根源的恐怖「因果の悪魔」   作:紅琳檎

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Case4-2,for answer

「したいこととか、許せねーこととかあんだろ」

 

答えられなかった。

突然だったことと、私自身が希望なんて持つことを許されていない存在だということと、そんなことを考える暇もなかったことと。

 

「工作員として育てられたっつーけどさ、それはレゼ自身が望んだことだったのか? 子供の時の夢は? 日本に来てちょっと普通の生活をしてみて思ったことは? 飯食って美味いと思ったことは?」

「……やめて」

 

心が抉られるような、不快感。

私はそんなことを考えてはいけない。

モルモットとして教育された私は祖国に尽くさなければならないのだ。

 

「子供の時から痛え思いしてきただろ? 理不尽だと思わなかったか? 人を殺して罪悪感を感じたとか、こんなことさせた奴らに対して怒らなかったか? 弱音を吐いて殴られたことは? 偉そーにふんぞり返った奴らの顔を踏みにじってやりたくならなかったか?」

 

ちり、と。

心の中で、火花が散る。

 

「俺はやってやったぜ。 知ってるかもしれねーけど、オヤジの残した借金の形にヤクザに良いように使われてよォ。 ポチタと一緒に悪魔殺して痛え目にもあって、ボロ屋でボロ着て碌な飯も食えねぇで。 こんな理不尽の中で希望もなく一生搾取されて生きてくのかなァって思ってた」

 

知ってるよ、資料で見たもの。

酷い境遇だっていうのは、私も君も同じだったね。

望んでこんなことになったんじゃないのに。

 

「けどよォ、ゾンビの悪魔に乗っ取られたヤクザ共を斬ったら、俺は素晴らしき日々を送れるようになった。 借金にも追われねぇ、飯は1日3食しかも好きなモン食っていいし、家だってセンパイと同居だけどベッドにふかふかの布団で寝れて、着るモンだって毎日洗濯したキレイなやつだし、風呂だって毎日入れる。 それに俺は夢があってよ」

 

少し高い位置から、私の顔を見下ろす、悪戯な笑み。

 

「あの生活を抜け出して、女と遊んで、付き合って、エッチするっつー夢」

 

年相応の、今まで辛い思いをしてきた人間とは思えない顔。

どうしてそんな顔ができるのだろう。

今、君が得た素晴らしい日々とはただの虚像で、みんなと同じ「普通」ではないのに。

 

「くだらねーと思うだろうけど、俺にとっちゃ大事なことだったんだぜ? ガッコー行くより飯食うより、人が生きてりゃ行き着くところは「そこ」だろ?」

「……君は」

 

「君は普通でいることを望まないの?」

 

ソ連の工作員「ボム」ではない。

「レゼ」でもない。

わたしのこころのどこかに、死なずにいた、少女のころの「 」が。

 

「ぜーんぜん! 普通の暮らしはしてーけど、普通でいたいと思ったことはねーぜ?」

 

私の心の中の、燻っていたところに。

 

「だからよ、レゼもしてーこと、話してみろよ」

 

火種を、落とす。

 

 

 

「……寒かった、とても」

「おう」

「暗い部屋に押し込まれた私たちは、皆が皆、競争相手で。 落ちてしまえば死ぬしかない、そんな世界の中で、それでも寒いから、身を寄せ合って寝て。 起きたらまた蹴落としあう」

「辛ェな、そりゃ」

「辛かった。 仲良くなった子もいたし、私よりすごい子もいて尊敬もしてた。 それでも死にたくなくて蹴落として、蹴落とされて。 それでも必死に教育に耐えて、気が付いたら溢れかえるくらいいた私たちは、座って寝て、並んで寝て、身体を伸ばして寝て、背を向けて寝て、部屋の隅で警戒し合いながら寝て」

「俺にゃポチタがいたが、レゼにはいなかったのか」

「うん。 ……いなかった、いてほしかった。 私にもデンジくんみたいな人がほしかった。 辛いときに共有できる、抱き締めてくれる人がほしかった。 でも私たちは、モルモットは、そんなことは絶対に許されなかった。 見て数えられるくらいに減った時、ひとり連れて行かれて、帰ってこなかった。 爆発音と揺れがあった。 今なら分かるけど、ボムの心臓の適合手術が始まった」

「クソだな、クソ国だ」

「怒ってくれてありがとう、嬉しい。 ……私は何番目だったかな、成績は悪くなかったけど上には上がいたから。 連れて行かれて寝かされて拘束されて、身体に刃が突き立てられたところまでは覚えていたんだけど……起きたら、私はもう、私じゃなかった」

 

そこまで話して、私は自分が泣いていたと気付く。

彼の手が私の頬を撫で涙を拭いて、抱くように髪に顔を埋めていた。

こんなに気持ちを共有しようとしてくれる彼の存在が嬉しくて、かつての教育で感情を失った能面のような顔が、綻ぶのを感じた。

私の心を取り戻してくれたのは、彼だ、デンジくんだ。

 

「それからも教育、教育、教育……初任務は、もう覚えてないな。 言われるがままに働いて。 ずっと働いて。 それで日本に来たの」

「頑張ったんだなァレゼは」

「……うん、頑張ったよ。 頑張ったの。 褒めてくれたのはデンジくんだけ。 嬉しいな」

 

手櫛で、そっと髪を撫でられる。

くすぐったいのと気持ちいいので、どこかが溶けてしまいそうになる。

 

「じゃあよ、そんな頑張ってきたレゼは、何がしてーんだ?」

「したいこと……」

「頑張ってきたんだから、ゴホービがねーとな?」

「ご褒美……」

 

 

 

「自由」

「自由に、なりたいかな」

「心のままに」

「したいことをして、食べたいものを食べて」

「普通の暮らしはしてみたいけど」

「デンジくんみたいに普通じゃなくてもいいかも」

「なにかを好きになってみたい」

「花……そう、お花。 デンジくんがくれたみたいに、私も誰かに花を渡せるような、そんな心がほしい」

 

「じゃァ、邪魔なモンがいっぱいあるなぁ」

 

「うん、たくさんあるね」

「祖国を裏切る、いや、裏切ったのはあっちが先だよね。 ただ生きていただけの私を、両親を失っただけの私をこんなふうにしたのは、ソ連だもの。 報いを受けるべきなんだ」

「私の普通はとっくに失くなっちゃったけど、みんながしている普通の暮らしはできるんだもの」

 

 

 

「私は、私であるために」

 

 

 

 

 

 

 

「ソ連を滅ぼす」

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