竿役スレイヤー “そういうタイプの化け物” 作:悲しみ
この世界は腐っている。
私が転生した時からこの世界は悪の組織が支配していた。
女や子供が行方不明になるのは日常茶飯事。報道や情報機関がそのことを発表することなく、今も人々は騙され続けている。
私だって目の前で妻や娘が攫われていくのを見なければ、今も世界に騙され続けただろう。
妻と娘の行方を追って私がたどり着いたのは、ある製薬会社だった。
そこは医療界のすべてを支えていると言っても過言ではないほど有名な大企業で、そんな企業が誘拐などの非道な行為を行っていることを信じたくなかった。
その真相と妻子の安否を確かめるために私はヤオサク製薬に研究員として潜入した。
自分で言うのもなんだが私は天才だった。あらゆる分野で優秀な成績を残していたため、むしろ企業側からスカウトされたのだ。もちろん悪側として。
研究員としては破格の待遇。毎晩、アイドル顔負けの美人が私の部屋にやってくる。
いつの間にか私はその環境に魅了されていき、潜入した数か月後にはもう妻子の安否などどうでもよくなっていた。
多分最初から気が付いていたのだ。幹部の連中は。
だから私を自ら懐に忍ばせ、甘い蜜に沈ませたのだ。
甘い蜜に囚われた私に幹部連中は色々なことを話してくれた。
ヤオサク製薬はもうすでに世界の八割を支配している。だが、その支配を邪魔する奴らがいる。
ヤオサク製薬が作る怪人に対抗するために、世界各国の精鋭が作り出した特殊スーツを身に纏い戦う少女達。
大半はすでに我々の手の中だが、どうやら新しい適性者が現れたという噂がありそれが幹部連中は不安らしいのだ。
組織はその少女達に相当煮え湯を飲まされたらしい。
私は会ったことはないが、その少女達は多分主人公チームなのだろう。
データで見る限り、そういう特有のオーラがあった。
私に命じられたのはそれらを蹂躙できる怪人を作ること。そのためならどんな協力も惜しまないらしい。
今の組織に心酔している私なら大丈夫だと思ったのだろう。もちろん私は二つ返事で了承した。
その日のうちに私が求めたものは用意された。設備に金と人員だ。
いよいよ準備が整った。
私は組織に潜入する前にあるチップを脳に入れていた。
それは自分の中のあらゆる意思よりも優先される命令を実行するチップだった。
要はお掃除ロボットのような、ただ一つの目的に特化した機械になるということ。
私がチップに入力した命令は“組織を崩壊させる手段の構築”
これは私が組織に完全に心を奪われた時に発動する最終手段なのだ。そしてチップの存在はチップを入れた時に私の記憶から消去されている。
自分一人で壊せる組織ならこんな命令にするつもりではなかったのだが、相手は大企業しかも世界規模に展開しているのだ。その影響力は計り知れない。
だったら懐に潜り込んでそれに対抗する兵器を作ればよい。木を隠すなら森の中だ。
そしてチップの傀儡となった私は、チップが操るままにそれを作った。
幸い日常会話はチップに内蔵されたAIが勝手にやってくれるため、特に怪しまれずに研究を続けることができた。
そして遂に完成した。
自己進化をコンセプトにしたゾード怪人。
アルファゾードとでも言っておこうか。アルファが起きる時、それが私の最後だ。
研究データは削除され、私の体も溶けてなくなる。
だが今の所アルファが起きる気配はない。
ヤオサク製薬の怪人は人がベースに作られており、アルファは私が一から細胞を構築して作り出したもの。
理論は完璧だが、やはりエネルギー源が違うのか根本的な何かが足りないのか。
こればっかりは運と言うことになる。
もう何回も起動実験をしているが、未だに目覚める気配はない。
