レゼは幼少期、施設で育った。
孤児ではあったが、思い返せば、よく創作で出てくるような貧乏でもなかったし、職員も悪辣でなかった。
それなりに情は感じていたし、子供たちも仲が悪くて仕方ないようなこともなかった。
「お世話になりました」
日本では18歳までいてもいいことになっている施設を、15歳で出ることにした。
特に何かがあった訳でもない。
ただ、どこかぼんやりと、変えなければならないと思った。
「いつでも帰ってきていい。 だがもし自分の育ちが不利になると感じたら、俺達のことは忘れて構わない。 好きに生きろ。 ただ諦めて死ぬな。 駄目なときは当然、人に頼れ」
施設の責任者(左の頬に傷がありよく怖がられるため施設にはほとんど来ない)である岸辺に餞別の言葉をもらったレゼは、言葉の端々から漏れる温かな情を感じ、ゆるりと微笑んだ。
「子供相手にはもうちょっと言葉を選んだほうがいいんじゃないですかぁ」
「お前の精神性で子供を名乗るなら、他のガキどもには赤ちゃん言葉で話したほうがいいか?」
「岸辺サンの赤ちゃん言葉、聞くためにもう少し残ったほうがよかったかなこりゃ」
「くだらんこと言ってないでさっさと行け。 表に迎えが来てる。 俺の
さっさと行けと言うように手を振る岸辺に、レゼはぺこりと頭を下げた。
正直、気安く接することも憚られるような立派な大人だ。
元警察の偉い人で、怪我で引退してから孤児院を経営して、身寄りのない子供達の面倒をたくさん見ている。
冷めた人間を装っているものの、その実、彼はとんでもない情熱家でもある。
面倒を見た子供は誰ひとり見捨てないし、何より奥さんと4人の子供達を愛しているのがよくわかる(街中でばったり会ってしまったレゼは口止め料として色々奢ってもらっていた)。
「また顔出しに来ますよ。 取り敢えず、高校生活が安定したら」
「無理はしないでいい。 俺がくたばるまでに旦那でも連れてくりゃ、儲けもんだ。 だが」
「忘れても良いんでしょ、岸辺サン。 ……でも忘れないし、まるっと含めて愛してくれるひとを連れてきますよ。 クァンシーさんみたいな」
「それは、ちょっとな……まぁ、お前の好きにすればいい」
そうして孤児院を出れば、少し古いが綺麗にされている高級車と、側に青年が立っていた。
「お前が、レゼか」
ぶっきらぼうな感じ、レゼはどこか岸辺を感じた。
血の繋がりはないだろうに、面白いものだと笑みが溢れる。
「はぁい。 お世話になります。 岸辺サンのムスコさん? ですよね?」
「ああ、早川アキだ。 これから寮に連れて行くが、他に荷物は無いのか?」
「無いですけど、もし良かったらドラッグストアとかで生活用品が欲しいなって(名字が違うのは複雑な関係とかってわけでもなさそう? 養子だから、きっと希望を聞いてあげてるんだろうな)」
「……名字の件は後で話してやるよ、気になってるみたいだしな。
ドラッグストアは寮のすぐ近くにある。 歳の近いやつに案内させるから交流がてら買いに行けばいい」
洞察力もなんか岸辺サンを感じるなぁと独り言ち、レゼははぁいと気の抜けた返事をする。
同時に歳の近いやつと言われて、胸の高鳴りを感じた。
孤児院では偶然だったようだが、前後2歳くらいの子供が居なかったのだ。
兄姉か弟妹かのような生活の中で、気の置ける友人は居なかったことを聞いていたのだろう。
岸辺の気遣いを感じ、いつか恩返しがしたいなぁとレゼはぼんやりと考えていた。
「酔ったりしてないか。 もうしばらく掛かるが、途中でひとり拾っていきたいやつがいる」
「私は全然大丈夫ですよ」
「まぁ、無理はするな。 遠慮なんかしなくていいんだからな」
アキからも同種の気遣いを感じる。
レゼは心のどこかが、ぽやっと温かくなったように思った。
なんとなく、兄だな、と。
「……ああ居た。 全く、単発のアルバイトとはいえ近いところにしろって注意したのに、俺がいなかったらどうするつもりだったんだあの馬鹿」
声につられて視線を向ければ、コンビニの駐車場から両手をぶんぶんと振り回している少年が居た。
まだ春先で肌寒い季節だというのに半袖で、金髪で、いかにも不良のような。
(でもなんだか、犬みたいな雰囲気もあってカワイイかも)
まだ顔が見えるほどの距離ではないが、レゼは少しだけ期待していた。
きっとあの少年は同い年くらいで、これから一緒に生活して、仲良くなれたりするんだろうか。
「おい馬鹿。 俺の忠告を聞かないばかりに帰りの交通費足りなくなった馬鹿。 何か言うことはないか馬鹿」
「お迎えゴクロー早パイ! 晩飯は唐揚げが良いけどなァ俺は!」
「テメェは先ず謝ることを覚えろって何度言わせんだ!?」
「アァァアァ頭割れるゥゥ!!!」
前言撤回、ちょっと様子見から始めようかなぁ。
突然のアイアンクローに、レゼは遠い目をしていた。