プロローグ
魔王が勇者ヒンメル一行に討伐されてから半年が経った。
魔族の皆がその死を悼んだり、復讐に躍起になるようなことはない。
元々、個人主義の塊の集団なので、枷が外れてすぐに大陸中に散った。
これで自由に動けると喜ぶ者。
やることもないので魔王軍に残る者。
元々、自由奔放に動いていた者。
色々な思惑が入り混じった中で、一部の魔族たちが思った。
ああ、これでやっと…あの男の奇行が落ち着くと。
酷く、安堵を覚えたのだが……。
『助けろお前ら…この先の光景を一人で見れる自信がない…』
顔を両手で覆いながら吐いた俺のセリフに対し、皆が一様に残念そうなもの見るような目を向けてくる。
何だその『くそ、まだ終わりじゃないのか』みたいな顔は…。
時は遡ること数ヶ月間。
勇者たちが数ヶ月には王都に到着する頃合いだった。
俺は息を飲んだ。
おそらく決戦は近い…ヒンフリ劇場のフィナーレが始まる。
多分、この感動か悲劇かを一人で見たその日には脱水症状で死ぬかもしれない。
初めはレクテューレ先輩と女神の視界越しの鑑賞会を予定していたのだが、父親の方にものすごい警戒されているようで、そんな遅くまで娘と一緒には会わせられないと断られた。
レクテューレ先輩も残念そうだったな…モンスターペアレントめ。
ダメ元でマハトを誘ったが…。
『興味ない、帰れ…』
まるで汚物を見るような目で屋敷から締め出されてしまった。
俺は次に、アウラに会いに行った。
何やら虎視眈々と計画を練っているようだから、あまり近寄りたくはなかったのだが…まあ、駄目元で頼んで見たら……。
『……行く』
意外と食いつきが良かった。
そうかアウラ……お前もヒンフリの良さに目覚めたんだな。
そう思って記念すべき会員2号のバッジを進呈したら握りつぶされた。
俺たちは次にソリテールのところへ向かった。
とりあえず一人は確保したが、それでも二人だけで衝撃を受け止められる自信がなかったからだ。
だがまあ、正直断られる確率は高い相手だった。
『一人で見れば?』
俺の言葉を当然のように無下に遇らう。
仕方がなく去ろうとしたが、ちょうどその時…アウラとソリテールの目が合った。
俺の外套が後ろからぐいっと引っ張られた。
『その子と見るの?』
『まあ、メンツが揃わなきゃこいつと2人で見るかな』
『ふーん…いいわよ付き合っても』
『お、本当か』
俺は会員三号のバッジを贈呈したが、何か拳で粉砕された。
アウラはその光景にちょっと震えてたな。
こうして俺たちはトートのところまで移動した。
道中、後ろからソリテールからの圧を感じたが…アウラを挟むことによって和らげた。
やめろアウラ、その飼い主に騙されて医者に連れて行かれた犬猫のような目で俺を見るな。
『お、どうし…何で勇者パーティーみたいに綺麗な縦一列で行進してるんだ?』
道中、思いがけずリヴァーレと遭遇した。
最初は興味がなさそうだったが、俺が飯をおごると言ったらこいつはすぐに食いついた。
試しに会員四号のバッジを贈呈してみたが、食い物と勘違いされてジャーキーみたいに噛みちぎられた。
犬かこいつは。
とりあえずアウラのメンタルの回復のためにアウラとソリテールの間にこいつを挟んだ。
肉壁が厚くて助かったなアウラ。
『え、なに?これから冒険を始める勇者一行みたいになってるけど…どうしたの?』
メンバーもだいぶ集まって来たので誘うか迷ったが…まあ、せっかく近くまで来たので結局トートを誘うことにした。
案の定、こいつも飯に釣られて『いいよー』と即答だ。
未だ成功率のゼロの会員バッジの贈呈を行うと…予想外にも成功した。
『見て見てソリちゃん、リベちゃんとお揃ーい』
『……興味ないわ』
『リーベ…そろそろ圧がやばい』
『じゃあ、お前とソリテールの間にトート挟むか』
『え”』
こうして俺ら5人パーティーは俺の家まで隊列を崩さずに移動した。
トートは何時ぞやの呪い騒動以上に冷や汗をかいていたので、俺のハンカチがちり紙レベルで消費されたな。
今度新しく縫うか。
『現金なもんだ。旅立ちの時は銅貨10枚しかくれなかったくせに』
「王様ケチだねー」
「無名の頃だしそんなもんでしょ」
「そんなあの子達が立派になって…」
