もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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3つの指輪と苦い思い出

「いつもキツく当たりやがって!そんなに俺のことが嫌いかよ!もういい!師匠のところに帰る!」

 

 シュタルクがフェルンに呼ばれて男部屋を出てから、数分後にその大声が廊下に響いた。

 俺とリーベもその声に驚いて廊下へ出ると、シュタルクは泣きながら廊下の突き当たりを曲がって行く。

 俺が首を傾げていると、リーベは手鏡を見ながら何やらホクホクとした表情を浮かべている。

 とりあえず、むすっと頬を膨らませているフェルンと、それを困った表情で見つめているフリーレンに俺は声を掛けることにした。

 

「何だ、痴話喧嘩か?」

「今日、フェルンの誕生日なんだけどね。シュタルクがプレゼント忘れてたからフェルンがキレちゃった」

「あー、リーベがそんなこと言ってたな」

 

 俺がこのパーティに加わってから数日後に、リーベからフェルンの誕生日が近いからプレゼントを用意した方がいいと警告されていた。

 正直に言うと俺は、今の今までそれを忘れていた。

 だが、俺よりも付き合いが長そうなシュタルクがそれを忘れていたのは少しだけ意外だ。

 

「んなもん俺も忘れてたよ。男っていうのは誕生日とか記念日とか細かいことは気にしない生き物な……いったっ!買ってくるからローキックやめて!後から膝にくるから!」

 

 顔を風船のように膨らませたフェルンが、俺の弁慶の泣き所を的確に攻めてくる。

 わざわざリーベが忠告してきた理由が何となくわかった気がした。

 俺が膝を押さえていると、隣でリーベが何やらほくそ笑んでいる。

 

「何だザイン、忘れたのか?俺は用意したぞ…このマハリー物語の作者直筆サイン入り本をな」

「お、ベルバラマリー先生のサインじゃねえか。希少本だろそれ」

「心配するな、俺はあと10冊くらい同じものを持っている」

「希少ってなんだっけ?」

 

 リーベは本当に懐からサイン入り本を10冊取り出して見せた。

 希少価値が暴落しそうな光景だ。

 まあ、フェルンもこの小説のファンらしいから、かなり最善の選択に思えた。

 

「…シュタルク様と同じプレゼントじゃ嫌です」

「な、なんだと…」

 

 だが、タイミングが些か悪かったようだ。

 気にはなっているようだが、思春期特有のプライドのせいか、それを受け取ることを拒んでいる。

 しかし、リーベは用意周到に第二のプレゼントを準備していたらしく、懐から厚紙のようなものを三枚取り出した。

 

「じゃあ、これはどうだ?ハイターの現役時代の生写真だ。素面、酔っ払い、二日酔いの三種類がある」

「ニッチ過ぎるだろそれ」

 

 リーベから、フェルンはハイター様に拾われた戦災孤児だと聞いている。

 養父の若い頃の写真ならたしかに興味があるかもしれないが、誕生日プレゼントでそれが欲しいかと言われると微妙だ。

 だが、気付けばフェルンは食い入るように写真を吟味していた。

 

「これ、いやこれ…やっぱり全部ください」

「すっごい喜んでる…しゃあねえ、俺も今から買いに行くか」

「じゃあ、俺もついて行くか……フェルンはシュタルクに謝っておいで」

「…はい」

 

 俺はこれ以上フェルンに膝を攻撃されない為に、市場で適当な物を探しに行った。

 隣ではリーベが俺のプレゼントセンスを吟味している。

 

「これとか喜ぶかね?」

「それはたぶん趣味じゃないな」

「じゃあ、このポーチは?」

「それだと『女慣れしてそうで不快です』とか言ってきそうだ」

「すごい的確…結構面倒臭いなあの嬢ちゃん」

 

 俺はちょっとこいつらの仲間に入ったことを後悔しかけていた。

 とりあえずリーベから高評価が出たものを買い、宿に帰る道程で屋根に登っているフリーレンを見かけた。

 俺たちも屋根に登って見ると、ちょうどフェルンとシュタルクが和解している光景が見えてくる。

 

「何だ、盗み見か?良くないぞ」

「普段からしてるお前に言われたくない」

 

 リーベは時々、手鏡を見ているが、それであの二人の恋路を観察しているらしい。

 そんな便利な道具があるなら美人なお姉さんでも眺めていた方が幸せだろうに。

 

『シュタルク様、私の方こそすみません』

『いいって、慣れてるから』

 

