振れないのだ。

 

「おおおおおおおお!?」

 

 次々スキマから落ちてくる人々の中に紛れてデンジが降ってくる。

 なにをどうしたのか顔面から地面にべしゃっと落ちた彼の背中に、ハナが滑り落ちてきてドスっとお尻から落ちる。そのあとから降ってきたポチタをハナがさらにキャッチして重さが追加される。彼女を背中で受け止めたデンジはすごい声をあげたが、マキマとユカリが見ていることに気がつくとよろよろと腕だけ挙げてピースサインを見せた。

 

「ご、ごめんね!! 今どく!!」

 

 慌ててハナが立ち上がり、デンジに手を貸して起こす。

 血だらけだが、本人のではなく全て返り血だろう。それに安堵したマキマが彼を労りに歩いていった。

 

「っと」

「わっ、とと!」

 

 次に落ちてきたアキがスタイリッシュに着地し、姫野も着地に成功する。着地に失敗したのはデンジだけだったらしい。

 

 次々に落ちてくる人々を眺めながら、ユカリもデンジたちに近づいていく。

 

「いや〜! 俺めっちゃ頑張りましたよ! 言ったっすよね! 大丈ブイって!!」

「うん、そうみたいだね。よくがんばりました」

 

 マキマに褒められて喜んでいるデンジと、マキマに対してこれ以上ないくらい恐縮しているハナという両極端な光景がそこにある。

 

 デンジの足元では、デンジが褒められるたびに誇らしげな顔をするポチタがおすわりしている。完全に保護者目線だ。

 

 そうして和やかに作戦成功を喜び合い、祝勝会がどうのと周りの大人たちが話し合っているときだった。

 

「……?」

 

 先ほどまで笑っていたデンジが、ふと目を丸くして沈黙する。

 

「……デンジくん?」

 

 最初に異変に気がついたのは、もちろんマキマだった。

 

「ぁ、ぐっ、ゲホッ……」

 

 突然、デンジがを吐いた。

 

「ワンっ!?」

 

 手で押さえようとしたものの、それ以上に溢れ出る血にベチャベチャと地面に向かって落ちていく。

 

「あ、れ……? すみませっ、ぐっ、ゴホッ……」

 

 血を伴った咳が止まらなくなり、デンジがうずくまる。

 近くにいたアキが慌てて彼の背中を支え、姫野が悲鳴をあげて救急の連絡を取り始める。

 地面にいたポチタはおろおろとしながらデンジの周囲を歩き回る。

 

 そんな混乱の中、マキマは呆然としていた。

 

「マキマさん、すぐに救急が来ます。マキマさん……?」

 

 顔を青ざめさせたアキがマキマに言いかけるが、その様子があまりにもおかしいために見上げる。

 マキマはなにが起きたのか分からないという顔で、血を吐きながら体を震わせるデンジをただ見つめていた。

 

「マキ……さ……大丈……ゴホッ……んな、かお…………いで……ポチタも……」

 

 デンジがマキマに対してなにか言おうとするたびに血が溢れ出ていく。デンジから見たマキマの顔はよほどひどい顔をしていたのだろう。

 

「デンジくん……? なんっ、え……どうして……? だって、なにも……そうなるようなこと、は……」

「マキマ、落ち着きなさい。すぐに救急車が来るわ」

「ぐっ、ゴホッ……俺の母さん……心臓の病気で……血吐いて、死んだ……らし、……す……だ、から……」

「だって、健康診断では、なにもなかったんでしょう……?」

 

 ユカリがマキマの背を撫でるが、彼女は表情を抜け落ちさせたまま周囲に視線を巡らせる。

 

「誰かテッシュかタオル持ってない!? あとあったかい布とか! デンジくん包んで救急車待たないと……。マキちゃん落ち着いて。デンジくんが不安になっちゃうでしょ!」

 

 姫野の言葉すら聞こえないようで、マキマの視線は周囲を巡り、ハナに向けられる。

 デンジの横で慌てるハナを見て、彼女の中でどんな結論が下されたのかは分からない。マキマがゆっくりと指先を彼女に向けて動揺したまま唇を開いた。

 

「命令です、今すぐに、じが……」

「マキマ!」

 

