パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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伝承手遊びと、即席肉球サイン会

 昨日、翡翠のエプマントを入手した俺は、薬師夫婦の家に戻った後も、何度も新しい装備を撫でては身に付け、その手触りの良さと軽やかさを確かめた。

 

 ベッドの上で、マントをばっと頭上に掲げたり、ギュッと抱きしめてみたり、マントをひらひらさせて風を感じてみたり──嬉しさのあまりなかなか寝付けなかった。

 

 そして迎えた翌朝。

 

 俺は新しい装備の軽やかさに胸が躍り、居ても立ってもいられずに家を飛び出した。

 

 太陽の光を浴びて微かに波打つ翡翠色の布地、腰の動きに合わせてふわふわと揺れる裾。

 

 すべてが嬉しくて、俺は村の広場をぐるぐると駆け回った。

 

 その喜びを表現するように「にゃー!」と元気よく声を出すと、風がマントをふわりと持ち上げ、まるで羽が生えたように背中を押し、俺の走る速度を一段と引き上げた。

 

 広場にいた村の大人たちは、そんな俺を微笑ましそうに見守ってくれていて、口々に「似合ってるよ」と褒めてくれた。

 

 その温かい言葉が、俺の喜びをさらに増幅させていく。

 

 そこに、村長の妻であるリラが、まるで花の香りを運ぶかのようにふわりと現れた。

 

「あらあら、素敵なマントね~。その刺繍も素敵ね~」

 

「はい! ミーナさんが入れてくれたんです!」

 

 俺が元気よく答えると、リラは「あらまあ~、可愛い~」と言いながら、俺をそっと抱き上げた。

 

 その腕の中に収まると、花の香りと共に、柔らかく温かい手つきで俺のふわふわの毛並みを堪能するかのようにモフモフし始めた。

 

 リラの腕の中から周りを見渡すと、いつの間にか子どもたちが俺の周りに集まってきていた。

 

 双子のミミとロッコを筆頭に、みんなが目をキラキラと輝かせ、俺を見つめている。

 

 リラの腕から解放された途端、ミミとロッコはいつものように、俺の体にガシッと抱きつき、離れようとしない。

 

 その小さな手のぬくもりが、新しいマントの布越しに伝わってくる。

 

「リラさん、今日は何かあるんですか?」

 

 俺は子どもたちに抱きつかれたまま、リラに問いかけた。するとリラは「ええ、そうなのよ~」と微笑む。

 

「今日は月に一度、みんなで手遊びをする日なの~」

 

 手遊び? どうして村のみんなで? と俺が不思議に思っていると、リラは続けて教えてくれた。

 

「このリーカ村に伝わる()()を広めるためよ~。伝承は難しい詩として残されているけれど、子どもたちが覚えやすいように、私たち大人が詩歌にして、手遊びにしたの~。遊びながら伝承も覚えられるの~」

 

 なるほど、ただの遊びに終わらせない工夫が、この村の文化を支えているんだな。

 

 文字を覚えるのが苦手な子どもたちでも、歌と動きがあれば自然と頭に入るだろう。すごく効率的だと思う。

 

 子どもたちは、月に一度の手遊び会をとても楽しみにしているらしく、ソワソワと待ちきれない様子で体を揺らしている。

 

 それを見たリラは、まずはミミを隣に座らせた。

 

「それじゃあ、始めるわよ~」

 

 リラは深く息を吸い込んでから、澄んだ声で歌い始めた。

 

「題名は『六つの息吹』~」

 

 

 

 

「こなこな ふんふん(粉をふる)

 ねっつねっつ(手をこする)

 かおりふんわり ふくらんで(香りをすくい、鼻へ)

 ぺったんぺったん あわせたら(膨らませて、ぺしゃん)

 

 まほうとかたち おともだち(輪っかを作り、手を合わせる)

 パンがめぶく おまじない(芽が出るまね)

 

 ねこさん ねこさん(猫耳)

 みちびいて(猫の手で前へ)

 ひみつのオーブ(丸をそっと包む)

 こえにして(耳をすます)」

 

 

 

 

 リラとミミが楽しそうに手遊びをしていると、周りの子どもたちも一緒になって歌い始める。その声は、広場全体に優しく響き渡り、温かいハーモニーを奏でた。

 

 俺は「六つの息吹」という歌が、パン作りの工程を歌いながら、この世界の根源にある「属性」を伝えていることに気づいた。

 

 そして、歌詞の最後の方にある「ねこさん」という部分に、思わずツッコミを入れる。

 

(ねこさんって何だ?……そういえば、ミーナさんが『ミルカの森から現れた猫は、幸運をもたらす』って言ってたな。この詩歌の内容が由来なのかな)

 

 俺は心の中で納得しながら、この世界の奥深さを改めて感じていた。

 

「モフさま~ぼくといっしょにやろう~」

 

 ロッコにせがまれ、俺も一緒に手遊びをすることにした。

 

 ロッコは、俺のふわふわの肉球に触れるたびに「ふわぁ~」と恍惚な表情を浮かべている。

 

 ふとロッコの後ろを見ると、いつの間にか子どもたちの長蛇の列ができていた。

 

 みんな、次の手遊びの相手が俺になることを期待して、順番待ちしているようだ。

 

「人気者ね~」

 

 リラが満足げな表情で俺に言う。

 

 その後も俺は、子どもたちと次々と手遊びを続け、交流を深めていった。

 

