パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~   作:倉田六未

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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その二十一

 深い眠りの底で、ユウマは微かな気配を感じ取っていた。村の楽しそうなざわめきが、遠波が伝わるように、彼の敏感な猫ひげをみょんみょんとくすぐる。

 

 ゆっくりと意識が浮上し、大きく「にゃー!」と伸びをして体を起こした。まるで体に巻き付いていた重りが全部どこかへ飛んでいってしまったようだった。

 

 その時、静かに部屋に入ってきたミーナが優しい眼差しでユウマを見つめた。

 

「ユウマちゃん、起きたのね? 疲れは取れたかしら?」

 

「うん、いっぱい寝たから、もう元気だよ!」

 

 ユウマは元気よく答えた。だが、ミーナの次の言葉に度肝を抜かれた。

 

「あなた、三日も寝てたのよ」

 

「えっ!? 三日も!? まさか……!」

 

 ユウマは思わず叫んだ。普通、人間(猫?)が三日も眠り続けるなどありえない──彼は自分の体がこの異世界仕様(傍点)になっていることを思い出す。

 

 もしかしたら、神様が配慮してくれた『自律神経ケア個体』という設定の影響で、休むべき時は、徹底的に休ませるようになっているのかもしれない、と推察した。

 

(過労死防止機能かな……? 疲労度も限界突破してたからな……)

 

 ステータスを確認してみる。

 

『疲労度:0/10』

 

(おお! 全回復してる……! でも3日も寝ればそりゃそうだろうな……)

 

 ユウマはふと思い立って、ベッドから起き上がると、窓から朝日を浴びながら、前足を弧を描くようにびよんびよんと動かし始めた。

 

(前世では寝過ぎると体が痛くなってたよな……特に問題なさそうだな)

 

 その後も体の調子を確認するため、動きを増やしていく。そして、ラ◯オ体操第二のトリッキーな動きを始めたところで、ミーナに声を掛けられた。

 

「うふふ。ユウマちゃん、何その動き? でも本当に元気になったみたいね」

 

「うん! 体も問題ないみたい!」

 

 ユウマがそう答えると、ミーナが優しく毛並みを撫でた。

 

「ユウマちゃん、今日はお祭りよ。早く準備して一緒に行きましょう」

 

「えっ? なんで、急にお祭りが?」

 

 そこに、扉がギィィとゆっくりと開いて、ガランが姿を現した。

 

「ユウマ、起きたか。ほれ、ウィスプ・コクーン関連の素材でパンを作ろうとしておったろう? お前さんが眠っている間に、パン作りはもう大詰めに入っておるんじゃ」

 

 ガランはユウマの目覚めを喜びながら、事の次第を説明し始めた。ティナを中心に村全体が一丸となってパン作りを進めていたこと、ユウマの目覚めに合わせて、その特別なパンを焼き上げ、神殿に奉納する運びになっていることを告げた。

 

「もう、そこまで進んでるんだね……」

 

(まあ……三日も寝てたからなあ……)

 

 村のみんなが自分を待っていたことを知り、胸が温かくなる。さらにガランは続けた。

 

「村長のセイルがな、このパンの奉納儀式を、ついでに村を挙げてのお祭りにしようと提案してな。お前さんも、皆と一緒に完成を見届けてほしいんじゃよ」

 

「そっか! それならすぐに準備して出かけなきゃね!」

 

 ユウマは尻尾をぶんぶんと振り、弾むような足取りで身支度を始めた。

 

 

 

 

 

 

 ガランとミーナと共に家を出ると、リーカ村はすでに活気に満ち溢れていた。

 

 通りには色とりどりのパン型の提灯が吊るされ、風に揺れるたびに楽しげな影を落とす。その光が石畳の道を柔らかく照らしている。

 

 村の中心にある食堂では、女将ミレイユが腕によりをかけて特別な料理を振る舞っていた。その周りには長い行列ができている。

 

 子供たちは色鮮やかな風車を手に嬉々として村中を走り回り、その笑い声が賑やかなBGMのように響いている。神殿の前にはいつの間にか厳かな祭壇風の飾りが組まれており、そこからも神聖な雰囲気が漂っていた。

 

 村全体が、特別な日を迎える祝祭の空気で満たされている。

 

 ──その時。

 

 ガランとミーナと共に村の中心地へと向かっていたユウマに、とてつもないスピードで接近してくる存在がいた。

 

「えっ――」

 

 それはまるで、疾風が地面を滑るかのように、一瞬でユウマの目の前に現れた。

 

 次の瞬間、その存在は猫獣人をガシッと捕らえると、そのまま頬ずりを始めた。

 

「ふわぁ~、モフモフだね~! ユウマ!」

 

 白碧(しらあお)の衣を纏い、どこか人ではないような神秘的な雰囲気を放つその姿に、ユウマは完全に固まった。

 

(……はっ!? ……何だコイツは!?)

 

 その存在はユウマの背中を、お腹を、そしてしっぽの先まで、まるで宝物でも愛でるように優しい手つきで撫で回す。指先が毛並みをすり抜け、体温がじかに伝わる。それはミミやロッコが自分を抱きしめる時の、あの純粋なスキンシップにも似ていた。

 

(おいおい、ちょっと待て! ほんとに……誰なんだ?)

 

 ユウマは混乱の極みにあった。この姿からはミミとロッコの雰囲気をおぼろ気ながらも感じるし、かつて自分が異世界に転生する際に遭遇した、あの光を放つ存在にもそっくりだと思った。

 

 だが、その声には聞き覚えがあった。それは、ウィスプの真名を解き明かした時、遠くから聞こえてきた祝詞を読む声と──同じ響き。

 

(この声……どこかで……そうだ、あのときだ!)

 

 そして、ウィスプリアと直接会話した時に聞いた言葉が、脳裏をよぎった。

 

 ──『…………あの子たちは…………かんなぎ……』

 

(まさか……コイツが……!? いや、でも、こんな姿に……!?)

 

 目の前の存在が、ミミとロッコに関係した存在かもしれないと理解し始めたユウマが、何かを話しかけようとした、その矢先。その存在は有無を言わせず、彼を小脇にひょいと抱え上げた。

 

「さあ、行こう~! ユウマ~!」

 

 ユウマは宙ぶらりんのまま、必死に手足をバタつかせた。白い衣の裾が風にはためいて、飛ぶように進んでいく。

 

「……ちょちょちょっと! 俺は自分で歩けるってば……どさくさに紛れて尻尾を触るなって! 器用か!」

 

 村の中心へと駆けるその姿は、祝いのざわめきに沸く村人たちの間を、まさに彗星のごとく駆け抜けていくのだった。

 




お読みいただきありがとうございます!

次回は明日12時更新予定です。

突然ですが、完結まであと5話。

最後までお付き合いください!
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