もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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失敗のほろ苦さが香るアップルパイ

 薄暗い空間に、鈍い金属音が鳴り響いている。

 まるで、金属の分厚い扉を木槌で叩いた様な音だった。

 

「そんな…バカな…」

「……」

 

 何人もの魔族を屠ってきたヒンメルの剣が、脆そうな石の壁に何度も弾かれている。

 そんなことは普通ならありえない。だが、そんな現象を成し得るのが魔法だ。

 

 一見すればただのダンジョンの石の壁も、魔法使いの視点からすればまったくの別物だ。

 綿密に編み込まれた魔法の術式が、さらに複雑に何層も重なっている。

 何本もの繊維を束ねた毛糸で、三次元の絵画を編み込むようなものだ。

 芸術的…いや、神がかりの領域にある結界魔法がこの空間に施されている。

 

 恐ろしいのは、この魔法が魔族の魔法ではないこと。

 この結界を魔族が作り出したのは確かだろう。

 だが、使われている魔法自体は人類の魔法の中でもありふれたものだ。

 問題はその魔法たちが膨大かつ、複雑な形で構築されているから。

 

(例えばこの1センチ四方の空間だけで数百の魔法が編み込まれている)

 

 いずれは解析できるだろう…そう、いつかは。

 優れた人間の魔法使いが数千人規模で何百年も掛けて作り出せるほどの情報量。

 凄まじい技巧と狂気的な集中力で成し得た作品だ。ある種の執念すら感じさせる。

 

 魔法はイメージの世界だ。

 魔族の隔絶した次元の魔法が、人類にとってダイアモンドを素手で握り潰す様なものだとするならば、これは山のような砂丘の砂塵を一粒一粒拾い集めるようなもの。

 現実として可能だが、それを成し得る膨大な時間がイメージとして私の中で確立してしまった。

 

(部屋の中央に置かれたミミックに釣られたとはいえ、この部屋に入るまでこの魔法に気づけたか…正直、自信がない)

 

 おそらく私と、他のメンバーを狙った罠だ。

 なら作られたのはごく最近の時期だろう。

 これほどの結界を短期で作り出せる芸当…七崩賢レベルの大魔族であることは間違いない。

 ぱっと思いつく限りだと不死なるベーゼと腐敗の賢老クヴァールか。

 

 だが、そんな大魔族がこんなふざけた結界を作るだろうか。

 

「ヒンメル、もう諦めてこの部屋のルールに従うしかないよ」

「できるわけないだろう!だって…」

 

 私たちの視線は固く閉じられた扉。正確に言えば、その扉の上部に掛けられた看板にデカデカと書いてある文字に集まった。

 

 

 

【イチャイチャしないと出られない部屋】

 

 

 

 この結界を作った人物とは思えない、知性のかけらもない文章だった。

 

 そう、この結界を作った人物は決して私たちを閉じ込めて殺すことが目的ではないらしい。

 部屋の中には定期的に食料と水が出現し、寝泊り用の寝袋まで完備されてる。

 何より、ダンジョンとは思えない色っぽい香水のような香りと、ラブソングまで流れている。

 めちゃめちゃえっちな雰囲気だ。

 

(イチャイチャか…手を繋いだり、投げキッスで開くのかな…)

 

 私自身、他人にそういう行為をするのは抵抗感がある。

 しかしヒンメルとは短い付き合いだが、彼の善性と接する機会は多くあった。

 それに師匠にも『男のすけべ心を許すのも大人の女の甲斐性』だと聞いたことがある。

 

「ヒンメルも私となんかとイチャイチャするのは嫌かもしれないけど、ここから出るために我慢するしかないよ」

「嫌じゃない…嫌じゃないけど……」

 

 ヒンメルの剣が高く掲げられ……。

 

誰かに強いられるのは、嫌だあああああ!!!

