貞操逆転世界で女の子をからかって遊びたい   作:しゃふ

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14話 知らない

 次の日、僕は望月さんと水瀬さんの二人と共に、昼食を食べるため、外のベンチ広場に集まっていた。

 

 あいにく、天気は微妙だ。

 雨は降っていないけど、風が強く、黒い雲が目立つ空には少し不安を覚えてしまう。

 

 でも、せっかくの二人と食べる機会だ、

 僕は笑みを浮かべながら、右手側に座っている望月さんに話しかける。

 

「望月さん、お弁当なんだ」

「うん、最近はお母さんが作ってくれるから」

 

 家族について話すとき、望月さんはあまり良い顔はしない。

 けれど、決して喧嘩をしているというわけではなさそうで、安心する。

 

「ヒロっち、こっち向いて」

 

 そう思ってニコニコしていると、不意に水瀬さんから話しかけられる。

 当然のように二人の真ん中に座らされた僕は、話しかけられる度に首を左右に振る必要があって忙しい。

 

「あーん」

 

 水瀬さんの方に振り向くと、お弁当の卵焼きを箸で掴んでこっちに向けていた。

 僕は少し迷いながらも、卵焼きを口に入れる。

 

「おいしい?」

「うん、おいひいです」

 

 どうやら水瀬さん手作りだったらしい。「そっかそっか」と満足気にニヤついている彼女を見ていると、こっちも微笑ましい気持ちになる。

 

 ――すると、望月さんに肩を叩かれた。

 

「……私も、する。

 はい、柊くん」 

「ちょ、今たべてる途中だから」

 

 しかも、何で水瀬さんと同じやつなの。

 そんなに卵焼きが好きだと思われてるんだろうか。

 

「どっちがおいしい?」

 

 望月さんの方は、薄味だけど、手間暇かけて作ったことが伝わる、素朴な味。

 

 それに対して、水瀬さんのものは甘味が強い。僕の好みではないけど、後味はさっぱりとしていて、落ち着く味だ。

 

 どっちがおいしいか、その答えを出そうと脳を巡らせたとき。

 

 ふと、僕の頭に、一人の人影がよぎった。

 

「……さぁ、どっちだろうね?」

 

 だから、だろうか。

 上手く答えが出せなかった僕は、曖昧に、答えを返す。

 

「あ、逃げた」

 

 ただ、水瀬さんはそれに不満なようで、頬を指でつつかれる。

 傍目から見たら、変な勘違いをされかねないような言動に、思わず苦笑いをこぼれる。

 

 

 ……そのとき。

 望月さんが唐突に口を開いた。

 

「一つ、聞いてもいいかな。二人とも」

 

 望月さんは少し微笑みながら、僕らに語りかける。

 その声は平坦で表情がほとんど読み取れない。

 

「ん、なに? 望月さん」

 

 

「――あのとき、教室で何してたの?」

 

 瞬間、空気を切るような突風が僕らの隣を通り抜ける。冷たい風を額で受け止めながら、僕は望月さんと目を合わせる。

 ……目が全然笑ってない、この子。

 

 しばし、静寂が流れた後、最初に口を開いたのは水瀬さんの方だった。

 

「……またその話? 何回も言ってるじゃん、椅子が倒れちゃっただけだって。

 ね、ヒロっち?」

 

「……うん。いつのまにか、ああなってただけで、特に、なにもしてない、です」

 

 望月さんの怪訝そうな目は変わらない。最初は水瀬さんに向けられていた視線は、いつのまにか僕の方に移っていた。

 

「――嘘が下手」

 

 耳元で、水瀬さんに囁かれる。それを見た望月さんは先ほどまでよりもさらに険しい顔で僕を見てくる。

 ……絶対怒ってる。

 

 僕は彼女の機嫌を戻すため、自らのお弁当に向かって箸を伸ばした。

 

「ほら、お返し」

 

 そう言って、望月さんにタコさんウインナーを差し出す。すると、彼女の表情が一気に緩む。

 

「へっ? ひ、ひいらぎくんの箸だけど?」

 

 先ほどまでとは打って変わって、顔を赤く染めた望月さんの声は、まるで甘く溶けているように高い声だ。

 

 タコさん並みに気の抜けた彼女の顔を見て、何とか乗り切ったかと安堵した僕は、

 

「ほら、早く食べないと――」 

 

「ん、おいしいね。これ」

 

 ……水瀬さんの口に入っていくウインナーを見て、自分の表情が固まるのを感じた。

 

「……あの、水瀬さん?」

 

「なのちゃん、全然食べないからさ。

 あたしが貰っちゃってもいいのかなって」

 

 水瀬さんは僕の声は無視するように、望月さんに向かって語りかける。

 

「えっと、望月さん。

 とりあえず、箸をグーで握るのはやめよっか。怖いから」

 

 ぷるぷると拳を震わせる彼女を宥めつつ、僕はもう一つのタコさんを彼女に捧げる。

 

「おいしい?」

「……うん」

 

 そう言った望月さんの頭の上に手を置く。

 すると望月さんは、スリスリとまるで子猫のように頭を擦り付けだした。

 

 その時、望月さんが小さく言葉をこぼす。

 

「……柊くん、今度は、私と二人だけで――」

 

 その瞬間。

 チャイムの音が鳴り響いて、彼女の言葉は掻き消された。

 

「次って移動教室だよね。行こっか、二人とも」

「……うん」

 

 僕たちは立ち上がって、一度教室に戻ろうと、歩き出す。

 

 その帰り道、ふと水瀬さんが近く寄って来て、

 

