もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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原作一話開始前
新鮮なメロとアフタヌーンティ


 魔族は長い寿命のほとんどを魔法の研究と研鑽に尽くす。

 魔族にとって魔法が力であるとしたら、魔力は目に見える指標だ。

 獣が角や牙の大小でヒエラルキーを形成するように、魔力量は権威であり、財産であり、誇りなのだ。

 

 だが、俺は魔法というものに興味があまりない。

 というか、何事にも興味が持てない性格らしい。

 魔族の中にも変わり者というのはいるが、俺のような変わり者は何人もいないだろう。

 しかし弱肉強食のこの世の中で何もできないというのはただの自殺志願者だ。

 生まれて何年かは魔法の鍛錬に勤しんだが、そこそこのレベルの魔法と魔力量が出来上がったら鍛錬を止めた。

 

 これといって趣味もないし、長い時を無為に過ごしてきたと思う。

 そんな俺を、同族たちは『怠惰のリーベ』と呼んだ。

 ひどい言われようだ。

 これでも魔族なのでそれなりにプライドもあるから傷付いてはいる。

 

 そんな俺だがなんとこの度、とある勇者一行の監視の任を上司から賜った。

 相手は無名の人類4人らしいが、大魔法使いフランメや南の勇者という突然変異(バグ)の前例を思えば油断はできない。

 正直俺の魔法は向き不向きがあるので、必ずしも戦いに向いているとはいえない。

 戦いはできるだけ避けたいが、魔力探知に優れた魔法使いがいると俺の監視能力だと即バレする可能性が高い。

 それなのにどういうわけか監視は俺1人だけで、そのうえ一行の戦闘能力の分析もしろだと?

 戦ってこいと言っているようなものだ。

 

(これは……つまり、俺を捨て石にする心算だろうか?)

 

 魔族の勢力は魔王様を頂点とした支配体制でなりたっているが、必ずしも絶対服従しているわけではない。

 魔族の大半は個人主義の傾向が強く、本来は群れることを嫌うからだ。

 気に食わなければ離反することもある。だが、それは相手との実力が大きく離れてなければの話。

 

 今回の命令は魔王様直々のものらしい。

 

 魔王軍は恐怖によって集団を強制的にまとめている。

 だが個人主義の集まりゆえに規律に完全に縛られてはおらず、一部の魔族は魔王様の命令に背く場合もあるし、それを処罰しなかった前例はなくはない。

 

 だが俺は、そんな一部の馬鹿たちにはなれなかった。

 

 今生の別れになる可能性もあったので、親しい知人たちには会いに行ったが、

 

『あ、そう』

『早く行けばいいじゃない』

『心底、どうでもいい』

 

 行く先々で『何言ってんだこいつ?』みたいな視線を送られるだけだった。

 分かっていた返答だったが、なんだかなぁ……。

 

 

 

 

 まあ、そんな俺が勇者相手にそこそこ善戦してしまうのだから、種族の差とは理不尽なものだ。

 

 

 

 

「ハイター!アイゼンを頼む!」

「回復させるので30秒稼いでください!」

 

(30秒か……腹にでかい風穴開けるつもりで攻撃したんだけどなぁ)

 

 なんてことはない魔力の塊をただぶつけるだけの攻撃。

 魔法と呼ぶのもはばかれるような単純な攻撃方法だが、それでも下手な魔法よりも威力は上だ。

 現に、鋼鉄のように頑丈だったタンク役のドワーフに傷を与えられた。

 しかしまあ、思った通りこのやり方は燃費が悪い。

 あまり連発はしたくはないな。

 

「合わせてくれ!フリーレン!」

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 雷電と斬撃の衝撃。

 防御してもその衝撃が肌をちくちく刺してくる。

 コンビネーションは拙いが、人間の剣士がエルフの魔法使いの癖を理解して攻撃の隙を作っているように感じた。

 

(防御膜が泡立つほどの衝撃か……)

 

 防御も先ほどの攻撃と同様に魔力の塊で体を覆って防いでいる。

 お察しの通り、強度はあるがだいぶ燃費が悪い。

 長期戦になるのは避けたいが……。

 

 視線を勇者の後方へと向ける。

 

「させるか!」

 

 回復役の僧侶を狙い魔力を放つが、エルフが防御魔法を展開し魔力を逸らす。

 それに合わせて前衛の人間も恐れずに切りかかってきた。

 

「流石に簡単にはいかない……な!?」

 

