パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その五

 リビから教わった古文書の内容を胸に、ユウマはガランと共に神殿図書館を後にした。

 

 夕暮れが迫る空の下。ミミとロッコの異変に関する手がかりが見つかったことを受け、ガランが村長のセイルに頼み、村の中心にある食堂近くの広場に村人たちが集まっていた。不安と期待が入り混じる中、広場には静かなざわめきが広がっている。

 

 ユウマとガランが広場に到着すると、セイルが彼らに視線を向けた。セイルは背筋をぴんと伸ばし、落ち着いた声で尋ねる。

 

「ガランさん、ユウマ、何か分かったことはあったのか?」

 

 セイルの声に、集まった村人たちの視線が一斉に二人へと注がれる。

 

 ガランは一つ頷き、古文書から書き写してきた紙を広げた。

 

「うむ。リビの調べで、ミミの異変は、香りや夢、記憶を司る存在『ウィスプ・コクーン』が関わっておる可能性が高いことが分かった。そして、その異変を鎮めるには、ある特別なパンが必要になるらしいのう」

 

 ガランはそう前置きし、リビから教わった古文書の詩文を読み上げた。

 

 

『地恵(じけい)の結晶として、

 大地の生命を育む膨らみの源と、甘露をもたらす森の雫が

 

 見性(けんしょう)の道標として、  

 白き繭に宿る風の欠片と、夢に紡がれし記憶の種が

 

 理の精髄(せいずい)として、

 言葉を紡ぐ真の心が、至高へと誘う。』

 

 

 韻文のような言葉に、村人たちは一様に困惑の表情を浮かべている。

 

「これは……一体何を意味しているんだ?」

 

 製粉職人のグレインが、豪快な笑い声とともに腕組みをした。

 

「がっはっは! パンに関係する詩文だと言うが、どれも掴みどころがないな!」

 

 皆が戸惑いを見せる中、ユウマは覚悟を決めて、一歩前に出た。しかし、たくさんの村人で混雑している村の広場で、背の低いユウマが目立つのは、至難の技だった。

 

(……どうしよう!? 気付かれない!!)

 

 その様子を見かねた鍛冶屋のベルンが、何やら安定感のある四角い木箱を複数持ってきてくれた。さらに、その弟子のフィルが謎の気を利かせて、木箱の前面に『お立ち台』と丁寧に刺繍された布を貼り付けた。

 

 ベルンが木箱を三つ積み上げると、村人の視線はそちらに集中した。舞台の準備は整ったとばかりに、ベルンとフィルが満足げな表情を浮かべてハイタッチを交わしている。

 

 そして村長のセイルがユウマをひょいと持ち上げて、『お立ち台』に立たせてくれた。

 

(いやこの流れるような連携プレイ、何なんだよっ! めちゃくちゃ助かったけども……! よし、それじゃあ)

 

「詩文に書いている内容は、たぶんパンの材料のことなんだ! この言葉を、みんなで一緒に解読していきたい。ミミとロッコを救うために、どうか力を貸してほしい!」

 

 普段とは違うユウマの真剣な眼差しに、村人たちの顔に徐々に決意の色が浮かび上がる。

 

 村長のセイルが、ユウマの肩にそっと手を置いた。

 

「協力するのは当たり前だ。皆で一つ一つ解決していこう」

 

 

 

 

 

 

 まず検討するのは、最初の一節だ。

 

『地恵の結晶として

 大地の生命を育む膨らむ源と、甘露をもたらす森の雫』

 

 ユウマは図書館で考えていた、「地恵の結晶」についてこう切り出した。

 

「『地恵の結晶』は()()()()だから、()()()()()()()()()()()()……じゃないかな? それを踏まえて次の要素を考えると……何だろう?」

 

 腕を組み、首を傾げ、視線を村人たちに向けるユウマの言葉を受け、パン屋の娘ティナが小麦色の頬に手を当てて考え込む。

 

「『大地の生命を育む膨らみの源』かあ……パンを膨らませるものと言えば、やっぱり酵母だよね! うーん、もしかしたら、森にいるブレッドバットから取れる『発酵草』のことじゃないかな? 私たちに一番馴染みのある素材だし……」

 

 ティナの言葉に、ガランは思案げに頷いた。

 

「……ティナの言う通りかもしれんのう。あれこそ土の力を宿しておって、パンを膨らませる源そのものだからのう。以前ユウマが取ってきたものを、我が家に保管していたはずじゃ……試しに持ってくるとしよう」

 

(ああ、転生直後の戦闘で発酵草を入手したんだったな。ガランさん、取っておいてくれたんだ……)

 

 そうユウマが思い出している間に、ガランはいつもの早歩きで自宅へと向かっていった。

 

 次に、『甘露をもたらす森の雫』についてだ。

 

