スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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ぐちゃぐちゃ

 

「ワンッ!」

 

 ユカリが膝枕をしたままマキマを撫でていると、先ほどまで眠っていたポチタが目を覚まし、彼女の元まで歩いてくる。

 訴えかけるような視線。それを読み取った彼女は目を伏せて一度マキマの頭をそっと長椅子に降ろしてから自身が立ち上がり、彼女を抱き上げる。

 

「早川さん、姫野。一度外に出ましょう」

「ユカリちゃん……」

 

 ユカリの有無を言わせぬ雰囲気に、二人は何故と尋ねることもせず彼女に続いて部屋を出る。

 

 扉が閉まる直前、姫野にはポチタがベッドに飛び乗る姿だけが見えていた。

 

 病室の外に出て数分。

 外の長椅子で再び膝枕で寝かされていたマキマがゆっくりと目を覚ます。

 まばたきをするたびにポロリとこぼれ落ちていく雫を指先で拭ってやりながら、ユカリは「おはよう、マキマ」と優しく囁きかけた。

 

「……デンジくんはどうなりましたか」

 

 口をへの字に曲げてなにかを堪えるようにマキマは尋ねる。

 しかし、アキも姫野も雰囲気は暗い。ユカリでさえもマキマに言い聞かせるように「マキマ、残念だけれど」と口に出した。

 

 しかし、次の瞬間マキマは跳ね上がるように起き上がり、病室の扉を見る。

 

「私は……そうです、夢を、夢を見ました。ポチタくんと約束をする夢を見たんです。私は、そこで……」

 

 ぼんやりと、揺れるように焦点が定まらない瞳で、それでもデンジのいる病室に向けて。

 

 立ち上がった彼女はまるで歩きかたを忘れかけていたように一歩目によろけて壁に手をついた。そして、アキや姫野がなにか声をかける前に手を伸ばし、扉を開けた。

 

「ポチタ……!」

 

 扉を開け放ち、彼女が病室に入ったちょうどそのとき、デンジもまた跳ねるように上半身を起こして手を宙に向かって伸ばしているところだった。

 そんな彼の姿を見てアキと姫野は心の底から驚いた。そして、マキマに続いて病室に駆け込んでいく。

 奇跡的に回復したのだと信じて。

 

「……あ、マキマ、さん」

「デンジくん……」

 

 退室前にはしっかりと着ていたはずだが、デンジの病衣の前が開いている。その心臓の上に三角のスターターを見つけて、マキマはきゅっと唇を噛んだ。次いでデンジも自分の胸にスターターがあることに気がついて息を詰める。

 

「ポチタ……?」

 

 そして、右手でスターターに触れたデンジを見て姫野が顔を覆った。

 

「お前……それは、いったいどうなって……?」

 

 愕然とした様子でアキが呟く。

 そんな面々の前に歩みを進めていったユカリはデンジの目の前まで来ると足を止め、彼をじっと観察する。そして、納得したように話しだした。

 

「デンジくん……もしかして、ポチタさんとお話したんじゃないかしら? なんておっしゃっていましたか?」

 

 ユカリがスターターに指先で触れて、デンジの顔を覗き込むようにして尋ねる。キスをできてしまいそうなほど近く、そして確信を持った問いかけに彼は素直に頷いた。

 

「ぁ……はい、話し、ました。ポチタが、俺の心臓になるって……その代わりに、俺の夢みたいな生活を続けて、見せてくれって……契約を……多分。でも俺……! ポチタが俺の代わりに死んじまったら……どうしたらいいか、分からないっすよ……」

 

 気分を沈ませるデンジの頬を撫で、ユカリがじっと見つめる。

 

「なるほど、確かに今のあなたを見るに『人間』と『悪魔』の境界線上の存在となっているようです。人でもなく、悪魔でもない。けれど人でもあり、悪魔でもある。とても珍しい現象ですね。マキマは知ってる?」

 

 ユカリの行動はマキマが精神上できないことを代行するように続けられていった。

 この場にいるのが彼女のことを知るものばかりであるために皆、不審には思わない。しかし、他者から見れば全てを知っていた胡散臭い黒幕ムーブにしか見えない。そんな振る舞いである。

 

「こういった現象は、一応前例がないわけではないよ。名前もまだついていないほど珍しいけどね。それとね、デンジくん。キミからは人と悪魔の匂い、どちらもするからポチタくんは死んでなんかないよ。キミの中で、生きている。ロマン的な意味じゃなくて、実際にそうなんだ。それは私が保証する」

 

 ユカリに話を振られたマキマはやはり泣きそうな表情だった。しかし、どうにかこらえて答える。マキマの代わりにユカリが現状確認をしてくれているのだろうと判断して。

 ポチタが死んだと思っているデンジを安心させるために言葉を付け加え、自身もユカリの隣に移動する。

 

