(えぇー……そんなことある?)
道中のコンビニにて、アキの奢りで各々好きな飲み物を買ったのだが、レゼは開いた口が塞がらなかった。
「お前、コーヒーなんか飲めるのか? レゼの前だからって格好つけんなよ」
「アキは俺んことガキ扱いしすぎだっつーの! この苦味が良いんだよなァ……ウゲッ」
(
「ドブじゃねぇか! ドブ味!」
「お前……企業努力の賜物だぞ、この値段でこの味。 それより奢られておいてその言い草はなんだ」
「だぁってよお……アレェ? こんな味だったっけ?」
「じゃああのコーヒーって美味かったんだなァ」
(え?)
今なんて、聞き間違い、いや確かに、でも前の世界と決まったわけじゃ。
頭が真っ白になったレゼの手元にある、甘めのミルクティー。
一度だけ口を付けたそれを、デンジの手がするりと奪い取り、一息に飲み干してしまった。
「えっ、あーっ!」
「ウメェ〜! やっぱ甘え飲み物が最強だぜ!」
間接キスだなんてはしゃぐ年頃では無い、無いが……意識の空白を狙われたレゼは真っ赤になって空のボトルに手を伸ばすも、デンジとの身長差にまるで抱き着くような格好になってしまう。
取り繕う間もない突然の接近に、レゼは頭も身体も心臓も弾けてしまったんじゃないかと思うほど、有り体に言えば、ドキドキしてしまっていた。
「悪ィ悪ィ、おんなじの買ってくるからよ」
「買っ、てくるなら良いと思ってるなら、デリカシーの無さを疑うかなぁー!」
勢いのまま飛び込んだものの優しく抱きとめられ、悪戯っぽく笑いかけられる。
前世のないただのレゼであればノックアウト必至のコンボであったが(なお前世がなければデンジに惹かれていない現実はさておき)、首の皮1枚で耐え(られていると本人は思い込んでいる)、ジト目と膨らませた頬で全力の抗議を示す。
「カワイー顔」
そんな抵抗も虚しく、デンジの手の甲が頬を撫でた瞬間、レゼの脳内は爆発した。
かつての世界で首のピンを抜いた時より激しかったと本人談。
「まぁ車で待ってろよ。 アキ。 レゼ頼んだ」
「あ、ああ。 大丈夫かレゼ」
「だ、だめかもですねぇ……」
(デンジくんって、あ、あんなにメロい感じだったっけ? 前回の私は、確かにちょっと、チョロかったのは否めないけど? あんな余裕たっぷりな感じにされるのは違うんじゃないの?)
(っていうか真っ赤になってるデンジくんが可愛いのであって私がからかわれるのは解釈違いなんだけど?)
「珍しいというか、初めてだ。 デンジは女に興味があっても硬派なやつだと思ってたが」
「硬派……?」
「寮には2人女がいるが、なんというか、普通なんだ。 今みたいな、あー……甘い対応は絶対にしない。 本当に初めて見た」
驚きが隠せない様子のアキを見てレゼの混乱は更に深まる。
やり直したとも言えるかつての世界と違う世界で、しかし自己の根底の性格や工作員時代の情報と合致する今世の知人を見て、因果の操作では人は大きく変化しないことを確認していた。
なのにあの、悪く言えば童貞丸出しの、恋に恋するどころか女体の柔らかさを知ってしまったエロガキのようなデンジが、同じ屋根の下の女に鼻の下を伸ばさないなんて。
「まぁ、なんだ。 見ての通りガキだし今みたいにデリカシーの欠片も勿論無いが悪いやつじゃない。 適切な距離感ってもんが、岸辺さんの施設出身だから分かると思うけど、育ってない類のやつだから。 なるべく嫌ってやらないでくれ」
(言われるまでもなく、もう嫌うなんて思えませんよ)
流石に気恥ずかしくてこんなことは言えないと、頷くだけでレゼは精一杯だった。
春先のまだ涼しい風で火照った頬を冷ます。
「お待たせ。 ほらミルクティー」
「あ、うん、ありがとう……ありがとう?」
「アキにはこれな、寮でタバコ吸えないとき食ってるだろこのガム」
「お前、よく見てるな。 ありがたく貰っておく」
ガムシロとミルクで美味ェ最強コーヒーの完成だぜェと宣いながら車に乗り込むデンジ。