 養蜂家のマイアが小柄な体を揺らしながら、早口で言った。

 

「『森の雫』ねぇ! 甘露っていうからには蜂蜜かと思ったけど、森ってことは違うのかなあ! サラはどう思う!? ねぇねぇねぇ!」

 

「ん……蜂蜜じゃないなら……魔物が溜め込む樹液や果汁も……考えられる……」

 

 マイアと仲良しコンビのサラも一緒に考えを伝えてくれた。

 

(森の雫かあ……そういえば最近の探索で、甘酸っぱい香りを発する魔物に遭遇したよな……名前は確か……)

 

「ラオ、あの甲虫みたいな魔物って何だっけ? アイツ、果実みたいな匂いがしたよね?」

 

「……ああ。グルミィ・ビートルだな」

 

「お前ら、グルミィ・ビートルと遭遇してたのかよ! よく無事だったな!」

 

「うん! でも状況が悪かったから、戦闘は避けたんだ」

 

 セイルの反応にそう答えるユウマ。少し話が脱線しかけたところで、セイルがこう話を切り出してきた。

 

「いずれにせよ、森の中に採集に行く必要があるのならば、私が向かおう。ミルカの森はある程度把握しているからな。それに魔物が出るともなれば、慣れている者が行くのが一番だろう」

 

 そんなセイルの言葉に、静かな決意を瞳に宿した狩人のラオが、セイルの隣に立った。

 

「……俺も行く。案内は、任せろ」

 

 セイルはラオの積極的な姿勢に少し驚きつつも、ひとつ頷き、了承の意を示した。

 

 そしてセイルは、改めて村人たちに目を向け、こう語りかけた。

 

「皆、それぞれの持ち場で、この難局を乗り越えるために力を貸してくれ」

 

 ユウマは、村人たちが協力し合って素材の謎に立ち向かおうとしている姿を見て、胸が熱くなった。

 

 村のみんなの温かさと、ミミとロッコという二人の幼子を思う気持ちが伝わってくる。

 

 

 

 

 

 

 ──その時だった。

 

 

 スゥ………………

 

 

 村の広場の周囲に、どこからともなく白い霧を帯びた風が吹き始めた。それは静かに、しかし確実に広場を包み込んでいく。

 

 その風は、まるで誰かの夢の残響を捕らえているかのように、周囲の景色をゆっくりと、そして着実に淡いベールで覆い始める。視界が徐々にぼやけ、いつもの広場の輪郭が曖昧になっていく。

 

「な、なんだ、この霧は……!?」

 

 グレインが目をこすりながら大声で呟く。村人たちは不安そうに顔を見合わせ、ざわめきが広場に満ちた。

 

 ユウマは、その異変にまじまじと目を凝らした。()()()()()()()()()が、目の前でうごめいている。その霧の粒子が、まるで星の瞬きのように、一瞬だけ輝いては消える、輝いては消える──を繰り返している。

 

 その時、ユウマの視界に、半透明の表示が浮かび上がった。

 

 

 

??素材

白繭(はくけん)風粉(ふうふん)(粉・B)

極微細な繭状粒子。視認できるのは一瞬。

 

 

 

(……あっ!! まさか! これが……古文書にあった『白き繭に宿る風の欠片』じゃないか!?)

 

 ユウマは、自身の目の前で起こっている現象と素材の手がかりに、驚きと興奮を隠せない。

 

(まるで実体のない霧のようだけど、粒子として認識できる。これを捕獲するなら、細かいものを集められる道具が必要だな。うーん……あ! そういえば! ガランさんの家に『虫取り網』があったぞ! あれを使えば……)

 

「みんな! 見て! この霧だ! これこそが、古文書に書かれていた必要な素材の一つなんだ!」

 

 ユウマは自身が見ている現象と、村人が見ている現象が違うことに気付きながらも、興奮気味にそう叫んだ。

 

 村人たちはキョトンとした顔を浮かべ、その捉えようのない霧を見つめている。

 

「ガランさんの家に、虫取り網があったはずだ! あれで、この粒子を捕獲するんだ! 取ってくるからちょっと待ってて!!」

 

 そう叫ぶと、ユウマはタタタッとガランの家へと駆け出した。

 

 白い霧が深まる広場で、村人たちは「なんで虫取り網……?」と困惑しながらも、マントをはためかせて全力で走っていくユウマの後ろ姿を見送った。

 

(万能の虫取り網さえあれば! 急いで取りに行こう!!)

 

 ユウマは虫取り網への謎の信頼感を胸に、霧の中を全力で駆け抜けていった。

 




いつもお読みいただきありがとうございます!

また一段と寒くなってまいりましたので、どうぞご自愛ください!
(コタツあったけぇ…)

次回は11/21(金) 12時更新予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。
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