パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

36 / 68
ミルカの森(北)をラオと探索(前編)

 焼きたてのパンの香りが村中に漂う朝。

 

 俺は身支度を整えながら、ガランとミーナにミルカの森へ行くことを告げた。

 

 二人の表情が途端に曇る。

 

「森は危険じゃ。ユウマよ、お前さんが無理に戦う必要はない。セイルやラオがおるんじゃから」

 

 ガランの声には、保護者としての深い心配が滲んでいた。

 

「でも、俺も戦えることが分かったから」

 

 俺は真剣な表情で続けた。

 

「いざという時の保険として、自分の力を把握しておきたいんだ」

 

 俺がリーカ村でのんびり生活できているのは村人たちのおかげ。いくら癒やし枠と呼ばれても、自分だけ何もしないのは俺の矜持が許さなかった。

 

 ここで降って湧いたような、戦闘スキル《肉球スラッシュ》の習得。

 

 このスキルを自在に操ることができれば、今後の役に立つのは間違いないと確信していた。

 

 俺の心も体も十分に整い、気力も満ち満ちている。

 

 そんな俺の真剣な表情を見たガランは、どこか思案している様子であったが、ふとミーナの方に目線を移した。

 

 ミーナも俺の強い意思を感じ取ったのか、俺の小さな肉球をそっと握りしめて、穏やかな声でこう語りかけた。

 

「……分かったわ。でも無茶だけはしないでね。疲れたら、いいえ、疲れる前にすぐに帰ってくるのよ?」

 

「うん! 無理はしないよ。心配してくれてありがとう」

 

 そう答えると、ガランもミーナも少し表情を緩めて、俺の頭を撫でてきた。

 

(なんとか保護者二人の了承を得られたか……でも、心配かけ過ぎないようにしなきゃな)

 

 すると、ガランの家の前に、二つの人影が近づいてくる気配を感じた。「ガランさん、入るよ」とひとつ断りを入れて、村長のセイルと狩人のラオが一緒にやってきた。

 

 セイルがこう口を開いた。

 

「ガランさんに、『ユウマが森に入りたがるかもしれん。手助けしてくれんか?』と相談されていたんだよ。それを聞いたラオが『一緒に行く』と言って聞かなくてな。こうして連れて来たわけだ」

 

(マジか……ガランさんには俺の思考はお見通しってことか! いやでも、本当にありがたいな……)

 

 俺が内心ガランへ再び感謝していると、ラオは静かにこう告げてきた。

 

「……森のことなら、任せろ」

 

 その言葉と真剣な眼差しに、俺は頼もしさを感じた。

 

 ガランとミーナもようやく安堵の表情を見せ、俺にこう語りかけてきた。

 

「ラオと一緒なら、少しは安心だからのう」

 

「とにかく無理はしないで。ラオの言うことをよく聞いてね」

 

 二人の言葉に、俺はこくりと頷いた。そして手早く外出する準備を始める。

 

「これは、ちょっとしたお守り代わりよ」

 

 そう言って、ミーナが差し出してくれた革製のポーチには、回復アイテムがぎっしり詰まっていた。

 

 腰に巻くと、ステータスの装備欄には『アクセサリー:素朴な革ポーチ(E)』と表示された。

 

 

 

装備

・素朴な革ポーチ(E)

村人がよく使う革製の程々のポーチ。程々の収納量とストラップ部分は伸縮可能で肩に掛けたり腰に付けたりできる程々の機能を持つ。

 

アイテム

・バタークロワッサン(D)×2

HPを20、MPを40、STMを20回復する

・ベイクポット(E)×3

HPを40回復する

・モルトタブ(E)×3

STMを15回復する

・きしょうの実×1

()()()状態を回復する

 

 

 

 パンがアイテムとして認識されている。そして、HPとMPとSTMすべてを回復するチートアイテムだということも分かった。

 

 それでも俺の胃袋的に2,3個食べるのが限界だろうから、使い所が大事になりそうではある──でも回復に関係なく、食べたくなったら食べる。それがパンというものである。

 

 前世のゲーム知識で言うと、ベイクポットはポーション、モルトタブはスタミナポーションといったところか。

 

