アンリアルインリアル・柔道場の娘が刑事になったらAI社会で一本背負い 作:剛申
夜の柔道場でアヤはひとり正座し、黙想をする。
アヤ「感情を律し、自分を制す。静かに前を向き、困難から逃げない」
一人静かにつぶやく。
柔道の日々でくじけそうなときに、アヤが何度も自分言い聞かせてきた言葉だ。
この道場はアヤの父が運営するもので、小さい頃から稽古をつけてもらっていた。
アヤにとって青春が詰まっている場所で、ここに来ると気持ちが落ち着いてくる。
柔道場の壁には生徒たちの試合中の写真などが何枚も張り付けてある。
その中にはアヤの学生時代の写真もある。
一際大きく印刷されているのは、父がオリンピックに出たときの写真。
その写真を見るたびに、少し気恥ずかしい気持ちになる。
「お邪魔しま~す」
聞きなれた声がして、入り口から女性が入ってくる。
幼馴染であり、この道場の姉弟子でもある、尾野寺リナ。
今は同じ署で働く婦警の先輩だ。
アヤ「リナ先輩……!」
リナ「お、アヤちゃん。師範は?お家のほうかな?」
アヤ「うん。夜稽古が終わって、家に戻ってます」
リナ「そっか~。お父さんが大きい鯛が釣れたから、持って行けってね」
アヤ「え、先週も頂いたのに。いつも気を使ってもらっちゃって」
リナ「お父さんの趣味だからね。アヤちゃん刑事課になってからも、あんまり署で見ないね」
リナ先輩が心配そうに、こちらを見る。
アヤ「捜査で外に出ることが多くて……」
リナ「大丈夫?無理し過ぎてない?」
アヤ「……わかりますか?」
リナ「うん。私でよければ、いつでも相談に乗るからね」
アヤ「ありがとうございます。リナ先輩」
「おお!リナ!来てたのか!」
入口から大声を上げてお父さんが入ってくる。
父「なんだ!やっと道場を継ぐ気になってくれたか!?」
リナ「師範!いやだなぁ、私、公務員ですよ!副業禁止なんですから」
父「はぁ~、それだよ。俺は心配してんだ。リナもアヤも、大変な仕事についちまったからなぁ……」
リナ「師範が柔道の精神を叩きこんでくれたお陰ですよ!」
父「怪我して選手は引退したんだ。うちで指導者になったらどうだ」
リナ「はいはい。考えておきま~す」
リナ先輩が父の背中を押しながら、入口を出ていく。
先輩がチラっと振り返り、ウインクをする。
朝の日差しが捜査室に差し込む。
中川「出会い系の会話ログから、失踪した女性が男性と会った日時に、失踪日との一致がみられる。これらの男たちが関与している線でほぼ間違いない」
捜査室のホワイトボートに地図が表示される。
中川「ログとGPSから、女性と男が会ったと思われる場所と時間の目星はついている。待ち合わせ場所周辺の防犯カメラと照合したい」
岩崎「わかった。桐山、生活安全課に、この辺りの防犯カメラの映像をまとめるよう、協力を頼んでくれ」
アヤ「わかりました」
岩崎「待ち合わせ時間と場所が特定できた。これで当日の当人の服装や、犯人の姿も確認できるといいがな」
中川「ええ」
ホワイトボートの地図に、5つの待ち合わせ場所がマーカーで記されている。
いずれも奈古市中央区の繁華街の近い場所。
コンコンコン
アヤ「失礼します。刑事課、桐山です」
生活安全課の扉を開ける。
近くのデスクに座るリナがこちらを見る。
リナ「あ、アヤちゃん。いらっしゃい」
アヤ「リナ先輩。生活安全課に捜査協力をお願いしに来ました」
リナは周り見回す。
リナ「今、課長が不在でね。用件を教えてもらえる?」
アヤ「はい。連続女性失踪事件のことで、防犯カメラの映像を確認していただきたくて」
リナ「ああ…。うん、確認してみるね。なるべく詳細な時間と住所を教えてもらえる?」
アヤ「はい。マーちゃん、リナ先輩に共有お願い」
マトン『はいです』
リナ「OK。ベニマル、受け取って」
リナの机の上に立つ、デフォルメされた犬の顔をしたアバター。
ずんぐりむっくりで柔道着を着ている。
太い眉毛がトレードマークのリナ先輩のAIパートナー、ベニマルだ。
ベニマル『オス!位置情報、頂戴いたします!』
