貞操逆転世界で女の子をからかって遊びたい   作:しゃふ

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3話 妹

 今思えば夢だったような気がする。でも、彼の手を握ったときの感触は家に帰った今でもずっと残っている。

 

 脱いだ服を洗濯機に入れて、湯船に浸かる。お風呂はお母さんが入れてくれてたらしい、どうでもいいけど。

 

「ひいらぎ、くん」

 

 そんなことより、私の頭を支配していたのは柊ちゃ……じゃない、柊くんだった。

 

 最初に会った時はべつにそんなのじゃなかった。

 男の子だと思ってなかったし、声をかけてきたのも、私が惨めだから同情してるだけだって、そう思っていた。

 

 でも、私の背中を何度もさすってくれて、泣いてる時は涙を拭ってくれて、怒ったり、笑ったりせずに黙って話を聞いてくれて。

 

 この人を離したくないって思った。私のたった一人の、大切な友達になってくれると思った。

 だから、また会いたいって、勇気を出して言ってみた。

 少しでも仲良くなりたくて、柊ちゃんって呼んでみた。

 でも。

 

「男でちゃん呼びはないかな、って」

 

 柊ちゃんは柊くんだった。その瞬間、頭の中が思いっきり殴られたみたいな、そんな感じがした。

 

 ……だって仕方ないじゃん、あんな優しい男の子見たことないもん。

 

 正直、今でも信じられない。

 でも、そう思うと同時に、彼が倒れ込んできた時の光景が蘇る。

 

 細身で、ちゃんとご飯を食べてるのか不安になるほど軽かったけど、その身体は紛れもない男の子のものだった。

 

「……熱い」

 

 思い出すと、頭が沸騰しそうになる。

 こんな状況で良く無事に帰ってこれたものだ。途中で事故に遭わなかったのは奇跡かもしれない。

 

 柊くんもちゃんと帰れてるのかな。

 

 ……ダメ、これ以上はダメだ。

 何となく、分かる。これ以上彼のことを気にしているときっと良くない方向に進んでしまう。

 

 忘れないといけない、今日のことは。私が良い子じゃなくなってしまう前に。

 

 でも、最後、悪戯っぽく笑った彼の顔はずっと私の頭にこびり付いて離さない。

 

 

「……ちがう、わたしはあの子と友達になりたいだけで」

 

 それなのに、忘れられない。彼の顔も、匂いも、感触も。

 住んでるとこだって、憶えてしまった。勉強のために育てた記憶力は、ダメって分かってるのに頭の隙間にそれを入れ込んだ。

 

「……どうしよう、柊くん。

 私、悪い子になっちゃったかも」

 

 身体中が熱くなるのを感じる。もしかすると、湯船のお湯よりも熱くなってるかもしれない。入浴剤に染まった湯船を離れて、私は脱衣所へと立つ。

 

 着替え終えた私はすぐに自分の部屋に向かった。途中、お母さんに話しかけられたけど、無視して階段を登る。

 

 ドアを開けると、一目散にベッドに飛び込む。そうして、クラクラする頭を冷やすように、枕に顔を押し付ける。

 

 そのまま目を瞑ってると、身体の火照りは余計増していく。おかしくなりそうだ。

 耐えられない身体の熱に、少しでも抵抗しようと身体をよじる。

 

 ……こういうことは、あまりしないけど。

 

「でも、柊くんがわるいんだよ」

 

 私はそのまま、溢れる感情に身を任せた。

 

 

 

「……うぅ、足が痛い」

 

 望月さんとの邂逅から一夜明けた今日。僕は部屋のベッドの中でうめいていた。

 

 あの後、疲れ切った足を無理やり動かして家に帰った僕は、一直線に自分の部屋のベッドに飛び込んだ。

 

 そして目を覚ました僕を襲ってきたのは筋肉痛の群れだ。畜生、この身体を呪ってやりたい。

 

 ……今日は動ける気がしない、大人しく部屋でじっとしとこう。幸い、娯楽の類は充実しているので暇はしないはずだ。

 

