スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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1992年【心の成長痛】
家族のような友達


 

「映像はすごかったけど……うーん……笑えるスプラッタっていうのは、私たちにとって血が身近すぎて難しい題材かな」

 

 映画帰りの喫茶店、軽食を摂りながらマキマは悩むようにそう言った。

 

「誇張表現を強くしてリアリティをかえってなくしてるのは、評価できる。フィクションとして入り込みやすいだろうし」

「デビルハンターがいくらいても足らないくらいに悪魔の被害があるものね。分かりやすくフィクションとして楽しむにはいい映画だったと思います」

 

 1992年の春。桜が咲いてあたたかくなってきた頃である。

 日本で公開されたアダムス・ファミリーを見終えた二人は好き勝手に感想を述べていた。

 悪魔が蔓延るこの世界において、スプラッタやホラーなどの題材はよりいっそう扱いが難しい。悪魔の被害で血を見ることが多いこの世界の住民たちにとって、大袈裟にしすぎるほどの表現でなければフィクションとしてそもそも成り立たず楽しめないのだ。

 故に、この世界で公開されたアダムス・ファミリーはユカリが知っているものよりもさらに血の誇張表現が強かったように感じられる。

 

「あと、ハンドさんが可愛かったな」

「いいわよね」

「ストーリーは……家族って、やっぱりいいなって思っちゃった。あの映画では血縁を大事にしてたけど、それ以外でも家族って言えるような関係になれたりもするんだよね」

「ええ、もちろん。私の家はペットのような部下と、部下のペットのような部下と暮らすこともあるから」

「少し、羨ましいなあ……って思った」

 

 パスタをくるくる巻き取りながらマキマの視線が外を向く。

 喫茶店のガラス窓の向こう側にはいくらか映画館帰りの家族の姿が見える。幸せな家庭の姿だ。その向こうには平日の昼間だというのに学ランを着た学生らしき姿もある。学校をサボっている不良かもしれないが、数人で固まって歩いているその姿もまた、仲が良さそうに見えた。気兼ねなく『悪いこと』をし合える仲なのだろう。

 マキマの視線を追って納得したユカリは、クリームソーダのさくらんぼを口にしてからマキマの横顔を眺める。

 

 しばらくもごもごと口を動かしたあと、べっ、と出した舌の上にはさくらんぼの茎が結ばれた状態で乗っかっていた。

 

「わ、すごい」

「これができる人はキスが上手いんですって。お生憎様(あいにくさま)、試したことなんてないけれど」

「話の種としてはおもしろいね」

 

 微笑んだマキマはまた窓の外を眺める。

 彼女と出会ってからもう何ヶ月だろうか。夢を叶えたマキマは友達ができたというのにもっと欲が出てしまったらしい。

 際限なく欲が浮かんできてしまうのは実に人間らしい姿と言えるが、彼女の心情を理解できてしまうユカリにはあまりおもしろいものではなかった。

 

「お友達と家族は違いますものね。いっそのこと、私と家族になっちゃいますか?」

「……それもいいかもね」

「冗談だと思っているでしょう。私は結構本気よ。居場所をなくしたら攫ってしまいたいくらい」

「そこまで考えてくれるだなんて、友達冥利に尽きるね」

「あら、振られちゃった」

 

 人間も欲張りだが、妖怪もまた欲深いものである。

 八雲紫は、マキマが気を許してどんどん態度を柔らかくしていくのをずっと見ているうちに彼女を神隠ししてしまいたい欲望に駆られることが増えた。

 

 気に入ったものを攫って自分のものにしてしまうのは妖怪によくあることと言えど、そういった本能に蓋をして心のうちにしまい込むことは造作ないためマキマにバレることはない。少々嫉妬深いかもしれない……程度の違和感で。

 

 なによりそうしてしまったら、彼女との関係が根底から崩れてしまうことが明らかなのだ。

 一方的に攫って愛でるのは対等とは言えない。それではマキマに嫌われてしまうかもしれないじゃないか。だから、それだけは避けなければならなかった。

 

「ねえ、ユカリ。ちょっとした相談なんだけど」

「なあに? 無茶なことじゃなければ聞くわよ」

 

