パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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牧場少女サラと、豪快ミレイユ

 

 狩人ラオとの静かな狩りを終えた、その日の夕方。

 

 薬師宅に戻ると、ガランがこう提案してきた。

 

「次は……サラに会いに行ってみるといいじゃろうな」

 

 サラ。たしか畜産農家で、魔物を飼育しているという。

 

「明日はサラの牧場が収穫日じゃ。あの子も、魔物の扱いには長けておるから、仲良くなっておくとよいぞ」

 

 

 

 

 

 ──翌朝。

 

 サラの牧場は、村の西に広がる丘のふもとにあった。

 

 緩やかな坂道を上りきると、目の前に広がるのは、眩しいほどの緑の牧草地。

 

 陽当たりのいいその場所で、様々な丸いフォルムの魔物たちがのんびりと草を食んでいた。

 

 穏やかな風が吹き抜け、草の匂いと、微かに甘い乳の香りが混じり合う。

 

 その中央に、一人の少女が立っていた。

 

 肌は青みがかった褐色。ゆるく編まれた黒髪が風に揺れる。

 

 無表情──だが、その視線はどこか俺を責めているように見えた。

 

(……え、何か悪いことした?)

 

 彼女は口を開いた。

 

「……にゃんこ。全然来なかったから、もう会えないかと思った」

 

 サラの淡々とした声。その裏に、ほんの少しの寂しさが隠れている。

 

(え……まさか、ちょっと拗ねてる?)

 

「ごめんね……。今日、やっと来れたよ。俺はユウマ、よろしくね」

 

 サラは黙ったまま、ゆっくりと俺に近づく。そしてしゃがみ込んで、小さく言った。

 

「ん……私はサラ……。ふわふわ、やっぱり、かわいい」

 

(あっ、機嫌直った)

 

 俺の頭を撫でるサラの指先は温かい。

 

 そのまま抱き上げられ、俺はしばらく膝の上でモフられる。牧場の空気は柔らかくて、魔物たちも穏やかだった。

 

 サラの膝は温かく、心地よい振動が伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

「今日は、『モーモフル』の搾乳日。手伝って」

 

(……モーモフル?)

 

 視線の先にいたのは、白くて丸い毛玉のような魔物たちだった。足が短くて、よちよち歩いている。

 

 

 

魔物

・モーモフル(酵・D)

極めておとなしい性質を持つ牛型魔物。新鮮なミルクを定期的に生成する。環境が快適でないとミルク量が減る繊細さも。

 

 

 

(可愛い……! 巨大なマシュマロが転がってるみたい)

 

 

 サラの指示で、俺はモーモフルの近くに行く。

 

 すると、サラが搾乳を始め、とろりと濃厚な純白のミルクが器に流れ落ちる。

 

 

 

素材

・モフミルク(酵・D)

濃厚で風味豊かな、モーモフルから絞り出される純白のミルク。パン生地に深いコクとまろやかさを与え、仕上がりに美しい焼き色をつける。

 

 

 

 それを見た瞬間、俺の《ロックオン(食)》が発動した。

 

(うわ……このミルク、甘く豊かな香りが鼻腔をくすぐる! なんて素晴らしい品質なんだ……!)

 

 ミルクを搾る手伝い……というか、ただ近くで見守っているだけだが、それでも彼らの気分はよくなるらしい。

 

 よく見ると、モーモフルの群れの中に一匹だけ片耳が折れてる個体がいた。なぜかこちらをジッと見つめてくる。

 

「ん……珍しい……この子は『モフたろう』。恥ずかしがりでミルクの出がいつも悪いの……」

 

「恥ずかしがり……? ものすごい勢いでミルクを出してるけど……」

 

「にゃんこがいると、ミルクが増える。不思議」

 

(なるほど……癒やし(けい)ってことか……?)

 

 しばらくして、絞ったモフミルクを持って、サラはにっこり微笑んだ。

 

「これ、あげる。パン屋さんに持っていって」

 

「うん、ありがとう!」

 

 そして脳内で通知が鳴り響く。

 

 

 

経験値獲得!

・サラとの出会い 30EXP

・魔物とのふれあい 20EXP

 

 

 

(サラの種族が気になるな……? 人族? ファンタジー世界だと何が当てはまるかな……? まあいいか)

 

(モーモフルに癒やされたな~。この世界の魔物は見た目が可愛らしくないか? パンパインもさ……戦闘時に判断が鈍らないといいんだけどね)

 

 

 

 

 

 

 パン屋のティナの店先。

 

 焼きたてのパンの甘い香りが、通りにまで溢れ出している。

 

「ティナ! モーモフルのミルク、もらってきたよ」

 

「わぁ、ちょうど良かった! これ使って、今から焼くね!」

 

 そう言って厨房に戻ったティナだったが、そのタイミングで、店の扉が勢いよく開け放たれた。

 

 ガタン! 

 

 大きな音を立て、強い振動が店内に響き渡る。まるで、強い風が吹き込んだかのように。

 

「ティナーっ! 今日のパン、できてるかーい!?」

 

 よく通る大きな声とともに現れたのは、バンダナを巻いた女性。

 

 焦げ茶のボブヘアとパン柄入りのエプロン姿で、腰に手を当てて豪快に笑っている。

 

 その明るく朗らかな雰囲気は、店内に充満していたパンの香りに、焼きたての陽気なメロディを添えるかのようだった。

 

「ミレイユさん!? ごめん~、いま新鮮なモフミルクが手に入ったから、せっかくだし『モフミルクパン』を作ろうと思ってっ!」

 

「えー? そんなこと言って、うちの食堂、もう並んでるよー! あんたのパンの匂い、村中に漏れてきてるんだから!」

 

「もうちょっと待ってて……!」

 

「よし決めた! パンはあとで提供するよ! その代わり、こいつはもらっていくよ!」

 

「えっ? わっ! にゃっ!?」

 

 気が付くと、俺は豪快な腕に抱きかかえられていた。ミレイユの腕はたくましく、一瞬で宙に浮いたような感覚に陥る。

 

 彼女の体からは、温かいパンのような香りと、焼けた油と出汁の混じった、食欲をそそる匂いがした。

 

「癒やし猫って噂の……へぇ、たしかにモフモフじゃないかい!」

 

「……あの、ユウマです……よろしく……」

 

「ユウマ! いい名だね! あたいはミレイユ、村にある食堂の女将さ! よろしく頼むよ、看板猫様!」

 

またもや、脳内で通知音が鳴った。

 

 

 

経験値獲得!

・ミレイユとの出会い 30EXP

 

 

 

(今日はやけに経験値がもらえるな! レベルアップまでは……あと90必要なのか)

 

 

 そうして俺は、ミレイユに抱えられたまま食堂へと運ばれていった。

 

 彼女の大きな笑い声が、村中に響く。

 

(……この人、めっちゃパワフルだな)

 

 

 ──俺の、リーカ村での日々は、こうして少しずつ広がっていく。

 

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