パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その十四

 

 白霧に包まれた静謐な空間の中、ミミとロッコは小さな手を重ねたまま、並んで立っていた。絵本のページは静かにめくられ、今ひとつの問いが、まるで風のように二人の心を撫でるように響いた。

 

 

『さいごのもんだい』

 

 

『生まれたとき、二人は、おたがいに何をおもいましたか?』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ミミの中にふわりと何かがほどけた。思い出せなかったはずの光景が、ロッコのぬくもりと共鳴するようにゆっくりと心の奥から浮かび上がってくる。

 

 

 ──産声。窓から指す光。

 

 ──泣いていたはずなのに、どこか安心していた。

 

 ──互いに小さな手を伸ばし、触れ合った瞬間の、あの不思議な確信。

 

 

(あのとき、わたし…………)

 

 ミミが目を伏せると、ロッコもまた静かにうなずいた。彼の瞳の奥にも同じ記憶が灯っているようだった。

 

 そして二人は目を合わせる。言葉よりも先に心が通じ合っていた。

 

 

「「ロッコ(ミミ)を…………まもりたい、って思った!」」

 

 

 重なり合った声は、二つの光が一つになるように空間に響いた。それは互いの魂に刻まれた、最初の確かな想い──双子の絆が放つ、温かな光に包まれながら。

 

 その瞬間、絵本がまばゆい光を放ち、ページが一気に風にめくられていく。白い空間に淡い羽音のような風が巻き起こり、二人の手のひらをそっと包み込む。

 それはまるで、目に見えない何かが「よく思い出したね」と祝福してくれているようだった。

 

 

『せいかい』

 

 

 光と共に響いたその声は、どこまでも優しく、どこか懐かしい響きを持っていた。

 

 そしてその直後、「ゴゴゴォォオオ!」という今までで一番重く深い振動音が鳴り響いた。ユウマのいる空間とこの世界が完全に繋がった証だった。

 

 

 

 

 

 

 開かれた扉の向こうに、見慣れた黒白のハチワレ猫が立っていた。その姿に、ミミの顔がぱっと明るくなる。

 

「モフさまっ!」

 

「ユウマ~!」

 

 ミミが勢いよく走り出し、ユウマにギュッとしがみついた。その小さな体から伝わる鼓動にユウマもふっと笑みをこぼし、背中に前足をまわした。

 

「二人とも、無事でよかった……」

 

 駆け寄ってきたロッコも、勢いよくその輪に飛び込んできた。彼の小さな腕がガッチリと猫獣人とミミを抱きしめ、淡い光がふわりと辺りに立ち上る。それは、彼らの深い絆を象徴しているかのように、静かに、けれど確実に周りの空気を包み込んでいった。

 

 ユウマの言葉に、ミミとロッコが「うん! うん!」と何度もうなずきながら、安心しきった顔を見せる。その光景に、ユウマの心の奥までじんわりとあたたかさが広がっていった。

 

「あっ! ロッコ……いま、モフさまのこと、()()()って…………よんだよね?」

 

 ミミが不思議そうに問いかけると、ロッコはきょとんとした顔で首を傾げた。まるで、そう呼ぶのが当たり前だと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、天井から射し込んだ光の筋が三人を包む空間に満ち、そこから二つに分たれ、ゆっくりと世界に接続するかのように徐々に形を帯び始めた。

 

 一つはユウマの前にふわりと落ちてくる。それは柔らかく透き通った乳白色の球体。ゆらめく光の中に象徴的な六角形の紋様がゆらゆらと浮かび、夢の奥底から紡がれた記憶そのもののようだった。

 

 すると、ユウマの視界にこの表示が浮かび上がった。

 

 

 

試練素材

・眠語の記録種(形・A)

過去の記憶が結実した幻の種子。形のないはずの言葉や感情が、時空を超えて形を成したもの。

 

 

 

「これが例の『夢に紡がれし記憶の種』か! やったぞ! 素材はあと一つ……それと、『見性の道標』は『試練素材』で確定したな」

 

(……ゲームでいうところの、イベントクリア報酬ってところか! 無事入手できて良かったよ……)

 

 ユウマはその種子を慈しむように手にすると、記憶と夢が入り混じるような不思議なぬくもりを感じた。

 

 

 

経験値獲得!

・試練素材入手 500EXP

 

レベルアップ!

・21→22(275/870)

 

 

 

(また経験値も入ってレベルが上がったぞ! 頑張った甲斐があったな……)

 

 そして、もう一つの光源はミミとロッコの手元に。表紙には風の羽のようなエンボスが施された、薄桃色の装丁の小さな本だった。

 

 

 ──マギブック『風に溶けることば』

 

 

 ページを開く前から、ふわりと甘い香りが立ちのぼる。果実と草の香り。それはミミが以前、図書館で見かけたあの幻の本に他ならなかった。

 

「……あっ! これ、リビちゃんの図書館でよんだことがある、えほんだよっ!」

 

「え~? ぼく、おぼえてないよ」

 

「そのとき、ロッコは、おひるねしてたから!」 

 

 ロッコがそっと手に取り、裏表紙を撫でると、そこにミミとロッコの二人の名前が刻まれているのを見つける。

 

「あ~! ぼくとミミのなまえが、かいてあるよ!」

 

「わあ、ほんとだ! ……もらっても、いいのかな?」

 