知らない一面を見たレゼとアキは、それでも変わらない子供舌に少し安心して、遅れて車に乗り込んだ。
「なあアキ、今日の晩飯なに?」
「……何だろうな、コベニが当番だけど今日はパワーもいるし、1つも予想がつかねぇ」
「ウゲェ……パワーはキッチンに入るなってそろそろセンセーにキョーイクしてもらおうぜ」
「言って聞くやつでもないだろ。 はぁ……こんな時に海外出張じゃなければあの人に頼むんだけどな」
「あー……それもそうか。 いつ帰ってくるんだっけ」
「早くて再来年の今ぐらいか」
「美人だけどどっかコエーからあんまし会いたくないんだよなァ」
「昔から苦手だよな。 なんかあったか?」
「なんもねーけど、「はいと言いなさい」みたいな圧がニガテ」
「あぁ、まぁ確かに、そんな雰囲気はある」
流れていく景色を眺め、他愛もない会話をぼんやり聞き流す(聞き流すと言いながら出てくる女の名前はチェックしているが)。
ただやはり会話内容は前世のデンジからは考えられず、レゼは手の中のミルクティーを転がしながら、思案する。
(もし、本当に万が一、億が一。 デンジくんも記憶を持っていたりしたら……前世の私の最期……待っていたデンジくんを遺してしまって、辿り着けなかったあの時を覚えていたら……)
(ヤなやつだな、私。 確証がないから謝りたくても謝れない)
(それなのに、こんなに舞い上がった気持ちでもいるなんて)
(因果……これが私の選択の結果なんだろうな。 きっとずっとこの辛い気持ちを抱えてなきゃいけないんだ)
「着いたぞ」
「ようこそレゼ! いや、「おかえり」だな!」
は、と顔を上げると。
いつの間にか車は止まっていて、窓の外には3階建ての集合住宅が見える。
「ここが」
「そう、俺達の家だ。 今日からレゼの家でもある」
「……そっか、うん、ただいま。 お世話になります」
沈んだ気持ちのままでいては、きっとこの良い人たちを心配させてしまうだろう。
だから、閉まっておく。
2度と見えないように、かつての罪悪感を。
こんなことは慣れている、いつものように、いつものレゼで、とろけたようににっこり笑おう。
「レゼ」
「なぁに、デンジくん」
荷物持つよと声をかけてくれたデンジと共に車のトランクを開ける。
アキは迎え入れるための確認をしに先に行ったので、今は2人きりだ。
「なんだろーな、俺ぁずっと、レゼに、おかえりって言いたかったんだと思うんだ」
「……え」
「今日会ってすぐだし、こんなふうに言うのはちょっと変かもしんねーけど、ありがとな。 俺におかえりって言わせてくれて」
前世とは違い目を見て向き合って、しかし照れくさそうに笑って。
「ご、めんね、デンジくん。 ごめん」
閉まっておこうと思った気持ちが、爆ぜた。
「ごめん……訳わかんないよね……でも、ごめんね……」
涙が止まらない。
前世の分も合わせて泣いてるのかもしれないね、と、どこか遠くで、レゼとは違うレゼが、笑っているような気がした。
「なんで謝んだよ。 なんか悪いことしたか?」
「うん……きっと、したんだ、私。ずっと……ずっと酷いこと」
「あっそォ。 俺ぁそんなん気にしねーけどな」
「気に、しないの……? 本当?」
「ホントホント。 レゼみてーなカワイイ美人にならヒデェことされても気になんねーし、ことによっちゃゴホービだぜ」
なにそれ、と自然に笑顔が溢れた。
愛しい。
前世で感じた気持ちを隠すことなく。
「やっと笑った」
「ずっと笑ってたけど、私」
「ウソ」
「嘘じゃないよ」
「今みたいな顔で笑ってるほうが好き」
「なにそれ。 今日初めて会ったのに、私より私のこと知ってるみたい」
「なんも知らねーから、これから教えてくれよレゼのこと」
「んー……口説き文句としては、60点くらいかなぁ。 でも、他の子に同じこと言って口説いちゃダメだよ」
「言わねぇ。 レゼだけだ」
「……もう」