もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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じゃじゃ馬と子猫【過去話】

「春の豊穣祭?」

 

 余命宣告を受けてから、三ヶ月後の事だ。

 冬の寒さもだいぶ落ち着き、暖かな風が吹き始めている。

 

 俺は相変わらず自宅学習を続けているが……正直もうやる事がない。

 あの女の書棚の物は全て読み尽くしてしまったからだ。

 今読んでいるものは、あの女が聖都から持ってきた哲学書で、『希望とは、目覚めていて抱く夢をいう』辺りでじゃじゃ馬に声を掛けられた。

 

「知らんのかリーベ、春の豊穣を祈願して、村の若い男女が二人組になって歌い踊る祭りなんだぞ」

「…なるほど、農耕信仰と日頃のガス抜き。あとは人口対策としての繁殖促進か」

「?」

 

 俺は聖典や哲学書に加え、図鑑や辞書の類まで読み尽くしている。

 数日前に子供向けの性教育をあの女から教えられたが…。

 

『人間がキャベツから生まれてくるわけないだろう。人間の男女が〇〇して男が〇〇して女の〇〇に…』

『うん、お前えっちすぎ。えっちすぎ注意報を発令だ』

 

 なぜか真っ当な回答をしたはずなのに、途中で口を押さえられた。

 隣にいたじゃじゃ馬は言葉の意味がわからずに首を傾げていたな。

 

「で、それがどうした」

「お姉ちゃんと一緒に踊ろう!」

「興味ない。別の相手にしろ」

「やだああ!やだやだやだー!!」

 

 俺の前でひっくり返り、文字通りじゃじゃ馬のごとく暴れまくっている。

 こいつは生まれてくる種族を間違えたんだなきっと。

 ……ああ、なるほど。

 

「そんなだから、他の相手が見つからなかったのか」

「ぐえー!」

 

 俺の言葉が的を射ていたのか、今度はもがき苦しむように動いている。

 まるで生まれたての子馬だな。

 

 結局、じゃじゃ馬のしつこさに俺は根負けして、俺たちは村の広場で踊りの練習を始めた。

 俺は手本さえあればある程度の動きは真似できたし、じゃじゃ馬も運動神経は悪くないので、初めてにしては形になっていただろう。

 

「おいリーベ、あれを見ろ…」

「ん?」

 

 俺たちのすぐ近くでダンスの練習をしている若い成人の男女がいた。

 どちらも動きが硬く、どうもぎこちない踊り方だ。

 そして、なぜ両方とも顔が赤い。

 

 それを見たじゃじゃ馬は…何というかイヤラシイ笑みを浮かべている。

 そして俺に内緒話をするような小声で話しかけた。

 

「実はな…もうすぐあの男が踊りの相手にプロポーズをするんじゃないかと噂されてるんだ。指輪も買おうとしているらしい」

「それはお前の勝手な推測か?」

「いや、村中のみんなの噂だ」

「……」

 

 狭いコミュニティの弊害だなと俺は思った。

 

「それでな、お姉ちゃんは2人の恋が成功するように手助けしようと思ってるんだ」

「どうやって?」

「お姉ちゃんが悪漢のフリをしてあの…」

「失敗するからやめとけ」

 

 魔族の俺なんかよりも恋愛感情をわかっていると思ったが、やっぱり馬には馬の感情しか分からないらしい。

 生涯こいつには人間の番は現れないだろう。

 

「噂されているくらいの仲なんだろ…放っておけば、くっ付くだろ」

「えー」

「それに……多分、このままで”良い”」

 

 それは、無意識のうちに口から出た言葉だった。

 その言葉に、特に何か考えを込めたつもりはない。

 だが、じゃじゃ馬は何を思ったのか…満面の笑みを浮かべた。

 

「さすがだなリーベ…お姉ちゃんと同じ推しの波動に目覚めたか」

「何だその言葉…」

「お姉ちゃんが作った言葉だ…よし、リーベと以心伝心できて嬉しいからお小遣いをあげよう」

「いらん」

 

 断ったが、どうせ向こうが食い下がらないことを知っていたので仕方なく懐にしまう。

 だが、俺は家から出る前のことを覚えていた。

 

「いいのか?このお小遣いでお菓子買う予定だったんだろ」

「あ…」

 

 俺の言葉で思い出したのか、これが本来どういった意図で持ってきた物かを理解してじゃじゃ馬が青ざめる。

 だが、人間には一度言ったことは曲げられない意地があると、あの女は言っていた。

 じゃじゃ馬は泣くのを必死にこらえて震えてる…売られる前の馬って感じだな。

 

