パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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リーカ村への帰還、香旋シナモンロール

 

 足元が少しスースーする感覚が残る中、視界がゆっくりと鮮明になっていった。辺りを見渡すと、転移前と特に変化はないように思われた。

 

 隣にいたラオと一緒にソファに座り、ライトが点灯したその空間で、俺たちはまだ森の冒険の興奮を引きずっていた。

 

「本当に戻れたのかな……」

 

 二人で顔を見合わせ、そっと席を立とうとしたそのとき──

 

『…………こちらは「PGS:リーカ村」でございます。転移が完了いたしました。お疲れ様でした。またご退出の際、抜け毛などは各自でお持ち帰りいただきますようお願い申し上げます。ルールを守って、楽しくPGS。それでは、またのご利用をお待ちしております。

 

 ──パンタニア・ゲート・サービス(PGS)』

 

(やっぱりこいつ、最後まで毒づいてくるな)

 

 それでも無事に転移できたことに安堵しつつ、俺たちは座席を立った。

 

 忘れ物が(もちろん抜け毛も)ないか確認してから、目の前にある扉の前に向かう。

 

 木製の扉は近づくと自動で開き、外を覗いてみると、少し薄暗くて、どこか神聖な空気を感じる空間が。

 

 光が示す方向へ歩いていくと、開けた場所に突き当たった。

 

 そこはリーカ村の中心にある神殿の中だった。

 

「……使ってない懺悔室から物音がしやがったと思ったら、いつの間に潜り込んでやがったんですかねぇ」

 

 抑揚がなく、心底気怠そうな声が耳に飛び込んできた。その声の主は、案の定やさぐれ神官のハンナだった。

 

 彼女はいつにも増して面倒くさそうに、ほうきを片手にゆっくりとこちらに近づいてくる──掃除の最中だったみたいだ。

 

「……神殿はかくれんぼする場所じゃないんですがねぇ。しかもラオも一緒にいやがりますし」

 

「ちょっと待って! かくれんぼなんかしてないんだ!」

 

 俺は彼女の誤解を解くために、PGSという転移装置を使ってミルカの森から転移してきた経緯を説明した。

 

 ハンナは「PGS?」「転移装置?」と眉根を寄せながら疑問を投げかけてくるが、ラオも含めて3人で懺悔室の中を実際に確認すると、ようやく納得してくれた。

 

「……ってことは、今後も使う可能性がありやがるってことですかねぇ。掃除する場所を増やしやがりますねぇ…………まったく」

 

 ハンナは露骨に嫌そうな態度を取った。

 

 俺にとっては不可抗力だったが、ハンナの仕事を増やしてしまったのは事実だったので、今度焼きたてのフォカッチャを差し入れることを心に決めた。

 

「……今後は勝手に懺悔室は使いやがれですねぇ。はいはい。そこも掃除するので、早く帰ってくださいねぇ。はー忙し……」

 

 なんだかんだ文句を言いながらも、神殿内を清潔に保とうとするハンナに少し感心しつつ、俺とラオは早足で神殿を後にした。

 

 入口の方で、ほうきを熱心に掃く彼女の姿が「早く帰れ」と言っているように見えたからだ。

 

 

 

 

 

 

 神殿を出た瞬間、嗅ぎ慣れたパンと草木の香り、そして村人たちの喧騒が肌に触れた。

 

 

 ──ああ、帰ってきたんだ。

 

 

「おーい! 神殿から出てきたぞー」

 

 村人の一人が声を上げた。

 

 すると、食堂からガラン、ミーナ、村長のセイル、そしてパン屋のティナがゆっくりと歩いてきた。待っていてくれたみたいだ。

 

 小走りで駆け寄り、勢いよくシュタッと敬礼のポーズを決める。

 

「ただいま、無事に帰還しました!」

 

「うふふ、何それ」

 

 ミーナが笑いながら俺の頭を撫でる。

 

「でも、元気そうで安心したわ」

 