「ねかせ状態って何だろう?」

 

 『きしょうの実』を見て首をかしげていると、セイルが「道中、ラオにでも聞くといい」と教えてくれた。

 

 そして準備万端となり、俺はいつも通りガランとミーナにモフモフと撫でられた後、セイルにも見送られつつ、薬屋を出発した。

 

 

 

 

 

 

 朝の日差しを存分に堪能しながら、ラオと一緒にしばらく歩いていると、北側の森の入口に到達した。

 

 そこからは、砂や石が混じる砂利道になり、視界には背の高い草花が青々と茂っていた。土の匂いがふわりと香り、鳥のさえずりがBGMのように響いてくる。

 

 そんな森への道を進みながら俺はふと疑問に思ったことをラオに尋ねてみた。

 

「なんで付いてきてくれるの?」

 

 俺の質問に、ラオは少し逡巡した後に、ポツリとこう呟いた。

 

「…………誓ったからな」

 

 ラオはそれだけ答えると、鋭い眼差しを前へと向けた。

 

 俺は、ラオの言葉は多くを語らないが、その奥に強い決意が宿っていることを察した。

 

 それ以上聞くのは野暮だと判断し、話題を「きしょうの実」に切り替えることにした。

 

「この実、『ねかせ』状態を治すの? 『ねかせ』って何?」

 

 俺が尋ねると、ラオの言葉数は少ないが、いくつか答えてくれた。それを咀嚼するとこうだ。

 

 ミルカの森の北側は香属性の魔物が多く存在している。香属性の魔物には、ゲームでいう状態異常を付与する個体がいるそう。

 

 その状態異常の一つが『ねかせ』で、行動を制限してくるらしい。そのねかせ状態を治すのが『きしょうの実』というアイテム、だそうだ。

 

(……()()()ってこれもパンみたいだな。きしょうは()()ってことかな? 寝て、起きるってことか……なるほどね)

 

 と内心で自分なりに解釈する。そしてさらに気になったことをラオに聞いてみる。

 

「状態異常にかからない方法はあるの?」

 

「……ああ……精神力を鍛えれば、耐性が付く」

 

 俺はこれも心の内で納得する。精神力すなわちステータスのMEMの数値が高いと、状態異常への耐性が高まるのだろう。

 

 ミルカの森を進んでいくと、少し開けた場所に辿り着いた。高い樫の木の存在感が際立っており、あのときの光景を思い出すことになった。

 

(ああ、ここは……)

 

 と俺は一瞬、身震いする。脳裏に、あのギンコとの戦いが鮮明に蘇る。

 

 その時、ラオが俺の異変に気づき、静かに声をかけてきた。

 

「……大丈夫か?」

 

 俺は震えを抑え、あの絶望的な状況でも全力を出し切ったことを思い出した。あれ以上に怖いものは、今後なかなかお目にかかれないだろう。

 

 だからこそあの出会いを自信に変えても問題ない、そう判断した。

 

「……大丈夫、行こう!」

 

 俺はそう言って、小さな前足を一歩前へと踏み出した。ラオも少し安心した表情で歩幅を合わせてくれた。

 

 木漏れ日がまるでスポットライトのように森の奥へと続く道を照らす。土の匂いは湿り気を帯び、風が草木を揺らす音が優しく耳をくすぐった。

 

 五感が研ぎ澄まされ、世界がまるで鮮明な映像として脳内に流れ込んでくるようだった。

 

 すると、前方に乳白色を帯びた朱色のスライム状の魔物が見えた。

 

 

 

魔物

・バタースライム(香・E)

 

 

 

 ラオに相談しようとした瞬間、彼はすぐさま弓を番え、矢を放った。

 

 矢は風をヒューンと切り裂き、バタースライムに正確に命中した。スライムは弾けるように消え、素材がポンと落ちた。

 

 

 

素材

・バター粘液(香・E)

パン生地に加えるとふんわりとした風味を加える。

 

 

 

「……すまん…………つい、癖でな」

 

 そんなラオの申し訳なさそうな声色に、俺は曖昧に笑うしかなかった。

 

(相変わらずの神業……この猫目ですら、矢の軌道が追えなかったぞ!)