「……じゃあ、このお小遣いで俺が菓子を買ってやる。それでいいな」

「…!うん!」

 

 俺はじゃじゃ馬に片腕を抱きしめられながら村で菓子を売っている場所まで歩いた。

 俺たちの姿を、村人たちは何というか暖かいような視線で見てくる。

 魔族に向けるような目じゃないな。

 

「なあ、リーベ…大きくなったらお姉ちゃんと結婚しような!」

「兄弟で結婚って、できないんだろ?」

「ふ、私たちは義理の姉弟。姉弟の禁断の愛……ちなみにお母さんランキング29位らしい」

「それが割と上位なのダメだろ……ん」

 

 鼻の中の血管が切れたのか、血が垂れてきた。

 最近はこういうことが多いのでハンカチを多く持たされている。

 片手で鼻血を抑えながら、俺はどうせ叶わない約束だと思ってじゃじゃ馬に言った。

 

「じゃあ、俺たちが大人になったらいいぞ」

「やったー!」

 

 それを聞いたじゃじゃ馬が、より一層暑苦しく俺にすり寄ってくる。

 まるで甘えん坊の子馬だな。

 

 俺はじゃじゃ馬の春の歌を聴きながら、一緒に家へと帰っていた。

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりに見たな」

 

 俺は魔王城の中にわざわざ増設された一室で仮眠を取っていた。

 一見するとよくある一人部屋に見えるが、壁や家具までが石造りになっていて、北国なのに城全体に防寒対策がほぼない。

 魔族からすれば風が吹き込まないだけで快適な場所らしいが、俺のように人間の家で育った者にとっては極寒地獄だ。

 流石に魔王様から暖炉と暖かい毛布などは用意してもらっているが、それでも中々にキツイ環境だった。

 

「起きたなリーベ…魔王様がお呼びだ」

 

 俺が目を覚ましたのと同時にシュラハトがノックもせずに入ってきた。

 俺は特に反応も返さずに、シュラハトがタイミングよく持ってきてくれた湯の張った洗面器で顔を洗う。

 

「……」

 

 洗面器の水面に映った顔はひどいものだった。

 

 シュラハトの持っていたタオルで顔をよく拭いてから、顔にオイルを塗る。

 美容目的ではなく、冷気から体を守るためだ。

 

 シュラハトから貰った外套に袖を通し、顔に冷気が通らないように深くフードを被る。

 魔王城の渡り廊下は人間なら耳が凍るほど寒いからだ。

 

(何で…こんなところに住んでるんだろう)

 

 そう、ぼんやりとした頭でクソ寒い廊下を渡った。

 いつもみたいに口に出さないのは冷気で口が渇くから。

 

 特に何も考えずに歩いていると、いつの間にか魔王様の部屋の馬鹿でかい扉まで到着していた。

 扉越しから暖かさが伝わったが、それ以上に中にいる人物に対して、とてつもない拒絶感を感じている。

 

『入っていいぞー』

 

 中から気の抜けた声を掛けられると、同時に扉が開く。

 冷気で縮こまった血管が元に戻り、寒暖差で鼻水が出そうになって鼻をちょっとすすった。

 

 部屋の内装は俺の部屋とやや似ていたが、石でも木造でもない…よくわからない白い素材で壁や天井が作られている。

 多分、冷気の遮断性に優れているのだろう…暖炉がないのにやけに暖かかった。

 

 部屋の中央に置かれたこれまたよく分からない素材のテーブルに、薄くて白い紙のようなものが散乱している。

 魔王様はその散乱した物を見下ろしていた…多分。

 

(相変わらず…設定の固まってない四天王Cみたいな格好だな)

 

 なぜなら、魔王様は全身を覆うほどの黒いローブに包まれていたからだ。

 正直、これでは視線がどこに向いているかも分からない。

 ちなみに俺が初対面の時からこの格好だった…これではどっちがタコだか…。

 

(これじゃ、中身が入れ替わっても分からないな…実はこっそり世代交代してたりな…)

 

 こんな姿だから性別もわからん…中性的な声だから女ではないかと噂されている。

 俺はこの人の中身が魔族でも、エルフでも、ドワーフでも、人間でも驚きはしないだろう…いや、人間にしては魔力が強大だから除外しておくか。

 

「来たか…まあ座れ」

 

 魔王様の向かい側にあった椅子が一人でに動いた。

 今の現象に、とくに魔力は感じなかったが…疲れていたので追求はしなかった。

 初めて来た時にもはぐらかされたので、今更まともな答えは返ってこないだろう。

 

