スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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パワー!

 

 無人の道路で裸の魔人が走る。

 傷だらけで、血だらけで、必死になって。

 

 

 

 ――命は平等に軽い。たかが猫じゃ。

 

 ――じゃあなぜ走る? なぜ人間を探す? ニャーコを助けるため? ……馬鹿みたいな理由じゃ。

 

 ――血は好きじゃ。味も、匂いも、死を感じるのも。それで、それで……最近はじめて分かったんじゃ。

 

 ――血はあたたかくて、気持ちがいい。

 

 

 

 コンクリートの道路で足を引っ掛けて魔人が転ぶ。

 傷が増えていく。頭の中でいくら言い訳をしても、それでも這って進もうとする姿に彼女の本心が滲んでいた。

 

 進まなければ、進まねば。

 誰か一人でもいい。人間を捕まえて来た道を戻るのだ。そうして、コウモリの悪魔に餌を引き渡して猫を取り戻す。でなければいつまでも囚われたニャーコは助からない。

 

 焦りの中で、魔人は倒れたままコンクリートの地面を拳で叩いた。

 体が動かない。体力は限界だった。それでも動こうとする。どこか、人のいる場所へと。

 

 カア、カア

 

「……なんじゃ!?」

 

 いつのまにか倒れた魔人の周囲にカラスが集まってきていて、彼女は声をあげる。

 バタバタと騒々しい羽音の中で、必死に首を振りながら。

 

「やめろ! 退け!」

 

 血の魔人はカラスとたびたび肉の所有権を争っていた。

 故に、彼女は弱った自身の肉を狙ってカラスが集まってきているのだと考えたのだが、そうではない。

 大量のカラスが集まり、その中から歩み出てくる足が魔人のすぐそばに降ろされた。

 

「こんにちは、私はキミを保護しにきたデビルハンターです」

 

 うつ伏せになって顔だけで彼女を見上げる魔人には、夕日を背負った女の影しか見えない。その影の中に潜む瞳に貫かれたような気がして、魔人は表情を強張らせた。

 

「よろしくね、パワーちゃん」

 

 それは彼女の脳裏に強烈に突き刺さる、名前という支配。

 

「立派で格好いい名前だから……キミに合うと思うんだけど、どうかな」

 

 名前は、都合の悪いことをすぐに忘れ、記憶を改竄する魔人に唯一通じた、マキマの支配の形だった。

 

「私がキミのことを助けてあげる。だから、キミも私のことを助けてほしいんだ」

「た、たすけ……?」

 

 一見して人間に見える彼女を見上げて、パワーは手を伸ばす。助けようと思うなら、こいつを連れていけばいい。魔人相手にそんなことを言うやつがいるのなら、それは愚かなお人好しだ。だから、こいつを連れてコウモリのいる家へ戻ればいい。そう信じて。

 

「うん、助けてあげる。キミも、キミの大事な猫もね。だからね、今は私を信じて一緒に来てほしいんだ」

「……ニャーコも……? たすけ……て、くれると、いうのか……?」

「うん、協力することを約束してあげる」

 

 パワーがなにも事情を話していなくとも、マキマは当たり前のように彼女の一番欲しい言葉をかけてくる。ニャーコを引き合いに出されたパワーはそのまま縋るように手を伸ばし続けた。

 

「安心して」

 

 血を流しすぎたからだろうか。パワーの手をマキマが取ったとき、彼女はその場で気絶してしまった。しゃがみ込んでやったマキマがその頭を撫でる。

 

「まずは、身なりを整えないとね」

 

 すっとマキマの指先がコンクリートを撫でると、魔人の下に大きな裂け目ができた。両端にリボンが結ばれた、派手な裂け目だ。

 

 その中に沈んでいった魔人は待ち構えているユカリによって保護される手筈になっている。

 

「猫の悪魔、どう?」

「相手はコウモリだろう? たとえ普通の猫だとしても、躊躇いを持つ。コウモリは猫に勝てないものだ。しばらく猶予はあるぞ」

「そう……なら、仲良くしてもらうための、きっかけになってもらおうかな」

「猫が殺されないように、私が手をまわしておけばいいだろうか?」

「そうだね、よろしく」

「承知した」

 