 日本時代の手遊びも頭をよぎったが、この村の伝承を後世に伝える方が大事だと思い、特に披露はしなかった。

 

 手遊びが終わると、子どもたちは列を作り始めた。

 

 彼らが手遊び会に来た証として、スタンプを押してもらうためだ。5つ集めると、村の何かと交換してもらえるらしい。

 

「あらあら。じゃあ今回は、ユウマちゃんにお願いしましょう~」

 

 リラがにっこりと微笑んで、俺にスタンプ係を依頼してきた。

 

 こうして、なぜか俺がスタンプを押す係になった。用意された羊皮紙に、ひんやりとした感触のインクをつけた俺の肉球を押し付ける。

 

 子どもたちは大喜びだ。いつの間にか、手遊び会とは関係のない大人たちまで、興味津々で紙を手に持って集まってきていた。

 

(アイドルのサイン会か? いや、力士の手形待ちか?)

 

 俺は心の中でツッコミを入れながら、ひたすら肉球スタンプを押していく。

 

 その時、豪快な笑い声が広場に響いた。

 

「詩歌と言えばワシだろうが! がっはっは!」

 

 粉挽きのグレインがわざわざ丘から降りてきて、子どもたちに混じって参加しに来た。

 

 彼は子どもたちに混じって手遊びをする、大人では唯一の真面目な参加者だった──でもしっかりスタンプを押して帰っていった。

 

 

 「モフさま即席肉球サイン会」が盛り上がる中、子どもたちの後ろに並んでいたマイアとサラが俺の前にやってきた。

 

「ねえねえねえ!! サラ!! ユウマっちに早くスタンプ押してもらおうよ!!! 楽しみだね! ぱんぱかぱーん!」

 

 マイアが隣のサラにハイテンションで話しかけ、サラもそれにうんうんと頷いている。その瞳は俺の肉球をじっと見つめ、期待に満ちているのが分かった。

 

「ん……にゃんこの肉球……あれは良いもの……」

 

「だよね! だよね! 毎日モフモフはできないから! 家に飾っておこうよ! ねえねえねえ!」

 

「ん……牧場の子たちも……肉球スタンプを見せれば……リラックスできるはず」

 

(いや、スタンプにそんなご利益はないと思うけど……)

 

 俺は内心そう感じながらも、そんな二人の掛け合いに微笑ましさを覚えた。

 

 そして手早く肉球スタンプを押してあげると、二人はユウマを存分にモフっていき、満足そうな表情で帰っていった。

 

 二人の一番の目的は、俺をモフることだったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 その後、村長セイルと狩人のラオが、汚れが少ない羊皮紙を片手に俺の前に現れた。

 

「ユウマ、新しいマント、似合っているな」

 

「……いい装備だ」

 

 セイルが、穏やかな表情で俺の新しいエプマントを褒めてくれる。ラオも無口ながらその言葉に続いた。

 

「ありがとう!」

 

 俺が感謝の言葉を述べると、セイルは続けてこう言った。

 

「ところで、明日なんだが、ラオとミルカの森に調査に行くんだ。森の南西の方が少し騒がしくてな。ユウマも一緒にどうだ? 気分転換になるかもしれんぞ」

 

「……南西? どういうこと? 何か起こってるの?」

 

「ああ、まだ説明してなかったな。南西には魔属性の魔物が多く生息しているんだ。リーカ村を中心に6つの方角『北・北東・南東・南・南西・北西』に対して、『香・酵・形・熱・魔・粉』という6つの属性が対応しているんだ。」

 

「へー。方角で属性が分かるんだね!」

 

(方位と属性の関係か。今後の探索に役立ちそう……進んで森に行くかは微妙だけどね……)

 

 その後再び森の調査に誘われるも、手遊びや肉球サイン会で一日中モフモフされ、すでに疲労がピークに達していた俺は、丁重に断りを入れる。

 

「今日はたくさん遊んだから、少し疲れたよ。明日は日向ぼっこに勤しむことにする……」

 

「そうか、それが一番だな」

 

 セイルは受け入れてくれた。

 

 そして二人は、俺に肉球スタンプをねだると、満足げな表情で立ち去っていった。

 

(いい大人でも欲しいものなのかな? まあいいけどね) 

 

 すると、村の広場と隣接するミレイユの食堂から、バターと砂糖の甘く香ばしい匂いが漂ってきた。

 

 この手遊び会の終わりには、ミレイユがお菓子とジュースを子どもたちに振る舞うのが恒例になっているみたいだ。

 

 それに大興奮する子どもたちを尻目に、俺は大人たちにも肉球スタンプをどんどん押していく。

 

 ひんやりとしたインクの感触が、もう何回目になるかも分からないほど、俺の肉球に染み付いている。

 

 手は鉛のように重く、肩もガチガチになっていた。

 

 俺の脳裏に、『疲労度:6/10』というステータス表示と通知音が鳴った。そんなことより、俺の顔には不思議と笑みが浮かんでいた。

 

 みんなの喜ぶ顔、そして村に響く笑い声が、疲れを忘れさせてくれる。

 

 穏やかな村の様子に心があたたかくなり、心地よい疲労感に包まれながら、その日を終えたのだった──

 

 明日はゆっくり過ごすぞ。

 

 

 

 

経験値獲得!

・村の伝承を知る 90EXP

 

 

 




大人になっても子供の頃の手遊びの歌って覚えてますよね。
当時の友達の記憶とか一切思い出せないのに…と、友達? うっ頭が…
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