パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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薬屋に帰還、これからに思いを馳せる

 帰り道、俺はずっと考えていた。

 

(……俺、この村で何ができるだろう)

 

 ひんやりとした風が頬を撫でる。

 

 夕暮れの空の下、土を踏みしめる肉球の感触が心地よい。

 

「ふむ、日が傾いてきたな。早く家に戻るぞ、ユウマよ」

 

 横を歩くガランの横顔には、一日の終わりの穏やかさが滲んでいた。

 

「うん……今日は、色々あったなあ」

 

 そう呟くと、ガランは目を細めてうなずいた。

 

 歩いているうちに、少しずつ心が落ち着いていく。ティナの美味しいパン、ベルンとフィルの軽妙なコンビ、村長夫妻のあたたかさ。

 

 村の人々がどこか自然に、俺を「当たり前にそこにいる存在」として扱ってくれる。長い旅から帰ってきたような、じんわりとした安堵感が胸に広がる。

 

(……俺、本当にこの世界で生きていくんだな)

 

 しみじみとそんな実感が湧いてきた。

 

 土の匂いも、木々のざわめきも、人々の声も、そのすべてが自分のものとして、確かな輪郭を持って心に刻まれていく。

 

 

 

 

 

 

 薬屋の木製の扉を開くと、ひっそりと灯るランプの光と、ほのかに薬草と乾いた木の匂いが、俺を優しく包み込んだ。

 

 昼間よりもグッと濃くなった、ミントのような爽やかさと、土のような素朴な香りが混じり合って漂っている。

 

 ミーナが中から顔を出し、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「おかえりなさい、ユウマちゃん。ちょうど、ハーブ茶が入ったところよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 湯気の立つ器を受け取ると、ミーナは俺の隣にそっと腰かけた。

 

 温かい陶器の感触が肉球を通してじんわりと伝わり、冷えた指先に心地よい。

 

 もちろん、猫舌だから熱くてまだ飲めないけどね。フー! フー!

 

 彼女のローブには、新しく編み込まれた薬草の模様が揺れている。

 

「……ねえ、ガランさん、ミーナさん」

 

 俺の呼びかけに、二人は手を止めた。

 

 ガランは棚の薬瓶に目をやり、ミーナは編みかけの薬草から視線を上げた。

 

「俺、この村で……みんなの力になりたい」

 

 その言葉に、ミーナは優しく目を細める。その瞳には、俺の変化を見守るような、深い愛情が宿っていた。

 

「ふふ……そう思ってくれて、何よりだわ」

 

「今日、村のみんなに会って……すごく温かくて」

 

 言葉が、うまく出てこない。

 

「……この村で過ごす時間が、俺にとって大切なんだって、わかったんだ」

 

「ええ、そう感じるのは、生きていく上でとても大切なことよ」

 

 ミーナの言葉に、少し胸が痛んだ。

 

(……この村は癒やしに満ちている……と思う)

 

「俺……まだここに来たばかりで、分からないことも多いけど……」

 

 俺のしっぽが、少しだけ床に沿って丸くなる。

 

「村に貢献、したいのね。――優しい子」

 

「うん……。何かできることを見つけて、俺なりに村の役に立ちたいんだ」

 

 

 ──心からの言葉だった。

 

 

 これまで前世で感じたことのない、純粋な貢献欲が胸に灯った。

 

 ガランは、しばらく黙っていた。

 

 だがやがて、棚の薬瓶をひとつ撫でてから、穏やかに言った。

 

 その指先が薬瓶のガラスをゆっくりと滑る音が、静かな空間に響いた。

 

「ふむ……。それは立派な志だ。だが、なにも急ぐことはないぞ。村の暮らしはな、流れがゆっくりじゃ。季節が移り、風が変わり、やがて見えてくるものもある。その流れに身を任せるのも、一つの手だからのう」

 

 俺は、その言葉に、強張っていた肩の力が抜けるような感じがした。まるで、温かい湯に浸かったように、全身の緊張がふっと緩む。

 

「……ありがとう」

 

 するとミーナは、小さな編み針と数本のアロマ薬草を手に、やんわりと笑いかけた。

 

「ねえ、ユウマちゃん。今日も毛並みがまぶしいわ……。この香り、編み込んでもいいかしら?」

 

「何それ!? えっ、いや、まだ心の準備が──わぷっ」

 

「ふふっ、聞くだけ聞いたもの。じっとしててね、すぐ済むから」

 

 器用な手つきで、俺の首元の毛に薬草をちょん、と差し込んで整える。

 

 薬草の独特な、しかし心地よい香りが、ふわふわの毛の中に編み込まれていく。

 

 ミーナの指先が優しく、しかし確実に毛並みを梳く感触が、くすぐったく背筋を伝った。

 

「……できたわ、うん、いい香り。これで、もっと癒やし力が高まったんじゃないかしら」

 

「癒やし力って何!?」

 

 俺の抗議は、またしても二人の笑い声に掻き消された。

 

 ミーナは薬草の小瓶を片付けながら、ふわりと口元を緩める。

 

「でもね、ユウマちゃん。できることを探すのは、ゆっくりでいいの。焦らなくても、あなたはもうこの村の一員なんだから」

 

「……うん」

 

(ほんとに、優しくて、ありがたい……ここが、俺の居場所になるなんて)

 

「この家も、ね。あなたにとって『帰ってこられる場所』であってほしいわ」

 

 ミーナの目は真っすぐだった。優しさの奥に、芯の強さが覗いている。その揺るぎない眼差しは、俺の心を温かく包み込んだ。

 

「だから無理しないで。寝転がってても、ゴロゴロ喉を鳴らしていてもいいのよ」

 

「え、そんなんでいいの……?」

 

「ええ。だってあなた、癒やしの猫さんだもの。いるだけでありがたいわ」

 

 ミーナの声は、ゆっくりと染み込むように温かかった。その言葉一つ一つが、俺の心に深く根を下ろしていくのを感じた。

 

(……何かできることはあるかな……この猫獣人という特性も活かせればいいんだけど……)

 

 俺は、固く閉ざされた心の扉が、ゆっくりと開いていく感覚を覚えた。

 

「……よし、じゃあ明日から何か手伝う!……いや、明後日からでもいい?」

 

 そう俺が冗談めかして言うと、ガランがふっと笑った。

 

「ふむ、まずは日向ぼっこする時間を確保してからじゃな」

 

「それなら、すぐにできそうだよ……!」

 

 最後に、ミーナが言う。

 

「明日も、その次の日も、あなたがこの村で過ごす時間が、どうか穏やかでありますように」

 

 

 

 

 

 

 窓の外では、ミルカの森から吹き抜ける風が、夜の帳を運んでくる。

 

 リーカ村での、俺の本格的な暮らしが始まろうとしていた。

 

「そうじゃ、ユウマよ」

 

 部屋の隅から、ガランが声をかけてきた。

 

「明日、お前に見せたいものがある」

 

「見せたいもの……?」

 

「うむ。この世界のこと、少しずつ知っていこう」

 

 その言葉に、胸が高鳴った。

 

(……この世界のこと)

 

 

 ──翌日、俺はこの世界の真理の一端を、初めて目にすることになる。

 




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