 そしてマキマも裂け目の中に消えていく。

 

「今日のマキマはミステリアスで素敵だったわよ」

「そう? 嬉しいな」

 

 スキマの中に潜むユカリと手と手を取って帰宅した彼女は、そう言って笑った。

 

「い、嫌じゃー! ふぎゃるるるるる!!」

 

 これは初日にあったパワーの言葉である。

 はじめての風呂に熱くて飛び上がり、狂犬病にでもかかっているのかと危惧するほど清潔になることを嫌がった彼女は、最終的に犬たちを洗うのと同じノリでマキマに丸洗いされていた。

 スキマから伸びる腕によって両足を掴まれ、身動きができない状態での入浴はさぞや恐ろしかったことだろう。

 

 柔らかい布団に寝かされても、しばらくぐずっていた彼女を境界をいじることで強制的に眠らせ、半日ほど服の脱ぎ着や簡単なマナーなど、マキマとユカリによる教育が課せられた彼女はようやくデビルハンター本部へと出向くことが許されるのだった。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「ええ、行ってらっしゃい。コウモリの巣はこちらで見張っておきますから、安心して引き合わせて来てください。神隠しの耳や目も使っていいですからね」

「うん、よろしくね」

 

 パワーと手を繋いだマキマが神隠しを利用して出勤していく。

 出勤は同時だが、パワーは諸手続きがあるため一度別れることとなる。これもまた、はじめてのおつかいじみていてハラハラするイベントだ。

 

 一人で残されたユカリは片方のスキマにコウモリの潜む家を映し出し、そしてもう片方にマキマやパワーの動向を映した。

 原作が開始し、観戦することに楽しみを覚えている彼女はそうしてデンジとパワーの出会いも見守るつもりなのだ。

 

「デンジくん、おはよう」

「おはようございますマキマさん!」

「朝から元気だなお前……」

 

 呼び出されていたデンジとアキが入室してきて、よりいっそう大きな声で挨拶をするデンジにアキが耳を塞いだ。真横で聞くにはあまりにも大きな声だったからだろう。

 

「さて、今日呼び出したのはバディについてです」

「バディ? 俺のバディって早パイかハナになるんじゃないんですか?」

「そのことなんだけど……」

 

 マキマがアキを見つめて、目を伏せる。

 

「ハナちゃんは新人の荒井くんと東山さんと組んでもらうことになるんだ。デンジくんも今は分類上は悪魔ってことにしておかないといけないから、悪魔同士で組むのは難しくって。ごめんね」

「そういうことならしょうがないっすね!」

「姫野ちゃんは新人二人の教育も兼ねて、その三人グループの面倒を見てもらうことになってるよ。それで、早川くんとデンジくんだけど、新しく来た魔人の子と組んでもらおうと思ってるんだ」

「魔人っすか」

 

 ちょうどそうして説明をしているときだった。

 廊下のほうからドタドタと騒がしい足音が近づいてきており、マキマが「ちょうど来たみたいだね」と扉に顔を向ける。つられてデンジたちも顔を向けると、壊れそうな勢いで扉が開かれた。

 

「おうおうおう! ひれ伏せ人間!! ワシの名はパワー!! バディとやらはウヌらか!?」

「ぱ、パワー!? 名前パワー!? つーかうるっせーな! なんか馬鹿っぽいけど、こいつホントに大丈夫なんですか!?」

 

 言っている途中でデンジはパワーの胸元を眺め、拳を突き上げる。

 元気なサムズアップだった。

 

「まあいいか、よろしくなあ!!」

「マキマさん、本当にこいつらを組ませるんですか」

「うん、監督よろしくね。早川くん」

「経費で胃薬を買ってもいいですか……」

「もちろん、福利厚生はしっかりしておかなくちゃね」

 

 早川アキはツッコミすら入れられずによろよろと後退した。嫌な予感しかしなかったからである。それから上司の目の前であるにもかかわらず煙草を取り出すと、その場で吸い始めた。

 