 俺はその金属製の椅子に腰掛けて、フードをめくり上げ、力なく天井を見上げる。

 ローブの中から、一瞬だけ視線が向けられたような気がした。

 

「相変わらず酷い顔だな」

 

 目線がどこへ向いているかも分からないローブから声を掛けられた。

 俺は白い天井を見上げたまま、寒さで乾燥した唇を最低限動かす。

 

「クソみたいな…仕事を…させるからな」

「でも自分で選んだんだろ?…まあ、少し量が多かったかもな」

「少しか…そうか…」

 

 相手との感覚の差異にもう驚きはしない。

 俺が1と言ったなら、向こうは1000と聞こえるのだろう。

 

 ぼうっとしていると、紙がめくれるような音が聞こえた。

 視線を下ろすと、俺の前に数枚の白い紙束が置かれている。

 1枚目の表紙には、魔族の絵姿とよく分からない数字が書かれていた。

 

「何だ…これ?」

「面白い調査結果だ…お前と接触した魔族たちの精神鑑定だな」

 

 そういえば、数日前に何かの検査だと言われて色々やらされたな。

 変な薬を飲まされたり、血液も抜かれて実に面倒だった。

 

「お前に魔法を掛けた人物は面白いな…私と同じ人類と魔族の共存を夢見ていたらしい。あるいは、他の人類たちのその願いが集約しているのかもな……だったらこれは厄介な”呪い”だぞ」

「呪い?」

 

 人類が解明できていない状態異常の魔法の総称…魔王様から習ったが、俺の専門分野ではない。

 それがどうやら俺に掛かっているらしい。

 

「願いってのは原初の強力な魔法だ。自分で願掛けのためにする分にはいくらか健全だが、他人からの強い願いは対象の本質を歪める可能性がある…つまり魂に干渉するわけだ。お前は無意識のうちに呪いを増幅し、他の魔族に呪いを感染させる媒介になっていたわけだな……初めはちょっとしたバイオハザードかパンデミックを疑ったぞ」

「……」

「まだ分からないか?つまり、これに感染した魔族は…”魂が魔族ではなくなる”可能性がある。姿はそのままだがな……これは今のお前の状態とは違うな。お前は私が拾ってきた時から容姿が人間の女みたいになってきた。まあ、流石に性別は変わらんと思うから安心しろ」

「そうか……で、どうする?俺を殺すのか?」

 

 初めて、ローブの中の人物と目が合ったような気がした。

 そして、魔王様は90度に首を横に傾ける。

 

「なぜ?お前の掛かってるものは本来私たちが目指していた共存とは異なるアプローチだった。素晴らしいよ…なるほど、魂の魔法に関しては私の直感も、シュラハトの未来視でも見抜けないわけか……うん、私が死ぬようなことがあれば別のプランとして考えておこう」

 

 なら、そのプランは一生、日の目を浴びることはないだろう。

 俺には目の前の人物が死ぬ光景なんて少しも想像がつかない。

 

「お前の呪いを全ての魔族に感染させるのも面白そうだが、さすがにお前の体が足りないからな……お前の子供がいっぱいいれば便利なのにな」

「興味ない…」

「そうだよなぁ……実際、感情の抑制が働いてるせいか”勃たなかった”し」

「……おい、何の話をしてる?」

 

 俺の言葉に魔王はまるでイソギンチャクのように体をくねらせながら、たぶん頬を染めていた。

 やめろ、気持ち悪い。

 

「旅の途中で何度か爆睡したことあっただろう」

「……訓練で疲れていた日か。で?」

「熟睡してたんで夜這いしちゃった」

「殺して良いか?」

 

 そう言いながら俺が魔力の塊を投げると、それをいともたやすくキャッチされた。

 魔王様はローブ越しで華麗に球遊びをしている。

 本当に器用だなこいつ。

 

「そういえば、あんたは俺の近くにいて良いのか?一応魔族の親玉だろう」

「私は大丈夫だからな」

 

 そう言いながら、奴は魔力の球を回転させて遊んでいた。

 その様子を見ながら、俺は珍しく意味もない妄想に耽る。

 

 こいつの大丈夫とは、呪いへの耐性を指すのか……あるいは自分が”魔族ではない”からか。

 

 ……本当に疲れているらしい、柄にもなく意味のない妄想をしてしまった。

 

 バサッ。

 

 今度は別の紙の束が置かれる。

 一枚目の表紙を見た限りでは、食物などの成分表が書かれていた。

 