「ね、ヒロっち。

……今度は、二人っきりで食べよっか?」

 

 小さな声で、僕の耳元に囁いた。

 

 

 放課後。特にやることもなく、教室を出た僕は早急に帰路に着く。

 もうすぐでテストだからだろうか、いつもより玄関の人混みは大きい。

 

「――ね、あの子、柊くんだよね」

「え、マジで!? 私初めて見るかも!」

 

 最近は"柊くん"と呼ばれることが増えた。クラスメイトに限らず、知らない上級生にもそう呼ばれることが多くなってきた。

 

「でもさ。あの子、付き合ってる子いるんでしょ?」

「あ、聞いた聞いた。水瀬ちゃんだっけ? まじ羨ましいんだけど」

「教室で……ってやつ? あれほんとなの?」

「そうそう、私の後輩が見たらしいんだけど、服も半分脱ぎかけだったとか」

「……まじで? あんな可愛い顔して、そんなことまでやってんの? エロすぎない?」

 

 ……水瀬さんとの一件は学校中に広がっているらしい。クラスの子たちは何とか誤魔化しきれたけど、それ以外にはあらぬ噂が広がっているようだ。

 

 そのおかげかは知らないけど、廊下とかで声をかけてくる子は減った気がする。

……代わりに、変な視線を受けることは増えたけど。

 

 まぁ、僕としてもセンパイ以外の年上の女の子と話すのは得意じゃないし、都合が良い……のかもしれない。

 

 僕はザワザワしている彼女たちを横目に、何とか校門を抜け出した。

 

 

 空の色は先ほどまでよりも暗い。今にも泣き出しそうな雲に不安を感じながらも、駆け足で歩く。

 

 ……降らないといいけど。

 

 雨具の類は持ってきていない、いま雨に打たれると、間違いなく風邪を引くだろう。

 

 

 ――ただ、悪い不安というものは的中するもので。

 

「やっぱ、降ってきちゃったか」

 

 ポツリ、ポツリと降り出した小雨はあっという間に大降りとなり、激しく地面を打ち付け出した。

 

 ……どうしようかな。

 

 母親に連絡しても、この時間は仕事だし、迎えに来てもらうのは気が引ける。

 

 とりあえず雨宿りができる場所を探してみるも、こんなときに限って中々見つからない。

 

 ……数分経って、古い家屋の軒下を見つけたときには、僕の制服はすっかりずぶ濡れになっていた。

 

「……こうなるくらいなら、家まで走れば良かったな」

 

 雨が上がるまで待つしかない。

 ――だけど、

 

「……寒い」

 

 びしょ濡れの服は冷たくて、透けた服からは素肌が薄っすらと見えている。

 

 身体を蝕む寒気でガタガタと震えながら、軒下に座り込んでいると、徐々に頭がクラクラとしだして、視界が熱で歪んでいくのを感じる。

 

 ……ちょっと、まずいかもしれない。

 

 そう、思った時だった。

 

 目の前に一台の自転車が止まった。

 雨のせいか、引っ掻いたようなブレーキの音が耳に響いて、嫌な不快感が脳を襲う。

 

「――真尋?」

 

 でも、放たれた声が聞こえたとき。

 ――先ほどまで襲っていた不快感はいつの間にか、消えさっていた。

 

 "真尋"、そうやって僕を呼ぶ人は一人しかいない。

 

「……せんぱい?」

 

 なんで、センパイが?

 疑問を口にしようとするけど、身体を襲う悪寒のせいで、上手いこと声が出ない。

 

「……バイト、行こうと思ってて。

 いや、そんなのより」

 

 センパイの手が額に触れて、暖かい感触が身体に伝わる。

 

「……熱い。それに、顔色も」

 

 センパイは、迷うことなく、自分がつけていたレインコートを脱いで、僕に着させた。

 

 僕のよりも少し大きくて、手首がすっぽりと隠れてしまうそれは、冷え切った身体を暖めるように僕を包み込む。

 

「……これだと、センパイが」

 

「――私は大丈夫。

 それより、後ろ乗れる?」

 

 止めていた自転車のロックを外したセンパイは、サドルが僕のちょうど真ん前に来るように、自転車を動かした。

 

 震える身体を無理やり動かして、センパイの後ろに座る。センパイの背中は、いつもより、少し大きく見えて、安心できた。

 

「背中、捕まってて。

 私の家、近くだから」

 

 自転車から落ちないように、センパイの背中に引っ付いて、腕を前に回す。

 

 すると、センパイの匂いが、感触が、直に伝わって来て、頭がドロドロに溶けていくのを感じる。

 

「せんぱい、あり、がと」

 

 うまく、声がだせずに、舌足らずな呟きをこぼす。

 

 センパイの背中にくっ付いていると、不安とか、恐怖とかそんなのは全部、どこかにいってしまうようで――

 

 ――これは、なんなんだろう。

 ふわふわしていて、あたたかい。

 

 

「着いた。

 肩、貸すよ。真尋」

 

 まるで、心が撫でられているみたいで、少しくすぐったい。

 でも、心地良くて、ずっとこのままでいたいって思ってしまう。

 

 

「お風呂、すぐ入れるから」

 

 頭の中から、センパイのこと以外、全て抜け落ちたようなそんな感覚。

 センパイの声が、ずっと耳の中に響いて、離れない。

 

「私は良いから。先に入って」

 

 あぁ、どうしよう。

 ……こんな気持ち、知らない。

 

 

 

 ……そして、僕は、この日。

 

 ――その感情の名前を知ることになる。

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