 漫画棚に手を伸ばして、適当に一冊取る。見てみると、主人公の女の子と、いつもからかってくる隣の席の男の子とのラブコメディらしい。

 

 ……前世で見たなこれ。主人公とヒロインの性別だけ変わってるけど。

 案外来週からの学校生活に役立つかもしれない、ページを捲りながらそんなことを考えていると、不意に昨日のことを思い出す。

 

 望月さんとの別れ際、彼女をからかったとき、僕は自分でも感じたことのない感情を感じた。嗜虐心、よりももっと深い何かを。

 

 端的に言おう、あれは楽しかった。

 

 ……まあでも、ああいう態度はこの世界だとそこそこ受けがいいのではないだろうか。

 

 この世界では男というだけで親しまれづらい。それはたぶん、学校とかでも同じだろう。

 

 そういう状況で普通の人間関係を送るには多少の工夫が必要だ。

 そのきっかけとしてああいうキャラ作りは悪くない気がする。建前じゃないよ?

 

 そんなことを考えていたとき、突然何者かがドアを叩く音が聞こえた。

 そのまま返事をする間もなく扉は開かれる。

 

「おにいちゃん、入っていい?」

 

「……そういうのはドアを開ける前に言おうね」

 

 もう半分くらい足を踏み込んでいる少女に対して、諭すように語りかける。

 

「うん、気をつける」

「……これ三回目だよ?」

「たぶん四回目」

 

 まるで反省の色なしで答える少女。その手にはゲームのコントローラーが握られていた。

 

 この子は僕の妹……らしい。名前は柊葵。僕の四つ下で、現在は小学六年生。可愛らしい容姿は本当に僕の妹なのかと疑問が浮かばせる。

 

 彼女との関係には正直悩んでいる。

 家族であることは間違いないのだが、いまいち深い所まで踏み込めない。

 当然だ、会ってまだ数日なのだから。

 

「えーと、葵ちゃん。なにか用?」

「葵」

「ん、あぁ、そうだっけ。ごめん、葵」

「昨日も言ったのに」

 

 前の僕は葵、と呼び捨てだったらしいが、今の僕はその呼び名に慣れず、葵ちゃんと呼んでは怒られている。

 

 ……気をつけないといけない。転生のことなんて言っても信じてもらえないだろうし、変に思われる行動は避けた方がいい。

 

 そんなことを一人で反省していると、葵ちゃんが近寄ってくるのが見えた。

 ……なんだろう、嫌な予感がする。

 

 葵ちゃんは僕のベッドの側までやってきて、そのまま飛び乗る。そして、そのまま僕の顔の隣に両手を突き立てた。

 

 顔が近い。妹だと分かっていても、鼓動が動くのを感じる。

 

 ただそれは次の彼女の言葉を聞くまでだった。

 

「……ね、お兄ちゃん」

「昨日、誰と会ったの?」

 

 ……昨日のこと、バレてる。まずい、これはすごくまずい気がする。

 

「何の話?」

 

 できるだけ、平然ととぼける。ただ、彼女の顔は何か確信めいたものがあって、おそらく無駄だろうと察せられた。

 

「お母さんは気づいてないみたいだけど、私知ってるよ? 

 ……お兄ちゃんが昨日の夜、どこかに出かけたこと」

 

 ニコッと笑った彼女の瞳には冷たいものが宿っており、ゾクりとする感覚が僕の背中を襲う。

 

「何で言えないのかな?  私、お兄ちゃんに隠し事なんてないよ? 