そろそろ目覚めてくれなければ、幹部連中はしびれを切らして私のことを調べ上げるだろう。
幹部の中には相手を自在に洗脳できるやつがいるらしい。
そいつに今の私の状態がバレたら、後はすべて水の泡だ。
頼むから目覚めてくれ。
祈りにも近いことを願いながら、アルファを起動するためのレバーを引いた。
静けさを孕んだ夜の街に鉄の匂いを運ぶ風が吹く。
街の住民はそのことを気にしない。それはこの街にとって日常だったのだから。
その風が吹いているのが、古くから根付いている不良集団のアジトだったとしても。
アジトいた不良は誰が見てもいい顔をしない殺され方をされていた。
頭から両断された者、全身の骨を砕かれた者、顔を何度も殴打された者。
実行者が随分とこの集団に恨みを持っていたことが想起できる、惨い殺し方だ。
そんな奴らの真ん中に一人の男が立っていた。どこにでもいそうな平凡な男だった。
腕は不自然な方向に曲がり、足も獲物である鉄パイプを杖にしないと立てないぐらいには本来の機能を失っていた。
男は平凡な人生を歩んでいた。
自分には似合わない美人な彼女が不良に嬲られるまでは。
そのことで精神を病んだ彼女は男の献身も空しく、入院していた病院で自殺した。
失うものが無くなった男の行動は早かった。
財産のすべてを使い、使えそうなものを片っ端から購入してその日のうちに不良集団のアジトに突入。
怒りに支配された男は不良からの攻撃に一度も倒れることなく、やり遂げてしまった。不良集団の全滅を。
男にはもう何も残っていない。
愛する者も復讐の対象者も何もかも。
だからこそ、この世にいる意味なんてなかった。
一人の不良が持っていた銃を自分の頭に押し付ける。そしてそのまま引き金を引き、アジトに鮮血が飛び散った。
薄れゆく意識の中で自分を呼ぶ声がした。
誰なのかわからないし、聞き覚えの無い声だ。だが自然と俺はそいつに手を伸ばしていた。
声もわかる。そいつの形も。そいつは人間ではない。
だが俺達の想いは一緒らしい。どうせ消える命だ。お前が好きなだけ使えばいい。
俺はそいつに触れる。
そいつの瞳が紫に染まった気がした。
その日は何かが違った。
モニターに表示されているデータはこれまでにない数値を記録している。
アルファを保管している水槽が小刻みに揺れ始め、やがて研究所を包む大きな揺れとなった。
水槽にひびが入り、中に入っていた保存液が漏れ出す。アルファが動き出すと、水槽は割れアルファを止めるすべは無くなった。
私は机の上に置かれていた注射器を手に取り、アルファと対峙する。
これはアルファを作る過程でできた細胞増幅促進剤。これを打ち込んだ人間は細胞の異常再生が始まり、化け物へと成り果てる。
これが計画の最終段階。アルファに戦闘経験を叩きこむ。
少しでも役に立てる方法はこれしか思いつかなかった。
目の前のアルファは周りをゆっくりと観察している。
無骨な灰色の体に尖った指と肩。人間でいう口元の部分には歯がむき出しで並べられている。
バイザーのようにつながった目は、紫に光りながら私を見つめている。
私はその姿を見ながら首に注射器を刺した。
一瞬で私の体は膨れ上がり、人ならざる者へと姿を変えていく。
人間としての感覚が化け物のそれへと変化していくのを感じながら、なけなしの理性を振り絞りアルファに向かって叫ぶ。
「さあ、来いアルファ! 私を倒せなければこの先は生き残れんッ!」
私はその巨体を引きずりながらアルファへと拳を振るう。
受け取れ、私の遺言を。
目が覚めると俺の体は変わっていることが分かる。
俺が変わったというより俺の魂がそこに憑依したと言った方が正しいのか。
目の前に対峙している白衣を着た男が、俺を見て笑いながら震えている。
多分、俺を作った人間で合っているよな?