 ミミがそう言った瞬間、二人の体がやわらかく光り出し、半透明に揺らめき始めた──夢の輪郭から二つのしずくが零れ落ちるように。

 

「えっ? ミミ……ロッコ!」

 

 ユウマが慌てて声を上げたが、光の流れは止まらなかった。

 

 ミミとロッコは手を繋いだまま、くるりと振り向き、そっと微笑んで手を振った。

 

「「…………()()()()くれて、ありがとう」」

 

(……手伝う? まあ助けにきたから、そういうことかな) 

 

 双子の言葉に違和感を持ちながらも、ユウマは曖昧げに頷いた。短く、けれど確かなその言葉には、二人の感謝と信頼の気持ちを感じたから。 

 

(これで、二人は現実世界に戻れるのかな……苦労したけど、助けられて良かった……)

 

 次の瞬間、二人の姿は無数の光粒となって舞い上がり、やがて空間から消えていった。

 

 静まり返った回廊に、ユウマひとりだけが取り残される。

 

「…………置いてかれた」

 

 ぽつりと呟く。

 

 ユウマは寂しさを誤魔化すように、へにゃりと耳を垂らした。白い霧の空間に、彼の声だけが虚しく響く。

 

(……まあ、これで良かったんだよな。二人は帰れた。俺も……帰れる、よな?)

 

 そう思った瞬間──

 

「……ん?」

 

 背後の白い霧が、ゆらりと揺れた。

 

 いや、違う。

 

 霧が──動いている。

 

 ユウマが振り返ると、来た道の白い霧が壁のように盛り上がり、じりじりと迫ってきていた。

 

「え……ちょ、ちょっと待て」

 

 ユウマは思わず後ずさる。──いや後ろではダメだ。霧の壁は止まらない。ゆっくりと、けれど確実に、彼のいる空間を狭めていく。

 

「マジか!? 嫌な予感しかしないぞ!」

 

 慌てて横を見る。左右の霧も一つになるように迫ってくる。

 

 進む道は──前だけだ。

 

「逃げ道か? それとも現実へ帰れるのか?」

 

 ユウマは思わず前足で顔を覆った。

 

「あー! もう! わかったよ! 行けばいいんでしょ、行けば!」

 

 半ば自棄になりながら、猫獣人は四肢を駆使して前へ駆け出した。霧の壁に追い立てられるように、白い回廊を進んでいく。

 

(なんなんだよこれ! 俺、何か悪いことしたか!? 試練クリアしたのに!?)

 

 内心で悪態をつきながら走る。──ふわふわの肉球が柔らかな霧を掴む。

 足元の光の道が、どこまでも一直線に続く。

 

 そして──

 

 突然、視界が開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「……は、はぁ……はぁ……」

 

 息を切らしながら立ち止まったユウマの目の前に、それまでとはまったく違う景色が広がっていた。

 

 霧は晴れている。静謐な──けれど、どこか息苦しいほどの聖域。

 

 足元には柔らかな光の苔が点在し、周囲には淡く発光する白い花々。

 

 そして、空間の中央に──

 

「……なんだ、あれ」

 

 巨大な繭があった。

 

 雪のように白く、雲のように柔らかそうな繭。それは静かに、けれど圧倒的な存在感で、そこに在った。

 

 ユウマは息を呑む。

 

(……まさか、ここに来させるために……?)

 

 背後を振り返ると、来た道は霧に閉ざされていた。──もう戻ることはできない。

 

 その時──

 

 繭が、ゆっくりと脈動した。まるで心臓の脈動のように。まるで呼吸をするように。

 

「……嘘だろ」

 

 ユウマの声が震える。

 

 空間の彼方から、天の扉が開かれるような荘厳な音が響いた。それは羽音のようでもあり、古い詩の調べのようでもあり、風が奏でる永遠の子守歌のようでもあった。

 

 繭の表面に、ひび割れが走る。

 

「おいおい、繭から何が出てくるんだ!?」

 

 光の粒子が舞い上がり、その中から姿を現したのは──

 

 この世のものとは思えない美しさを纏った、巨大な鳥だった。白霧が螺旋を描きながら舞い上がり、その中心に古い記憶の断片が星座のように集まり始める。

 

 羽毛の一枚一枚が香りを宿した結晶のように輝き、両翼をバサリと広げれば空間全体を包めるほどの超弩。それでいながら、その存在は重圧ではなく、深い慈愛に満ちていた。

 

 綿あめのような羽毛がふわりと揺れるたび、甘い香りが空間に広がる。それは春風の温もり、幼い日の安らぎ、失われた記憶の全てを包み込む優しい香り。

 

 

 

 ──()のパンタニア綴理獣(つづりじゅう)「ウィスプ・コクーン」。

 

 

 

 繭鳥は静かにユウマを見下ろした。その瞳に宿るのは怒りでも威圧でもなく、深い悲しみと、どこか戸惑いを含んだ光を湛えている。

 

 

 ──空間全体が告げている。

 

 

 ──ここからが、本当の対話のはじまりだと。

 




お読みいただきありがとうございます!

この作品で重要な存在『パンタニア綴理獣』をようやくお披露目できました。
"ウィスプ・コクーン"とユウマは何を語るのか。
今後の展開にご期待ください!

次回更新は12/9(火) 12時予定。

引き続きお付き合いください!!

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