パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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ミルカの森(北)をラオと探索(後編)

 

 木漏れ日が森の四方八方に広がっている。

 

 ミルカの森の奥深くへと踏み入るにつれ、巨木たちの枝葉は複雑に絡み合い、まるで天然の迷宮を形作っている。

 

 足元では、サクサクと乾いた枯れ葉が軽やかな音を立てて砕ける。時折、ゴツッと石を蹴る音も混じるが――

 

「…………」

 

 ラオの足音だけは、まるで存在しないかのように静寂だった。

 

 俺が無神経に踏み散らす枯れ枝の音をあざ笑うように、彼の足取りは森に溶け込んでいる。

 

 さすがは森の案内人。経験の差を見せつけられた気分だ。

 

 太陽が頭上に昇り詰め、金色の光線が葉の隙間から矢のように差し込んでくる。

 

 深い森のはずなのに、まるで天然のシャンデリアに照らされているかのように煌めいている。

 

 暖かな風が頬を撫でて、探索という緊張感を忘れそうになる。

 

 気分が軽やかになった俺は、ふと思い付いたしょうもないダジャレを鼻歌にして歌い始めた。

 

「森で元気もりもり~」

 

 にゃにゃんと気持ちよく歌っていると――

 

「ぶほぉっ!」

 

 隣から何かを吹き出すような音が漏れた。

 

 振り返ると、ラオが必死に口元を押さえている。

 

 興が乗った俺は、近くの大木をビシッと指差しながら、

 

「木が気でない~」

 

「ぶっほぉおっ!」

 

 今度はより盛大な噴出音。

 

 ラオの肩がぷるぷると震えている。これは……いけますぞ! ぼっちゃま!

 

「この小葉っぱ(小童)が~! 天高くフォーレスト(放れすと)~!」

 

 完全に調子に乗った俺が、演劇のように身振り手振りを交えながら、声高らかに歌い上げると、ラオはついに限界を迎えたらしい。

 

 肩を震わせながら苦しそうに息をして、ついに俺の前に立ちはだかった。

 

「ぐっ…………や、やめろ」

 

 頬を両手でむんずと掴まれて強制終了。

 

 真剣な表情のラオに、俺は思わず苦笑いした。

 

「悪かったよ……」

 

 内心では、ラオにもこんな意外な弱点があるのかと知れて、少し得した気分だった。

 

 それからのラオは明らかに口数が減った。

 

 質問しても「……ああ」「……そうだな」と、まるで口を利くのも面倒くさそう──これは完全に機嫌を損ねたな。

 

 ささやかな仕返しを受けているのが分かって、逆に微笑ましく思えた。

 

 

 

 

 

 

 少しぎくしゃくした空気のまま森を進んでいくと、景色が一変した。

 

 大小さまざまな岩が点在する、まるで古代遺跡の石庭のような場所に出る。その岩の隙間で、鮮やかな緑色の葉がひらひらと左右に揺れていた。

 

 綺麗だな、と呑気に眺めていると――

 

「……魔物だ」

 

 ラオの警告が低く響く。

 

 俺たちの気配を察知したその葉の持ち主が、ゆっくりとこちらを振り返った。

 

 

 

魔物

・ペパーミントリス(香・D)×5

 

 

 

「うわっ! リスかよ!……でけぇ」

 

 通常のリスの五倍はある巨体。血のように赤い瞳がぎらりと光り、先ほどの美しい葉は尻尾だったのだと気づく。完全に魔物だった。

 

 一匹が先頭に立ち、残りの四匹が「くの字」に陣形を組む。岩から岩へと飛び移りながら、まるで軍隊のような統制を見せて俺たちの隙を窺っている。

 

 そのとき、風に乗って薄緑色の粒子が舞い上がった。一瞬遅れて、俺の猫ひげにふわりと着地する。

 

「ふわぁ~! いい匂い~!」

 

 思わず深呼吸してしまう。清涼感あふれるミントの香りが鼻腔を満たして――

 

「……その匂いを嗅ぐな。()()()になるぞ」

 

 ラオの切迫した声に、俺ははっと我に返った。

 

 ペパーミントリスは香りで相手を眠らせたり、くしゃみを誘発させたりして隙を作るらしい──すでに先手を打たれているようだ。

 

(……完全に油断していた!)

 

 俺は瞬時に思考を戦闘モードに切り替える。

 

 ラオが無言で頷くのを確認して、戦闘開始の合図とした。

 

 

 

 

 

 

(さて、どう攻略する……?)

