パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

44 / 68
夢紡ぎミストブレッドを紡いで その二

 翌朝も、ミミの眠りは深い底に沈んだままだった。

 

 その静かすぎる寝顔と高熱を帯びた肉体――このギャップが、見守る者たちの心を締めつける。

 

 ミミの両親、ガラン、リラ。誰もが僅かな変化も見逃すまいと、彼女の傍らを離れない。

 

 ユウマもまた、心が休まらなかった。ミミの手を握った時に感じた異質な波動が、頭の片隅に纏わりついて離れない。

 

(何とかして、ミミを助けてあげたい。でも俺には医学的な知識はない。わずかな戦闘能力も、この状況では何の役にも立たない…………)

 

 再びミミの手を握り、自分の肉球を額にそっと当ててみる。熱はまだ高い。その熱はまるで、彼女の体の内側で燃え盛る小さな炎のようだった。

 

(自分にできることは、本当に何もないのか…………!)

 

 

 

 

 

 

 その日の午後──

 

 ミミの傍らに座ったロッコは、姉の手を握ったまま、いつの間にか眠りに落ちていた。

 

 小さな寝息を立てる彼の顔は安堵しているようにも見えたが――ユウマはすぐに異変に気づく。

 

 ロッコの体が微かに震えている。額にうっすらと汗が浮かんでいる。昨夜、ベッドでうなされていた時と同じだ。

 

「……んん……ミミ…………」

 

 寝言を呟くロッコの声は、昨夜よりもはっきりとしていて、切羽詰まったような響きがあった。

 

 ユウマはそっと彼の顔を覗き込む。

 

 まぶたは固く閉じられているが、まるで夢の中で何かを強く見つめているかのように、その表情は真剣だった。

 

(……ロッコが見てる夢? いや、それだけじゃない。ミミと……繋がってる? もしかして……)

 

 ユウマはおもむろに、そっとロッコの頭に手を触れた。

 

 

 その瞬間――

 

 

 世界が白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに広がるのは、ひたすら純粋な白。

 

 音もなく――そして、匂いもない。

 

(匂いが…………ない?)

 

 ユウマの鋭敏な嗅覚が、初めて何も捉えられない空虚を感じる。まるで雲の中を漂っているかのような、現実感の希薄な空間。

 

(何だこれ……!? もしかして、ロッコが見てるミミの夢の中なのか!?)

 

 驚きながらも、ユウマは猫獣人としての研ぎ澄まされた感覚だけを頼りに、その霧の中で微かな気配を探る。

 

 なぜかスキルは発動できなかった――この空間では、現実のルールが通用しないのかもしれない。

 

 すると、白く広がる霧の向こうに、小さな影が揺らめいているのが見えた。

 

 ──ミミだ。

 

 しかし彼女の姿は輪郭が曖昧で、声もなく、まるで霧に溶けてしまいそうに頼りない。

 

 その小さなシルエットから伝わってくるのは、強烈な寂しさと不安――そして、誰かを探し求めるような切ない想い。

 

(ミミ……こんなところに一人で……!)

 

「ミミ!」

 

 ユウマが声をかけようとした、その時――

 

「んっ……うう…………」

 

 ロッコが小さくうめき、体をよじらせた。ユウマの意識は夢の世界から引き戻される。

 

 現実のロッコはまだ眠り続けているが、その額からは汗が流れ落ち、呼吸も荒くなっている。

 

「ロッコ! 大丈夫か!?」

 

 呼びかけると、ロッコはハッと目を開けた。その瞳は涙で潤み、どこか遠い場所を見ているようだった。そして真っ先にユウマにしがみついてくる。

 

「モフさま……ミミ……ねんね……」

 

 震える声で、夢で見たであろう光景の断片を、途切れ途切れに語り始める。白い霧、さまようミミの影、そして彼女から伝わってくる微かな寂しさと不安の感情。

 

 ユウマは、ロッコから伝わる情報と、自分が垣間見た夢の世界の光景を重ね合わせた。

 

(やはりロッコはミミの夢と繋がってる。そして俺も、ロッコを介してその夢の一部を見ることができた……これは、ミミを救う手がかりになるはずだ!)

 

 双子のロッコがミミと共鳴し、同じ感覚を共有している。その特殊な絆は、ユウマの想像以上に深いものだった。

 

 ロッコ自身も、ミミの夢の情報を常に受け取っているのだろう。それが彼の不安や混乱の原因なのかもしれない。

 

(もっと手がかりはないのか…………早く助けてあげないと!)

 

 

 

 

 

 

 その日から、ロッコの異変はさらに顕著になった。

 

 起きている時でさえ、彼は突然頭を抱え込んだり、空中をぼんやりと見つめたりするようになる。

 

「ミミ……しろい……きり…………」

 

 支離滅裂な言葉を口にするロッコ。その瞳に焦点はなく、夢と現実の狭間を彷徨っているようだった。

 

 ユウマはロッコの苦しむ様子を見て、何とかその力になりたいと強く願った。

 

 そっとロッコの頭に手を触れ、その曖昧なイメージをより深く読み取ろうとする。ミミの顔、白い霧、何かの音…………断片的な映像が頭に流れ込んでくる。

 

 ロッコは普段、「おんぶ~」「もふもふ~」など短い単語で会話する幼い子だ。

 

 そんな彼が、必死に何かを伝えようとしている。

 

 その断片的な言葉を繋ぎ合わせていくことで、異変の謎を解く糸口になるのではないか――そうユウマは考えた。

 

(ロッコの曖昧な言葉を何とか理解してやるぞ! 唸れ! 俺の前頭前野!)

 

 ユウマは、ロッコが示す微かな言葉を記憶に刻みながら、ミミの眠りの謎を解き明かすための手がかりを必死に探した。

 

 この奇妙な現象が村に重い不安をもたらしている一方で、ユウマはロッコとの新たな結び付きから、僅かな光明を感じ始めていた。

 

 双子の深い絆こそが、きっとミミを救う鍵になる――そう信じて。

 




次回は11/15(土) 12時更新予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。