パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その十五

 まどろみの中で、ミミはゆっくりとまぶたを開いた。

 

 視界いっぱいに広がるのは見慣れた天井。そして温かな布団の感触。夢の中の光と影が薄れ、現実の輪郭がはっきりと戻ってくる。彼女の隣には、同じように身じろぎをするロッコの姿があった。

 

「……ミミ!」「ロッコ!」

 

 母親の震える声が響く。ミミがゆっくりと顔を向けると、そこにいたのは涙で顔をくしゃくしゃにした両親だった。彼らの背後には村長のセイル、そして薬師のガランとミーナが、心配と安堵の入り混じった表情で見守っている。

 

「やっと目が覚めたのね。本当に、本当に良かった……!」

 

 母親が二人を抱きしめ、父親もその背中をさする。数日ぶりのミミの目覚めとロッコの無事な様子に、大人たちは胸を撫でおろした。

 

「一体何があったんだ? お前たちはずっと眠っていたんだぞ」

 

 セイルが腕を組み、問いかける。

 

 ミミは少しだけ伸びをして体をほぐした。

 

「うん! ロッコとモフさまとゆめの中でね、大ぼうけんしたんだよ! さいしょはちょっとこわかったけど、すっごくたのしかったの!」

 

 ミミの屈託のない笑顔に、大人たちは拍子抜けしたような顔でお互いを見つめ合った。二人が眠りながら、うなされたり、苦しそうにしていた様子を見ていたため、よほど辛い夢を見ているのだと思っていたのだ。

 

 ミーナが優しく尋ねる。

 

「……それで、ユウマちゃんはどうなったの? まだ目覚めないみたいだけど」

 

 ミミは首をかしげた。

 

「うーん、モフさまはね、なんか『そざい』をもらってたよ……?」

 

「素材……ああ、夢の中でパンの素材を入手できたのか……それでも、まだ目覚めないということは、何かやるべきことがあるのかもしれんのう……。それも例のウィスプ・コクーンと関係した何かが」

 

 ガランは眠るユウマの頭を静かに撫でながら呟いた。

 

「無事に戻ってきてくれると、いいんだけど……」

 

 ミーナの声が、夜気のように静かに揺れた。

 

 

 

 

 

 

 白い霧が晴れ、ユウマの眼前に現れたのは、巨大な繭のような存在「ウィスプ・コクーン」だった。その姿は天空より降り立ちし神殿のようで、神秘的な光を放っていた。

 

 表面には幾重にも複雑な紋様が刻まれ、その中心からは、深淵なる宇宙を思わせるような黄色の光が脈動している。 

 

 その威容を前に、ユウマの全身の毛は逆立ち、途轍もない畏怖と威圧感が彼を押し潰さんばかりに襲いかかる。

 

(まずい!! ……何だよコイツ! このプレッシャーは尋常じゃないぞ!)

 

 ユウマは本能的にスキルを発動しようと試みるが、なぜか発動しない。彼の意識に浮かぶはずのステータス表示も、砂嵐のように乱れ、意味を成さない記号の羅列と化していた。

 

(くそ! 生身で挑むしかないのか! コイツに!)

 

 そんな中、その脈動する黄色き光が強まり、空間に直接響くような古びた声が、ユウマの脳内に直接語りかけてきた。

 

 

「我は、()ぞ?」

 

 

「……は?」

 

 ユウマは思考が停止した。その問いは存在そのものを問いかける、質問だったからだ。誰だ? そんなこと、知るわけがない──ウィスプ・コクーンだろうに。

 

 混乱するユウマに構わず、白い繭鳥は堰を切った濁流のように、その内部に保存されているありとあらゆる記憶の断片を、一気に彼の意識へと流し込み始めた。

 

 ──その瞬間。

 

 ユウマのいる夢の空間も、彼の頭の中も、ウィスプ・コクーンの記憶も、すべてがごった返したように、混沌とした世界へと変貌した。

 

 宇宙の深淵や生命のゆりかごたる深海、空を彩る流星の群れ、すべてを巻き上げる嵐、前世で見たようなオフィス街、そしてはるか昔の在りし日の風景――。

 

 とてつもない速さで、何億もの時が瞬く間に駆け抜けるような、常軌を逸した情報の濁流が、ユウマの精神を打ち砕かんばかりに押し寄せる。

 

(……ぐっ!! 頭が……割れそうだ!)

 

 視界が歪む。意識が飛ぶ。

 

 自分が誰なのか、ここがどこなのか――すべてが曖昧になっていく。

 

 この混沌とした記憶の奔流は、ユウマに多大な混乱と困惑を呼び起こし、彼の存在は、まるで嵐の海に浮かぶ木の葉のように揺らぎ、今にもその渦の中に消え去りそうだった。

 

(……うぐっ……これは、何なんだよ! ……意識が飛んでいきそうだ──)

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、現実世界もまた異変に見舞われていた。

 

 ミミが眠りについた時を遥かに超える、濃密な霧が突如として村全体を覆い始める。霧の中からは人々の悲鳴や、様々な言語が入り混じったような不気味な声が辺りに響き渡っている。

 

「……ロッコ!」

 

「うん! いこう~!」

 

 村に異変が起こると、ミミとロッコは顔を見合わせてすぐに起き上がり、二人で手を繋ぎ、家を飛び出して村の中心へと駆けていった。

 

 ずっと眠っていた子どもたちが、こんなに素早く動けるのかと仰天しながら、セイルは彼らの後を追うことに決めた。

 

「おいおい! また濃い霧が!」

 

「前が見えない!」

 

 村の中心に近づくにつれて、村の周章狼狽の度合いがどんどん大きくなっているようだ。

 

 ──その混乱の最中。

 

 神殿の扉が、静かに開いた。

 

 濃い霧の中から、白銀の髪が風になびく。一人の女性が、毅然とした足取りで現れた。

 

「……ハンナか?」

 

 セイルが目を見開く。

 

 いつもは神殿の隅で欠伸ばかり、仕事はするけど、やる気はゼロのやさぐれ神官ハンナ。

 

 だが今、そこにいるのは、まったく別人のような彼女だった。白銀の髪は整えられ、神官服が風に翻る。両腕には数多くの羊皮紙と祈りの道具を抱え、その瞳には強い光が宿っている。

 

 普段のけだるげな姿は、どこにもない。

 

 彼女は霧を払うように淡々と進み、ミミとロッコの前に悠然と立った。

 

 そして静かに片手をかざし、天から響くような声で──告げた。

 

 

「──眠りを超えし絆よ、目覚めの(ひとひら)を開け」

 

 

 ハンナの言葉を受け、ミミとロッコはそれを予期していたかのように、二人で頷き合い、静かに目を閉じて精神を集中させた。

 

 すると、彼らの間に微かな風が巻き起こり、何もない空間から、古い物語を宿した薄桃色の小さな書物が、淡い光と共に実体化して現れる。

 

 

 ミミとロッコの体が、その光を吸収するように輝きを帯び始めた。

 




お読みいただきありがとうございます!

次回更新は12/11(木) 12時予定。

引き続きお付き合いください!!
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