パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その九

 ユウマが『白繭の風粉』を入手した瞬間──リーカ村を覆っていた白霧が、まるで引き潮のように退きつつあった。夢の名残が薄れるように、世界が少しずつ明瞭さを取り戻していく。

 

 村全体に漂い始めた安堵の空気。ユウマやロッコ、ミーナ、そして周囲の村人たちは風粉の入手を喜び合っていた。グレインとティナの労いの言葉に、ユウマは張り詰めていた気持ちがようやく緩むのを感じる。

 

 その時だ。

 

 村の森の入口から、村長セイルと狩人ラオが姿を現す。

 二人の顔に宿った微かな興奮と安堵──何か収穫があった証拠だ。

 

 

 

 

 

 

 村の中心へ集まると、セイルが声を掛けてきた。

 

「ユウマ、ご苦労だったな。風粉は無事手に入ったか?」

 

 セイルが穏やかながらも期待のこもった声で問いかける。ユウマは力強く頷いた。

 

 ──もちろん、例の『お立ち台』の上で、だ。

 

(今回は……自分から乗ったんだけどね。だって目立たないと、聞いてもらえないから──準備万端だよ)

 

 セイルは羊皮紙を取り出し、ガランが伝えた詩文を再び読み上げる。

 

 

 

『地恵の結晶として、

 大地の生命を育む膨らみの源と甘露をもたらす森の雫が

 

 見性の道標として、  

 白き繭に宿る風の欠片と夢に紡がれし記憶の種が

 

 理の精髄として、

 言葉を紡ぐ真の心髄が、至高へと誘う』

 

 

 詩文を読み終えると、セイルはユウマに視線を向けた。

 

「ユウマが手に入れた『白繭の風粉』は、『白き繭に宿る風の欠片』に当たるものだろう。よく見つけてくれたな」

 

「うん! なんとか捕まえることができたよ……! この虫取り網が、本当にすごかったんだ!」

 

 ユウマは新型の虫取り網「そよ紡ぎの繭網」を誇らしげに掲げ、ブンブンと振りながら答える。

 

 その答えに、ラオは思わずツボに入ったかのように吹き出し、セイルは「なぜ虫取り網を強調してるのか?」と少し困惑しながらも小さく頷いた。

 

「あ、ああ。その虫取り網の話は後だ。我々も森で素材を見つけてきた」

 

 セイルは隣に立つラオと顔を見合わせる。ラオが背負っていた袋から、二つの異なる小瓶を取り出した。一つは透明な液体の入った瓶で、もう一つは赤みがかった色をした液体の瓶。

 

「詩文の『甘露をもたらす森の雫』の手がかりから、二つの可能性を考えて持ち帰ってきた」

 

 セイルが透明な液体の小瓶を示しながら説明する。

 

「まず、こちらが『樹霊の密露』だ。夜露が集まる巨木の影に生息する『ドロップワーム・アーバ』という垂蜜寄生虫から採取したものだ」

 

 セイルは小瓶を掲げながら続ける。

 

「奴らは外敵に襲われると、身を守るために体内の凝縮樹液を分泌する。その習性をうまく利用させてもらった」

 

 

 

素材

・樹霊の密露(酵・C)

発酵を助ける天然樹液。焼成前の生地に加えると膨らみを強化する。

 

 

 

 次にラオが、赤みがかった液体の小瓶を掲げ、セイルが説明を加える。

 

「そしてもう一つが、『木いちご果汁』だ」

 

「これは、ミルカの森の湿った落葉地帯にいる『グルミィ・ビートル』という甲虫型魔物から採取した。熟した果実の匂いに吸い寄せられる習性を利用して、奴らが溜め込んでいる果汁を分けてもらったぞ」

 

「おお! それが! あのカブトムシから取れた素材なんだね!」

 

「……ああ」

 

 ユウマの相槌に簡単に答えるラオ。

 

 

 

素材

・木いちご果汁(香・C)

甘酸っぱい香りと赤みのある果汁。パンの味にアクセントを追加。

 

 

 

(おお! パンに果実系の味を加える素材だ。果実系パンの個人的イチオシは、ぶどうパン……いいや、学校給食で出たパインパンか……悩むな!) 