 背後からの凄まじい衝撃。

 防御膜を超えた斬撃の一線が表皮を僅かに切り裂く。

 

「…不意打ちも防ぐか」

 

 あのドワーフの戦士が20秒ほどで復帰し、背後から奇襲してきた。

 前方に魔力を偏らせたせいで後ろまで強度が追い付かなかったようだ。

 個の戦力では俺の方が上回っているが、勇者たちの連係でいまだ決定打を掴めない。

 我々魔族にはない結束力というのは、案外侮れないものだ。

 

 前衛のアイゼンと呼ばれているドワーフの戦士。

 戦士としての技量はさることながら、ドワーフ特有の頑強さと剛力は驚異的だ。

 攻撃してもまるで岩山を相手にしているような気分になるし、攻撃のみの捨て身に転じられると厳しい戦いになるだろう。

 

 後衛のハイターと呼ばれている人間の僧侶。

 人にしては並外れた魔力量と攻防に特化した女神の魔法を使いこなす万能型。

 魔法の特異性を除けば特出した威力や強度はないが、その使い方やタイミングには目を見張るものがある。

 味方の回復もできるので早めに潰しておきたいところだが……。

 

(まあ、優先度で言えばあとの2人の方が上か)

 

 中、後衛のフリーレンと呼ばれているエルフの魔法使い。

 魔力量自体は僧侶の五分の一ほどだが、それに反してこの魔法の技量の卓越さ、手数の多さはどこか不気味だ。

 これほどの腕ならもっと魔力量があっておかしくはないし、消費した魔力に比べて彼女から発せられる魔力量の減りは少ない。

 余程効率の良い魔法の構築式か、あるいはエルフという種族の特性なのか。

 これほどの魔法使いが今まで無名であったことも、フリーレンの正体不明の不気味さをより一層強めた。

 

魔力を尖らせる魔法(スピーニアド)

 

 俺の体を覆う魔力の膜をヤマアラシのように尖らせただけの魔法。

 というより、魔力を形状変化させているだけの技術に近いか。

 前衛の2人が防御態勢に入るが、狙いは彼らではない。

 

「な!?」

「ハイター!」

 

 針の先端を切り離し、それを後方の僧侶へと飛ばした。

 僧侶と中衛に位置するエルフが二重に防御魔法を展開して守りの態勢に入るが、それは悪手だ。

 この魔力の針自体にそれほど強度はないが、その分、速さとコントロールを重視している。

 

「がっ…!?」

「フリーレンッ!」

 

 ほとんどの針はブラフ。

 一本の針が、弧を描いてエルフの脇腹に突き刺さった。

 防御魔法を破壊するほどの威力は無いが、生身の身体なら致命傷になり得る。

 しかし、複数の魔力に複雑な動きをさせるのは相当の技術が必要だった。

 

(流石に最高速度を維持したままは無理だったか。まあ、あの状態なら戦闘に復帰するのは時間が掛かるはず…だが)

 

 経験上、こういう正体不明の相手を後回しにすると後々後悔することになる。

 弱かった俺には捕食者としての傲慢はほとんどない。

 

 幸い、今は勇者たちの意識はエルフに向いている。

 

魔力を広げる魔法(マナボブル)

 

 体を覆う魔力の膜を瞬間的に広げる技術。

 強度を維持したまま高速で円形に広ろげることで周囲のものを弾き返す。

 エルフに意識を分散させていた三人は大きく弾き飛ばされた。

 相手の耐久値を考えれば、そこまでダメージは期待できない。

 

 しかし、相手の陣形は完全に崩れた。

 今は大きく後方に飛ばされた三人と、前方にぽつんとエルフがいるだけ。

 

「これでトドメだ…フリーレン」

 

 横たわるエルフを前にしても警戒は解かなかった。

 それはおそろく正しかったと思う。

 だが、間違えてもいたのだろう。

 

 指先がエルフに向いた瞬間、

 

 

 ――ぼとりっ

 

 

 

 手首が切り落とされていた。

 フリーレンに気を取られて周囲への警戒を怠ったわけではない。

 周囲にも十二分に気をやっていたはずだ。

 

(……なのに何故、お前がそこにいる?)