「お前はあいつらのお母さんか?」
私たちは壁に掛けられた姿見に映る映像を見ながら軽食を食べながら鑑賞会を開いていた。
何でも、女神の視界の映像を擬似的にこの鏡に転写したとリーベは語ったが…たかがこんなことのためにかなりの高度な技術が使われているような気がする。
姿見の前にソファーを置き、中央にリーベ、右に終極の聖女トート、左に私こと断頭台のアウラが座っている。
ソファーのすぐ後ろには血塗られし軍神リヴァーレが立ったまま眺めていた。
今更だが錚錚たる顔ぶれだ…さらここに黄金郷のマハトを呼ぼうとしていたと聞いて私は少し思考停止仕掛けた。
あの無名の魔族の女は部屋の中央にあるテーブルに着いて離れて見ていた。
この映像に興味がないらしい…私も興味はないが、あの女が少し苦手なのでここまで避難して来たのだ。
ヒョイ、ポリポリ。
私はとうもろこしの菓子を一粒口に放り込む。
甘さの中に少しの塩気があって美味しかった。
「でも人間って不思議だよね…何でこういうものを見る時に飲み食いするの?」
「まあ、商業的な意味もあるだろうが…何かをずっと集中しながら見続けるのって疲れるからな。意外とエネルギー補給で食ってる可能性も…それに緊張すると口が渇くとか言うし」
「帝都で流行ってるものだっけか?肉の方が好きだが、結構やみつきになるな」
「手軽だが美味しいよな…でも重要なシーンでそんなバリボリ食ってたら叩き出すぞ」
「えぇ…」
リーベか作った軽食は帝都で劇などを見物する際に売り子が売っているものらしい。
どういう理屈かは知らないが、爆裂種というとうもろこしを炒めると白く丸い形になると言っていた。
私が食べているのミルクキャンディ味。
粒の周りに甘いミルクキャンディーが薄くコーティングされている。
リヴァーレが食べているのはBBQ味。
香辛料と、なぜだか肉のような香りがする。
そしてリーベが食べているのは塩味。
シンプルだが美味しかった…私はとなりにいたので少し盗み食いをしている。
当の本人が映像を食いついて見ているのでバレはしないだろう。
残りの2人は細長い棒状の揚げ菓子のようなものを食べている。
肉桂と砂糖の香りがして、あれも美味しそうだった。
そして全員が飲んでいるものは、見たこともない謎の茶色い炭酸飲料。
アップルシードルやジンジャーエールとは違ったスパイシーだが甘い飲み物だった。
これも劇などを鑑賞する際には定番の飲みものだとか。
「この飲み物美味しいじゃない」
「そっか、それはレシピが企業秘密だから結構試作したんだ…美味いならよかった」
「あんたが作るんなら大概なんでも美味しくなるわよ」
らしくない謙遜だと感じながら、音の出ないように飲み物を啜った。
「いいぞー。その調子だ…」
そろそろ物語が佳境に近づいているらしい。
恋愛だの恋だのはよく分からないが、隣のリーベの反応を見てれば何となく分かる。
他のみんなもそれに気づいたのか、少しだけ周りの音が小さくなった。
『アイゼン』
『あぁ…』
先ほどまで一緒に飲み歩いていた人間の僧侶とドワーフの戦士が少し離れた距離へと移動し始める。
「いいぞハイターっ、アイゼンっ、ナイスアシストだ」
リーベは映像に向けて親指を立てた。
昔殺し合いをした相手だというのに、リーベからあの2人への謎の仲間意識を感じる。
まあ……何となく不愉快だった。
『あれ2人は?』
『うーん、どこだろうね…』
エルフのフリーレンは辺りをキョロキョロと見回していた。
勇者ヒンメルはというと、一瞬困ったような笑顔を浮かべてから…”こちら”に向かって手を振った。
リーベを除く皆が一瞬固まる。
「あ”ーーッ、神ファンサありがとぉ…」
「…えっ、何でこっち見えてんの?」
「いや、多分だが何となく視線だけを感じるんじゃないか?山や戦場にいると似たようなことがある」
「私たちより化け物じみてるわね」
よくよく考えれば魔王様を殺した怪物たちのリーダーだ。
私も初めて戦った時は油断してひどい傷を負った。
……なんでそんな奴の恋路を見なければならないのか、腹が立ってとうもろこしの菓子に何度も手が伸びる。
『ハイターどっかで吐いてるのかな?探しに行く?』
