パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その十九

 

 意識が浮上する。遠くでふわふわした声が聞こえるような気がしたが、すぐにそれは周囲の喧騒にかき消された。

 

 ゆっくりとまぶたを開くと、広場の空気がふっと揺れた。どうやら村の広場に寝かされているらしい。ぐるりと囲む村人たちの顔には、心配と安堵が混ざっていた。

 

「「モフさまぁ~!!」」

 

 次の瞬間、小さな二つの影が勢いよく駆け寄り、ユウマに飛びついてきた。ミミとロッコだ。深層夢の中で見た、どこか大人びた雰囲気は消え、いつもの無邪気な笑顔がそこにあった。

 

「よかったぁ、モフさま、おかえり!」

 

「しんぱい~したんだよ~」

 

 二人は小さな腕でユウマをぎゅっと抱きしめ、その温かさに彼も深い安堵感を覚えた。

 

「大丈夫かのう?」

 

「ユウマちゃん!」

 

 薬師のガランとミーナも駆け寄り、ユウマの体を優しく撫でた。ガランの手と、ミーナの温かい眼差しに、猫獣人は現実世界に帰って来られた実感が湧いてきた。

 

「一体、何があったんだ?」

 

 村長のセイルが少し離れた場所から声をかけた。ユウマはゆっくりと起き上がり、周囲の顔を見渡しながら答えた。

 

「……うん。夢の中の世界にいたんだ。あの古文書に書かれていた詩文は……やっぱり、パンの材料のことで合ってたよ」

 

 そう言いながら、ユウマはそっと自分の掌を開いた。そこには、確かに二つの輝きが宿っていた。

 

 一つは、透明に近い乳白色の球体、クイズの試練で入手した『眠語の記録種』。もう一つは、ふわふわの白銀の繭に包まれ淡く光り、ウィスプリアの真名を解明して得た『言霊の繭核』。

 

 それらは、まるで星屑が集まったかのように強い光を放ち始めた。神秘的な光は、ユウマの小さな掌の上で力強い六角形を描き出していた。

 

「おお……」

 

 村人たちは、その神秘的な輝きに息を呑んだ。

 

 これまで見たことのない、純粋な美しさを持つ光だった。

 

「この素材で作ったパンは、とっても美味しくなるらしいんだ。だから、一緒に作ってほしいんだ。……約束したから」

 

 ユウマの言葉に、村人たちは顔を見合わせた。「約束? 誰と?」という疑問が、彼らの表情に浮かんでいた。

 

 しかしパン屋の娘ティナは、ユウマの言葉を聞くや否や、「フンス!」と鼻息を荒くし、両手をグーにして意気込んだ。

 

「もちろん! こんな凄そうな材料を使ったら、どんな美味しいパンができるか、楽しみね! 腕が鳴るわ!」

 

 その様子を少し離れた場所から、神官のハンナがいつもの気だるそうな表情で見守っていた。そして、欠伸混じりの声で言った。

 

「あーしは先に神殿に戻ってますよぉ。なんか、準備とか色々ある気がしやがるんで」

 

 そう言って、ハンナはゆっくりと神殿の方へと歩き出した。彼女が持ってきていた祝詞が書かれた書類や祈りの道具を抱えて。

 

 皆が今後のことを話し始める中、ユウマは急に強い疲労感に襲われた。全身が鉛のように重く、まぶたが何度も閉じそうになる。

 

 額にはじんわりと脂汗が滲み、まるで体の芯から半透明の魂が「にゃー」と抜け出ていくかのような脱力感に襲われる。

 

 ステータスを確認してみる。

 

『疲労度:30/10』

 

(……は、はい? ゲージがオーバーフローしてるんですが……数字以上に疲れを感じる……早く家に帰りたい……)

 

「おや、これは……。ユウマ、顔色が優れないのう」

 

 ガランがユウマの様子に気づき、心配そうに声をかけた。ユウマは自分の身に起きている異変を理解していた。

 

 これは、あの不名誉な称号『働きすぎた者』の影響に加え、『深層夢』での冒険と超常の存在と対峙したことにより、自信の限界など優に超えてしまったためだろう。

 

(……あー、確かギンコと戦闘したときと同じ、あの芯から来る疲労感と似てるなー……しんどいー……きついー……にゃー)

 

「……大丈夫……ちょっと、眠いだけ……」

 

 掠れた声でそう答えるユウマを見て、ガランは労るように優しい笑顔を浮かべた。

 

「また無茶したようじゃな。明日また、元気になってから仕切り直すとしよう。帰るぞ」

 

 ミーナも心配そうにユウマの背中を撫でた。

 

「そうね、今日はゆっくり休みなさい」

 

 ガランの背中に身を預けると、ユウマの意識は急速に遠のいていった。体を揺らすガランの足音が遠い子守唄のように聞こえる。ミーナとガランは、夢の冒険から帰ってきたばかりの、いつも頑張り過ぎる小さな体を気遣いながら、家路へと向かう。

 

 家に戻ると、ミーナは手際よく看病の準備を始めた。ユウマの好きなラベンダーのアロマを焚き、冷たい湿布をユウマの熱を持ったおでこに貼る。そして、消化に良いおかゆを丁寧に作り始めた。

 

 光が灯る部屋の中、ミーナは静かに疲労困憊の小さな猫の寝顔を見守っていた。その瞳には、優しさと、少しの心配が宿っていた。

 

 

「……帰ってきてくれて、よかったわ」

 

 そう小さく呟くと、ユウマの頭をひと撫でし、そっと毛布を直した。

 




お読みいただきありがとうございます!

次回は明日12時更新予定です。

引き続きお付き合いください!
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