 二人は互いに頭を下げ、誕生日プレゼントを買いに市場へと移動し始めている。

 俺とフリーレンはそれを見てようやく安堵した。

 リーベは何というか、目を輝かせながら見ていた。

 

「青春だねぇ。大人になって人との距離感が分かるようになると、衝突することすら避けるようになる。ああいうのは若者の特権だな…苦労しただろお前ら。ガキの世話は大変そうだ」

「馬鹿だなザイン。ああいう青春を見ていると体に活力が宿るもんだ」

「ジジ臭い…」

 

 リーベの言わんとすることも分からなくはないが、俺はそこまで本腰を入れて他人の恋愛を楽しめそうはない。

 同じく長生きしているフリーレンも同意見なのかと、返答を聞いて見ると……。

 

「他人との距離感って何?」

「ガキ3人だったかぁ…」

「いや、時々このクソボケエルフの方が一番手が掛かるぞ」

 

 リーベは俺の肩に手を置いて真顔になった。

 よくこいつが浮かべている表情だったが、何やら苦労がにじみ出ているような気がする。

 

「しかし、あの嬢ちゃん。兄ちゃんのこと信頼してるようだな」

「まあ、クソボケエルフがこんなだからな。それにまだハイターが恋しくて大人に父性を求めてるんだろう」

「案外、ハイター様と兄ちゃんを重ねてるのかもな」

「俺はザインの方がハイターに似てると思うがな」

「そんな偉大な僧侶と比べられちゃ、たまったもんじゃないぜ」

 

 リーベとフリーレンが何やら顔を見合わせて首を傾げていた。

 そういえば二人は俺なんかよりもハイター様を良く知っているんだったな。

 

「全然偉大じゃないよね」

「そうだな。大人になっても若い頃の悪癖とかほとんど治らなかったし…まあ、ザインと比べればまだマシな僧侶だが」

「俺を最底辺扱いするのやめてくんない?」

 

 二人から聞いたハイター様の人物像は、俺の知っているハイター様とはかけ離れていた。

 子供の頃に出会ったハイター様は、聖職者らしく大らかで、頼り甲斐のある大人に見えたからだ。

 だが、後ろで楽しそうに思い出話に花を咲かせている二人を見ていると、大人ってのは案外、大人になっても童心というのを残している物なのかもしれないな。

 

 ナデナデ。

 

 俺が思い出の中のハイター様を振り返っていると、後ろから誰かが頭を撫でてくる。

 手の大きさからしてフリーレンだろう。

 

「何の真似だ…フリーレン?」

「ザインはちゃんと大人をやれてると思うよ」

「そうだな。クソボケエルフより何倍も大人だ」

「何だこのジジイ…ムカつくな…」

 

 フリーレンは不器用な手つきで、まるで首でも揺らすように乱暴に撫でてくる。

 この歳になって、大人から褒められるとは思わなかったが…案外悪くない心地だ。

 だが、欲を言えば……。

 

「これが大人のお姉さんだったらなぁ」

「何だ、俺が大人のお姉さんになって撫でてやろうか?」

「やめてくれぇ…」

 

 中身がリーベだと知らなければ是非にと、お願いしていただろう。

 こいつの女装でときめくのは、何か俺の性癖がこじれそうで怖い。

 お、何やらフリーレンがもう片方の手を伸ばしてパンチを繰り出そうとしている。

 

「だから、そういうことするの禁止」

「ふっ、ザインを撫でながらそのリーチの短い腕では攻撃は届かな…おい、こんな町中でゾルトラークを撃とうとするな」

 

 背後でリーベに羽交い締めにされているフリーレンを見て、俺は思った。

 案外、この二人が一番の問題児かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 俺たちはバンデ森林の中を馬車に揺られながら移動していた。

 ここら辺は乗合馬車もなかったから徒歩になることを覚悟していたが、こうして運良く商人の馬車と出会えた。

 この商人はこの先の村で装飾品店を営んでいるらしく、フリーレンに商談を持ちかけているが…それは相手が悪い。

 

(んー、たまに煙がこっちに来るな)

 

 狭い馬車の中だというのに、隣でザインが煙草を吹かしていて少し煙たい。

 若い二人に受動喫煙させるわけにもいかないので、軽く魔力を操作して風の通り道を作り、煙を外に排出させている。

 

「私は余り興味はないけど、フェルンはどう……あれ、ブレスレット新しく買ったの?」

 

 珍しくフリーレンがフェルンの新しい新しいアクセサリーに気が付いた。

 無論、俺とザインはすでに気が付いていたので、その意匠のデザインを見てホクホクした顔を若い二人に向けている。

 