 

 眼前に立つ男に向けて、俺は感嘆にも似た感情を抱きながら見下ろした。

 

 勇者ヒンメル。

 このパーティーのリーダーにして、勇者を名乗る人間の剣士だ。

 しかし種族として、肉体として、決して優れているわけではない。

 ドワーフの様な剛力と頑丈さも、エルフの様な優れた魔力も、僧侶の様な女神の加護もない。

 

 そのはずなのに。

 

魔力を壁にする魔法(ウォルマナマリア)!」

 

 魔力を凝縮し、より強固な魔力障壁を形成するゴリ押しの力技。

 今までの防御が三次元の球体だとすると、これは二次元の平面だ。

 構築術式をより簡略化し、前面にのみ展開することで強度を底上げしている。

 高度な攻撃魔法なら簡単に破壊されるが、こと物理攻撃ならほぼ完全に防ぐことができる強度。

 

 

「はぁっ!」

「!?」

 

 それを、まるで紙を引き裂くように切断された。

 

 高度な魔法も、剛力もないただの人間。

 それなのに魔族の俺が押される。

 絶対的有利に傾いていた戦況を、ひっくり返された。

 

(なぜ?…否、理由はおおよそ分かる。だが、俺が魔族であるが故に共感はできない)

 

 生き物は時として、自らの命を投げ出して別の生き物を助けることがある。

 人間は特にその傾向が強い。

 

 親が子を。

 夫が妻を。

 他者が他者を庇う、そんな光景を生涯で何度も見てきた。

 

 魔族が持たない感情。

 人はそれを、愛と呼ぶのだろう。

 

(愛を知らない俺が、愛を知る者に屠られるか……面白いな)

 

 面白い。

 初めて抱いた感情、それが末期のものだというのは皮肉だ。

 できるものなら、もっと知りたかった。もっと見たかった。

 きっと自分の怠慢さをあの世でも呪うだろう。

 

(まあ、魔族にしては恵まれた死に方だな)

 

 抵抗はしなかった。

 俺は首を落としやすいように首を垂れていた。

 この勇者なら、痛みもなく俺を殺せると確信したからだ。

 

「…そうか」

 

 勇者もそのことを察したのか、剣を上段に構え……。

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

「ぐわー!?」

 

 勇者の後方から放たれた雷撃。

 それが無防備だったみぞおちに突き刺さる。

 

 首以外にはまだ防御魔法を展開していたので致命傷には至らなかったものの、みぞおちへの一撃に加えて吹き飛ばされた衝撃で全身を地面に打ち付けた。

 ちくしょう…めちゃくちゃ痛い。

 

「なぜ邪魔した!フリーレン!」

「魔族がこんなに潔いわけがない…罠だよヒンメル」

 

 魔法ではなく、杖を本来の用途で使い立ち上がるエルフ。

 その側でドン引きした表情の僧侶が回復魔法をエルフに唱えている。

 

 いや、違うじゃん。

 ここは恋人を傷つけられた勇者がかっこよく敵を倒す場面だったじゃん。

 なんでそこで君ら二人喧嘩し出すんだよ?

 

「下がってろフリーレン!君はまだダメージが…」

「…これくらいならまだ戦える。ヒンメルこそ下がって…あいつはここでとどめを刺さないと」

「いや、無茶をするな!」

「ヒンメルには関係ない」

 

 ……ん?

 なんか…おかしいな。

 

「き、君ら恋人とかじゃないの?」

「こ…!?」

「え、違うけど」

 

 ……ん??

 

 たぶん、勇者の反応から察するに勇者はエルフに好意を持ってる。

 ライクじゃなく、ラブの方だ。

 でも、エルフの方はというと……。

 

「……」

「えぇ…うそでしょ…」

「罪な女だ…」

「?」

 

 勇者は顔を真っ赤にして…僧侶とドワーフは残念そうなものを見るかのようにエルフを見ている。

 エルフは無表情過ぎて何考えてるか分からん。

 

 ……ん???

 

 勇者の反応と、あの二人の視線から察するに俺の推測はおおよそ当たっている…と思う。

 だが、恋人ではないのでエルフは勇者の想いに応えてはいない…いや、おそらく告白すらまだいっていない段階だ。

 そのことをあの二人は勘付いているのだろう…初見の俺でも気づいたほどあからさまな好意だ。

 そして、その好意にエルフは……どういう訳か気づいていない。

 

(いやいや、分かるじゃん。めっちゃ君のこと守ろうとしてるじゃん…えー、うそぉ…)

 

 やばい。

 二人の関係性がメロすぎてしんどい。

 

 

 

 

 

「最近、なんか変なんだ…ソリテール」

 

