スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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長生きの秘訣

 

「ちょっと新鮮だな。ビアガーデンなんて来たことなかったから」

 

 夏の夜のぬるい風が頬をくすぐる。

 

「一人で来るようなところでもないし。でも、来てよかった」

 

 ビールジョッキを傾けて豪快に飲んでいくマキマは満足そうに夜景を眺めた。

 

「たまにはいいでしょう? 仲の良い大人同士ですもの。仕事の後始末は他の人がやっていただけるようですし、楽しくお酒を飲みましょうよ」

「うん、予約が空いててよかった。公安のみんなと飲むとき、だいたい居酒屋とかだからね」

 

 ジョッキを打ち合わせ、注文済みの卵焼きや唐揚げ、枝豆をつまみながらマキマは頬杖をついた。

 

「ん、枝豆おいひい……」

「あらまあ、随分と無防備になっていますね。こっちの焼き鳥も美味しいわよ」

 

 ユカリが差し出した串にマキマがかぶりつく。肉だけでなくネギまで咥えて持って行った彼女を気にせず、ユカリも残りの肉に口をつける。

 

 今日の昼まではここまで気を許している様子はなかったはずだが、夜になった途端明らかにマキマの態度が変化している。

 ユカリにはこうなった心当たりがひとつだけあったが、まさかここまで変わるとは思っていなかったために内心はかなり驚いていた。

 

 霊夢や幽々子にやるノリでつい悪戯してしまったのだが、怒ったり大笑いしたりする二人とは違ってただただ放心するマキマに、スキマ空間の中でニヤけてしまったものだ。

 物語の中ではいっそうミステリアスで、常に与える側の大人っぽい振る舞いをしていた彼女が随分と可愛らしく純粋な反応をしたものだ、と。

 

「二人で飲んでると、なんだか安心しちゃって……変かな」

「そんなことはないわよ。むしろ気を許してくれているみたいで嬉しくなっちゃうくらい。私もそんなマキマを見るのが楽しいし」

「大人の余裕を感じるね。私も結構落ち着いてるほうだと思うんだけど……ユカリは4桁も生きてるんだっけ」

「たとえ妖怪でも詳しい年齢を訊くのはNGですわ」

「そういうものかな。年齢を重ねればそれだけ経験も多いってことだからできることも増えるってことだし、価値があるから良いと思うんだけど」

「その辺りは価値観の違いかしら」

 

 やはり情緒がどこか幼い部分があるのだろう。確かに経験が多いことは良いことだ。しかし女性に年齢を尋ねるのが駄目だとされるのは『老い』の概念を嫌うからに他ならない。経験とともに老いが追いかけてくるため、普通は嫌がられてしまう。

 しかし、マキマはさして老いや外見の変化には興味がないようだ。ユカリが三つ編みではなく、後ろで髪をアップにしている導師服姿のときと同じ髪型にしていても特に言及がない。

 

 教育は十分に受けたのだろうが、社会で生きる以前にコミュニケーション能力に違和感が存在する。他者と交流するうちに学ぶその手のコミュニケーションには疎いらしい。

 

 物語の中でのデート描写や、妖艶な振る舞いのように人にどう見られるか? という視点はあるようだが、マキマ自身が他者を見る際の反応は明確に興味のあるなしが表に出てきてしまっている。

 恐らく本当に『匂い』での判断が彼女の八割くらいを占めているのだろう、とユカリは考える。

 

 今のところ『妖怪』の匂いは八雲紫ただ一人であるので、この世界にただ一人の個を確立している。

 それは匂いで判断しているマキマに必ず八雲紫だと分かってもらうことができるということでもあるが、それでは困るのだとユカリはサラダをつまみながら目線を外に向けた。

 

 彼女には生きていてもらわなければならないのだ。タイタニックをともに見るためにも。

 

 ただ、まだ時間はある。そのうち興味を持てるようになればいいだろう。

 あまり急いでも価値観を押し付けているようでなんとなく嫌だ、とユカリは考えている。

 

 大勢の人間の群れの中から個人を見分けられるようになるというのは、有名な神様の旅館に迷い込む映画の、大勢の豚の中から両親を探してみせるようなものと同じことだ。

 何事も興味が持てないものが全て同じものに見えてしまうのは仕方のないことである。

 

「あ、電話。ごめんね、ちょっと出てくる」

「行ってらっしゃい」

 

 ひらひらと手を振って、少しでも静かな場所に行こうとするマキマを見送る。

 ビアガーデンには仕事終わりの社会人が多く、騒がしい。怒られてしまわないといいのだが。

 

「マキマは与えてくれる人。レゼはともに経験をする人のイメージ……でしたか。彼女とともに経験をする人がいなかったのであれば……私がそうなれたらいいですね。対等なお友達というのは、そういうものでしょう」

 

 だって、きっとマキマも学校には行ったことがないだろうから。

 

 政府で育てられたのだというなら、お堅い家庭教師のようなものがついていたとしても学校には通ったことがないに違いない。でなければあそこまで情緒の育っていない大人にはならないだろう。

 

 マキマには首輪がついている。

 自覚はあるかもしれない。政府につけられた首輪が。

 

 支配の悪魔である彼女は政府に育てられている。地上に発生した頃から、政府が支配されてしまわないようにと徹底的に管理され、彼女が上を支配できないよう、上下関係を刷り込まれているのだろう。彼女が悪魔らしい悪魔であったならば、とっくに政府の上層部などは支配されていてもおかしくはないのだ。

 

 精神に依存する妖怪であるユカリは、その状態はひどく不健康に見えてしまう。退屈や孤独は妖怪の心を、そして精神に直結した命を殺す。それ故に楽しく生きているように見えないマキマのことが不健康に見えて心配だった。