 なのに――お兄ちゃんは私に隠しごとするの?」

 

 ――これはまずい。

 本能的に危険を感知した僕は彼女の言葉を無理やり遮って話し始めた。

 

 

「はい、そこまでストップ。ね、一旦冷静になろっか葵ちゃん、ほらお兄ちゃん今身体中痛くて動けないからさ」

「葵」

「……すいません葵さん」

「葵」

「ごめんなさい。えっと、葵、一旦落ち着こ?」

 

 ……やばい、なんか悪化した気がする。

 

「まず、お兄ちゃんは確かに昨日家から抜け出したよ。うん、認めようとも。

 でもそれは誰かに会いに行ったわけじゃないんだ。そう、こんな引きこもり生活を送ってたら葵にも迷惑がかかるでしょ? だから少し運動をと思ってね。

 まあ確かに、その途中で誰かと会った可能性は否定できないけどね。でもそれを証明することはできないんだよ。ほら、分かるね?」

 

 ……よし、このまま押し通してしまおう。

相手はたかだか小学生、高校生にもなった僕の弁舌にはきっと敵わないはず――

 

「終わった?」

 

「……はい。それで判決は?」

「死刑」

 

 まじか、死ぬのか僕。

 逃げ出そうにも、死刑宣告を受けてしまった僕の身体は筋肉痛によって強張り、まともに動かない。

 

 そして、耳元にあったはずの彼女の手が徐々に首元に迫っていくのを感じる。絞首刑?

 

「……でも、最近のお兄ちゃんが頑張ってるのは知ってるから」

「ちょっと減刑」

 

 彼女の手は首のちょっと手前、頬の辺りで止まった。そのまま両手で頬を撫でられた後、小さな声が聞こえた。

 

「……今日、私と遊んでくれたら、許す」

 

「最近、ちっとも遊んでくれなかったから」

 

 少し寂しそうにそう言ってから、彼女はベッドから降りる。

 

 ……もしかして、僕が遊んでくれなかったから拗ねていたのか?

 

 そう思って彼女の方を見てみると、頬を膨らませながら、ちょこんと床に座っていた。

 

 少し迷ってから僕は彼女の隣に座り、その頭をあやすように撫でる。

 

 さらさらとした髪が指の隙間を通り抜けていく。葵ちゃんは上目遣いでこちらを見つめるだけで何も言ってこない。

 

 そのまま数秒経ち、頭から手を離そうとしたとき、手首を掴まれる。

 

「もっと、して」

 

 まるで懇願するように言う彼女の声。それに何かが刺激された僕は、少し意地悪をしたくなった。

 

「どうしよっか」

 

 右手を宙にぷらぷらと動かしていると、手首を握っている力は徐々に強くなっていく。

 それでも無視していると、葵ちゃんが口を開く。

 

「……いじわる」

 

 そう告げると、彼女の身体が横に倒れ、僕の膝上に頭が落ちてきた。……まったく、やるな。

 そのまましばらくの間、ごろごろと動く頭をさすっていた。

 

 

 その後、僕は重い身体を叩き起こして、ゲーム機を取った。ガヤガヤと騒ぎながら二人で遊んでいると、時間はあっという間に過ぎていく。

 空が夕焼けに染まる頃、ふと小さな声で呟かれた。

 

「……前は、毎日こうやってしてたよね」

 

 前、というと僕がこの世界に来る前のことか。

 

 そういえば、散らかった僕の部屋の中にあったゲーム、そのほとんどが対戦ゲームだった。

 

 棚の中には一人用のものが沢山あったから不思議だったが、そうか。

 ……散らかったのか。毎日、毎日遊んでいるうちに。

 

 ――前の僕は、引きこもって、学校にも行ってない。多分、人としてはダメなやつだったけど。

 

 でも、きっと兄としてはいい奴だったんだろうな。

 

「お兄ちゃん、明後日から学校行くの?」

「うん」

「学校行くようになってからも、私と遊んでくれる?」

 

 だったら、僕はそれを受け継がないといけない。

 ……正直、彼女のことはまだ知らないことだらけだけど。でも、家族として向き合うことは必要だ。

 

「もちろん」

 

 そう言って葵のもとに振り向いたときだった。

 

 

「……で、それはそれとして」

「結局、昨日は誰と会ってたの、お兄ちゃん?」

 

 そう言った葵の顔はニコッと笑っていた。でも、その目は一つも笑ってなくて。

 

「ゆるしてください」

 

 ごめんなさい。

 やっぱりちょっと怖いかもです、この子。

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