「おまっ、バカ!おバカさん!あんたは黙って少しじっとしてなさい!!」
「うるさいわね!あんたはあいつのお母さんなの!?もう少し静かに見てなさいよ!」
「アウちゃんもお母さんになってるね」
別に映像に興味もないが、となりがこうも喧しいと面倒臭い。
リヴァーレの隣にでも立ってればよかった。
後悔しながら映像を眺めていると、空の端で何かが光る。
「お、流れ星だな」
「いえ、
「ふっ、このタイミングに間に合うように勇者一行たちを誘導していたからな…完璧なタイミングだ」
50年に一度流れるという流星群。
何てことはない、ただの自然現象だ。
人間はあんなものをありがたがったり、感動するらしい。
人間の勇者がその光景に見とれていると、感情がよく読めない真顔のフリーレンが口を開く。
『50年後…もっと綺麗に見える場所知ってるから、案内するよ』
「馬鹿野郎ー!50年なんて年月経ったら下手したら人間は数回は死んでる可能性あるんだよ!毎年案内しろやー!!」
「毎年は降らないわよ」
「あんた少し黙りなさいよ!とうもろこしのやつ口に突っ込んでなさい!」
「すまん……あれ、俺の塩味がなくなってる」
「……気づかないうちに食べてたんじゃないの?」
しまった、いつの間にか私がリーベの塩味を全て盗み食いしていたらしい。
私は自分の持ってる少し残ったとうもろこしの菓子を見つめた。
「これ、いらないからあげる」
「ん、ミルクのやつか…いいのか?」
「いいわよ。もうお腹いっぱいだし」
私は甘じょっぱい口内を爽やかな炭酸飲料で洗い流した。
隣では声をできるだけ押さえてるリーベが、とうもろこしの菓子を飴玉のようにして味わっている。
私はリーベの様子を見て、何となくだが不安だったことを聞いてみることにした。
「ねぇ、これって本当にどっちか告白するの?」
「……」
リーベが俯き、深く考え込んだ。
そして重々しく口を開く。
「7…………いや、6割くらいの確率で多分ヒンメルが告白すると…思う」
その何とも言えない確率に、私も他の皆も何とも言えない雰囲気になった。
そんな不確実なことの為に呼び出されたのか…。
呆れたような表情でトートが口を開く。
「まあまあ外れる確率だね。これで何もなくお別れになったら私たち何のために集まったのって感じだね」
「やめてくれ…それが一番の悪いパターンだから…」
リーベ曰く、フリーレンがどれほど恋愛感情を持っているかいまだに謎だが、勇者ヒンメルが告白すればとりあえず頷くくらいは勇者ヒンメルを信頼しているらしい。
一番いいパターンはフリーレンが勇者ヒンメルに告白することらしいが……1割あるかないかの薄い確率らしい。
「頑張れヒンメルぅ…お前ならできるよぉ…っ」
絞りきったような声を吐き出し、体を震わせている姿は何というか…正直哀れだった。
『……』
『……』
映像の中の2人は、流星群を見ながら深い沈黙を続けている。
その沈黙が長く続けば続くほど、隣のリーベが憔悴していった。
「ハヒュー…ハヒュー…」
「いつかのグラオザームみたいになってるぞお前」
「助けてあうらぁ…大丈夫っていってぇ…」
「…ダイジョウブヨー」
正直、あの2人がどうなろうがどうでもいい。
ただ、黙ってないで早く告れとは思った。
それはたぶんここにいるみんなが思っているだろう。
『なあ、フリーレン…』
勇者ヒンメルが口を開いた瞬間、リーベが私の肩を掴んだ。
痛くはなかったが、がっちりと掴まれている。
「いけーっ、そこだっ、攻めろヒンメルっ…エルフにトドメをさせぇっ」
「格闘技を観戦してる人かな?」
「…とりあえず、とっとと終わらせなさいヒンメルー」
私は死んだ魚のような目でかつての敵を応援した。
勇者ならここで困ってる私たちも救ってほしいものだ。
その濁った目でヒンメルの次の言葉を待っていると…。
『ヒンメル』
空気の読めないエルフの横槍が入った。
無意識のうちに全員が舌打ちをする。
「おバカーっ!空気を読めよクソボ…」
『私たち結婚する?』
「け?」
一瞬、時間が止まった気がした。
時空干渉レベルの制止する時の流れを全員が体感する。
どうやら認識阻害も起きているようだ。
結婚って何だったかしら…食べ物だっけ?
