パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~ 作:倉田六未
――戦うのって、やっぱりだるい。
だが、守りたい子がいるなら、話は別だ。
深呼吸。手持ちの
レベルは12。戦闘経験はほぼない──パンの食レポで成長しただけだ。
筋力は低い。でも敏捷性と感覚は高め。これで立ち回るしかない。
使えるスキルは4つ。
《臨戦態勢》で集中力を上げ、《にゃんぱらり》で回避、《やんのかステップ》で牽制、《感覚強化》で命中率アップ。
魔力は残り55。4つ使うと45消費する。ギリギリだが──
時間を稼いで、隙を突く!
「よし、行くぞ!」
◆
森へ駆ける。枝葉が頬を打ち、心臓が激しく鳴る。
開けた場所。樫の木の上で震えるミミ。その真下に──銀色の影。
体長3メートル。銀の毛並みが月のように揺らめく。鋭い瞳だけが淡く光る。
気配が掴めない。息をしているのかさえ分からない。
脳裏にガランの魔物図鑑が蘇る。黒銀の妖狐、影と変化の魔獣──
「……ギンコ・カゲユラ」
名を呼んだ瞬間、銀狐が動いた。
音もなく、迷いなく、こちらへ!
「チッ……来やがったか!」
◆
《臨戦態勢(常時)》(MP55→45)
視界が鮮明になる。狐の毛先の震え、尾の軌道、足音──全てが見える。
銀影が襲いかかる! 速い!
だが──
「《やんのかステップ》!」(MP45→40)
左右に小刻みにステップ。狐の瞳が揺れた!
(効いてる!)
一瞬の隙──横へ跳躍!
長い尾が鼻先を掠める。死神の鎌のような軌跡。
「……あっぶねぇッ!」
(STM35……まだいける!)
着地と同時にミミの木の下へ滑り込む。小さな盾となって地面を踏みしめる。
◆
再び、ギンコが低い姿勢で構える。今度は本気だ。
にらみ合い。一秒、二秒──
(尾の位置、足の構え……来る!)
巨大な尾が鞭のように襲いかかる!
「読めた!」
背後の樫の木を蹴って空中へ!
《にゃんぱらり》(MP40→25)
空中で一回転。四肢が完璧な着地態勢を取る。猫の本能が体を支配する!
(STM25……まだ回避できる!)
身を翻す──
だが着地点にぬるりと苔が!
「くっ……!」
足が滑る! 膝のクッションで衝撃を吸収、間一髪!
(STM15……限界だ。攻撃に転じるしかない!)
◆
ミミを背に、ギンコの前に立つ。距離3メートル弱。もう逃げ場はない。
狐の瞳が獲物を仕留める輝きを見せる。
(一撃で決める!)
《感覚強化(視・聴)》(MP25→10)
世界の解像度が一気に上がる!
右前足を振り上げた瞬間──指先に電流のような熱!
肉球の奥からチリチリと静電気。本能が叫ぶ──この力を解き放て!
「くらえッ!!」
爪が鈍い鉛色に煌めく──今だ!
ザシュッ!
銀色の毛皮を引き裂く。黒い血飛沫!
(浅い! でも当てた!)
狐が大きくのけぞる。
「……どうだッ!」
すぐに立ち上がって睨み合い。だが追撃は来ない。
狐はしばらく俺を見つめ、低く唸る。その瞳には何かを
そして月影のように、音もなく森の奥へ消えていった。
◆
──その瞬間、全身から力が抜けた。
「ふぅ……まじで……やばかった……」
熱い汗が滝のように噴き出し、鼓動が耳の奥で太鼓を叩く。足の震えが止まらない。
自慢の白黒の毛並みは泥と汗でべっとりと張り付き、翡翠のマントも土埃にまみれていた。
アドレナリンが引いていく。急激な脱力感が襲ってくる。
森の木々がざわめく。風が頬を撫でる。
ミミは無事だ。
今はそれだけで──十分だった。
◆
脳内に通知音。
経験値獲得!
・???と戦闘 1000EXP
レベルアップ!
・15→17(475/560)
スキル習得!
・肉球スラッシュLV1
爪を使った基本攻撃術。低確率でひるみ効果。STR+50%。
スキル成長!
・にゃんぱらりLV1→LV2
空中での体勢制御、落下ダメージを55%軽減。AGI+1%、VIT+1%→2%。
称号獲得!
・駆け出しの爪
初戦闘時に爪で傷を与えた者に与えられる。爪攻撃での威力+5%。
疲労度:8/10
「……は? 『???』って正体不明かよ! 倒してないのに経験値1000? レベルも3上がって……新スキルに称号も……」
(MP7、STM5、疲労度8……本当にギリギリだった)
スキル名にはもうツッコまないぞ……
◆
荒い呼吸を整えながら上を見上げる。
「ミミ、大丈夫か! 降りてこれるか?」
「う、うん……こわかったけど……」
涙声で震える手で木の幹にしがみつくミミ。
「ずっと見てたよ、モフさま! すごかった!」
木からするすると降りてきたミミが、涙を浮かべながら満面の笑顔を見せた。
俺もようやく口元がゆるむ。
(こんな小さな子を守れた……前世では考えられなかった。デスクに向かい続けた日々では、誰かを戦って守るなんて……)
「レベル上げてスキル磨けば、もっと強くなれる……かもな」
少しだけ、そんな確かな手応えを感じた。
しかし同時に、全身を駆け巡る疲労感と、恐怖がもたらす急速な脱力感に、のんびり過ごしたいという本能的な欲求が打ち勝ってしまう。
「のんびり過ごしたいから、ああいう手合は、もうごめんだ。本当に、ごめんだよ」
……心の底から、そう思った。
でも、またあんな状況になったら……俺はきっと、また動いてしまうんだろうな。
(早く帰ろう……)
※この作品で戦闘はおまけです。