・ワシのもん
命は平等に軽い。
「ワシが、来た!」
血の海の中で悪魔が吠える。
森林のみずみずしい緑の中、正反対の赤をかぶるようにすすり、殺した鳥の死骸の血管をストローのようにして飲み干し、干からびさせる。そんな恐ろしい悪魔が降臨していた。
「ん〜、いい香りじゃ! 地獄なんかより空気までうまい気がするのぉ〜! 地獄の空気なんぞ覚えとらんが! ガッハッハッハッ!」
小鳥の囀りはもはや聞こえず、沈黙の中心に恐ろしい悪魔の姿がある。
しばらく悪魔は、はじめて見る全ての景色を物珍しそうに眺めて片っ端から手を伸ばした。
「空を飛んでる鳥も、地面を這いまわる小動物どもも、あれも、これも、それも、全部、ぜーんぶ、ワシのもんじゃな!? この世の血は全てワシのもんじゃあああ!!」
その場から動いて悪魔が駆け出す。この世の全てを手に入れたような全能感を持って走り回り、飛び跳ね、血を使って荒らしまわり、自分がまるで神にでもなったかのように。
そんな彼女がしばらく遊び回っていると、話し声が聞こえてくることに気がついた。
「お、人間!?」
そこら辺の小動物の血ではお遊びで消費する血に追いつかない。彼女はいい獲物を見つけたと言わんばかりに声のする方向へと向かった。
そして木陰から覗き込む。
獲物たちはなにやら裸の死体を囲んで遊んでいるようだった。
体を打ちつけているが、死体を損壊することすらできない弱々しい攻撃でしかなく、いたぶって遊んでいるだけのように見える。少年たちはただでさえ防御力の薄そうな毛皮を脱ぎ捨てて遊びに興じているため、油断している。
悪魔と同じく、弱いものをいたぶって全能感に浸りながら搾取する側の人間だった。
「オスばっかじゃのぉ〜」
値踏みをするかのように悪魔が少年たちを眺めていると、やがて裸の死体の姿がはっきりと伺えた。
金に近い、甘いミルクティーのような色の髪。整った顔。すらっとした美しいバランスの肢体。光を失ってもなお美しい目玉の色。
端的に言えば、絶世の美少女だった。
乱れた髪でも、傷だらけの肢体でも、血や無粋な白に塗れていても損なわれないほどの美しい肢体。
彼女の体を見て、悪魔は確信した。
「あの美しさ、素晴らしい体──そうか、あれはワシの体じゃな!!! 」
そうなってくると、悪魔は周囲に集まっている少年たちのことが気になりだす。先ほどまでは獲物と見定めて舌なめずりをしていた彼女だが、今や少年たちを睨みつけ、親の仇でも見るかのように牙をカチカチと鳴らしている。
さすがにここまでうるさくすれば、少年たちも彼女の存在に気づくだろう。次々と悲鳴をあげ、にわかに騒ぎ出した少年たちに、見るからに悪魔の機嫌が急降下していく。
「なんじゃ〜? ウヌらは、ワシのもんを好き勝手するなんて許さんぞ!!」
そして、すっかり死体を自分の肉体だと誤認した悪魔は蹂躙を開始する。
技名を叫ぶことすら忘れて、少年たちの体内の血液を好き放題操って串刺しにしながら、浴びるほど血を飲んで高笑いをする。
そしてなんの躊躇いもなく少女の死体へするりと入り込んでいった。
「む……なんじゃ、きっしょくわるい感触じゃの〜。立にちくい……これが人間の女子か〜」
自らの肉体となった少女の手のひらを眺め、全身を眺め、悪魔はぼたぼたと出血していた部分を止血する。そして血の槍で串刺しにしていた少年たちの死体を持ち上げ、貪りはじめた。
「はあ〜、いい気分じゃ。これからワシの快進撃と世界征服が始まると思うと、笑いが止まらないのお〜! ガハハハハハ!!」
高らかに笑う血の悪魔は、そうしてひとつずつ山を闊歩して好き勝手に遊びまわるのであった。
……遊び飽きて、お腹いっぱいの時分にニャーコと出会うまでは。
・ポチタとユカリ