「そうじゃのう。無事で何よりじゃ」

 

 ガランも優しく頭を撫でてくれた。

 

「森はどうだった? ラオも付き添いありがとうな」

 

 ラオは「気にするな」と言わんばかりに首肯して、俺もこうセイルに返答した。

 

「大冒険だったよ! 魔物を倒したり、森の端に行ったり。あと転移装置も見つけたんだ! 村長は知ってる? PGSっていう装置なんだけど……」

 

「転移装置? PGS? いや聞いたこともないな…………あとで詳しく教えてくれるか?」

 

「もちろん! あとラオの弱点も──」

 

「……それは、やめろ」

 

「ラオの弱点だと? 長い間一緒にいるがそんなの知らんぞ」

 

 少し悪そうな顔をして話す俺に、瞬時に釘を差してきたラオ。それを興味深そうに聞くセイル。

 

 そんな中、ティナが俺たちにこう話しかけてきた。

 

「モフさま、何か面白そうな素材はない? 新しいパン作りのアイデアが生まれそうな材料!」

 

 ティナの目がキラキラと輝いている。

 

 俺は少し考えた後に、「これは?」と言って、シナモンモスからドロップした香辛粉を革ポーチから取り出した。

 

「これ、シナモンの香りがするから、生地に混ぜ込めば『シナモンロール』ができると思うよ」

 

「シナモンロール? 初めて聞くパンだわ! 『パンくろっく』にも載ってなかったと思う! どう作れば良いの?」

 

 ティナの声は、未知なるパン作りを想像して弾んでいた。

 

 俺は前世のパン知識を思い出す。

 

 シナモンロールは、生地を四角く伸ばして、シナモンと砂糖を混ぜたペーストを塗り、くるくる巻いて切って焼く──それだけのシンプルな工程だった。

 

「シナモンロールは、この香辛粉を砂糖と混ぜて、生地に塗って、巻いて焼けばいいよ!」

 

「へぇ! そんな作り方があるのねぇ! 試してみるわ! でも初めてのパンだから、もう一つぐらい素材があると良いのだけど……」

 

 俺は革ポーチをガサゴソと漁ったが、残りはミントの香りがする清香粉ぐらいだった──これはミーナさんのアロマ用に取っておきたい。

 

 将来チョコが手に入ったら、「チョコミントパン」を作れるかもしれないな、いやその前に「チョココロネ」かな……などとグフフ一人で妄想していると、ラオが静かに口を開いた。

 

「……これを使え」

 

 差し出されたのは、俺が戦闘後に油断していた時に、ラオが一射で仕留めた、スコーンみたいな蝶から取れた魔粉だった。

 

 確か『技量を補う万能素材』という説明だったはずだ。

 

 ティナの腕前がどうこうという問題ではなく、初めて作るパンの素材としては最適かもしれない。

 

「ラオさん、これいいの? 魔属性の素材って珍しいから! でもこれが使えると助かるわ!」

 

「……構わん」

 

「ありがとう! じゃあ、この材料でシナモンロールを作ってみるわね! ちょっと待ってて! よーし! やるぞーっ!」

 

 ティナは素材を大事そうに抱えて、パン屋に駆けて戻っていった。

 

 その後ろ姿は、まさに未知に挑戦する職人そのものだった。

 

 その様子を見ていた俺たちも一旦自分の家に帰ることにした。

 

 その去り際に、俺はラオに感謝を伝えた。

 

「ラオ、今日一日ありがとう! また一緒に探索に行こう!」

 

「……ああ」

 

 ラオは俺をじっと見つめた後に、しばらく頭をもふもふと撫でてから、狩猟小屋に帰っていった。

 

 セイルともそこで別れて、俺はガランとミーナと一緒に家に戻った。

 

 

 

 

 

◆ 

 

 俺は家に帰って井戸で体を洗ってきれいに身支度を済ませ、ガランが淹れてくれた薬草茶をフーフーと冷まし飲みながら、ほっと一息ついていた。

 

