「ねえユカリ、タダ酒を飲みに行かない?」
「行くわ!」
返事は食い気味だった。
……
…………
………………
「この辺りの居酒屋や歓楽街方面で魔人による多数の被害が出ています」
夜の街、前を歩くマキマについて歩く姿が三人。
スキマで移動せず、珍しく歩いて移動しているユカリ。そしてさらにその後ろに連れ立った姫野と、新たな彼女のバディの佐原である。
「今のところ被害にあったお店は計九件。お酒を根こそぎ持っていかれて損害がすごいことになってるところが四件に、店長や一部の人を残してお客さんがたくさん行方知れずになっているのが五件。そのうち三件は民間のデビルハンターが向かったお店なんだけど、全員消えちゃったみたい。無事だったのは飲酒をしていなかった人だけ……って、推測されてる」
「推測、ですか?」
「それが……生き残った人も心神喪失状態でまともに話を聞けないみたい」
「なるほど」
マキマにまだ慣れないのか、姫野の元来の性格はなりをひそめているようだ。大人しく、そして後輩らしく仕事の話をしている姫野の声色は暗い。
隣にいるバディも姫野のそんな様子に戸惑っているようだった。無理もない、数ヶ月前に彼女は三人目のバディを亡くしたばかりなのだから。
「荒らし回ってるのは、推定で酒の魔人。これは、魔人が来たときに逃げ出した人の証言だね。鬼みたいにツノが生えてて蛇の頭みたいだったけど、来た途端に酒の飲み比べを挑んで叫び出したんだって。飲み比べが始まる前に逃げることができればそのまま無事に帰れるみたい」
「つまり、私たちはその飲み比べで勝てばいいというわけですね」
「そういうこと。ユカリは話が早いね」
「えっ、そういうことなんですか!?」
マキマと親しくしているユカリを見て姫野が沈黙し、代わりにバディが驚いた声をあげる。二人同士で分かれたチームではあるが、はじめての合同作戦ということで緊張しているらしく姫野チームの反応はかたい。
マキマとユカリはこれから楽しく飲みに行くつもりで来ているため、逆に空気が軽すぎる。極端な四人組だった。
「そうだ、自己紹介がまだだね。私はマキマ。姫野さんも佐原さんも知ってるかな? ……うん、知ってそうだね。そう、そのマキマ。よろしくね」
「私は八雲……いえ、ユカリと呼んでくださいな。マキマのお友達をしています。実力のほうはマキマが認めているのだから問題ありませんよね? 契約悪魔とかはこの子と一緒でナ・イ・ショ」
ウインクまでしたユカリに、マキマが言いにくそうに振り向く。
「ユカリ、それはちょっと、きついかな」
「は!? え……そんな、そ、そんなにですか!? ねえマキマ。ねえ!?」
「冗談だよ」
「び、びっくりしました。そうよね。私ほどの少女を捕まえてきついだなんて」
「美女ではありますけど、絶対少女ではなくないですか?」
「佐原ちゃん!!」
「あっ、ゴメンナサイ」
我慢しきれなかったのだろう。佐原が声をあげると、ギョッとした姫野が制止の声をあげる。あまりに素直に出てきた言葉がユカリの精神を著しく削ったが、バツの悪そうな顔で謝る彼女を特に怒る気はないらしく、ユカリはがっくりと肩を落としている。
「……泣いてもいいかしら」
「着くまでに泣き止んでくれたらいいよ」
「うえーん、マキマが上司モードでツれないわ〜!」
やんわりと突き放しているが、そんなマキマの三つ編みには相変わらずユカリとおそろいのリボンが編み込まれている。
二人の背中を後ろから見ている姫野たちにもそれが見えているので、マキマの友達だと自己紹介したことについては疑っていない、友達にしては距離が近いのではないかとは思っているものの、それだけだ。
「それじゃあ、次は姫野さんと佐原さん」
「姫野でーす、退魔三課所属。マキマさんには今後設立する特異課? にご招待を受けてます。この前は私を助けてくれてありがとうございました。よろしく!」
「佐原です。姫野さんの五人目のバディとなるらしいです。夢は京都の狐か、猫の悪魔を撫でることです。よろしくお願いします」
ユカリはまずなにから言及していこうか迷った末に片方を選ぶ。
「去年亡くなったのが三人目ではありませんでしたか……?」