「くっさいのぉ〜。おい、マキマ! こいつ外してくれぬか!? ワシは血が腐りそうなこの匂いがあまり好かん。こっちのやつだけ連れて行かせろ!」

「いいよ。今日は私も早川くんに用事があるし、いったん二人で見回りでもしてもらおうかな」

「用事ですか」

「よっし! それじゃ行くぞ! あー、なんじゃったか」

「俺、デンジ。よろしく」

「デンジ! さっさと行くぞ! ワシらを闘争が待っておる!!」

「へーへー」

 

 高いテンションのパワーに引きずられるようにデンジが連れて行かれ、一気に室内が静かになる。煙草を咥えたままのアキは気まずい思いをしつつも、煙を吐き出しマキマに向き直った。

 

「で、用事ってなんですか」

「パワーちゃんはね、どうやら悪魔に人質を取られているみたいなんだ」

「……悪魔に? あいつも魔人ですよね」

「うん、人質と言っても猫だけど……怪我をした悪魔に人間を連れて来いって脅されていたみたい」

「魔人が猫を……」

「彼女、お馬鹿だけれどかなり理性が高いみたい。猫と仲良くなれる子だから、うちの猫の悪魔のオススメもあって仲間になってもらおうと思ってるんだ。もちろん、正式な公安の所属としてね」

「……作戦はどういったものです?」

 

 アキはマキマの説明だけである程度の意図は汲めたらしい。飲み込みが異様に早いのは、普段姫野がろくに説明もなく任務に連れ回していた功績だろうか。

 

「デンジくんには囮になってもらいます」

「……珍しいですね、マキマさんがあいつをそんな扱いするの」

「興味をなくしたわけじゃないよ。信頼してるから、任せてみるんだ。だからね、デンジくんはパワーちゃんと一緒に泳がせるから、早川くんは理由をつけてしばらくは別行動。できるよね?」

「……本当に安全なんですよね」

「デンジくんは不死身だよ。だから大丈夫。彼にもちゃんと許可をとってこういう役割をしてもらうことにしてるから」

「あいつにバラしたうえで任せてるんですか?」

「うん、昨日のうちにね」

「……なら、いいですけど」

 

 アキにとっての悩みがあるとしたら、知ったうえでデンジがうまくパワーの罠に引っかかることができるか? である。嘘がつけなさそうな素直な子供なのだ、デンジは。しかし、マキマはその辺りについても大丈夫だと考えているらしい。なら、自分はそれに従うだけだと彼は心の中で決める。

 

「警備や受け付けの人には話を通しておくから、二人が動くようなら連絡をするね」

「お願いします」

「それまでの間は姫野ちゃんと一緒に新人の指導でもしてもらおうかな」

「分かりました。そっちに事情は?」

「話してないよ。あんまり知ってる人数が多くなるとよくないからね」

「分かりました……本当に、大丈夫なんですよね?」

「早川くんは心配性だね……大丈夫だよ」

 

 アキはしばらく目を瞑って考え込むようにしてから頷く。

 

「あいつが危ない目に遭いそうなときは、助けてやってください」

「もちろんだよ。早川くんなら、分かるでしょ」

 

 早川アキは目の前のマキマを見つめる。

 そうだ。彼女はデンジが死ぬと分かったとき、見たことのないくらいにひどく取り乱していたくらい、彼に情を向けている人だ。そんな人が言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。

 

 すっかりデンジの親か兄のような気持ちになっている彼は、ため息を吐いて煙草を携帯灰皿に押し付けた。

 

 ――このあとすぐのことだった。

 二人が民間のデビルハンターの邪魔をして通報が入り、慌てた様子でマキマが出ていくのをアキは見送ることになった。

 

「やらかしがはえーよ……」

 

 前途多難なトリオ生活を予感して早川アキは指先で額を揉むように天を仰ぐ。

 

「俺はガキのお守りじゃないです……マキマさん」

 

 だが彼の言葉はマキマには届かない。

 彼が苦労させられる元凶が同居を指示するマキマではなく、まさかユカリのほうだとは思ってもみないだろう。

 

「あれを見てどうしてナマコの悪魔って分かるのかしら? 似てないのに」

 

 一方その頃、八雲紫は無邪気にデンジたちの姿をスキマ越しに見てはしゃいでいるのだった。幻想郷の住民はいつであれ、のんきなものである。

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