アンリアルインリアル・柔道場の娘が刑事になったらAI社会で一本背負い 作:剛申
アヤ「こんばんは」
夜23時、中川先輩と共にレストラン・ル・ブランシェーラが閉店する間際の扉を開く。
入口に近いレジで、退店する人の会計をするウェイターがこちらを見る。
ウェイター「申し訳ありません。まもなく閉店時間でして」
アヤ「お忙しい中、失礼いたします。行方不明の女性を探しています。以前こちらで食事をしたところまでは確認が取れているのですが、その後の足取りがつかめません。捜査にご協力をお願いできますか?」
警察手帳を見たウェイターは驚いた様子だ。
ウェイター「て、店長を呼んできますので、少々お待ちください……」
アヤ「ありがとうございます」
会計が終わり退店していくカップルが訝しそうにこちらを見る。
ウェイターが奥に向かうのを見ながら、アヤたちは店内を確認する。
他に客と思われる人はいない。さっきの人達が最後だったのだろう。
中川「九条ハルキの体格データは持っているか?」
アヤ「はい。マーちゃん、データ、大丈夫だよね?」
マトン『ばっちりです。ごしゅじん』
九条ハルキ。いや、この名前は正しくない。
園田ユキヒト、水内カケル、三東トウマ、竹中カズマ。
失踪女性と出会っていた5人の男。
防犯カメラの映像から、これらの男の体格が似通っていたことがわかり、
同一人物である説が濃厚となったのだから。
失踪女性と会っていたときは、常に眼鏡と帽子姿。
街頭カメラでは、対象が遠すぎて顔がはっきりとわかる映像はない。
他の女性と会ってから入ったと思われる場所の監視カメラでは、
男の顔ははっきりと見えていない。
ここが今の頼みの綱だ。
奥から急ぎ足でシェフと思われる男性が歩いてくる。
「こんばんは。この店のオーナーで、シェフをしています。榎本といいます。今日はどのような御用件で?」
かなり高齢にみえる。調理の仕事中だったからか、世代によるものか、ARデバイスは着けていないように見える。
アヤ「突然お邪魔して申し訳ありません。2週間ほど前、こちらで食事をした男女、その一人の女性が、この店を出た後に行方不明になっています。この店内の防犯カメラを確認させてもらえませんか」
榎本「それは大変だ。見て頂く分には構わないのですが……。閉店作業中ですが、よろしいですか?」
アヤ「もちろんです。ありがとうございます」
榎本さんに案内されて、テーブルが並ぶ店内に入る。
3卓ほどが並ぶこじんまりとしたフロア。
清潔で美しく整えられた店内。
榎本「確かね、あれなんですが……」
榎本さんが天井の角に設置された小さい立方体を指差す。
榎本「あまりにカメラが見えすぎると無粋に思いましてね。装飾の一部のようにしてしまっていまして……。入口の所にも同じようなものがあります」
アヤ「確かにカメラには見えませんね。映像を確認させて頂いてもよろしいですか?」
榎本「え、ええ……。すいません、機械には疎くてね、私にはどうなっているのか」
アヤ「記録はされているのですよね?」
榎本「ええ、そうだと……。この店が出来たときに設置したもので、かなり古い物になります。多分記録されているとは思いますが……」
中川先輩も天井を見つめている。
アヤ「どうしましょう。先輩」
中川「あの箱を開けてみるしかだろう。榎本さん、緊急を要する事態で正式な令状もありません。しかし、人命がかかっているので急ぎたい。あのカバーを外して、カメラを見てもらえませんか?」
榎本「もちろんですよ。なんとかやってみましょう。おーい、武田君!」
先ほどのウェイターが奥から走ってくる。
武田「はい、オーナー」
榎本「事務所から工具を持ってきて、防犯カメラのカバーを外してくれないか?」
武田「わかりました」
アヤ「申し訳ありません。お手数をかけて」
榎本「いえいえ、いいんですよ。この店で食事をしていただいたお客様には、みんな温かい気持ちで帰っていただきたい。その帰りで悲しいことが起こるなんて、私も考えたくないですから」
アヤ「ええ、そうですね……」
ウェイターの武田さんがガチャガチャと工具箱をもって椅子に上り、
天井についた箱を開けようと探っている。
武田「オーナー。ネジの類が見当たらないです」
榎本「施工業者にやってもらったからな。こじ開けられないか。カバーは壊していい」
アヤ「よろしいのですか?」
榎本「緊急なんでしょう?カバーぐらい壊したって構いませんよ」
アヤ「ありがとうございます。榎本さん」
武田「じゃあ、力ずくで開けますよ。いいですね?」
榎本「ああ、頼む。ところで刑事さん」
アヤ「はい。なんでしょう」
榎本「その失踪した女性というのは、ハットと眼鏡をかぶった男性と一緒に来店していたのでは?」
アヤ「ええ、そうです。覚えていらっしゃるのですか?」