「四人目の子ははりきりすぎてました。それで、初仕事でお陀仏ですよ。嫌ンなっちゃいますよね〜。佐原ちゃんは、ちゃーんと私の言うことを聞くこと!」
「もちろんです!」
明らかにカラ元気だというのが見てとれた。
さすがに、佐原の夢について突っ込みを入れるのは失礼かもしれないと考え、そちらについては触れなかった。そういう雰囲気でもないので。
「二人にはお店に他の人が入ってこないように見張っててもらいます」
「えー、私たちは飲めないんですか?」
「本部からここまで運転してきてもらったから、どっちも帰りの運転ができるようにしていてください。お店の外で待機している間は自由にしていて問題ありません」
「合同作戦なのに魔人討伐するところは見せてもくれないってことなんですかー?」
「今回に限ってはそうです、ごめんね。信用していないわけじゃないから、今後同じように合同作戦を行うときに活躍を見させてもらうことになると思います」
「はあ、仕方ないか。上官命令だもんね。分かりましたよ」
「ここだね。それじゃあ、ユカリは私と一緒に入ろうか」
「やった、タダ酒ですね!」
「いいなあ……タダ酒」
「姫野先輩、お仕事中ですから……」
「佐原ちゃんは羨ましくないわけー? タダ酒だよタダ酒! 経費で落ちるからいくらでも飲めるのに〜!」
「私はお酒に強くないのでなんとも……」
魔人を殺しにきているとはとても思えないテンションでマキマとユカリが店のドアをガラガラと開けて中に入る。背中に姫野の不満の声を受けながら。
「ところでマキマ、あの子たちを置いてきたのはどうしてかしら? せっかくのタダ酒ですのに。ほら、あんなに不満そう」
「はっきりとした目撃証言はないけど、生き残った人間がみんな心神喪失状態になっているから、使える人材を失いかねないようなことはしたくなかったんだよね」
「でも、デビルハンターなんてしてきたら多かれ少なかれ、怖い目に遭うのは慣れているでしょう。それでも?」
「実はというと、現地のネズミの目を使って偵察したから、二人には見せないほうがいいと判断したんだ」
「あなたがそこまで言うのって、相当ね」
中に入った二人が見た光景は、幾人もの人が酔い潰されてテーブルに突っ伏している姿と、巻き込まれて逃げ出す発想すら無くし、震えている客たち。そして店の一番奥でふんぞり返って酒を一気飲みしているツノの生えた蛇頭の魔人。
店内に入ってきた二人を認識して魔人がジョッキをテーブルにゴンッ! と置くと、品定めするように舌なめずりをした。
「おっと、新しい客かあ〜? 逃げ出すのなら今のうちだぜ。今俺ァ、ここにいる奴らと飲み比べしてンだ」
「通報を受けて公安から来ました。私たちは公安のデビルハンターです」
「おう、デビルハンターかよォ。酒で高揚してる俺にはどんな攻撃も通りゃしねぇぞ。ひっく! 俺を殺したいなら、飲み比べで勝つことだァな」
魔人の言葉を受けてユカリとマキマの視線が行き交う。
攻撃通らなそう?
いえ、いけますね。普通の人間の攻撃は当たらないかも知れませんが、私たちなら問題ないと思うわ。
でもタダ酒はしたいよね。
もちろんです。
そんな無言のやり取りをしてマキマが魔人に答える。
「その飲み比べ、受けて立ちましょう」
「おいおい嬢ちゃんたちが俺との飲み比べに勝とうってェ!? ギャハハハハハ! いいぜぇ、無謀だと思うがなぁ! おい店主ゥ、ジョッキ十杯は持ってこい」
「す、すみませんすみません。うちの店にはもう、お酒は……!」
「アー? ンだよここは随分少ねぇな。しゃあねぇ。空のジョッキそこに並べとけ」
「は、はい……」
酒の魔人が立ち上がり、酔い潰されている客に大股で近づいていく。
その様子を見ながら、マキマは目を細めた。
「ネズミで見たのが人間に見せていい光景じゃないと思ったから、姫野さんたちには悪いけど待機命令をさせてもらったんだよね」
「影響下にある人間はもう手遅れってパターンかしら」
「そう、酔い潰された時点であの魔人の持ち物になっちゃうみたいだから」
酒の魔人がテーブルに突っ伏して唸っている客の目の前に立つ。そして、恐怖をその目に映した客の顔を覗き込んだ。