マトン『はい、おねがいしますです!』
マトンがベニマルにフォルダ型のアイコンを渡す。
リナ「ありがとう。じゃあ調べてみるね。わかったら内線するから」
アヤ「お願いします。手伝ってもらってすいません」
リナ「いいの、いいの。みんなのために出来ることをやるのが、柔道の精神でしょ」
アヤ「精力善用ですよね。リナ先輩、ありがとうございます」
リナ先輩に深々と頭を下げる。
萩本「課長、失踪したうちの一人、河合ミズキのクレジットの利用履歴が出ました」
刑事課の先輩、萩本が捜査室の扉を開けながら報告する。
岩崎「どうだった?」
萩本「良くないですね」
萩本の四角いロボットみたいな形のAIパートナー“RC7”がホワイトボードを指差す。
ホワイトボードには河合ミズキのクレジットカードの利用履歴が映し出される。
萩本「最後に利用されたのは失踪したとみられる日の深夜です。クレジットの限度額まで電子マネーが購入されています」
岩崎「そうなると動機は金銭目的かな」
萩本「良くないパターンですよ。この手のケースは目的が達成されれば、被害者は使い捨てられる傾向がある。おそらく女性達の遺体も」
萩本先輩がハッとしたような目を向ける。
アヤ「続けてください」
萩本「ああ……。いや、他の女性達のクレジット利用情報はまだ出そろっていない。それが出れば、関連性も明確になると思う」
萩本は自分の席に戻っていく。
中川「金銭目的か……、にしては回りくどくないか……」
ブツブツとつぶやく。
プルルル、ガチャ
中川「はい。こちら刑事課。ああ。桐山、防犯カメラの情報が出たらしい。確認を頼む」
アヤ「はい……」
アヤの顔を机の上のマトンが心配そうに見ている。
コンコンコン
リナ「失礼します。生活安全課、尾野寺です」
アヤ「リナ先輩!お手数おかけしました」
岩崎「仕事が早いな」
リナ「ありがとうございます。所定場所の簡易AIスキャンです。取り急ぎ、行政管理の監視カメラから、待ち合わせ時間帯の映像を集めました。ベニマル、アヤちゃんにデータを」
ベニマル『押忍!』
先輩の肩に乗っていたベニマルが、机の上のマトンの所へピョンと飛び移る。
マトン『どうもです』
ベニマルから大きなフォルダアイコンを受け取るマトン。
アヤ「マーちゃん、各カメラの位置情報と映像をリンクさせて、ボードに映し出せる?」
マトン『はいです』
ホワイトボートに地図と映像ウィンドウがいくつも映し出される。
リナ「マトンちゃん。木下ユウコさんに関する部分をピックアップしてもらえる?」
マトン『はいです』
失踪したユウコが男と待ち合わせた場所。奈古市中央区の繁華街の地図。
そして、いくつかの監視カメラの映像が映る。
先輩達もホワイトボードの前に集まってくる。
リナ「木下ユウコさんが、九条ハルキと待ち合わせをしたのは2週間前の夜20時前です。奈古環状通りの監視カメラの一つに、木下ユウコさんと思われる女性の姿が映っています」
ホワイトボート上に複数映る監視カメラ映像。
そのうち一つをリナ先輩が指を広げてピンチアウトする。
監視カメラの映像がズームインし、一人の女性を拡大する。
アヤ「ユウコ……」
映像が拡大されすぎて精細ではないが、ユウコの姿に見える。
リナ先輩が2本指でドラッグする。早送りでカメラの映像が進む。
映像の中のユウコに話しかける一人の男性が映される。
リナ「19時55分に九条ハルキと思われる男性と木下ユウコさんが接触しています」
岩崎「もっと拡大できないか」
リナ先輩が映像の男の上で指を広げる。
男の横顔が拡大される。
帽子を被っている。
拡大しすぎていることもあり顔は判別できない。
リナ「ここまでですね」
岩崎「駄目か」
リナ「ほかに映っている場面から判別できそうなところを探しましょうか。ベニマル、この男性が映っている場面を各カメラのスキャン情報を元に、出来るだけ顔が判別できるものをピックアップして、拡大表示」
ベニマル『押忍』
少しの間をおいて、
ホワイトボードに画像がぽつぽつと表示される。