 港の造船所の戸を叩く客人が現れた。

 期待に胸を膨らませて開けてみれば、来訪者はただの古馴染みの魔族。

 東方の人間の風習に倣って塩を撒いたが、この呪いは効果がないらしくリーベは去らなかった。

 

「しょっぱい…」

「あなたが変なのは今に限ったことじゃないでしょう」

 

 私は仕方がなく塩まみれになった彼を中に招いた。

 そして、部屋の中に濡れた犬のような匂いが漂い始める。

 

「魔族が言うのもなんだけど、あなたもう少し身なりに気を使ったら?」

「……」

 

 塩の積もったボロボロの外套と、日の光で色が焼け落ちた衣類を脱がせ、素っ裸になったリーベを湯船で丸洗いする。

 お互い羞恥心はない。物を洗濯する行為に、何も感情が湧かないのと同じだ。

 

「痛くない?」

「別に…」

 

 慣れた手つきで不揃いのツノをブラシで磨く。

 魔族のツノは感覚は通っているが、丈夫なのでこの程度では痛みは感じない。

 けれど、その断面となると話は違う。

 

 昔、何の気なしに本人に聞いたことがあった。

 魔法も使えない赤子の時に負った傷らしく、今更回復魔法での再生は不可能らしい。

 そんな恥ずべき傷をリーベは気にもせずに衆目にさらしている。

 何事にも興味が持てない性格というのが本当なのだと確信するくらい、この男は周囲にも自身にも興味がないのだ。

 

『変わり者の魔族がいる』

 

 その噂に興味を惹かれてリーベに近づいたのが私の運の尽きだった。

 お陰で定期的に会いに来てはこうしてメイドの真似事を押し付けられている。

 

「本当、洗い甲斐はあるのに……すぐに汚しちゃうんだから」

 

 衣装ダンスから新品の衣類を取り出し、先ほどからぼうっとしているリーベに着せる。

 魔族は魔力で服を編み出すことができるのだが、はっきりといってこの男の作り出す服は服ではない……布だ。

 ただの布でも古代の人間は洒落た着こなしをしていたものだが、この男の着こなし方は浮浪者かシーツのおばけ。

 お陰で、私の衣装ダンスには着もしない男物の服が揃っている。

 

 新品の白いワイシャツとズボンを纏ったリーベは、その長い黒髪も相まって深窓の佳人のような雰囲気を帯びていた。

 このものぐさな男には珍しく、髪を綺麗に梳かして三つ編みにする癖がある。

 趣味とは違い、かつての習慣をなぞっていると本人は言っている。

 たしかに、よく見てみると好きでやっているというより、仕方がなくやっているような様子だ。

 

「そういえば、あなた勇者の監視を命じられてなかった?」

「そうだが?」

「こんなところにいていいの?」

「問題ない」

 

 問題ないわけがない。早く帰ってほしい。

 

 どういうわけか、この男はタイミングの悪い時に限って現れる。

 前回現れた時は伝説級の酒を見つけたので、ひとりで祝杯を楽しもうとした時だった。

 出会い頭に悪臭を漂わせていたので、仕方がなく風呂に入れて綺麗にしたら即刻帰ってもらうはずだったのに…。

 

『いい酒だな…どうした?お前も飲め』

 

 目を少し離した隙に酒を勝手に開けて、あまつさえ半分も飲んでいた。

 せっかく綺麗にしたリーベを血塗れにしたのは言うまでもない。

 

(いい茶葉が手に入ったからスコーンを焼いていたのに……そろそろスコーンが焼ける頃合い)

 

 スコーンの香りが部屋に漂わないように魔力で風を操作し、全力で換気を行なっている。

 先ほどの悪臭のせいと誤魔化してもバレないだろう。

 

「実は便利な魔道具を見つけてな」

「魔道具?……まさか」

 

 リーベが懐から取り出したのは一見すれば古いアンティークの手鏡。

 けれど、魔法使いが見ればその異質さが分かる。

 緻密で芸術とも呼べるほどの高度の魔法術式が編み込まれていた。

 

 女神の視界。

 

 神話の時代に賢者エーヴィヒが作り上げたと言われる魔道具。

 この世界のあらゆる場所を覗き見ることができる遠見の手鏡らしい。

 おそらくはレプリカだろうが、それでも限定的にそれに近い効果があるはずだ。

 

「この手鏡のおかげで離れていても勇者たちの監視ができるようになった」

「あなた…それ実在すら疑わしいレベルの伝説の魔道具よ…」

「そうだな…実は録画機能もついているんだ」

「そこじゃないでしょ…もう」

 