榎本「覚えていますよ。コース料理を頼まれたのですが、全ての料理をお出しできなくてね。その女性、早々に酔い潰れてしまいまして。お酒を飲めないのに、無理に飲んでしまったのか……。料理もほとんど手を付けられず退店されましてね。こんなことになるなら、タクシーでも呼んで差し上げればよかった」
アヤ「その女性……、お酒は、飲める人だったかと……。強いお酒を飲んだんですか?」
榎本「たしか……。ワインを一杯だけだったような……」
アヤ「一杯だけ……」
バキッ。
武田さんがドライバーを天井と立方体の隙間に差し込んで、カバーをこじ開ける大きな音。
何度かドライバーをひねっていると、ガコっとカバーが外れて古いビデオカメラが姿を現す。
武田「ふう、はずれました」
榎本「カメラは動いていそうか?」
武田「電源は入っています」
中川「記録は何でされているかわかりますか?」
武田「えーっと、ちょっとまってください。あー、カード式ですね。外してみます」
武田さんがカメラから小さなメディアを外してこちらに見せる。
中川「マイクロSDカードか」
アヤ「マイクロSD?」
中川「今じゃ見ないだろうが、古いタイプのメディアだ。署に持ち帰れば読み込める」
アヤ「ここでは読み込めませんね。持ち帰らせてもらえるでしょうか」
中川「それも確認しなければならないが……。一定期間記録して、容量を使い切ったら上書きしていくタイプのカメラだろう。2週間前が残っているか……」
アヤ「え……」
中川「中を見るまでわからない。榎本さん、このカードを署に持ち帰らせてください。明日の営業時間前には届けさせます」
榎本「ええ、どうぞ。武田君、入口のカメラのカバーも外しておいてくれ」
武田「わかりました」
武田さんからSDカードを預かる。
ぎゅっとそれを握り締める。
アヤ「ありがとうございました。ここまで協力していただいて、何と申し上げたらいいか」
入口を出たところで榎本さんと、武田さんにお礼を言う。
榎本「いいんですよ。さあ、早くお戻りになって中を確認してください」
アヤ「はい。ありがとうございます」
榎本「その行方不明の方、見つかるといいですね」
アヤ「ええ……。必ず……、必ず見つけます」
お辞儀をしてその場を去る。
繁華街のガヤガヤとした人の声をかき分けるように、急ぎ足で署に戻る。
日付が周り、深夜の署に戻る。
アヤ「戻りました」
岩崎「お疲れ。今、他の女性達が入った店のカメラを再度見ているところだ」
ホワイトボードの前で岩崎課長と、萩本先輩がホワイトボードで映像を見ている。
萩本「やはり監視カメラをかなり警戒しているようだ。下を向いて歩いているし、席ではカメラに背を向けて座っている」
岩崎「あらためて見ると、カメラの位置は事前に把握済みだったようだな」
アヤ「そんな……」
岩崎「そっちのデータは?」
アヤ「SDカード式カメラでした。カードを預かっています」
岩崎「読み込んで、ここに映してくれ」
アヤ「はい」
捜査室のコンピューターについているカードスロットを探す。
中川「ここだ」
アヤ「はい」
中川先輩の指さす場所にSDカードを差し込む。
アヤ「マーちゃん。映像は読み込める?」
マトン『読み込めました!』
アヤ「木下ユウコが失踪した時間の映像は?残ってる?」
マトン『はいです!3週間前から今日までの映像が入っているようです』
アヤ「よかった……」
胸をなでおろす。
中川「木下ユウコが失踪したときの映像を、入店時から見せてくれ」
アヤ「はい。マーちゃん、ホワイトボードに映して」
マトン『りょうかいです』
入口側のカメラがとらえた、ユウコと男が店に入る様子が映される。
古いカメラだからか、画質はそれほど良くない。
アヤ「ユウコ……」
入店時から席に着くまでの様子が映される。
フロア側のカメラから男の顔が見える席に案内されている。
岩崎「お……、いいぞ」
アヤ「マーちゃん、フロア側のカメラに切り替えて!」
マトン『はいです』
フロア側のカメラに映像が切り替わる。
男はジャケットと帽子をウェイターに預ける。
画像は荒いが、はっきりと男の姿が見える。
アヤ「顔が映ってる!」
萩本「監視カメラに気づいていないのか?この店では事前に把握していなかったのか?どうして?」
中川「ローカル記録だからかもしれない。当然ネットにもつながっていない。カメラ自体も装飾の一部で隠されていた。最近では見ない形式のカメラだ。防犯カメラが機能していないと思ったのかもしれない」
萩本「古い防犯カメラだったから、見逃していたのか」
アヤ「やった……」
ぎゅっと力を入れて拳を握る。
岩崎「この男の顔、なるべく精細に保存しろ。データベースの照合に回す」
アヤ「はい!」
机の上のマトンが手を上げて、頭の上で丸をつくる。