 デンジの急変。

 マキマの中で、一番に原因の可能性が高いと判断されたのは恐らくハナだったのだろう。

 ノータイムで鎖を脳天に向けなかっただけ、まだ理性的だったかもしれない。

 しかし明らかに正気じゃないマキマに動揺したのはアキや姫野だけだった。

 

 受け入れるように目を瞑るハナを背にして、ユカリがマキマを抱きしめる。

 

「マキマ、今は眠りなさい」

 

 暴走しかけた彼女をスキマ送りにせず、自身の腕の中で暗示をかけるように境界をいじった八雲紫が眠りに落とす。覚醒と眠りの境界をいじられてすぐさま夢の世界へと旅立ち、崩れ落ちたマキマを受け止めてユカリはため息を吐いた。

 

「ポチタさんも落ち着いてください。一緒に病院に行きましょう」

「くうん……」

 

 落ち込むポチタにユカリが声をかけ、マキマの頬を撫でる。

 閉じた彼女の瞼の下からは、わずかに涙が零れ落ちた。

 

「一課から四課までの人たちは本部に戻って仕事の続きをしてください。私とマキマ、ポチタさんは病院まで付き添いに行きます。早川さんと姫野はデンジくんの着替えなどの用意をお願いします」

「分かりました……」

「すぐ行くから!」

 

 気を失ったデンジを抱え、血で呼吸が阻害されないように対処しながらアキが背中を撫でる。

 

 遠くから救急車のサイレンが近づいてきていた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 デンジが集中治療室に消えてからしばらく、管だらけで病室にやってくる。

 

 保護者代表として医者に、今夜中にでも彼は息を引き取ってしまうかもしれないと告げられたアキの顔色はひどい。前から進行していたものを隠していたのだろうとも告げられていたため、特にそのことを気づけなかった自分を責めているらしい。

 

 ベッドの下には、特別に許可されたポチタが丸まって眠る。

 長椅子に寝かされたマキマを膝枕しながら、ユカリは彼女の頬を撫でながら目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん、起きて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 揺蕩うようなまどろみの中で可愛らしい声がかすかに聞こえ、マキマの瞼が震える。

 

 

「マキマちゃん、ねえマキマちゃん」

 

 

 白い空間の中、目を開いたマキマの顔の横にポチタが座っていた。

 彼女の同心円状の瞳が向けられるとポチタは嬉しそうに微笑み、尻尾を振って可愛らしい声でささやく。

 

 

 

「マキマちゃん、お願いがあるんだ」

 

 

 

 

 

 





・問答
田舎のネズミ、都会のネズミならぬ野生の生活と飼い犬生活についての話。
だからマキマさんとレゼの会話は噛み合わないんだろうな〜って。ネズミと犬を使役する存在は違うから。
紫様については作者の(厄介オタク)思想が強い。解釈違いだったらすみません。

・学校の悪魔
抵抗虚しく結局ナレ死。放送室を声を出す口にして心臓を置いていた。心臓を移動させようとしたけど結界で阻まれて無理だった。

・デンジ
時間が来ちゃったんだなとすぐに悟った。血がすごくて遺言も残せなかったのだけが後悔。

・ポチタ
自分よりもマキマのほうが取り乱していたので逆に冷静に心配できた。

・ハナ
ショックを受けてる。曇らせが早い。

・アキ
弟を思い出して曇っている、がマキマの取り乱しようがすごいのでそっちにも衝撃を受けていてあわあわしている。

・姫野
私が一番こういうのには慣れてる。佐原ちゃんのとき、マキちゃんもかなり動揺してたし、私が、私がしっかりしないと……。そうじゃないと、今度こそマキちゃんが壊れちゃう。

・ユカリ
そうなるだろうなと思っていたので即おねんねさせた。
ちなみに病院は健康診断を受けさせた場所とは別の場所に意図的に向かわせている。

・夢
パワーちゃんのやつは肉体の中で繋がってるから話せてたのだろうけど、この作品の中では『共通の眠り』がきっかけです。

なお、未来の悪魔視点での最悪な選択肢とやらは、積み重ねもそうだけどこれからのやつが本命です。

クリスマスにこんな話出してるってマ?
メリークリスマス!
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