「私も同じデザインの指輪を持ってるよ。ヒンメルに貰ったんだ…お揃いだね」

「そうなんですか?」

「そして俺は、その指輪を渡したシーンを録画してるよ」

「それはちょっとダメじゃないか?」

 

 フリーレンは例の指輪をトランクの中から取り出そうと、邪魔な荷物を取り出し始めた。

 明らかにトランクの体積以上の荷物が出てきて、俺とフリーレン以外の皆がちょっと引いている。

 よくある魔法の掛かったトランクだ…まあ、ここまでの量が入る物は珍しい。

 

「んー、どこにやったかな…」

「あれを無くしてたら俺はガチで怒るぞ」

「そんなに怒らなくても…あ、あった」

 

 ようやく出てきた指輪に俺たちは安堵する。

 しかし俺の警告を無視して、そのままの状態で保管していたのは少し呆れてしまう。

 

 ドオンッ!

 

 そんな緊張の糸が切れた瞬間、馬車に衝撃が走った。

 見れば、馬車が文字通り宙を飛んでいる。

 大型の鳥の魔物が、俺たちの乗っている馬車ごと掴んで空中を飛行しているようだ。

 とりあえず、フリーレンは馬が怪我しないように飛行魔法を掛けているが…少し面倒臭い状況に陥ってしまったらしい。

 

「鳥型の魔物か…すまん油断してた」

「鳥型の魔物って魔力隠すの上手いからね…どうしよう」

 

 俺とフリーレンが頭を悩ませていると、シュタルクが意外そうに首を傾げた。

 

「とりあえず魔物は倒すとして、あとは飛行魔法で何とかできないのか?」

 

 戦士らしい意見だ。

 だが、魔法の知識を持っている者たちはどうするか頭を悩ませている。

 

「飛行魔法は魔族と魔物が長年独占してきた魔法術式なんだ。人類が使っているのはそれをそのまま転用したもので…」

「…俺にも分かりやすく説明してくれ」

「原理が分からないまま使っているから、応用が利かない。人よりも大きい物だとわずかな時間しか飛ばせないよ」

 

 人類が飛行魔法を使い始めたのはごく最近の時代だ。

 言って見れば、飛行魔法という謎の機械を勝手に扱って、何か動いてるからその動きを利用しているだけに過ぎない。

 彼ら人類は、飛行魔法を扱うための説明書を持たないでいじっている赤子同然だ。

 

「なら、リーベさんなら何とかできるんじゃ…」

 

 シュタルクの一言で皆の視線が一斉にこちらに向く。

 俺は珍しく苦笑いしそうになった。

 

「…………出来なくはないかもしれないが…」

「すごい間……何か問題あるの?」

「俺は元々飛行魔法が使えない稀な存在だったからな。飛行魔法の魔法術式から独自の応用によって馬車ごと浮かせることになる」

「それ何か問題があるのか兄ちゃん」

「どれくらいの確率かは分からないが、魔法が誤作動する可能性がある」

 

 懐かしの『ババン、ボンッ!』だ。

 くそっ、こんなことになるならクヴァールが死ぬ前に飛行魔法の使い方だけでも聞いておけばよかった。

 

「とりあえず、俺たち魔法使い3人で、他の3人を抱えて脱出するか?」

「それでもいいが、この鳥…獲物を地面に叩きつけて狩りをするタイプの魔物だぜ」

「馬車が粉々になるのは面倒だな…仕方がない、あの”お蔵入りした魔法”でも使うか」

 

 本来の効果対象とは別のものだが、俺はその場で魔法の構築式を組み替えて即興の魔法を唱えた。

 

動物を支配する魔法(ティーアヘルシャフト)

 

 その魔法を使用した瞬間、鳥の魔物は急に大人しくなる。

 俺はその魔物に、馬車を慎重に下ろすようにと、頭の中で命令した。

 魔物はまるで操り人形のように、俺の意のままに動いている。

 それにフェルンは驚愕の表情を浮かべ、フリーレンは気持ち悪そうに表情を歪めていた。

 

「精神魔法による強制的な支配…ずいぶん物騒な魔法を使うね」

「そうだな…俺も好きな魔法じゃないから、使うのはこれで2度目だ。そしてお前にこの魔法を見せたのも2度目だな」

「…?」

 

 予想通り、フリーレンはそのことを覚えていないらしい。

 俺は地面との距離を正確に計りながら、思い出話を1つ語った。

 

