「俺ぁデンジ。 アキんところで世話になってんだ。 お前は?」
「レゼでーす。 私も今日から早川さんにお世話になるんだ」
とはいえ暫くは同じ車の中だ。
勝手知ってる、といった様子で助手席に座った少年__デンジは、後部座席のレゼに振り返りながら名乗った。
レゼはデンジを観察することにした。
「デンジ。 初対面の相手にお前呼ばわりは止めろ」
「エェー……センセーはするじゃんか。 俺はダメなのかよ」
(うーん、社交性はあるけど距離感が変だなぁ。 10歳くらいの子と喋ってるみたい)
「岸辺さんは大人だし立場がある。 相応の振る舞いが必要だからわざとやってんだ」
「そうですよぅ。 初対面の女の子にお前呼ばわりなんて、嫌われちゃいますよー?」
「俺ぁ嫌われんのはヤダ! ごめん!」
(情緒が幼い。 身近に自分を庇護してくれるような相手がいなかったのかな。 考えられるのは虐待、ネグレクト、親族間で盥回しとか)
「良いですよ。 それなら、レゼって呼んでほしいかな?」
「レゼ……レゼ! かわいい名前じゃんか! いいなぁ、こう、女の子ってカンジ!」
「……なんじゃそりゃ、ふふ」
(でもいい子だ、きっと。 捻くれたり攻撃的でもない。 きっと、愛されて愛すことを知ってる)
「騒がしくて悪いな」
「いえいえ、楽しいですよ、デンジくんと話すの」
「俺も楽しいぜ! レゼみたいな美人と話せて、今日の俺はラッキーでハッピーだ!」
ストレートな褒め言葉は初めてで、レゼは少しだけ頬を染める。
彼女は昔から大人に褒められては、それらしく喜ぶ演技をしてしまっていた。
物心ついたときから両親は無く、身近な大人は似たような境遇の子供の面倒を見ていて、自分だけを見ているわけではない。
褒め言葉だって、歳上の子より落ち着いているだとか、歳下の子を面倒見ているから偉いだとか、結局は比較されて他よりマシだから褒められているだけ。
にこりと笑って頬を染め、少し甘えた子供らしい声で、ありがとうございます、と繰り返す。
大人は単純だった、ずっと騙してきた。
岸辺には即座に見破られて、似合わない子供らしさは止めろと言われたのだが。
「……へぇ。 デンジくんは、私が美人だと思うんだ?」
「思いまァす!」
「美人なだけ? カワイイとは思わない?」
「思いまァす!」
「レゼ。 あんまりデンジをからかうんじゃない」
「かわかわれてんのォ俺ェ!?」
とても久し振りに心から笑っている、とレゼは自覚した。
なんだか気恥ずかしくて、目線を下げる。
ふと、手にした携帯のストラップが目に入る。
(あれ)
ストラップの紐に繋がる、銀の輪に通した短い棒。
いつだかに岸辺から貰ったものだが、何故だかあまりに欲しくて強請った記憶が蘇り。
(ピン。 手榴弾の。 そうだ、鬱々とした気持ちが爆発しないようにって、自分へのセーフティになるようにって、岸辺さんにお願いして譲ってもらった、これ)
(デンジ、デンジ……頭の何処かに引っ掛かる。 聞いたことのある、名前……どこか、そう、きっと……レゼと呼ばれた、ことも、ある)
右手が、首の右側面を触る。
レゼが自覚している、何か不安があるときの防衛機制。
(何か忘れているような、大事なこと……大事な、ひと)
「レゼ?」
振り返ったデンジの、赤い瞳。
ぱちりと、身体の何処かに電気が走って。
駄目だと騒ぐ脳内から、途方も無い愛が溢れて。
着火。
「因果の悪魔」
「眺めていたいだけの観客を舞台に上げるだなんて、無粋な真似をするものじゃないよ、レゼ」
その名を呼んだ瞬間、きん、とかつての世界で聞いた澄んだ音と共に、掌サイズの異形が現れた。
因果の悪魔と名乗っていたそれは声色から、少し不機嫌そうだと感じられる。
出現と同時に世界は色を失い、全ての物事が停止している。
車も当然、デンジやアキも同じように固まっていた。
「これが、枝分かれした因果の世界のひとつなの?」
「そうだ。 君が認識する記念すべき1つ目の世界だ。 余りに前回と掛け離れた因果にしてしまうと認識が歪む可能性が高かったから、君や彼が孤児だという因果は変えないでいた」
「それはどうでもいい。 けど、私の方に記憶を取り戻すような仕掛けをしたのは、ちょっと気に食わない」
「ふむ、私の力が本当だという証明と、君なら気づくだろうという信頼の裏返しではあったが。 不快に思ったなら謝罪しよう」
どうやら行き過ぎた気の利かせ方をしただけ、らしい。
謝罪は本物だろうと当たりをつけたレゼは、ぴくりとも動かないデンジの頬を愛おしそうに撫でる。
「私が記憶を取り戻すのはこの世界だけ?」
「かつての不幸との差を感じたいのであれば、今後の世界全てで記憶を戻すトリガーは用意する。 レゼ次第だな」
「そう。 ……だったら、記憶を戻すのはここだけにしてほしいかな。 他の私達には、きっとノイズにしかならないだろうから」
名残惜しい気持ちを抑えて、デンジの頬から手を離す。
大丈夫、これからずっと一緒にいれるのだからと、少しの間だけこの気持ちをしまっておこうと。
「そうか。 ではそのようにしよう」
因果の悪魔は瞬きの間に消えていた。
振り返ったデンジがレゼを見つめ、もう一度、レゼと名を呼ぶ。
「ごめんね、少しぼーっとしてた」
「酔ったか? すぐそこのコンビニで止まろう」
「いやいや、大丈夫ですよぉ」
「無理すんなよレゼ。 もう少しかかるからよ、なんか飲んでゆっくりしようぜ」
早パイの奢りィ、お前には奢らん、エェー、なんでェ!?
似たようなやり取りに彼らなりの親愛を感じて、レゼは小さく笑った。