「ホントっすか!? そっか、そっかあ……そりゃあ、すげえや……」

 

 スターターの上から胸に拳を置いて、デンジは先ほどとは比べ物にならないくらい明るい顔になった。しかし、まだ自分を生かすためにポチタが身を捧げたという事実を飲み込みきれていないのだろう。複雑そうな顔で笑っている。

 

 そんな彼に今度はマキマが顔を近づける。

 

「デンジくん……その、鼓動を、聞かせてもらってもいいかな?」

 

 恥ずかしいわがままを言う子供のような照れた雰囲気で、マキマが『お願い』をしてみれば、デンジは「そりゃもちろん!」と今まで以上に舞い上がった気分で答える。

 

「じゃあ、ちょっと失礼して……」

 

 デンジの胸に耳を当て、手を添えて乗り出すようにぴったりとくっついたマキマをデンジが支えるように背中に手を回そうとして、躊躇い、しかしマキマが無言で泣いていることに気がつくと遠慮がちだった手はぎゅっと彼女の背を支えて抱きしめる。

 

「ん……」

「あ、すみませ……つい」

「ごめんね……もう少しこのままにしてもらっててもいいかな……」

「そりゃもちろんっす!」

 

 すでに顔を離したユカリから見ると、マキマの背でデンジの指がわきわきと怪しく動いているが、それ以上のなにかはない。一応気を遣っているらしい。

 アキが睨みを利かせているからもあるかもしれない。

 

「おい……デンジ」

「んだよ、早パイ」

 

 アキはマキマが離れるのをしばらく待ったようだが、いつまでも彼女はデンジにくっついている。そのため、遠慮がちに歩み寄ったアキが今話さねばならないと一枚の紙をデンジに突きつけた。

 

「これ、まだ全部やってないだろ」

 

 姫野が息を呑む。

 デンジの書いた『やりたいことリスト』だった。

 彼の着替えを用意するために姫野とともに一度帰宅した際、このリストを見て思うところがあったのだろう。

 デンジの生きた証としてマキマか、マキマが耐えられなさそうであればユカリに遺品として渡す覚悟で剥がして持ってきていたのだった。

 

「おう……そうだな」

「…………分かってたのか、お前」

「なんのことだか分からねぇ〜なぁ〜?」

 

 自分の体のことを、と言外に告げるアキに本気か、それともすっとぼけているのかデンジが軽い返答をする。だが、アキにとってはそれだけで十分だった。誤魔化したという事実だけで、デンジが自身のタイムリミットを知っていてリストを書いていた可能性が高いと判断できるから。

 

 なおかつ、ずっと隠していたのだろうデンジ自身のタイムリミットについて、なにひとつ知ることもなく、察することもできなかったとアキは悔いている。

 デンジのことを、いつのまにか家族のような、弟のような存在のように感じるようになっていたからこそ余計に。

 

「いつから」

「さあな」

「はあ……あくまで話すつもりはないんだな」

 

 アキはため息を吐いてリストを下げる。

 その流れを、デンジからゆっくりと離れたマキマがしっかりと確認していた。

 

「デンジくん……ごめんなさい」

 

 マキマが再び俯いて、今度はユカリがさっと支える。

 生きているデンジを見て、マキマは安堵した。そして安堵したことに罪悪感を抱いた。同時に、ポチタを選ばなかったことを後悔した。

 

 どちらを選んでも後悔することは分かっていた。デンジはより取り返しのつかない存在だったが、ポチタの願いとはいえ、奇跡のような方法を探すと決意したとはいえ、憧れの存在よりも矮小な人間を選び、合理的判断を下したことになる自分自身への嫌悪もまた抱いている。

 

 抱えきれないほど目まぐるしい感情の波に翻弄され、へたをしたらデンジに酷いことを言ってしまいそうなほど決して冷静ではない。

 

 数多の感情が込められた謝罪だった。

 

「さすがにこればっかりはしょうがねぇことだし、マキマさんは気にしないでくださいよ。俺はこの通りポチタのおかげで大丈V! なんで!」

 

 今度はマキマがデンジを抱きしめた。

 

 そして、頭をゆっくりと撫でて「その特殊な体はね、前例が少ないから……この先も大変な思いをするかもしれません。それでも、私を信じてくれますか」と確認するように呟く。

 

 彼は即答した。

 当たり前のように「もちろんっすよ!」と。

 

 一度強く強くデンジを抱きしめて、それから凛として立ったマキマはいつものようにはいかない不器用な笑顔を浮かべてユカリの手を取る。

 

「みんな、そろそろお(いとま)しようか。デンジくんもいろいろ検査があるだろうし、今は寝て静養してもらわないと。数日は入院生活だと思うけど、ちゃんとお見舞いに来るから元気になって戻ってきてね」

 