「酒が足りねンだ。ちょっとお前ェ、ビールになれ」
「ぁ……」
パシャッ
客が一瞬で液体に変貌し、指差した魔人の指先にくるくると液体がまとわりついて旋回する。地面に落ちず指先で球体になった黄色の液体を、魔人は並べられた空のジョッキに次々と操作をして注いでいった。
「足りなかったら追加するからよォ、楽しくやろうぜ。飲み比べに負けりゃあ、美人なあんたらも平凡な酒に生まれ変わることになるぜ。もったいねェけど、勝負じゃしょうがねぇよなぁ?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた魔人が席に座る。
恐らく、人間をビールに変換したことで二人が恐怖で震えると思っていたのだろう。実際に、二人以外の客は悲鳴をあげてガタガタと震え、すでに酔い潰されて動けなくなった人物たちは次は自分だと恐怖を宿した目で魔人を見つめている。
しかし、表情に動揺ひとつ乗せずにマキマが近くの席に座ると、魔人は意外そうな顔をした。
「度胸のあるツラァ、いい美人ってのはいいなあ……そういうやつがさぁ、酒で溺れて俺のモンになりゃあ最高だぜ。取り込む前に楽しいコトすんのもいいよなぁ。度胸もない、逃げ出す勇気もねぇ奴らの前で美味しく食ってやんよ」
「勝負が始まってもいないのに随分と大口を叩くわね。みっともない。私も参加するからそのお酒こっちにもくださいな」
マキマを下卑た目で眺める魔人の視線を遮るようにユカリが座る。
人間を材料に作られたビールがジョッキに入れられ、三人の前にひとつずつ並んだ。いまだ魔人は、二人が飲めるわけがないと思っているのか余裕そうだ。
「確かに、外の二人には見せられない光景ね」
「でしょ? 姫野さんはお酒が好きだけど、さすがに気持ち悪くて飲めないだろうし。トラウマになっちゃうのは可哀想だから」
「これを知ってて私をタダ酒に誘ったのよね。マキマも悪い子」
「でも、ユカリは飲めるでしょ?」
「他の妖怪連中に分けて差し上げたいくらい貴重なお酒ですね。まあ、全部私がいただくのですけど。勝負はいつでもいいですよ」
顔色ひとつ変えない美女二人に魔人は怪訝そうな顔を向けているが、酒で頭がまわっていないのか追求はしない。
「じゃア、始めるぜェ。酔い潰れたほうが負けだ。楽しみだなァ〜美人二人も俺のモンにな……あん?」
合図があってからすぐ、ユカリとマキマは一気に一杯目を飲み干して店主を見上げる。店主の前に並べられたビールジョッキには人間で作られたビールがずらりと並んでいるが、「早く次を出してちょうだい」と躊躇いなく次を要求した。
さすがに人間で作られたビールに、少しは抵抗感があるだろうと思い込んでいた魔人が目を丸くする。
「せっかくのタダ酒ですもの。いっぱい楽しんでいかなくちゃね」
「すみません、ジョッキは一杯ずつではなくて三杯ずつくらいで出してもらえますか。あと、なにかおつまみになるものをください」
「え? あ、は、はい!?」
店主が慌ててつまみを準備している光景を尻目に、新たに並べられた酒を二人は飲み干してテーブルに並べる。
「……正気かァ?」
脳みそを酒にやられた状態の魔人でも、さすがにそう呟いていた。
・姫野
まだやさぐれ中。三人目のあとの四人目のバディがすぐに死んで、自分の指導がそんなに悪いか?と悩んでいる。五人目の女の子は素直でいい子だなとおもっているが、どうせすぐ死ぬと思っているので距離をあけている。
・佐原
姫野の五人目のバディ。髪を適当にひとつ結びにしている黒髪の女性。
アキ君の前のバディだった人の名前をつけています。つまりそういうことです。ただ、アキくんが来るまでは生き残るので一年は一緒にいられるよ。よかったね。
・酒の魔人
オリジナル魔人。
限界はちゃんと存在するが、人間が勝負に勝てるような相手ではない。
酒で酔い潰した相手を自分のものと認定して酒やつまみに変換することができる。
酒の悪魔状態だったら酒をただ取り込み続けるだけなので、逆にこいつを酔い潰して攻略することは不可能だった。その場合、物理的な方法で退治する必要がある。
・作者
プロジェクトムーンに調教されてるので、人間は全身余す所なく資源になると思っている。