 

 振り下ろした斬撃が、僅かだが壁に傷をつけた。

 

「ほら、ちょっと欠けたぞ!これは決して壊れないものじゃない!」

「うそでしょ…」

 

 欠けた部分を解析してみると、僅かだが壁の向こう側から衝撃と音が反響している。

 私の脳裏にアイゼンの姿が思い浮かんだ。

 

「そうか…偽装のため外側の結界は中よりも僅かに薄い。本来は外の衝撃が中に吸収されて分散する仕組みだけど、ヒンメルが同時に衝撃を与えたから逃げ場を失ったのか」

 

 言葉にすれば簡単そうに聞こえる。

 だが、寸分違わないタイミングでかなりの衝撃を与えなければいけない。

 外とは断絶された状態では、そんな芸当は何度もできない……できないはずなのに。

 

(えぇ、なんでタイミングが合ってきてるの?)

 

 先ほどの成功を機に、徐々にタイミングが合ってきている。

 偶然とはいえ、それを可能にした二人の化け物加減に私は呆れながら苦笑する。

 

「わかったよ、化け物どもめ…どれだけ掛かるかわからないよ」

「じゃあ、フリーレンはそこの壁を頼む…向こう側からハイターの気配を感じるから」

「なんでわかるの…こわいよぉ」

 

 私がヒンメルの化け物加減に恐怖を感じつつも結界の解除に掛かると、結界を通して何者かの悲鳴にも似た叫び声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

「勇者たちに負けたそうだな…どうだったアウラ?」

「帰りなさい」

 

 勇者ヒンメルに付けられた傷を癒しながら、追っ手に怯え隠れる日々。

 人里離れた場所にあった小屋を住処していたところ、初めての来客が知己の中で最も会いたくない男だった。

 

「見舞いの品もある…まあ、本当は陣中見舞いのつもりだったんだが残念だったな」

「か え れ !」

 

 籠に積まれた赤く輝くリンゴだけを受け取って、扉を閉じようとした……が、どういうわけか扉はびくともしない。

 いつもならすぐに諦めて立ち去る男が、万力の様な力で頑なに扉を抑え込んでいる。

 怠惰のリーベが見せる珍しい粘り強さに、私の中で困惑が浮かんだ。

 

「開けなさいアウラ…」

「な、なによ…私、今は具合が悪いんだから帰ってよ」

「あ け な さ い」

「嫌だってばぁ!今のアンタなんか怖いのよ!」

 

 生気の抜けたような瞳に、燃え盛る炎のような情念を感じた。

 いつもの瞳で見つめられるのも怖いが、これは恐怖を通り越して狂気すら感じる。

 

「…おい」

「え?きゃっ!」

 

 扉がメキメキと悲鳴を上げ始めた頃、リーベの後ろから別の懐かしい声が聞こえた。

 その驚きのあまり、力が抜けた私は扉に引っ張られて玄関で無様につんのめりの態勢になる。

 

「だから早く開けなさいと言っただろう。俺以外にも客人がいるのだから」

「ど、どういう組み合わせよ…”黄金郷”」

 

 黄金郷のマハト。

 私と同じく魔王軍の最高幹部である七崩賢の一人にして、自他ともに認める最強の七崩賢。

 リーベとは古くからの知己だと聞いたことがあるが、それでもこうして二人で過ごすほど友好的な関係ではなかったはずだ。

 

「入れてくれるな?」

「……いいけど、早く帰りなさいよ」

 

 リーベはともかく、マハトの来訪を拒む理由はない。

 何より、私たちのやりとりに待たせられて機嫌が悪そうに感じる。

 マハトのご機嫌伺いをするつもりはないが、せっかくの療養中にこれ以上の面倒ごとは避けたい。

 

 二人の圧力に負けて私は二人を拠点に招いた。

 

「ふむ、それなりに揃ってはいるな…オーブンもあるのか」

 