 ガランとミーナに探索での出来事を詳しく説明した。

 

 時折、「ほう、それで?」「まあ、すごいわね」と二人が適度に相槌を入れてくれたから、俺も気持ちが昂って身振り手振りを交えて話をした。

 

 しばらくして、ミーナが窓を開けると、すっかり日が陰り、夜の帳が下りようとしていた。

 

 すると、隣のパン屋から何やらキリッと芳ばしいパンの香りが漂ってきた。

 

 俺は瞬時に反応して、ガランとミーナの手を「早く早く」と取りながら、一緒に村の食堂へ赴いた。

 

 食堂には夕食時で、村人が大勢集結しており、活気づいていた。

 

 食堂の女将ミレイユは、手際よく村人たちの食事を大量に作っているようだ。

 

(この騒がしくもあたたかい感じ、好きだな……)

 

 俺がしみじみと感じていると、パン屋の方から人影が現れた。

 

 それは、俺が待ち望んでいた人物で、手提げかごに焼きたてのパンが敷き詰められているようだ。

 

「新作! シナモンロールができたよ!」

 

 元気いっぱいのティナのセリフに、俺はシナモンロールを早く食べたいという衝動に駆られていた。

 

 いつもの如く、《ロックオン(食)》が発動して、もうシナモンロールのことしか考えられなくなった。

 

 目の前に置かれたシナモンロールは、黄金の渦を描く美しい螺旋を描いている。

 

 焼き色のついた表面からは、シナモンシュガーがところどころ結晶となって煌めき、まるで琥珀に閉じ込められた宝石のようだ。

 

 巻かれた生地の層がくっきりと見え、その隙間からシナモンの茶色い粉が顔を覗かせている。

 

 シナモンの温もりある香りが鼻孔を満たし、その奥からバターの芳醇な匂いが立ち上る。

 

 焼きたてのイーストの生命力あふれる香りと混ざり合い、もはや香りだけで腹が鳴りそうになる。

 

 俺はシナモンロールをそっと手に取る。ふわりとした弾力が指先に伝わり、意を決して一口――。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~これは……すごいエネルギーを感じますね……」

 

 俺はシナモンロールの上に両手をかざした。

 

「このシナモンロールからはっきりと覇王線が見えます。この黄金の螺旋、宇宙のパワーを受け取ってる証拠ですね」

 

 一口。俺の表情が蕩ける。

 

「ああ、この生地の柔らかさ! まるで天使の羽毛のような優しさで舌を包み込んでくれてますね」

 

 急に遠い目をした。

 

「小学生の時に集めるよう勧められていた、とあるマークを今も収集してる方はいらっしゃるんでしょうか……」

 

 また集中する。パンが最優先だ。

 

「シナモンの独特な香りが口の中に広がって……これは、愛のエネルギーですよ。バターの濃厚な甘みと絡み合って、イーストの香ばしさが鼻腔を満たしていく……」

 

 俺は腕を組んで、首を傾げた。

 

「なぜミニ◯リストは承認欲求だけは捨てられないのでしょうか……」

 

 もう一口。俺は弾けるような笑顔を浮かべた。

 

「この渦を巻いた生地の層が口の中でほぐれて、シナモンシュガーの結晶がひとつひとつ溶けていく感覚……これがあなたの願いが叶う瞬間ですよ」

 

 俺は両手を合わせた。

 

「甘さと香辛料の完璧な調和……まるで宇宙の法則のようですね……」

 

 急に真顔になって、眼光鋭く周囲を見つめる。

 

「このツボを買わないと10日以内に不幸になりますよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──甘美なるシナモンロールの波動を受け、うっとりと目を閉じる俺。

 

 その脳内では、怪しい占い師が水晶玉に適当に手をかざしながら、雰囲気だけは立派な部屋で成長のカードを指し示してきた。

 

 

 

経験値獲得!