マッドサイエンティストかよ。もうちょっとまともな奴が良かったと思うのは我儘だろうか。
まあこいつが俺と同じ考えをしているのなら、それの生みの親であるこいつもまた同じであろう。
白衣の男が笑いながら首筋に何かを注射した。
次第にその姿が変わり首から下が膨れ上がった化け物へと変化した。
白衣の男はこちらに向かって肥大化した腕を振るった。
その岩石のような腕を前方へと飛ぶことで回避し、頭部に蹴りを叩きこむ。
「体にはダメージが通らないと判断して頭部へと攻撃したか……。見立てはいい。だが、甘いッ!」
突如視界が上を向く。その直後に背中に走る衝撃。
一瞬、思考が飛ぶ。だがそれが命とりだった。
視界に影がかかり、何かに押しつぶされた。それは白衣の男の拳だった。
俺は掴まれて地面に叩きつけられたのか。
蹴りも全く通用せず、今はプレス機に潰されるごみの様に拳を振るわれている。
「常に最悪を考えろッ! 貴様の力が通用しない相手が出てきたらどうするッ! 負けを認め、諦めるのか! 諦めたら最後、お前は死ぬまで奴らの奴隷だ」
そんなことよくわかってる。
こっちが何もしてなくても、奴らは街灯に群がる虫の様に寄って気が済むまで食いつくす。
災害だ。生きる災害そのものだ。存在自体が不幸の元だ。
そんな奴らに善人が食いつぶされるのは見てられない。
俺のような人間が増えるのは耐えられない。だから、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
迫りくる腕を転がるように避け、ありったけの力を込めて男の真正面へと飛びながら自分の体に爪を突き立てる。
男の攻撃で傷ついていたからか、糸を通すように体に入った爪を乱雑にかき回しそして無造作に引き抜くと飛び散った鮮血が辺りを染める。
いきなりの自傷行為は、男の注意を引くのに十分だった。
血が滴る腕を男の口に突っ込み、無理矢理俺の血を流し込む。
「離せぇ!」
「ぐッ……」
突っ込んだ腕を食いちぎられ、男の拳が直撃する。
見事に吹き飛ばされた俺は回って体勢を立て直し、男を見上げた。
「ガッ……! 何だこれは」
男の肥大化した体はさらに膨れ上がる。
飲ませた血が俺へと戻ろうと暴れまわっているのだろう。
俺、いやこの体には再生能力が付いているらしい。
プレス地獄の時に傷つけられた体が再生しているのが見えたのだ。その時飛び散った血も体に吸収されて行っているのも。
腕を突っ込んだままだったらそのまま血が戻っていただけだろうが、それが物体を介しての再生だった場合その物体を破壊してでも再生しようとするらしい。
これは使えるかもな。
男の腹を突き破り、片腕が俺の元へと戻ってくる。
何事もなかったかのように綺麗にくっついた腕を横目で見ながら、男と決着をつけるために駆けだす。
「グゥ……ガァァァァァァッ‼」
対する男もこれで最後と言わんばかりにこちらに向かって拳を振るう。
向かってきた拳を受けることはせず、飛んで避け拳を踏み台にしてさらに高く飛ぶ。
かなりの力で踏んだからしばらくは復帰できないはずだ。
左から跳んできた拳も体をひねり、錐もみ回転しながら回避するとまた踏み台にして男の頭上へと飛んでいく。
垂直に落ちていく体に身を任せ、男の頭上へと爪を突き立てる。
男にはもうなすすべはない。
この攻撃で間違いなく死ぬだろう。なのに男の顔には笑みが浮かんでいた。
爪は男の顔面に突き刺さり、アルファの自重によってやがて脳に到達し貫通する。
勢いのまま滑り落ちて何とか受け身を取ったアルファが見たのは、男の体が崩れ落ち消えていく姿だった。
男はアルファへと向きながら微笑んで言う。
「素晴らしい。さすがは私が作った遺作。そして君、アルファが選んだだけはあるね」
「……ッ!」
「何で気が付いたのかって? まあ、勘とあんな人間らしい動きができるの何故かって考えたのさ」
アルファにはこの世の悪をすべて消せとという命令が本能で刻まれている。だが、それだけなのだ。
戦闘用のプログラムなどは入れておらず、出来るのは野生動物のような戦い方しかできないという想定だった。
「安心したまえ。君をどうこうする気はない。どうやら私も君も同じらしいからね」
科学者としては今の現象を解明したいところなんだけど。困ったように笑いながら男は言う。
既に体は消え去り、後は頭となった。それでも男に死の恐怖は無い。この先にある奴らの絶望を思えば、死など恐怖する要素がないからだ。
「ここを脱出したらハルサワレーシングに向かいなさい。そこに君の助けになる物がある」
「ああ」
「頼んだよ。この世界の希望を守れるのは君だけだ」
「言われなくとも」
男の体は完全に消える。まるで最初からいなかったかのように。
男は最後まで安らかな笑みを浮かべて死んだ。
アルファは静かに決意した。
この世界に一つも悪を残さないこと。悪が生まれたら殺すこと。
俺が悪にとっての絶望となるのだ。
その日、ヤオサク製薬の研究所の一つが地図から消えた。