 俺が人間の恋愛について学んだ最初の入門書は、よくある少女と王子様のおとぎ話だった。

 かわいそうな少女が森の動物たちの支援を受けて王子さまと結ばれる…まあ、典型的な民話だ。

 ただ、人間の女性というのはそういう展開にロマンやメルヘンを感じるのだと、当時の俺はそう思っていた。

 

 俺はそれを参考にこの動物を支配する魔法を作り出し、試しに小鳥を操ってヒンメル一行のところまで飛ばした。

 ちょうどフリーレンが魔道書を読んでいたので、その肩に乗って可愛らしくさえずる。

 あとは、この小鳥でヒンメルの元まで誘導すればいいと慢心していた。

 だが、急に小鳥が光の輪のようなものに拘束された…恐らくは鳥を捕まえる民間魔法だったのだろう。

 

『何だこの鳥……そういえば、ヒンメルが食料が尽きたって言ってたな』

 

 言い忘れたが、この魔法はデメリットとして操っている動物の感覚を共有してしまう。

 操作性の都合上、対象の感覚が分かった方が良かったからだ。

 

『美味しそうな鳥だ…むふー』

 

 そして俺は、小鳥が絞め殺される感覚を共有しながら気絶したのだった。

 

「えぇ…」

「当時の俺はまだ理解していなかった…相手はロマンもメルヘンもないクソボケエルフだってことをな」

「しょうがないでしょ。あの時は食糧難だったの」

 

 せっかくこうして無事に降りられたというのに、場の空気はものすごく冷め切っていた。

 だが、損害を出さずに地上に降りられたのは幸いなことだ。

 

 俺は動物を支配する魔法(ティーアヘルシャフト)を解除し、フリーレンがゾルトラークで魔物を仕留める。

 地上なら鳥の魔物程度すぐに処理できた。

 

「皆様、ありがとうございます。馬も馬車も無事で助かりました」

「いや、こちらが警戒を怠った責任だ。気にしないでくれ」

 

 元はといえば、指輪に気を取られすぎていたこちら側の責任だ。

 俺は馬車の中で散乱している荷物を見て、フリーレンに視線を向ける。

 

「何か無くなってないか確認しておけ」

「ごめんて」

 

 あの魔物に襲われた衝撃で、あの時の馬車の中はかなり揺れていた。

 何か1つくらい馬車から落としていても不思議ではない。

 案の定、何か足りないものがあるのか、フリーレンの動きが止まった。

 

「何だ、やはり何か落としていたか」

「…何でもないよ」

「遠慮せずに言え。そんなに遠くへ落ちてはいないだろうし、手分けして探せば見つかるはずだ」

「な、何でもないって…よし、もう夜も遅いし…ここで野営しよう」

「まだ昼だが?」

 

 ……怪しい。

 振り向かないで受け答えしてるところが特に怪しい。

 俺はフリーレンの顔が見える位置へと移動するが、奴は頑なに顔を背け続けた。

 

「怒らないから、こっち向け」

「…本当?絶対?」

「…ああ」

 

 そうして、フリーレンは錆びたブリキ人形のように首を動かした。

 

「( =ω= )」

 

 付き合いの長い仲間たちは、その顔の意味を知っている。

 これは何か重要なことを誤魔化している時の顔だ。

 そして俺は昔、この顔を間近で見たことがある。

 

「……まさか、あの指輪か?」

「ち、ちが…」

「じゃあ、顔見せろ」

「( =ω= )」

 

 俺は一度、大きく深呼吸してから口を開いた。

 

「だからあの時、絶対に失くすって言ったでしょうがああああああ!!!」

 

 俺は小一時間、フリーレンを正座させて叱りつけた。

 俺のあまりの気迫に、本来は関係者ではない商人でさえ奴に哀れみの視線を向けている。

 

「あんたはいつもいつも!そうやって失くしたあとに後悔するじゃない!」

「あ、あの時は偶々、指輪を持っていた瞬間を襲われたから落としただけで…」

「言い訳しないの!ちゃんと反省してるの!?」

「ごめんなさい…」

「すげえ、お母さんの幻影が浮かんで見えるぜ」

 

 俺は失くした指輪を見つける魔法でも新しく開発しようかと思ったが、運良く商人が”失くした装飾品を探す魔法”を持っていた。

 それを使ってフリーレンは魔法が指し示す方角へと一人向かっていく。

 残った俺たちは、もう日が暮れていたので焚き木拾いをする羽目になった。

 まあ、ある意味好都合ではある。

 