 

 社会正義がきちんとしており人間が好きなのは結構だが、自分の心まで支配して抑圧してしまわなくてもいいのに、と。

 

「あら……そんな時期なのね」

 

 遠くに見えた景色をユカリが眺めていると、ビールを追加で持ってマキマが戻ってくる。

 

「おかえりなさい。お仕事の電話かしら?」

「ただいま。偉い人じゃなくて後始末の報告だったよ。猫の悪魔は大きさのわりに銃の悪魔の肉片を持ってないみたいだったから、もう少し成果をあげないと怒られちゃうかなあ……嫌だなあ」

「あら、結局解体しちゃったの?」

「ううん、肉片を使っての身体検査みたいなのをしたみたい。だから今頃悪魔収容所で大人しくしてると思う。支配はかけてるから暴れないし、今はもうおとなしいよ」

「ただの大きな猫ちゃんになってしまったのね。猫の見た目はしていないけれど」

「シルエットは猫だよ?」

「ガラクタを積み上げて作る影絵のアートみたいな評価ね。明るいところで見て猫らしくなければ可愛い猫ちゃんとは言えないわ」

「そういうものなの?」

「そういうものよ。可愛いワンちゃんと、どこを刺しても臓物が溢れ出してくるだろう犬の悪魔と一緒にされたら嫌でしょう」

「うーん、そうかも」

「でしょう?」

 

 飲み放題でビールをハイペースに飲み続ける二人が外を眺めると、遠くで花火が上がるのが見えた。

 

「おお、花火」

「良い景色ねぇ。花火がよく見える席だったみたい。こうしてビルの屋上から眺める花火もいいわね」

「お祭りがやってるんだね」

「マキマはお祭り、行ったことある?」

 

 ユカリの言葉に一瞬間を置いてマキマが答える。

 

「行ったことはないかな。そういうイベントみたいなのは知識としてはあるけど、経験はしたことがないんだ」

 

 予想通りの答えだったが、マキマは特に残念そうにしているわけでもない。行きたかったけれど行けなかった、のではなく、完全に興味がないのだろう。必要がないから別に行けなくても良い、という反応だ。

 

 だからこそユカリは言う。

 

「今から二人で行ってみない?」

 

 頬杖をついて、最後の唐揚げを口にしながら。

 

「いいけど……間に合うかな」

「ここから出たらスキマでご案内しますわ。スキマを使えば一瞬だもの。間近で花火も見られるかも」

「いいね。遠くから見る花火と、下から見る花火だと結構違いそう。枝豆のほうは残りもらってもいいかな」

「どうぞ。それじゃあ全部食べきっちゃいましょう」

 

 騒がしいビアガーデンの端。

 スキマがあるからといって特に急ぐでもなく、マイペースに食べるマキマを見つめてユカリはビールをあおる。

 

「一人だったときは考えもしなかったな……怖い人がたくさんいたから」

「大いに楽しめばいいのです。退屈と孤独は精神を殺しますから、体に毒ですわ。妖怪としてアドバイスをしますと、長生きをする秘訣は細かいことを気にせず楽しむことにあります。私のような妖怪は精神が命に直結しているので」

「退屈の悪魔がいたらユカリはやられちゃうのかな」

「相性はとっても悪いでしょうけど、やられたりはしませんわ。私、とっても強いもの」

 

 怨霊にしてやられた経験を知らないのをいいことに、ユカリは自身の強さを自慢げに話す。自己顕示欲が強い妖怪の習性みたいなものだ。

 

「経験がたくさんあるほうが価値を感じられるのでしょう? なら、一緒に経験しましょう。知っていても知らないことを、たくさん」

 

 マキマは常に上から与えられる側であり、下に与える側だった。

 だから、ユカリはともに経験することを選ぶ。一夏のボーイミーツガールの青春を脳裏に描きながら。

 

「私、妖怪だから学校も経験がないの。里の寺子屋をこっそり覗くことはあるけれど。今度こっそり覗きに行ってみましょうか」

「不法侵入は駄目だと思う」

「妖怪と悪魔に人間の法律や常識なんて関係ありませんわ」

「私がおまわりさんみたいなものだし、怒らないといけないんだけど……ま、いいかな」

「じゃあ、決まりね」

 

 食事を終えてその場を後にした二人は手と手を取ってスキマに入る。

 ひとまず、今はマキマにとっての『はじめて』のお祭りを楽しむのが先だった。

 

 その後、お祭りデートに繰り出した二人はお祭りが終わるまで隅々まで楽しみぬき、さらに飲酒をしてなだれ込むようにマキマの住居へと帰っていくのだった。

 




・八雲紫
最初はここまで入れ込むつもりがなかったが、今は神隠ししたいなあと思っている。
チェの世界は死人がいっぱい出るのでそのうちの少しを幻想郷の食糧として少しだけちょろまかして神隠ししている。
マキマを飼っている上層部連中の秘蔵のお酒をこっそり持ってきて、なにも知らないマキマと二人で宅飲みした。

・マキマ
抱きしめられたことで一気に気を許した。
この人の言動で解釈合ってるか悩んだときは「でもこの人公式でにゅあ〜とか言ってるしな」で全部納得させる。

マキマさんは与えてくれる人で、レゼは一緒に経験する人……って声優さん達のトークで言っていて、ああ……対等な関係……ってしんみりしてしまった勢いで書いてます。
雰囲気を保ったまま可愛いマキマさんを書けてたらいいなあ。
次は戦闘回挟んで、一年経過かな。
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