 

 敵はペパーミントリス5匹。しかも連携を取った陣形まで組んでいる。

 

 あの薄緑の粒子は絶対に避けなければならない。

 

 状態異常になったら確実に袋叩きにされる──怖い物見たさで、わざと「ねかせ」になるようなことはしないぞ。

 

 5匹相手に正面から挑むのは自殺行為だ。ヤツらの陣形は正面の敵への対処に特化している。ならば横か後方から攻撃を仕掛けて、一匹ずつ確実に倒していくしかない。

 

 現在のリソースを確認する。HP180、MP61、STM58――MPがネックになりそうだ。

 

 《肉球スラッシュ》は消費3だから、計算上は20回使える。戦闘に使うのは《肉球スラッシュ》だけではないけどね。余裕を持ったリソース管理が必要だ。

 

 視線を敵陣に向けると、右端にいる個体の動きが明らかに鈍い。あいつから片付けよう。心の中でリス1と名付ける。

 

 俺はラオに視線で準備完了を伝える。彼も静かに頷いた。

 

「《臨戦態勢(常時)》」(MP:61→51)

 

 集中力が一気に研ぎ澄まされる。視界がクリアになり、思考が戦闘に特化される。

 

 俺の持ち味である敏捷性を活かして、肉球で枯れ葉を蹴散らしながらリスたちの右側面へ全力ダッシュ。

 

 香りに警戒しながら息を止めて駆ける。

 

 リス1含め、どの個体もまだ俺の動きに気付いていない。

 

 リス1に最も近い岩場に到達すると、俺は小声でスキルを発動した。

 

「《キャットタワー》」(MP:51→44)

 

 登攀能力が飛躍的に向上し、ゴツゴツした岩肌をまるで平地のように駆け上がる。

 

 リス1の死角となる大岩の頂上に到達――完璧な強襲ポジション。

 

(よし! まだバレてない! 《肉球スラッシュ》で一気に――)

 

 そのとき、ふとラオの顔が視界に入った。彼の口が静かに動く。

 

 ──『……初撃だ』

 

 前回の戦闘での助言が蘇る。

 

 俺は《肉球スラッシュ》の発動を中断し、より確実性を高めることにした。

 

「《感覚強化(視・聴)》」(MP:44→29)

 

 世界の解像度が一気に上がる。リス1の体毛一本一本まで見えるほどに。

 

 そして確信した――狙うべきは、あの葉っぱ型の尻尾だ。

 

 肉球から爪をにゅっと出し、岩場から跳躍。

 

「《肉球スラッシュ》!」(MP:29→26)

 

 ザシュッ!!

 

 完璧な一撃。リス1の尻尾を深々と引き裂き、ミントの葉が宙に舞い散る。

 

「ギィィィイッ!!」

 

 リス1の苦悶の叫び。それに気づいた他のリスたちが一斉にこちらを向く。

 

 だが俺は攻撃の手を緩めない。リス1くーん、お覚悟っ!

 

「オラァ! 《肉球スラッシュ》!」(MP:26→23)  

 

「ギィイッ!」

 

「まだまだぁ! 《肉球スラッシュ》!」(MP:23→20) 

 

「ギ、ギィイ……」 

 

「くらえぇえっ! 《肉球スラッシュ》!」(MP:20→17)

 

「……ギィィ…………ィ……」

 

 他のリスたちが薄緑の粒子を散布して妨害を試みてくる。

 ミントの香りが鼻先に漂ってきてムズムズしそうな瞬間、岩場を上手く利用して回避しながら、リス1に連撃を叩き込む。4発目でついにリス1が力尽き、素材を落として消滅した。

 

 途中、リス2の爪撃を数発被弾したが、装備のおかげで大したダメージにはならない──君は後からボッコボコにするから待っててねー。

 

(HP:180→160、MP:26→17、STM:68→33)

 

(くっ! 思ったより硬かったな……MP残量も継戦には心許ない!)

 

 

 

 

 

 

 隊列が崩れたリスたちの動揺を突いて、俺は近くの岩によじ登る。

 

 革ポーチからバタークロワッサンを取り出し、一気に口に放り込んだ。

 

 サクッ、ジュワ、とバターの芳醇な香りが口の中で爆発する。

 

(戦闘中だから大好きなパンをゆっくり味わえないなんて……)

 

 リスどもへの怒りがふつふつと湧き上がってくる。

 

 完全にとばっちりだが、許せない。パンへの冒涜だろうが!

 

(HP:170→180、MP:17→57、STM:33→53)

 

 バタークロワッサンの驚異的な回復力に感謝しつつ、俺は残りのリスたちとの戦闘を継続した。

 

 リス2には被弾の恨みを晴らすように。攻撃を的確に加えぶっ倒し、リス3も順調に片付けたが――リス4との戦闘で事態が変わった。

 

 リス4とリス5が連携し、絨毯爆撃のようにミントの香りを辺り一帯に散布してきたのだ。

 

 薄緑の粒子が空間を埋め尽くし、一瞬逃げ場を失った俺は、やむなく多めに粒子を吸い込んでしまう。

 

「うっ…………」

 

 頭がくらりと揺れ、足元がふらつく。視界が僅かにぼやけて――これが「ねかせ」の前兆か。

 

(やばい!)