 小屋に入ってすぐに、リーベは食材や調理道具をかき集め調理を開始した。

 手早くりんごの皮を剥くと、皮は茶葉と一緒に煮出し、果肉は砂糖とバターと洋酒と香辛料で煮込んでいる。

 その間にオーブンに薪を入れ、小麦粉を練って生地を作り、生地の上に煮込んだ果肉を乗せてパイの網目を一瞬で編んでしまった。

 

 怠惰とは似つかわしくない、素晴らしい手際の良さに久々に感服させられる。

 だがおかしい。

 私の拠点のはずなのに、初めての来客に完全にキッチンを占拠されてしまった。

 キッチンの主人となったリーベを見てると、本来の主人である私は謎の疎外感を感じてしまう。

 

「趣味でもないのに何でこんなに料理が上手なのかしらね…」

「ただの習慣だ。お前らも続ければ俺くらいのことはできる」

 

 オーブンでパイを焼きながら、リーベは煮出したアップルティーを私たちに振る舞った。

 本当に、憎らしいほど無駄がない。

 

(悔しいけど美味しい…私もリーベを真似て数百年は料理をしているけど、中々同じ味は出せない)

 

 私が知る中で、もっとも料理が上手い魔族はこの男だろう。

 次点ではマハトらしい。私は食べたことがないが、リーベがそう言っていた。

 

 怠惰のリーベと呼ばれ、多くの魔族から見下されている男だが、魔王軍の中でもかなりの古株であることを知る者は少ない。

 先の南の勇者との戦いで戦死した全知のシュラハトとも旧知の仲だったと聞いたことがある。

 それ故に、私の向かいに座って紅茶を味わっているマハトともリーベは知己となった…だが、互いに知っているだけでそこまでの親交はなかったはずだ。

 

「それで、今日はどういう組み合わせ?」

「最近になって、あいつと俺が共通の趣味を持っていたことに気がついてな」

「……趣味?」

 

 共通の……趣味?

 

 一瞬、脳が理解を拒んだ。

 何事にも、何者にも興味を示さず、怠惰のレーベと呼ばれた男に趣味…。

 どこかの人間の文化で嘘をつく日があるとは聞いたが、今日なのだろうか。

 黄金郷のマハトがずいぶんと下らない俗習に付き合うものだと私は現実逃避を始めた。

 

 だが、風の噂で聞いたことを思い出す。

 

『怠惰のリーベが、勇者一行にご執心らしい』

 

 人伝に聞いた話だったが、その時はただのつまらない噂だと一蹴した。

 だが、まさか本当のことだったとは…正直、今でも信じられない。

 

 ”どうだったアウラ?”

 

「なるほど、それで会いに来たのね」

「陣中見舞いは本当だぞ。道中、マハトと再会したから少し遅れたがな」

「ふーん……で、あなたも勇者一行にご執心なわけ?」

 

 私が訊ねると、マハトは飲み終えたカップをソーサー置いた。

 

「人に興味があるという点では、私たちは同じ趣味を持っている…私は人の持つ罪悪感と悪意を、あいつは人個人と関係性について…それらは同じ人間への好意だ」

 

(人間への好意?……揃いも揃って本当にくだらない)

 

 内心では毒づきながら、紅茶のおかわりを自分で注ぐ。

 二人の趣味に興味もないし、理解もできないが、それについて論争するつもりもない。

 私は飲み込んだ言葉を、紅茶で流し込んだ。

 

「そういえば例の結界魔法はどうなった?ソリテールから聞いたぞ」

「ああ、あれか…失敗だったな。せっかくベーゼとクヴァールにも手伝ってもらったのに」

「は?」

 

 何気なし呟いた言葉に私は手を止めた。

 どちらも世に名を轟かせる大魔族であり、卓越した次元の魔法使いでもある。

 その二人が手伝った結界魔法…その話題の方が断然気になった。

 

 だが、マハトの次に呟いた言葉にそんな好奇心も霧散する。

 

「たしか、”イチャイチャしないと出られない結界”…だったか?」

「え」

 