「あらあら!見てザインさん!フェルンが何やら新しいブレスレットを付けているわ!」

「何でおばさん口調?フェルン、多分それって…」

「…シュタルク様からの誕生日プレゼントです」

 

 あの後、フェルンと市場にプレゼントを買いに行ったシュタルクは、フェルンの顔色を伺いながら3時間の吟味の末にあのブレスレットを選んだらしい。

 俺が付いて行ってたらすぐに終わっていただろう。

 しかし、若者が苦悩して選択した結果にこそ、極上のあはれは宿るものだ。

 そして何より……。

 

「見てザインさん!あのブレスレットの意匠を!」

「あらあら!鏡蓮華の意匠じゃございませんこと!」

「で、伝染した…」

 

 鏡蓮華の花言葉は”久遠の愛情”。

 この地方では恋人に贈るものだ。

 

 当然、二人はその事を知らなかったので、俺たちからその意味を教えられて少しドギマギし出した。

 俺とザインはそのやりとりを見ながら、無性に酒が飲みたくなってきた。

 

「…あの、買い直しましょうか?」

「これはシュタルク様が一生懸命選んでくれたものです。2度とそんなこと言わないで」

「すげえな…あれでまだ付き合ってすらいないんだろ?」

「それがいいんじゃないか…ザ・ブルースプリングあはれだな」

「……ムスー」

 

 俺たち二人の視線が気に食わなかったのか、フェルンが頬を膨らませてこちらを睨んでいる。

 そんなフグのような表情で睨まれても痛くも痒くもない。

 俺が完全に慢心していると、フェルンは口を開いた。

 

「そう言えばリーベ様もこの意匠の指輪を持っていましたよね。しかも、左手の薬指に付けていませんでしたか?」

「ぐえっ」

 

 不意に放たれた言葉のナイフに俺は吐血しそうになる。

 あの一瞬の出来事を覚えられていたとは驚きだ。

 胸を押さえてる俺を見て、ザインは目を見開いていた。

 

「え、何?兄ちゃんって既婚者?」

「独身だ……あれは言うなれば、社長に無理やり渡された呪いの装備だ」

「職場恋愛とはやるねぇ」

「うるせえ、そのヒゲ全部引っこ抜くぞ」

「ごめんて」

 

 俺はせっかく極上のあはれを味わっていたのに、最悪な相手のことを思い出して気分が底に沈みかけていた。

 こういう時は気晴らしに料理をするに限る。

 味覚はもう全部無くなっているが、記憶と経験で補えば問題はない。

 ちょうどポトフが完成する頃にフリーレンが戻ってきた。

 

「ちゃんと見つかったか?」

「うん、ほら」

 

 確かに昔見たあの指輪だ。

 俺はようやく安堵する。

 だが、こんな出来事があったから別のことにも疑心暗鬼になっていた。

 

「一応、”左手”のそれも見せろ」

「え、大丈夫だよ。ちゃんと”つけてる”感覚あるし」

「いいから」

「……はい」

 

 俺に睨まれたフリーレンは、素直にいつもつけていた”手袋”を外した。

 見れば、”結婚指輪”はちゃんとつけてある。

 安堵している俺とは反対に、シュタルクとザインが持っていた焚き木を落とした。

 

「ふ、フリーレン……お前、結婚していたのか?」

「あれ、シュタルクとザインには言ってなかった?」

「全然、聞いてないよ…」

 

 俺は二人の驚き様に合点がいった。

 フリーレンは基本、手洗いや入浴の時にしか手袋を外していないから、同性以外がこの指輪を目にする機会はほとんどない。

 あの結婚式も、俺を招待するために極一部の人数だけで開いた些細な催しだったから、世間的に二人の関係はあまり知られていないだろう。

 

 フリーレンの旅の目的は、魂の眠る地(オレオール)に行ってヒンメルと再会することだと、シュタルクとザインには説明しているが、それは正確には少し違う。

 

「このクソボケエルフはな、あのヒンメルと”結婚”したんだよ。ただ、数年後にある理由から大喧嘩して何年も家出してたから、それを謝りに行く最中なんだ」

 

 俺は魔王様との思い出よりも苦々しい記憶を思い返す。

 あれは多分、人生でベストスリーに入る嫌な思い出だった。




ザイン「そういえば、兄ちゃんは例の指輪つけてないのな」
リーベ「封魔鉱がはめ込んであるからな。邪魔だから家に置いてきた」
ザイン「曰く付きみたいに言ってたが、何で捨てなかったんだ?」
リーベ「仕事で良く使ってたんだよ…魔法に頼ってる輩には不意打ちとして効果的なんだよな」

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