・パン賛美C 675EXP

 

レベルアップ!

19→20(345/680)

 

 

 

 ガランはいつも通り、俺のパン賛美を一言一句漏らさずに持参したメモ帳に必死に書き出しているようだ。

 

「ふふん! 初めてにしては上出来だったわ!」

 

 いつもなら俺の賛美を呆れながら聞いているティナだが、それ以上に初めて作ったシナモンロールの出来に満足したように胸を張っていた。

 

 しかし、毎回この賛美を聞きに来るミミとロッコは、珍しくその場にはいなかった。時間も夜に差し掛かった頃だったからだろう。

 

「甘いがどこかキリッとしていて美味いな!」

 

「主食というより菓子に近いわね」

 

 その後は、村人たちが俺に続いてどんどんシナモンロールを手に取り、舌鼓を打っていた。

 

 俺もミレイユの晩ごはんメニューそっちのけで、シナモンロールを次々と胃袋に収めていった。

 

(前世のシナモンロールと比べても全く遜色ないぞ。むしろ素材の味が際立ってこっちの方が飽きの来ない味わいって感じだな! シナモンロール最高!)

 

 

 

パン

・香旋(かせん)シナモンロール(C)

黄金の渦を巻いた甘香る菓子パン。結晶化した砂糖と香辛粉の芳香が重なり、柔らかな生地から立ちのぼる香りは、疲れをそっとほぐしてくれる。

 

 使用素材

 ・金風の薄粉(粉・D)

 ・香辛粉(香・E)

 ・魔粉(魔・C)補正+1。

 

 

 

 

 

 

 

 シナモンロールに村中が盛り上がりを見せる中、俺の隣にいたミーナが少し困ったような表情をしていた。普段の穏やかな表情とは明らかに違う。

 

「ミーナさん、どうしたの? シナモンロール苦手だった?」

 

 ミーナは少し表情を緩めて、でもどこか心配そうにこう答えた。

 

「いいえ。このシナモンロールはとても美味しいわね。シナモン系の素材はアロマでよく使うから馴染みがあるの。まさかパンにも応用できるとは思わなかったわ」

 

 そこで少し言葉を区切って、周囲の空気を嗅ぐような仕草をする。

 

「それより……村の香りがおかしいのよ。普段よりも香りの()()()()というか……長年この村で暮らしているけれど、こんな現象を感じるのは初めてなの」

 

「アロマを楽しんだ時にも、似たようなこと言ってたよね? 香りの層が薄いって?」

 

「ええ。その時よりもおかしいのよ。いつもなら感じ取れる、さまざまな生活の匂い──パンを焼く香り、薬草の匂い、人々の体臭、森の匂い──それらが全体的に弱くなっているみたいなの。まるで村全体が薄い膜に覆われているような…………」

 

 俺も周囲の香りをくんくんと嗅いでみたが、やっぱり違いは分からなかった。

 

 でも、香りの専門家であるミーナがこれほど気にかけるということは、ただ事ではないのかもしれない。

 

「何か良くないことの前兆……だったりするのかな?」

 

「分からないわ。でも、自然の香りが変化する時は、何かしら環境に変化が起きている証拠なの。何事もなければいいのだけれど……」

 

 そんな俺たちの会話は、シナモンロールに沸く村の喧騒に溶けて消えていった。

 

 楽しげな笑い声が響く食堂。いつもと変わらない夜の風景。

 

 でも――ミーナの言葉が、俺の胸に小さな棘のように引っかかっていた。

 

 

 誰も気づかぬまま、小さな不協和音が静かに響き始めていた。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます!

これにて導入章は終了となります。

次話から新章に突入します。
ユウマがパンの「香り」と共に世界の謎に迫っていきます。

もしよろしければ、お気に入りをして応援していただけると、執筆の大きな励みになります。

新章は2025年内、完結予定です!
これからも、お付き合いいただけると嬉しいです。
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