パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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神殿図書館のリビと、魔の属性

 神官のハンナに別れを告げ、俺は神殿の奥へと続く廊下を進んでいった。

 

 広々とした神殿の祭壇とは違い、廊下は薄暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。歩を進めるごとに、足音が床に響く。

 

 やがて、その薄暗い廊下の先に、ほのかに光が漏れる入口が見えてきた。

 

 重い扉を押し開けようと、近づいていく。すると、そこから漏れ出す光と同時に、ふわりと古びた紙とインクの匂いが漂ってきた。

 

 それは神殿の静謐な空気とも違う、まるで何千年もの時が凝縮されたかのような、知識の重みが押し寄せてくる感覚だった。

 

 扉自体は木製で古びており、表面には緻密な彫刻が施されている。

 

 この先に、この世界の叡智が集まっていることを、俺の心の奥底が告げていた。

 

 扉を開けると、そこは広々とした空間だった。年代物の紙とインクの匂いがふわりと漂い、背の高い本棚が幾重にも立ち並ぶ。

 

 天井近くまでびっしりと書物が並べられ、その圧倒的な知識の海に、俺は思わず息をのんだ。

 

 頭上を見上げると、光が差し込む天窓から、幾筋もの光の帯が舞い降りてくる。

 

 その光の中に、無数の塵が星のようにきらめき、まるで過去の叡智が形となって舞っているかのようだった。

 

 部屋の中央、本棚の間に置かれた小さな机の上に、何者かが座っていた。その存在は、大きな本を広げ、熱心に何かを読んでいる。

 

 時折、「メモメモ」と小さな声で呟きながら、羽ペンを走らせていた。

 

 多分あれがリビだろう。

 

 俺はそっと近づいていく。

 

 すると、その存在が顔を上げてこちらを見た。身長15cmほどの、まるで妖精のような小さな女の子だった。

 

 紫銀のボブカットで、ふんわりと巻かれた髪は花びらのよう。髪留めはパンの形をしており、半透明な羽が背中に生えている。左

 

 目に光る小さなモノクルが、彼女の知的な雰囲気を際立たせていた。

 

「あら、あなたが村で噂のモフモフの猫様?」

 

 リビと思われる少女は、俺をじっと見つめてそう尋ねてきた。

 

(ハンナによればリビは妖精族って話だったな! そんなことより──なんだ!? このウズウズする感覚は!?)

 

 しかし、リビの言葉が耳に入るや否や、俺の体は言いようのない衝動に駆られていた。目の前にそびえ立つ、天井まで届く本棚。それは最も登り甲斐のあるキャットタワーだ。多分。

 

「にゃーっ!!」

 

 俺の体が勝手に動いた。

 

 一目散に駆け出し、本棚の木枠に爪を立てる。足に力を込め、一段、また一段と、軽やかに駆け上がっていく。体が重力に抗うかのように宙を舞い、毛並みを風が撫でる。

 

 本棚の最上段、見下ろす視界に、小さなリビが、より小さい点のように見えた。

 

 そして──何やら脳内でピコンと通知音が鳴った。

 

 

 

スキル習得!

・キャットタワー LV1

高所への到達速度UP。不安定な足場でもバランスを維持し、高い場所での恐怖心消失。

 

 

 

 …………スキル!?

 

 まさか本棚をよじ登っただけで、スキルを習得するとは。

 

(しかも『キャットタワー』って! 俺は登る側なんですが…………?)

 

 

 

 

 

 

 本棚の上でちょっとした達成感を味わっていると、下から猛スピードで飛んでくるリビの姿が見えた。

 

「こらーっ! 勝手に本棚の上に乗ってはいけませんーっ!!」

 

 怒り心頭の小さな体を震わせながら、リビはふわふわと浮遊し、俺の目の前に止まった。するとリビは何かを小声で詠唱すると、俺の足元から淡い光が発せられる。

 

「…………え、何か体が宙に浮いてるんですけど!?」

 

 俺が宇宙猫みたいな顔で驚いていると、ふよふよと宙に浮かされながら、先ほどの小さな机の方にゆっくりと移動させられる。俺が机の上にやさしく着地した途端、リビはガミガミと説教を始めた。  

 

「ここは貴重な書物がたくさん置いてある場所です! 無断で触ったり、本棚に乗ったり、ましてやそこで爪とぎなんて言語道断です!」

 

(いや、爪とぎはしてないけど!?)

 

 と思いつつも、俺は平身低頭で謝罪するしかなかった。

 

 まさか神官のハンナの言う通り、本棚に勝手に登って怒られることになるとは──ハンナは、エスパーか何かかな?