全部で5枚の男が映る画像。
眼鏡と帽子の姿。
アヤ「これが九条ハルキ……?」
リナ「ベニマル、これで全部?」
ベニマル『押忍!一致率98%以上の男性が映る画像は、こちらで以上になります!』
アヤ「もっとはっきりと顔がわかれば……」
中川「先に進めよう。出会ったあとの足取りを掴めるか?」
リナ「はい」
ホワイトボードをリナ先輩が手のひらでスワイプして画面を戻す。
待ち合わせ場所が映る大通りの映像を早送りし、その後、別のカメラに切り替えて二人の姿を追っていく。
ユウコと男は数100mを歩いて、大通り沿いにある大きなビルと、となりの古いビルの隙間に入る。
萩本「ここは?路地?」
リナ「はい。20時5分です。調べたところ、実は路地を入ってすぐの所に飲食店の入口がありまして……」
ベニマル『レストラン・ル・ブランシェーラです』
リナ「うん。レストラン・ル・ブランシェーラで食事をし、20時50分に退店しています」
萩本「把握できてなかったよ。そんなところに入口があるなんて。てっきり隣の大型ビルに入ったものと思っていた」
リナ「この古いビルが出来た当初から存在する、隠れ家のような静けさを売りにしている店舗のようです。マップにも出てきませんから」
リナ先輩がARのメモをチラチラと見る。
路地から二人が出てくる映像に切り替わる。
ユウコは酔っているのか、男に介抱されながら歩いている。
リナ「退店後の足取りですが、ここから北に向かって徒歩で移動。人の多い繁華街の中心で雑踏に入り込んだところまでは確認できていますが……」
萩本「ここまでしか追えない?」
リナ「はい、雑踏に紛れてからは判別不能に……。姿を追えているのはここまでです」
岩崎「これ以降の時間帯では写っていないか?」
リナ「時間帯がわかればいいのですが、長時間をAIスキャンするのは、かなりの時間がかかりまして……」
岩崎「そうか。木下ユウコのGPS情報もここで途絶えていたな。地下に潜ったかな……」
萩本「この周辺で聞き込みをしていますが、有力な情報はまだありません」
岩崎「AIスキャンをかけてみるか……。しかし、この繁華街だけでもカメラはかなりの数がある。手掛かりもなく全台を確認していては、いつになるかわからんな」
中川「地下に潜ったというのは可能性が高い。繁華街で人込みに紛れてからは、何処かへ入り、その後、徒歩から何かしらの移動手段に切り替えたとみる方が自然かもしれない。ここは立体駐車場なども多い。地下鉄の駅も近いが、ホームに来ていればカメラに映りそうだがな」
リナ「近隣の地下鉄駅の監視カメラもありますが、同時間帯から木下ユウコさんとみられる人物は判別できていません。この時間は人が多く、雑踏に紛れているかもしれません……。まだ短い時間しかスキャンできていないので、断定はできないですが……」
萩本「仕方ないさ。GPS情報も失われて、AIスキャンでも追跡から外れてしまった。現時点でここからの追跡は難しい」
アヤ「それって……。捜査がふりだしに戻っている……、ということですか?」
岩崎「……そう言うなよ」
大きな溜息を岩崎課長が吐く。
リナが悲しそうな顔でアヤを見る。
中川「違うさ。すごい進展があっただろ。二人が使った店も確定できたんだ。犯人の姿も映像で確認できたことは大きいさ」
岩崎「その通りだ。他の女性達が使った店はGPS情報で確認できた物もあるがな。店内の防犯カメラでは犯人の姿は遠く、背面しか捉えられていなかった。木下ユウコたちが使ったブランシェ―ラも防犯カメラがあれば顔を捉えているかもしれん」
アヤ「そうですね……」
萩本「木下ユウコはここまでにしよう。次、日の近い順に別の女性の映像に移ろう」
リナ「わかりました」
ホワイトボードの映像を、リナ先輩が別の失踪女性へと切り替える。
ユウコが最後に映った映像がスワイプで流される。
アヤ「あ……」
小さくため息をつき、うつむく。
中川「前を向け。お前は刑事だ」
アヤ「はい」
ホワイトボードへ向き直る。