「やりやがった…マジかよ…」
「夢じゃ…ないわよね?」
以外にも、口を最初に開いたのはリヴァーレとソリテールだった。
その言葉にトートと私もようやく意識が回復する。
「リ、リベちゃん…エルフの子がやったよ?え、あれ告白だよね?」
「リーベ…?」
私たちは恐る恐る沈黙している男へと目線を送った。
「ふぐっ…うぅ…ひんっ」
涙こそ流さなかったが、何やら目頭を押さえて鼻水を啜っている。
その体をゆっくりと震わせていた。
プル…プル…。
リーベは震える指先で姿見に映るフリーレンを指差す。
「みんな見て…あれうちの推しの子…うちの推しカプの子だよぉ…」
「お前は本当にあれの母親か何かか?」
「うぅ…いいんですかフリーレンさん…そんなハッピーエンドまで直行して貰えていいですかぁ…!」
「く、クソボケから敬称になってる…」
今までないほど人格が崩壊している。
こんなの私の知るリーベじゃない…この男のよく言う解釈違いというやつだろう。
まあ、どうせあの2人がくっ付くなら、この男の奇行もいくらか落ち着くはずだ。
『それは……自分で考えたことなのかい?それとも誰かに言われて?』
『…まあ、確かに誰かのおせっかいはあったけど、自分で考えたよ』
私たちがリーベに気を取られていると何やら向こうも沈黙が溶けて会話は始まった。
もうどうでもいいことだが、みんなの視線が自然と集まる。
『ヒンメルって、たぶん私のこと異性として好きなんでしょ?』
『そうだね…君のことが大好きだ』
「あ”ーっ、見てアウラ…2人が互いの気持ちを伝え合ってるっ」
「そうねー」
「ずっと追いかけててよかったっ!」
「そうねー」
あぁ、これいつまで見なきゃいけないのだろうか。
長くても後数時間で終わることを私は願った。
『そっか、ヒンメルなら結婚してもいいよ』
『…ありがとうフリーレン、まるで夢みたいだ。ずっとこうなりたかったはずなのに、不思議と実感がわかないな……』
『”ごめん”フリーレン、す…』
ガシャンッ!!!
姿見に、大きな亀裂が走った。
まるで、今の重々しい空気によって軋んだかのように。
「……」
皆がしばらく硬直した。
なるほど、確かに魔族でも緊張すれば喉が乾くらしい。
まるで今は喉が砂漠のような心地だ。
壊れた人形のように、皆が一斉にその男に視線を送る。
それは深く俯きながら、私をクッションか抱き枕のように膝に置いて抱きしめている。
いつもならそれに声を上げただろうが、とても声を上げられそうな空気ではない。
だが、ずっとこの空気のままというのも私には無理だった。
「り、リーベ?」
私は、ゆっくりと上を見上げる。
そこには…血涙と鼻水を流す異様な魔族の姿があった。
彼の隣にいたトートが恐る恐るその肩に手を置く。
「り、リベちゃん?」
「やっ」
「とりあえずおちつ」
「やだああああああああああああああ!!!」
リーベに抱きつかれながら放心状態の私を皆が哀れみの目で見てくる。
あの女も珍しく視線にその感情を含んでいた気がした。
アウラ「落ち着いた?」
リーベ「……少し」
アウラ「紅茶淹れたら飲む?」
リーベ「……あぁ」