 

 その後改めて自己紹介を終えると、リビは「ふぅ……」と息を吐き、何のためらいもなく、俺の頭の上にちょこんと座り込んだ。

 

「……ここモフモフで落ち着くわね!」

 

「…………どうも」

 

 俺はもう諦めに近い感じで軽く反応するしかなかった。

 

 そして、脳内で静かに通知音が鳴った。

 

 

 

経験値獲得!

・リビとの出会い 30EXP

 

レベルアップ!

・LV13→14(10/440)

 

 

 

(さっきのリビの力は魔法なのかな……? 確か神様によれば、魔法は魔法系スキルがないと使えないと言っていたからな……つまり……? 気にはなるけど、今日はいいか!)

 

 

 

 

 

 

 リビは「それで、何か困りごと?」と、俺の頭の上という新しい特等席から用件を聞いてきた。

 

 俺は「魔の属性について知りたい」と伝え、パン作りにおけるその役割と、神官ハンナに聞いた「理の魔力」や「バランサー」について、もう少し詳しく知りたいと話した。

 

 リビは俺の話を聞きながら、彼女が使うにはかなり大きめの羽ペンで「なるなる」とつぶやきながらメモを取っている

 

 その真剣な表情からは、先ほどの怒りは微塵も感じられなかった。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 そう言うと、リビは俺の頭からふわっと飛び立ち、ばびゅーんと少し遠くにある本棚へと向かっていった。

 

 しばらくすると、彼女は『()ちがいない・第六版』という本を空中に浮かばせながら戻って来た。

 

(『()ちがいない』って…………)

 

 俺は本のタイトルに心の中できちんとツッコミを入れつつ、リビの説明を待った。

 

「ハンナの言う通り、魔は他の五属性をつなぎ合わせる役割があるわ。でもそれだけじゃないの。魔には、『変化』と『影』を司る役割もあるわ」

 

「変化と影? なぜその二つを?」

 

 俺が疑問を投げかけると、リビはモノクルをくいっと上げ、丁寧に説明を始めた。  

 

「まず『変化』。これは他の五属性の可能性を広げる役割ね。たとえば、粉属性の持つ本来の香ばしさを最大限に引き立て、酵属性の発酵力を高めて、パン生地の膨らみをより大きくする。つまり、素材の力を引き出し、パンそのものをより良い状態に変化させる力よ」

 

「次に『影』。これは悪い部分を隠してくれる役割。粉属性で焦げ付きそうになった部分の香ばしさだけを残して苦味を影に隠したり、酵属性で発生した雑味を抑えたりね。魔は、パンの短所を覆い隠してくれる力でもあるの」

 

(なるほど…………良さを引き出したり、悪い部分を補ったり……調整役みたいな属性なんだな。社内調整、日程調整…………うっ…頭が……)

 

 本のタイトルからは想像付かない程、詳細な内容に多少面食らいながらも、リビの説明を何とか咀嚼しようとした。嫌な記憶が入り込んできたが……。

 

 パン作りに必須な粉属性と、それを補佐する「酵・香・熱・形」。これら四つの属性でも意味を成すが、そこに「魔」が加わることで、その可能性は無限に広がる。

 

 しかし、その力は諸刃の剣。使い手次第で、最高のパンにも、最悪のパンにもなり得る。

 

「魔属性はバランサーであるからこそ、使い方が重要なんだな……」

 

 俺の独り言を聞いたリビは、「よくできました!」と言わんばかりに、俺の頭の上で羽をパタパタと動かし、毛並みを撫でてきた。

 

 その指先から伝わる感触は、どこか繊細で、彼女のプロフェッショナルな一面を感じさせた。

 

 

 

経験値獲得!

・パンタニア世界を知る 100EXP

 

 

 

(……何だか知らないけど、魔属性は苦労人属性って思っちゃうな。適度に休むんだぞ!)

 

 

 

 

 

 

 俺とリビはその後も、彼女が持つ古文書や、パンにまつわる様々な逸話について語り合った。

 

 パンの起源に関する伝説、特定の素材に宿る特別な力、そして、パンがこの世界の人々の生活に深く根付いている理由。

 

 リビは時に熱心に、時に茶目っ気たっぷりに、尽きることのない知識の泉を俺に披露してくれた。

 

 彼女は時折、モフモフと毛並みを堪能していたので、俺の頭の上で本を読むことに魅了されているようだった。しめしめだ。

 

 気付けば、窓から差し込む光の角度が変わり、部屋の隅々に長い影が伸びていた。

 

 

「それにしても、モフ君が来たのも『変化』の兆しなのかもね…………」

 

 

 「モフ君」呼びに落ち着いたリビはそう呟くと、再び本に目を落とした。

 

 

 俺は、彼女の言葉が持つ響きを心の奥で反芻しながら、この世界のパンの奥深さに、改めて心を奪われるのだった。

 

 

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