 

 ユウマは好きなパンに思いを巡らせて思考の渦に取り込まれそうになったが、それどころではないと頭を振り、すぐに気を取り直した。

 

「……木いちご果汁は北側で採集できたのは分かるけど、樹霊の密露は森のどの辺りで入手できたの?」

 

「北東側だな。酵属性は北東に多く分布している。まず北からスタートして、北東に進むルートを取った──森の警戒も一緒に行いつつな」

 

「北東にPGSらしき装置はあった? それと俺も一緒に行けば良かったかな。PGSが使えるから……」

 

「いいや、お前とラオが言うような機械は見当たらなかったな。念入りに探した訳でもないがな」

 

 セイルは首を振る。

 

「それに、俺とラオは森歩きに慣れている。ユウマ、お前はお前でできることをやってくれたんだろ? 村の皆の顔を見ればよく分かる」

 

「ユウマちゃん必死だったけど、なんか可愛らしかったから~。癒されたわ~」

 

 そんなセイルの言葉にリラもこう呟いた。村人たちもうんうんと頷き合っている。

 

 ラオもユウマの頭を執拗に撫でながら、こう続けた。

 

「……気にするな」

 

「……ありがとう。二人もお疲れ様!」

 

(俺はあのとき必死に虫取り網を振り回してたけど、外から見たら微笑ましい光景だったのかな? まあ素材が入手できて皆を癒せたのなら一石二鳥だな!)

 

 

 

 

 

 

 ユウマは気を取り直して、三つの素材が揃ったことに、感嘆の声を上げた。

 

「じゃあ、これで三つの素材は確定ってこと?」

 

 しかし、セイルは首を振った。

 

「いや、ユウマ。詩文には五つの素材が書かれている──」

 

 彼は指を折りながら説明する。

 

「既に『大地の生命を育む膨らみの源』の候補として『発酵草』を入手済みだ。そして今回、『白き繭に宿る風の欠片』も手に入れた。だが、我々が持ち帰ったこの二つ──『樹霊の密露』と『木いちご果汁』のどちらが『甘露をもたらす森の雫』なのか、まだ判断が付けられない」

 

 その言葉に、ユウマは改めて素材を整理してみた。

 

 「白繭の風粉」「発酵草」「樹霊の密露」「木いちご果汁」──四つの素材を食堂のテーブルの上に横一列で綺麗に並べる。どれも詩文の記述に当てはまるように思える。

 

(どうやって見分ければいいんだろう……?)

 

 

 そう思った瞬間──。

 

 

 ユウマが並べた素材のうち「白繭の風粉」「発酵草」「木いちご果汁」の周りに、半透明の六角形がほんの僅かな間だけ、ふわっと点滅した。

 

 

 ──時間が止まったような静寂。

 

 

「──え!! 今、光ったよね!?」

 

「……ああ。確かに何か見えたな」

 

 ユウマが驚きの声を上げる。他の村人たちも目を凝らし、超常の現象に思わず息を呑んた。

 

「まさか……詩文が示していたのは、この『木いちご果汁』の方だったのか?」

 

 セイルが驚きを隠せない様子で呟いた。これにより、必要なパン素材の正体が次々と判明していく。

 

 

【現在の入手状況】

 

 地恵の結晶

 ・大地の生命を育む膨らみの源 →「発酵草」

 ・甘露をもたらす森の雫 →「木いちご果汁」

 

 見性の道標

 ・白き繭に宿る風の欠片 →「白繭の風粉」

 ・夢に紡がれし記憶の種 →?

 

 理の精髄

 ・言葉を紡ぐ真の心髄 →?

 

 

「これで、五つのうち三つが分かったね……残りの『夢に紡がれし記憶』、それに『言葉を紡ぐ真の心髄』は何だろう?」

 

 ユウマが首をかしげながら呟く。まだ、謎は残っている。村人もそれぞれ思案している様子だ。

 

 

 ──その時。

 

 

 素材の話でざわめく中、ユウマの手に小さな指がそっと絡んだ。

 

 ロッコだった。

 

 いつもならミミの後ろで遠慮がちにしている彼が、今日はまっすぐユウマを見つめている。その瞳は揺れて、とても静かだが──どこか覚悟の火が宿っているように見えた。

 

「……ミミが……()()()。いこ……」

 

(……ユウマ呼び? ロッコが……?)

 

 ただの呼び間違いではない──声の響きが、やけに深く刺さってくる。

 震える手なのに、掴む力は決して弱くない。

 

(嫌な予感……ではない。この異変解決の鍵はこの双子が握っている。ロッコ自身も……たぶん気付いているんだ)

 

 ユウマの胸の内側がざわざわと波立つ。説明できない不安と、理解できない確信が同時に押し寄せてくる。

 

 ユウマは息を小さく吸い、ロッコの手をそっと握り返した。

 

「……分かった。行こう」

 

 ロッコはユウマの手を引いて、自分の家の方へずいずいと歩を進めた。

 

 その背中に──ふと、もう一つの影が重なったように見えた。

 

 

 ──ミミのところへ急がなければ。

 

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