 マキマは話すかどうかを直前まで迷っていたようだった。しかし、それでも促されてポツポツと話し始める。

 

「ユカリと知り合う前はね、私はもう……この人しかいないって思っていたすごい存在がいたんだ。憧れの人っていうのかな。地獄のヒーローって言われてる人で、ああいう存在なら私とも対等な関係を築けるかもしれないって思ってたくらいのすごい悪魔」

「昔の話だっていうのに妬けちゃうわね」

 

 茶々を入れながらユカリは内心で驚く。

 まさか自分からチェンソーマンについての話を始めるとは思いもしなかったからである。

 

「その存在は、苛烈な戦いがあって今は弱体化してしまっていて……見る影もない姿で、ある人間の男の子と一緒に暮らしてるんだ」

「男の子?」

 

 興味を持ったように聞き返してマキマの話を促す。

 これはとても大事な話だ。きっとこれからを左右するほどの、とても大事な話。そう予感したユカリは、すっかりとクリームが溶けたクリームソーダを混ぜて口をつける。家でやれば藍に苦言をもらうような仕草だった。

 

「うん、不幸な生活をしている少年……かな。歳は知らない。経緯もよく知らない。私が見つけたときにはもう一緒に暮らしていたみたいだから。でも、契約してるんだと思う。ヤクザに搾取されてるけど、助け合って懸命に生きてるんだ」

「それは……大変そうね」

「私はその子とチェンソーマン……憧れの存在を小動物の目を借りて見守ってきた。チェンソーマンには昔みたいに強い彼に戻ってほしかったから、契約してる男の子が死んだら戻ってくれるかなって思って。お世辞にもずっと生き抜いていけるようには見えなかったから」

「あなたって興味のないものにはとことん無関心ねぇ」

 

 ユカリが相槌を打ってもマキマはそのまま話し続ける。本人としても話したいことだったのだろう。一度言葉が出てしまえばするすると彼女の心情がそのまま溢れ出してくる。

 

「最初はね、なにも思ってなかったんだけど……ずっと見ているうちに、男の子に対して苛立つようになった」

 

 冷たい声だ。しかしその中に確かな戸惑いを感じて、テーブルに視線を落として話すマキマを見つめる。

 

「早く死なないかなって思ってた。弱い子供だったから、数年もしないうちにすぐ死ぬと思っていたから。早く死んで彼を手放してほしかった。二人が笑い合ってるところを見るのが嫌だったから。どうしてこんなに嫌な気持ちになるんだろうって不思議に思ってた。チェンソーマンは孤高だから、そんな風に笑ってほしくないんだと自分では思ってたんだけど……」

 

 ひとつひとつ、度し難い自分自身の感情を整理していくマキマは、ついに視線を上げて縋るようにユカリを見つめた。

 

「最近、私はあの子供に嫉妬してたんだなって気づいたんだ」

「そうでしょうね……その言い分だと」

「あの子供は大人になる前に死ぬと思ってたけど、もしかしたらチェンソーマンと一緒に生き抜いて大人になることもあるかもしれない。ユカリに会う前はね、どうにかして引き離すための算段を考えてたんだけど……駄目なんじゃないかなって、迷いが生まれた」

「それはどうしてかしら」

 

 答えが決まっているなら、あとは言いやすいようにしてやるだけだ。

 ユカリは静かに聴き手にまわり、マキマの言葉を拾い上げていく。

 

「ポチタって呼ばれてるチェンソーマンは、地獄のヒーローだったときには見たこともないような笑顔をあの子に見せてるんだ。小さくなってしまって、弱くなっているのに、たかが人間の腕に抱きしめられてるだけですごく幸せそうに見える」

 

 一拍。

 間が空いて、マキマがコーヒーに口をつける。

 

「……あれは、ユカリと出会った私なんだよ」

 

 ついにその言葉がこぼれ落ちて、ユカリの心にストンと染み渡る。

 それほどまでに、自分の存在はマキマの中で大きくなっていたのだと実感して。

 