 病室の外に出るのは誰よりも早かった。

 

「あ、そうだ早パイ。ハナはどうなった?」

「安心しろ、いったん事情聴取があるが俺たちと契約したのは確かだし、本人の性格も温厚なほうだからそれなりの待遇は保証されるはずだ。お前は……早く戻ってこい」

「そうそ、早く戻って来ないとマキちゃんがギャン泣きしちゃうからさ〜」

 

 冗談めかして姫野が言うが、デンジは満更でもなさそうだ。

 

「マキマさんには申し訳ねぇけど、そんだけ泣いてくれるってなったら結構嬉しいかもしれねぇ。ま、でも早く帰るぜ。み〜んな、俺がいねぇと寂しいみて〜だからなあ!」

「ああ、そうだな」

「えっ、早パイマジ!?」

 

 背を向けたアキの表情はデンジには見えない。

 

「行くぞ姫野」

「あっはっはっは! そういうわけだから、早く戻っておいでね! おやすみデンジくん!」

 

 手を振りながらアキと一緒に姫野が退室する。

 残されたデンジは起こしていた上半身をベッドに沈め、天井を見上げた。

 

「マキマさん、泣いてたなあ……」

 

 そして、スターターに触れて目を閉じる。

 意識をするとドクン、ドクンと心臓の音が聞こえてくる。ポチタが隣にいない就寝は少し寂しい。デンジはそのまま横向きに体勢を変えると足を曲げて丸まって眠ることにした。

 いつもそこにいたぬくもりがない分を、自身の体温で埋めるように。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 病室の外に出たアキと姫野は目撃する。ユカリにあやされながら声を上げずにひたすら泣き続けるマキマの姿を。

 

 その姿をアキが目に映したあと、ユカリはマキマを連れてさっさと神隠しをタクシー代わりにして帰っていった。

 

 その日の夜、アキは右目でやたらとテンションを上げて騒ぐ未来の悪魔のせいで眠れず、次の日に思い切り遅刻することになるのだが……早川アキの災難はこれから加速度的に増えていく。

 

 なにせ近頃、牧場で牛が惨殺される事件が報道されているのだから。

 

 お馴染みの『彼女』が確保される日も刻一刻と近づいていた。

 

 

 

 

 

「退院おめでとう、デンジくん。退院して一発目のお仕事はなんと、私と一緒に『ゾンビの悪魔』の制圧になったからよろしくね」

 

いよっしゃあああああマキマさんと一緒!! ……って、俺、ポチタがいねーと武器ないんすけどどうすればいいですか?」

 

「それがね、キミに試してほしいことがあるんだ」

 




・未来の悪魔
しっかり宣告していたものは見た。喜んで未来最高!!って言いながらアキにだる絡みしている。

・ハナ
ちゃんと公安所属になった。しばらくは姫野と新人で入ってきたコベニ、荒井とともに研鑽を積む。

・デンジ
マキマに連れられてはじめてのチェンソーマン変身を行いにいく。セーフティでユカリも見学に行く。
ユカリはデンジがゾンビにやられて死んだりしたとき、マキマが取り乱しても抑えられるようにする担当。
その辺の話もちぇんそ〜小話収録かなあ。

……以上を持ちまして、今年度の投稿はラストでした。
本作品における原作前第ゼロ部が!完結!!となります!めでたい!

オリジナル展開から原作に繋げる流れの書きたかったことは全て書き切りました。もっとユカリとのほのぼの話を入れてもよかったのですが、話数を見てびっくりしちゃったのでね……!そういうのは小話をお待ちくださいませ!

さて、本作にお付き合いをいただいている読者の皆様、応援、評価、感想など本当にありがとうございます。すごく励みになりました!
最初はめちゃくちゃ見切り発車で書き始めていたのですが、ちゃんと原作前終了までを持っていけて良かった〜!と思っています。

また今後の予定ですが、第一部のお話については書き溜め期間を設け、2月の頭くらいから再開するつもりでいます。

本編再開は二月ですが、原作前までのちぇんそ〜小話⑤をちょこちょこ投稿はしていきたいなと思っているので、二月までに何話か投稿はあると思います。こっちは不定期更新ということになりますね。更新通知がいくのでしおりなどを挟んでいただけたら幸いです。

第二部については、原作本編が完結してからできれば着手したいな……と思っているので、恐らくそれまでは第一部完結までを目指し、第二部完結までに本作で第一部完結までいってしまったら一度そこで本作も完結、となります。

本作は短い期間に爆速で駆け抜けていったことになりますが、お付き合いをしていただいた全ての読者様に感謝の言葉を!思っていたよりも評価が伸びて始めの頃はビビってました!もっとビビらせてくれたら嬉しいなとか思ってます!!

今年度はたくさんの応援をしていただき、ありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いいたします。良いお年を!
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