 手鏡に触れてみると、たしかに勇者一行の姿が鮮明に映し出された。

 探知系の魔法は逆に相手に感知される危険性があるが、勇者一行の魔法使いにそれがバレている様子はない。

 しかも本当に録画機能があった…しかし勇者とエルフが一緒にいる光景がやたら多い。

 

 知りたい。できればその手鏡を調べ、どこで手に入れたかも細かに聞きたい。

 

(でもスコーンが焦げちゃう)

 

 別に食い意地を張って紅茶とスコーンを隠しているわけではない。

 これが別の客人であったなら、私は快く茶会を開いただろう。

 だが、この男相手には絶対にいやだ。

 

 私は人間の研究のため、人間の習慣を真似ることが多い。

 料理もその一環として、日常的に行っている。

 だから、この男にも当然振る舞ったことがある。

 

『……微妙だな』

『ふーん、料理もせずにただ飯にありついてる分際でよく言うわね』

 

 そうしたらこの男は、面倒ぐさがりながらも手慣れた手つきで料理をこなし、想像以上の料理を私に振る舞った。

 私の料理も完璧に近かった。だが、私の80点の出来に対し、リーベは150点の出来で突き返したのだ。

 それ以来、この男の前で料理をしたことがない。

 

「それで、どこがおかしいのかしら?」

「……ああ」

 

 手鏡への探究心を抑えつつ、本題へと促した。

 なのに珍しく、リーベは言いにくそうにしている。

 珍しい光景だ。でも今見たい種類の珍しさじゃない…早く話してほしい。

 

「……例えばだ。二つの対象があるとする。仮に、aとbとする」

「なんだか魔法学の問題みたいな説明ね」

「いや、どちらかと言うと生物学というか…ちなみにaは雄で、bは雌だ」

「へぇ…」

 

 なんだか私の興味のある分野の話が始まった。

 何の生物の話だろう…生物と雌雄とぼかして言ってるのだから人間以外だろうか。

 しかし、今私が同じくらい興味があるのはスコーンが焦げるまでの時間と熱量に関する問題だ。

 

「aはbに好意を持っていて、分かりやすい行動を見せている。bはaを仲間として見ているが、その好意や行動に気が付いてない」

「へぇ、つまり雄が群の雌に発情してるのね。そして求愛行動しているけど雌に振り向いてもらえないと」

「風情がない言い方だな…だが、俺はこのaとbにどうにかしてくっついてほしい」

 

 ほしい?

 何にも興味を示さず、怠惰と呼ばれたこの男が願望を持ったことに私は言葉を失った。

 

「変…だよな」

「いや、変というか…」

 

 変ではあるが、元々変だったものが人並みに変わったとも言えるだろう。

 知人として、それは素直に嬉しい変化だった。

 

「別に変なことではないと思うわ。家畜や野菜の品種改良は人間もやってるいるし、サラブレッドの交配を趣味にする貴族も多いらしい…いい趣味だと思う」

「そうか…言い様によっては交配とも言えなくはないか」

「そうね…手っ取り早くその二体を狭い空間において交尾を促すか、薬によって両方を発情状態にする…人工的な受精方法も場合によっては…」

「いや、それは解釈違いだな…できれば自然に促していきたい」

「!」

 

 素晴らしい。

 生物の研究においてまず重要なのは、結果よりもそれに至るまでの経過の観察と記録が肝要。

 結果ばかりを追い求め、実験そのものが破綻することは私にも覚えがある。

 研究者として、彼は私よりも上のステージにいるだろう。

 

(先達として恥ずかしい…私も初心に返ろう)

 

 拷問せずに、なるべく会話で相手の情報を聞き出そう。

 この間も、人間の腕を切り落として死なせてしまった。

 

「ありがとうソリテール…お前の助言で決心がついた」

「私も、いい刺激になったわ」

 

 互いに固い握手を交わす。

 初めて彼と心が通った気がした。

 

「それじゃそろそろ帰…」

「待って、いい茶葉が手に入ったの…ちょうど出来立てのスコーンもあるわ」

 

 久しぶりにとても気分がいい。

 今日くらいは喧嘩せずに祝杯をあげられそうだ。

 

「紅茶はそこそこ良い…だがスコーンがな……すこし焼きすぎだ」

「うるさいなぁ、ぶっころすよ?」

 

 ごめん。

 やっぱり勘違いかもしれない。

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