 

 汚染されていない岩場に全力で飛び移り、なんとか状態異常を回避した。あと数秒遅れていたら、確実に眠らされていただろう──あぶないあぶない。

 

 それでも先程の戦術パターンは通用したので、リスたちの知能はそう高くないようだ。

 

 連携攻撃も、最後の悪あがきなのだろう。リス4に対して爪をキラリと光らせ、《肉球スラッシュ》をお見舞いして倒した。

 

 最後に残った、尾の葉が2枚あるリーダー格のリス5は、なぜか「話せば分かる」とでも言いたげな表情を浮かべていたが――

 

「甘いんだよ」

 

 パンの恨みを存分に込めて容赦なく爪を振り下ろし、俺の経験値になってもらった。

 

 

 

経験値獲得!

・Dランク魔物 (ペパーミントリス)×5 450EXP

※群れボーナス EXP×1.5。

 

レベルアップ! 

・17→18(410/600)

 

スキル成長!  

・キャットタワー LV2→LV3  

小さな「気の足場」を1つ生成。AGI:8%→10%、DEX:8%→10%。  

・肉球スラッシュ LV2→LV6  

爪を使った基本攻撃術。STR:+60%→+100%。

 

素材  

・清香葉(香・E)×5  

すっきり爽やかなミントの葉。アロマや薬、パンなど汎用的に使える。

 

 

 

 群れとの初戦闘にしては上々の結果だ。経験値ボーナスもうま味(あじ)だし、《肉球スラッシュ》を計20回使用したおかげで一気にレベルアップした。

 

 ただし、回復アイテムなしでは継戦は不可能だということも痛感した。

 

 試しにHP回復のベイクポットとSTM回復のモルトタブを摂取してみた。驚いたことに両方とも無味無臭だったが、数値はしっかり回復した。

 

 よくある「良薬口に苦し」的な設定はないらしい。味もないのに効果があるって、逆に気味が悪いな。

 

 それにレベルが上がるとHP、MP、STMは全回復することが分かった。ゲームみたいで助かるな……。

 

 残り一個のパンは戦闘後にゆっくり味わおうと思っていたのに、MP不足で泣く泣く戦闘中に消費する羽目になった。

 

 でもパンを食べると疲労感は吹っ飛ぶから結果オーライか。

 

 本当にチートアイテムだな。パンがアイテムに分類されるのは納得いってないけどね。パンはパンだから!

 

 

 

 

 

 素材回収をしながら一人反省会をしていると、空気を切り裂く羽音が響いた。

 

 何かが接近してくる。ラオかと思って振り返ると――

 

 砂糖菓子色の翅をパタパタと高速で羽ばたかせ、スコーンそっくりの蝶が突進してくる。

 

 

 

魔物  

・スペルスコーンバタフライ(魔・C)

 

 

 

「うぉっ! やばっ!」

 

 反応が一瞬遅れた、が――

 

 ヒュッ!

 

 颯然と風を切って矢が飛来し、スコーン蝶の胴体を貫いた。ラオの神業的な狙撃だった。

 

「……最後まで、油断するな」

 

 近づいてきたラオの言葉に、俺は戦闘の高揚感で警戒を怠っていたことを痛感した。

 

「ごめん…………」

 

 ラオは無言で頷くだけだった。

 

(……Cランクの魔物を一矢で倒すって。ラオってどんだけ強いんだよ!)

 

 

 

素材  

・魔粉(魔・C)  

パンやクラフトで繋ぎとして使用される粉。技量を補う万能素材。品質補正+1。

 

 

 

 ラオは何事も無かったかのように、素材を回収しながら、ぽつりと呟く。

 

「……魔属性の魔物は、珍しいな」

 

「あっ! ここはミルカの森の北側だから! 魔属性って南西に多いんだっけ?」

 

「……そうだ」

 

 その後、俺たちはペパーミントリス戦の振り返りを行った。

 

 ラオ曰く「攻撃パターンは良いが、燃費が悪い」とのこと。確かにスキル主体の戦闘スタイルはMP消費が激しく、現状の回復手段がパン頼みなのも問題だ。

 

 スキルの使い方を工夫するか、他のMP回復手段を見つける必要がある。

 

 俺がラオに矢継ぎ早に質問し、彼が簡潔に要点を答える――そんなやりとりを繰り返しながら、俺たちは再び森の奥へと歩を進めていった。

 

 やがて薄い霧が足元に忍び寄り、木々の輪郭を柔らかく縁取り始める。

 

 白いベールに包まれていく森の景色――これはミルカの森の端が近いということだろうか。

 

 未知なる領域への憧憬が胸の奥で静かに膨らんでいく。

 

 俺の足取りは自然と軽やかになり、まるで音楽に合わせて踊るようにぴょんぴょんと弾んでいた。

 

 森の先には何が待っているのか――そんな期待を胸に秘めながら。

 




この作品で戦闘はおまけです。

某歴史ファンタジーを参考に「横陣の弱点」を戦法として書いてみました。
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。

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