「精神的にもそうだが、体もキツそうだったからな。私なりにお前の体を調べて見たんだ…面白いことがわかったぞ」

「…数日前に血を少し抜いたが、それの結果か?」

「それも含めてだな。お前がいつも飽きもせずに食べてる食事…パンケーキと蜂蜜はブドウ糖、これはお前の肥大した脳には最適の栄養だ。タンパク質も必要だが、消化器官がそこまで丈夫じゃないからな…なるほど薄切りの肉が少しと野菜多めの粥みたいなシチュー、穀類多めのパンとミルク、植物性タンパク質とビタミンか。牛乳も栄養あるしな。体の調子を整える薬は栄養剤かと思ったら、栄養の吸収の効率化と整腸剤目的か…これ考えた奴すごいな、医者か管理栄養士かよ」

「…ただの主婦だ」

 

 魔族なんて魔力と少しの食事があれば生きていけると思っていたが、あの面倒な食事も案外俺の血肉になっていたらしい。

 習慣と思って続けていて良かったのかもな。

 

「だが、その主婦も少し思い違いをしたな。お前は人間ではないこと…そしてタコだってことだ」

 

 目の前の紙束が退かされ、そこにコップ一杯の水が置かれた。

 一見するとただの水のようだが、潮の香りのようなものを感じる。

 

「それは?」

「海水、飲め」

「殺す気か?」

「いいから」

「……」

 

 勧められるがままそれを口へと運び…一口だけ飲んでみる。

 やはりと言うべきか、想像通りの味に近かった。

 

「しょっぱい……でもなんか元気の出そうな味だな」

「本当にタコだな…それは海洋深層水ってやつだ。塩分はいくらか薄めたが…やはり人間よりも塩分が必要な体らしいな。人間がそれ毎日飲んだら病気になるぞ」

 

 昔、魔王様との旅で海を見たことがある。

 その時に海水を一口だけ舐めてみたが、塩っぱくて口を歪めたものだ。

 だが、この水はその時のものより飲みやすく、雑味がほとんど感じられない。

 

「環境排水や有害プランクトンが届かない深度から汲んだ水だ。まさしく生命の誕生した根源的な水の味だな。たまにそれを飲め」

「…ん」

 

 魔王様から出された飲み物など、今まで口すらつけたことはなかったが…これは珍しく飲み干すことにした。

 

「いい飲みっぷりだな…さて、これで体のメンテナンスはいくらか済んだわけだが…あとはメンタル面だな」

「何だよ、休暇でもくれるのか」

 

 せっかくの遠出する計画が無駄になりそうだ。

 そうしたら、せっかく頑張ってシュラハトにせがんだ努力の意味もなくなってしまう。

 

 そんな考えを見通すように、ローブの中から一瞬視線を感じた。

 

「まあ、何を企んでるかは知らんが…知ってるか?どこぞの伝説の竜の背には伝説の薬草があるんだと。もし見つける機会があるなら採取しておけ。体にいいらしいぞ」

「……」

 

 これで本当に未来視じゃないだから、シュラハトも立つ瀬がないな。

 本当に凄まじい直感力だ。

 

「思ったよりストレスの蓄積がひどいな。なるほど”拒絶反応”…言い得て妙だな。だが、ここまで来たんだ…仕事は最後までやってもらう」

「本当にメンタルケアするつもりあるのか?」

「本来の仕事の間隔はいくらか空けるさ…だがこっちの陣営も人材不足で後進を育てなければならん」

「何言って…」

「お前、猫好きか?」

「は?」

 

 黒いローブの手元あたりが盛り上がり、それが猫の前足のようなポーズした。

 よくある猫のものまねらしいが、ローブのせいで丸みを帯びているのでタコの触手にしか見えない。

 

「好きでもないし、嫌いでもない…興味ない」

「嫌いじゃなければいいさ。最近育てがいのある子猫を拾ったからお前に預けるよ」

「…なぜ?」

「アニマルセラピーってやつだ…ヤンチャな子猫だからきっとかわいいぞ」

「いらない」

「実は名前も決まってるんだ」

「聞けよ」

 

 

 

 

「”アウラ”っていうんだ…大事に育ててやれ」




リーベ「ところで、魔王様」
魔王様「なんだ?」
リーベ「なんでこの封魔鉱の指輪は、左手の薬指にしかハマらないんだ?」
魔王様「そういう呪いを掛けておいた…むふー」
リーベ「いつか解除してやる…」
魔王様「ははっ、愛い奴…いや、旦那様と呼ぼうか」
リーベ「いつか殺す…」

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