 

 スキルなどでなく、狩人としての天性の嗅覚と卓越した技量に、俺は驚くことしかできなかった。

 

 俺はラオに称賛の言葉をかけつつも、次からは自分に任せてほしい、と頼んだ。

 

 ラオは頷き、そして戦闘中は周囲の警戒に徹すると約束してくれた。

 

 『バター粘液』を回収したあと、俺たちはさらに森の奥へどんどん歩を進めていく。

 

 木々はますます深く、あたりは薄暗くなってきた。

 

 しばらく歩くと、前方に淡褐色の翅を持つ蛾型の魔物が現れた。羽ばたくたびに甘い香りの粉が舞い散る。

 

 

 

魔物

・シナモンモス(香・E)

 

 

 

 俺はラオを振り返る。無言の頷きが返ってきた。

 

(やるぞ……!)

 

 《ステルス歩行(低)》を発動。(MP:75→70)

 

 足音を殺し、木の陰から陰へと身を潜める。

 

 シナモンモスはまだ気付いていない。

 

 十分な距離まで近づき、肉球に少し力を入れ爪をそっと出す。

 

 狙いを定める。心臓の鼓動が耳に響く。

 

(……一撃で仕留める!)

 

「《肉球スラッシュ》!」(MP:70→67)

 

 爪が鋭く光る――が、シナモンモスが瞬時に回避。攻撃は鱗粉を舞い上げるだけに終わった。

 

(くっ! 外したか!)

 

 シナモンモスが警戒態勢に入る。甘い香りの鱗粉がより激しく舞い散り、俺を威嚇するように羽音を立てる。

 

 だが、まだチャンスはある。

 

 俺は即座に体勢を立て直し、再び爪を振りかぶる。相手の動きを見極める。シナモンモスが次の回避行動を取ろうとした、その瞬間を狙う。

 

「──《肉球スラッシュ》!」(MP:67→64)

 

 今度はシナモンモスの左翼の付け根を爪が捉えた。

 

 ブシャッ──

 

 黄金色の体液が飛び散る音。シナモンモスが苦悶の鳴き声を上げ、バランスを崩して高度を下げた。手ごたえはあったが、まだ倒れていない。むしろ怒りで目が血走っている。

 

(あと一撃……! タイミングが大事だ……)

 

 負傷したシナモンモスが反撃に転じる。鱗粉をより激しく撒き散らしながら、俺めがけて突進してくる。

 

 ──この瞬間を待っていた。

 

「ここだッ!! 《肉球スラッシュ》!」(MP:64→61)

 

 突進してくるシナモンモスの頭部に、爪が深々と突き刺さる。

 

 ズブリ──

 

 鈍い音と共に、シナモンモスの動きが止まった。

 

 そして光の粒となって消えていき、脳内で通知音が鳴り響いた。

 

(ふう……なんとか倒せたか……。MPもまだ余裕があるな)

 

 

 

経験値獲得!

・Eランク魔物 25EXP

 

スキル成長!

・肉球スラッシュ LV1→LV2

爪を使った基本攻撃術。STR+50→+60%。

 

素材

・香辛粉(香・E)

ほんの少し甘くキリッとした辛味があるシナモンモスの鱗粉。

 

 

 

 素材を回収し革のポーチに収納していると、ラオが近づいてきて、静かに声をかけてきた。

 

「……よくやった」

 

「ありがとう。俺の戦い方はどうだった?」

 

「……初撃だ。確実に命中させろ」

 

 簡潔だが的確な助言。

 

 俺はその後、何度も質問を重ね、ラオから戦闘の要諦を学んだ。

 

 機動力を活かし、攻撃の隙を伺い、確実にヒットさせること。そして最後に──

 

「……一度の攻撃で与える威力を高めることだ」

 

(要は瞬間火力の最大化か。今後装備なども重要になってきそうだな)

 

 この世界にDPS(ダメージ・パー・セック)という概念はないが、前世のゲーム知識を引っ張り出して、自分なりに理解した。

 

 自分の戦闘スタイルを確立する足がかりを得て、俺たちは光彩陸離とした森を歩きながら、さらに奥へと進んでいった。

 




この作品で戦闘はおまけです……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。