スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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1996年【公安とチェンソー】
新人たち


 

「それで、どうだったのかしら? デンジさんは」

 

 身支度をしているいつもの朝食の時間。マキマの真正面に座って優雅にコーヒーを飲んでいたユカリが唐突に尋ねた。

 

「どうって?」

「彼が武器人間(ウェポンズ)となってから、何度かもう働いているでしょう? あなたが慣れたかどうかの確認と……彼の貢献度の確認かしら」

「そうは言っても、ユカリも見てるよね? その場にいなくても、私みたいに遠くから把握してるって知ってるんだから」

「あなたの口から聞きたいのよ」

 

 頬杖をついて首を傾げる彼女に、マキマは悩む素振りを見せながら「うーん」と目を瞑る。

 

「映画のアウトブレイクがリリースされてからゾンビの悪魔が確認されたよね。あれを倒しに行ったときはユカリが知っている通り。デンジくんがうっかり殺されそうになったから、私が手を出しちゃって……」

「スターターを引けば不死身だって気がついたのが、ゾンビの悪魔を半殺しにしたあとだったあの日ね?」

「そう、その日」

 

 デンジがスターターを引いた瞬間、その頭を割って現れたチェンソーにマキマは驚いていた。他の武器人間でどんなものかは知っているはずなのに、相手がデンジだからと露骨に。

 

 しかし、デンジはデビルハンターとしての力は生身だった頃のほうが強かったように考えられた。ポチタを手動で武器として使わなければならないという手間こそあるが、多彩な悪魔との契約を行うことにより、その能力の利用方法についてのセンスは抜きん出ていた。しかし、それが現在はチェンソーマンとしての能力行使しか利用できない状況となっている。

 

 それは恐らく彼が一度死んでいるからだろう。死んだことで契約が解除されてしまったのだ。

 彼はあくまで人間なのだから、もう一度契約を交わせば問題ない。しかし、そう簡単に再契約を果たせる機会があるかというと微妙なところだ。彼は研修生だったとはいえ、立場的にはようやく公安の新人になったところ。あまり贔屓していると他の新人にしめしがつかないのである。

 

 幸い、神隠しの悪魔と花子さんの悪魔は協力的であるため、デンジとの再契約を済ませている。他にも猫などにも再び協力をさせたかったが、猫は女性の職員との契約が優先されるため、順番待ち状態だ。

 

「脳みそを切っちゃうからかな? デンジくん、前よりずっとハイになった気がする」

「それ、ギリギリ悪口じゃないかしら……」

「え、そうかな」

 

 キョトンとしたマキマにユカリは苦笑する。

 

「事実だものね、仕方ないわよ。戦闘センスは相変わらずいいのね……けれど、無鉄砲さが増して憂鬱といったところかしら? それで心配なのでしょう、あなたは」

 

 マキマは目を伏せて頷く。

 

「うん、もう少し自分を大切にしてもらいたいな。死なないとはいえ、見てるとこう……きゅっとなるから」

 

 可愛らしい語彙で自分の気持ちを表現する彼女に、ユカリはたまらない気持ちになった。たったの数年でよくもここまで変わったものだと思わず笑みが浮かぶ。

 彼女の進歩その全てが良い方向に向かっている。それを実感して喜ばしげに。

 しかし、それと同時に少しばかり嫉妬をした。橋姫が背後に忍び寄ってくるような心地で、意地悪げにユカリは彼女に尋ねてみる。

 

「マキマは本当にデンジさんのことが大好きね」

「ユカリのことも負けないくらい大好きだよ」

「あら、嬉しい」

 

 間髪入れずに返ってきたマキマの言葉に、同じように即答しながらもユカリは目をまたたかせた。余裕を持たせて意味深に笑うのが少し間に合わず、一瞬の素の驚きが顔に出てしまっていたかもしれない。

 

「でも、ユカリは絶対に負けないから、デンジくんみたいに戦ってるのを見てハラハラしないし、怖くないんだよね」

「随分と嬉しい信頼だこと」

 

 ユカリが負けるわけがないと心から信じているまっすぐな言葉だ。こう言われてさしもの八雲紫もニヤけてしまいそうになる。

 幻想郷では胡散臭いだのなんだのとたびたび喧嘩を売られるうえ、怨霊に乗っ取られかけたり、裏で暗躍する同じ賢者仲間にドン引きしたりと散々な目に遭っているので、マキマのこのまっすぐな信頼は彼女にとって眩しいものだった。