「家族のような、友達。今でも私はチェンソーマンには格好良くあってほしいと思っていて、そのためには子供なんて邪魔だなと思ってる。でも、引き離すってことは、私がユカリと引き離されてしまうことと一緒なんだと思うと、苦しくなる……ねえユカリ、私はどうすればいいと思う?」

 

 弱々しい声で尋ねる彼女に、ユカリは微笑んだ。

 

「そうねぇ……もう少し見守ってみたらどうかしら。それであなたの心に折り合いをちゃんとつけて、その男の子にも注目してみたら? あなたにとっての私がその男の子なら、先入観をなしにして見守ってみたら興味が湧くかもしれないじゃない。人間の子を見守るのは楽しいわよ。特に、人外のものを魅了して惹き寄せてしまうような子供は、おもしろい映画よりもよほど希少な……千人に一人になるかもしれない」

 

 ユカリの脳裏に浮かんでいるのはただ一人。博麗霊夢。

 歴代の博麗の巫女の中でも群を抜いて妖怪に好かれるあの巫女を、八雲紫は幼い頃から知っているのだ。

 初代の博麗の巫女もそう。八雲紫は博麗の巫女となった少女たちのような人間だからこそ、幻想郷をともに作り、管理し続けることができている。

 

「……そっか。ならもう少し見ていようかな」

「そうするといいわ。そして、マキマが十分納得するときが来たのなら、保護とかしてあげればいいんじゃない?」

「そっか、そうだね……」

「そうだ、その男の子はどんな子?」

「うーんと、劣悪な環境でも、めげない?」

「見た目の印象とかはどうかしら」

「……」

 

 ここでマキマは目を逸らす。

 その様子にユカリは溜め息を吐き、「悪い癖ですね」と言い放った。

 

「匂いで全てを判断するのはよくないわよ」

「……もう少しちゃんと見てみるよ」

「ええ、そうしてみたほうがいいわ。興味を持てるようにするには、まず知ることからはじめてみないと。ほら、マキマ。手を出してごらんなさい」

「なんで?」

「いいから」

 

 とっくに食事は終わっているため、カトラリーは置かれている。

 両手を出したマキマがテーブルの上に乗せると、その手をユカリが取って握った。

 

「見えているのに見えていない。相貌失認と少し似てますが、あなたは興味さえ持てばちゃんと認識できるようになるはずよ。だから、手順を教えます」

「うん」

「まずは髪の色、それから瞳の色に、顔の輪郭、肌の色。髪型でもいいわね。いつもどんな髪型にしているか、他の人と比べてどう違うかを考えてみてください。それから声色で聴覚でも感じて、ひとつひとつ覚えたことを確かめてみるの。唯一無二の匂いでの判別ができるあなたなら面倒なことかもしれないけれど、いつもと違うところを見つけられるのって案外楽しいわよ」

「分かった、覚えてみるね」

 

 絡めた指を離すと、マキマは少し残念そうな顔をした。

 

「たとえば……今日のユカリは髪型をアップにしてる、とかかな」

「そう、大正解。気づいてくれて嬉しいわ」

「なるほど、こういう感じなんだね」

「気付けるとお互いに嬉しくなるものですから、ぜひ実践してみてください」

「うん、あの子供のこともちゃんと観察してみるね」

「理解できるといいわね」

 

 微笑んで、マキマの相談は良い方向でまとまった。

 このときひとつだけユカリに落ち度があったとすれば、ただでさえ蠱惑的な振る舞いができるマキマをもっとタチの悪い魔性の女に成長させてしまったことだけだった。

 




紫様も永夜抄で「でも大正解。博麗霊夢の言う事は全て正解よ」なんてことを言うので(調停者としてそう見なさなければならないって意味だとは分かっていつつも)厄介オタクの素質あるよななんて思っています。この台詞大好き。

相貌失認の男に髪、目、肌の色のくだりで自分のことを教えたヒロインが、バッドエンドルートでお皿の上のクロッシュ(銀色の覆い)取ったら生首で登場するフリゲが作者は好きです。
本作は穏やか交流ハッピーエンドを目指していますが、製造ラインが尊厳破壊曇らせ性癖なのでモブとかでたま〜になんかあるかもしれません。
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