扉の奥。デンジの生活を眺めながら同じように体験し、感情を動かし、味わい、感覚を共有しながらポチタは笑う。
夢の世界で自分を撫でさせてと懇願してくる子供に忠告を授けながら、寂しく思う自分の気持ちを封じ込めて。
「ふう、やれやれ。デンジも諦めてはくれないね……さて、あの子が寝ている間、私はどうしようかな」
「それじゃあ、私とお話ししましょうよ」
ぬるっと現れたのは目玉模様の覗く亀裂。見覚えのある。しかし、端にリボンが結ばれた異様に装飾の凝ったあまり見覚えのない亀裂でもある。そこから、当たり前のように八雲紫が顔を出す。
「え、ええ!?」
「ごきげんよう、ポチタさん」
「こんばんは……」
夢の世界にやってきている八雲紫はもちろん、夢の世界の八雲紫である。境界線を乗り越えることが当たり前に可能な彼女はそうして自らに自らを完全憑依させることも可能だ。依神姉妹の異変の際には一人で活動するほか、そうして活動することもあったので夢への出入りは自由自在である。そういったちょっとしたズルによって彼女はこっそりと、マキマに悟られないようにポチタに会いに来たのである。
「探しましたわ。夢の世界に意識を置いていらっしゃったのね」
もちろん夢の世界にポチタがいることも知っていた。だがそれはそれとして、探したという事実が必要である。故に、八雲紫はポチタにそう答えるしかないのだ。
「まさかここまで会いにくる人がいるなんて……」
紫は、汗を流して困惑するポチタににっこりと笑いかける。
「マキマのためにも諦めたくなかったのよ」
「ユカリちゃん、悪魔じゃないのに悪魔みたいなことができるんだね」
「私は妖怪。人ならざる生き物。成り立ちは悪魔とそう対して変わりませんわ。私の原初は『境界』にあるの。神隠しの悪魔はいい隠れ蓑になっていたでしょう」
「そうか、随分とお強い概念の力を持っているんだね」
「ええ、その通り。だからあなたとマキマとの約束もすぐにでも叶えてあげたいの。依代さえあればきっと……」
「ううん、あれは私とマキマちゃんとの大事な約束だからね。たとえキミでも邪魔をすることは許さないよ」
「……そうですか」
残念そうに笑って、紫はすぐに引き下がる。
彼女にとっては、元から本人たちの意思が最優先だ。たとえ自分の都合を押し付けていることが多くとも、本人は自信を持ってそう言うに違いない。
「ユカリちゃん、夢の悪魔を探してほしい。きっとそうしたら、キミの思い描く方法をマキマちゃんも見つけてくれるはずだから」
「……夢の悪魔、ですか」
「うん」
「分かりました。しばらくはデンジさんの中で、楽しんでください。彼の望んだ普通の生活を」
「うん、よろしくね。ユカリちゃんとも約束させてほしい。きっと私たちの願いを叶えてね」
「ええ、努力いたしましょう」
あっさりとポチタに正体をバラし、そして思惑を達成しようとした彼女の行動は空振りに終わった。しかし、マキマが目指す目標のための糸口はしっかりと掴まえることができたといえよう。
「夢の悪魔……ですか」
八雲紫の頭の中にはある妖怪の姿が浮かんでいた。
「……いえ、相談だなんてまさかそんな。この私が」
幻想郷で誰かに話す。
そんなことをまさか紫ができるはずもなかった。
「完全憑依の原理なら、肉体ごと入れ替わることができるはずですが……」
ポチタはともかく、デンジにそんなことができるだろうか? その辺りの果てしない計算まで行いながら、八雲紫は現実世界の自分に情報を渡す。
「頼みましたよ、現実の私」
「頼まれましたよ、夢の私」
朝に起きたら、真っ先に隣に寝ているマキマへと朗報を教えてやらねばならない。八雲紫はそうして今日も裏で暗躍し続けるのだ。
小話はいったん終わり。次から原作の話にいよいよ突入して行こうと思います。パワーちゃん待っててね!!