 

「デンジさんのデビルハンターとしての活動は、これからまた慣れていくもなだとして……ポチタさんのことですけれど」

「うん」

「約束をしたのでしょう? 夢のような方法を見つける、と」

「うん、ユカリに話した通り」

「デンジさんに心臓を提供したまま、ポチタさんとしての活動をする……確かに難しい問題ですね……」

 

 ただ、ユカリには心当たりがあった。

 同時に三人。いや、四人存在しているというとんでもない場面が成立してしまった現代の超能力者に。

 

 幻想郷では夢の世界を経由した完全憑依異変というものが引き起こされた。肉体を持つもの同士が肉体ごと入れ替わり立ち替わり現れる不思議な現象。その憑依の原理は、憑依した者が憑依された者の夢の世界に入り込み、待機するというものだった。その代わりに夢の世界の「憑依された者」が追い出されて暴走したりなどいろいろあったが……とにかく、憑代さえ用意できるのであればポチタが精神だけをそこに移すということが可能かもしれない。

 

 しかし、肉体ごと入れ替わる完全憑依とは違い、ポチタは精神体のみで移動しなければならないことになる。

 原作のデンジはパワーの血を利用することで心臓がなくともしばらく耐え、ポチタをチェンソーマン化させてデンジのふりをさせ、囮にしていた。二人が協力することで二人同時に存在するということは可能なのである。

 

 だが、完全憑依は幻想郷だからこそ可能なものだった可能性もある。迂闊にマキマへ提案するわけにもいかない。さて、どうしようかと悩み、下した結論はもう少し朧げな希望だった。

 漫画を前提とした作戦ではなく、事実を確認したうえで手にした情報で。

 

「夢の悪魔を探しましょう、マキマ」

「夢の悪魔?」

「ええ、この前少しだけ境界をいじってデンジさんの夢の中に入り込んでみたの。そうしたら、ポチタさんは夢の中にいたわ。精神だけでデンジさんの生活を眺めているの」

「……そうなんだ」

「……連れては行けないわよ」

「そっか、残念」

 

 しょんぼりするマキマの顔を見て、すり減った良心が咎めるのを感じたユカリだったが、心を鬼にして連れては行けないと繰り返す。それを許してしまったらマキマの目標が消失しかねないからだ。ユカリはあくまでデンジとポチタが並んで生活できる世界を実現し、なおかつマキマとタイタニックを生で見るのが目標なのだから。

 

「まずは夢の悪魔を捕まえて、尋ねてみましょう。夢の悪魔を支配下におけば夢の世界のポチタさんの意識だけを引っ張り出すことができるかもしれません」

「そっか……分かりやすい目標があるといいね。ありがとう、ユカリ。私が塞ぎ込んでたから、いろいろあなたのほうでも考えてくれてるんだよね」

「……大事な友人のためですもの」

 

 ふい、とユカリは目を逸らす。

 そんな彼女の横顔を、マキマの視線が穴が空きそうなほどに貫いていた。

 

「夢の悪魔についてはこっちでも探してみるね」

「ええ、私も引き続き調べてみるわね」

 

 ユカリの脳裏に浮かんだのは『夢』の支配者。彼女に尋ねれば、夢を司る悪魔がどんな場所にいるのかを予測することも可能になるのではないか、とは随分前から考えていたことだが……未だ彼女は踏み切れないでいる。

 

 幻想郷に帰り、似た妖怪がどんなところに出現するのか、それを尋ねるだけ。しかし、ドレミー・スイートも結局は幻想郷の妖怪である。彼女は相当親切な性質の部類だが、どこからその話が漏れるか分からない。

 

 それこそ夢の世界の住民に見られたら最悪だ。幻想郷の住民はただでさえタチが悪いというのに、夢の世界の彼女たちはなおさらタチが悪い。

 

 ユカリはいまだ答えを見つけられない。

 己の弱みを他の妖怪に掴まれるリスクを承知で行動するべきかどうかを。

 

「ユカリ、どうしたの?」

「……いえ、少し考えごとをしていました。話は変わりますが、春になりましたし、新人さんも入ってきたのよね。どう? 期待の新人はいるかしら」

 

 ユカリは誤魔化すように最近の話題を投げる。

 マキマは誤魔化されたことを察して一瞬不満そうな顔をしたが、仕方なさそうに笑って話題に続けた。

 

「姫野ちゃんのチームに入れた二人は優秀かな。東山コベニちゃんと、荒井ヒロカズくん。この二人を引っ張ってくれるようにハナちゃんにも入ってもらってるよ。他の課の子たちは頑張ってるけど、辞めちゃいそうな気配があるかなあ」

 

 東山コベニ。

 包丁のイメージがある彼女にとって、ハナとの連携と契約はプラスになるだろう。

 マキマも彼女の活躍を直接は見たことがないらしいが、姫野から太鼓判を押されるほど身体能力に長けており、実際に悪魔と対峙した際の爆発力は驚くほどらしい。一人ですでに悪魔の討伐を達成しているようだ。

 ただし身体能力はあるものの、元来の臆病な性格が災いすることもあり、恐怖で悪魔を増長させてしまう場面も存在する。

 

 逆に荒井ヒロカズのほうは、実直で真面目。習ったとおり、ステレオタイプの動きをしようとするので前線に立つにはまだ早いと判断されているらしい。真面目故に突発的に動いてしまい、それが致命的な隙になり得ることもある。彼に関しては冷静にパターンに分けて行動を選択できるようにアキがときおり指導しているようだ。

 

「早川さんも動いて考えるタイプですし、その手の子に教えるのは苦労しそうね」

「そうだね。それに、そういう子ほどこの業界だと死んじゃいやすいから、少し心配」

「そうねえ……そういう子こそ、デンジさんと同じ任務に放り込むと面白いかもしれないわよ。人の奔放な部分を見て、吹っ切れることも大事ですもの」

「なるほど……それなら、今度一緒にしてみようかな」

 

 思案するマキマの様子を見てユカリは微笑む。

 これでエンドレス8階の件は確実に起こるだろう。

 その前にパワーの確保があるだろうが、そういえばそちらはどうなったのだろうか? 

 はたと思い立ったユカリはしかし、どう尋ねても不自然になりそうだったので話題を避けた。

 マキマのことだからそのうち連れてくることだろう。ヒルの悪魔やコウモリの悪魔の目撃情報を集めて、直接動きがあるかこっそり見にいってもいい。

 

「あ、そうだユカリ」

 

 食事が終わった頃、マキマが仕事用の携帯電話を眺めてユカリに目を向けた。

 

「なあに?」

「通報があったから行ってもらえる? 緊急みたいだし」

「分かりました。座標を送ってください」

「ここ」

 

 それはとあるパーキングエリアだった。

 悪魔に女児が誘拐されたとして公安に通報が入り、緊急として神隠しの能力を最も使いこなせるユカリに回された仕事だ。

 

 覚えのある景色に八雲紫は嘆息を吐く。

 結論から言うと、筋肉の悪魔により攫われた女児はパーキングエリアにて散々に暴れ回り、肥大させられた筋肉の酷使によって二度と己の腕を動かすことができなくなってしまった。

 

 八雲紫としては女児を死なせなかっただけ、被害はかなりマシになったと判断している。なにせ彼女が着いたときには、すでに手遅れなほど筋肉のみで破壊の限りを尽くしていたのだから。

 

「まあ、そういうこともあるでしょう」

 

 筋肉の悪魔を捕獲してマキマの元へ帰る。

 ただひとつのことに執着する妖怪に、有象無象の命運は眼中にない。

 

 どれだけ人に似ていようと、妖怪とはそういう生き物なのである。




ちょこちょこ原作との齟齬が起きるのも二次創作の醍醐味ですよね。

・ゾンビの悪魔
アウトブレイクが流行ってから登場したのでゾンビの悪魔のゾンビは細菌による感染性。なのでゾンビの悪魔が死んでもゾンビは残るぞ!

・新人たち
コベニちゃんと花子さんのタッグ見たいよなぁ!?の気持ちしかない。荒井くんも好きなので活躍させてあげたいね。

・デンジ
研修から新人にランクアップして活躍中。だいたいはアキと行動している。

・筋肉の悪魔
悪魔合体用の素材になる運命。

・女児
原作はむしろ運が良かった状態だったのでしょう。偶然デビルハンターがそこにいて、暴れる前に元凶をやっつけてくれたのだから。だから運が悪かったのではなく、彼女はこの世界のありふれた悪魔被害を受けた人間になっただけ。
妖怪がその程度を気にするかどうかは……気に入っているか次第。
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