 おかしい。

 何か変な言葉が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。

 うん、紅茶美味しい…落ち着く。

 

「いや、正確には”友達以上恋人未満の勇者とエルフの男女が入るとイチャイチャしないと出られない部屋結界”だな」

「え」

 

 幻聴じゃなかった…残念だ。

 いや、まだ奇跡のグラオザームの精神魔法に掛けられている方が真実味がある。

 そんなバカみたいな魔法があるわけがない…ないと言って欲しい。

 あったら魔法への冒涜だ。

 

「対象が限定的な上に、複雑な構造にし過ぎたな。偽装、封印、拘束、吸収、拡散、生産、芳香、音…色々組み合わせて複雑になった分、魔法解除対策でさらに構築を複雑化させた……そのせいでわずかだが物理干渉の耐性が弱まったらしい…やはり結界は結界として単純に機能させた方がよかったな」

「えぇ…なにそれ」

 

 リーベの手のひらで構築された小さな結界に私とマハトは目を奪われた。

 一目見ただけで分かる膨大な情報量と複雑な構築式。

 それを洗い物をしながら片手間に発動させている様子にただただ畏怖を抱く。

 

「素晴らしい腕前だな…まさか結界魔法の才があったとは」

「いや、無為に過ごして来た分のリソースをこれにつぎ込んだだけだ…それにベーゼとクヴァールの助言がなければ完成はしなかっただろう」

「簡単に言ってくれるわね…」

 

 魔族は長い生涯で一つの魔法に研究と研鑽を費やしている。

 ゆえにほとんどの魔族が自分の固有の魔法に強い愛着と誇りを持っている。

 だが、リーベはその一つの魔法の研鑽をやめた…魔法に興味がないからだ。

 

 怠惰という二つ名の理由がそこにあると考える魔族は多い。

 怠惰という名に付けられた侮蔑、嘲笑のイメージ。だからリーベを軽んじる魔族は多かった。

 

 だが、リーベは今日まで生き残って来た。

 

 平凡な人類の魔法を巧みに操り、時には魔法と呼ぶのも憚れるような魔力の塊で相手を圧殺する。

 一を捨てて手に入れた手数の多さ。そして弱者を自称する彼が拠り所とする固有の魔法。

 

 怠惰はいつしか、一部から畏れを込めて呼ばれるようになった。

 やる気さえあればもっと上位の地位にもなれただろう…それなのに。

 

「そんな魔法を下らないことに使ってるんだから、その二人も報われないわね…」

 

 まるで最高級の技術と材料で役に立たないガラクタが作られたような気分だ。

 せっかくの療養中なのに精神にものすごいダメージを負ってしまった。

 

「にしても悪趣味ね…イチャイチャということは…つまり、その……そういうことしないと出れないんでしょう?」

「ああ、手を繋いだり、投げキッスをしないと出られないように設定してある。条件の細分化には苦労したな」

「え、あ……うん」

 

 おかしいな。

 この男、私より年上なのに……えっちのハードルが子供以下だ。

 ……ねえ、マハト?なんで顔を背けてるの?何で羞恥心を感じてるの?

 ……私がおかしいのかしら。

 

「まあ、たしかに最初は入った男女が行為をしないと出られない結界という俗っぽい効果になってしまったな…そこから条件を緩和して、細かく条件付けするのには苦労した……初期の起動実験ではソリテールにも迷惑をかけたな」

「ぶっふぉ!?」

 

 突然の問題発言に私は飲んでいた紅茶が気管に逆流した。

 息苦しいうえに、傷に紅茶が染みて余計に痛みが増す。

 見れば、あの鉄仮面の表情のマハトですら驚きのあまりティーカップを床に落としていた。

 

 結界の起動実験……条件を達成しなければ出られないということは……つまり。

 

「あなたたち!ヤったの!?」

「大声でなんてこと言うんだアウラ…大魔族としての品位が損なわれるぞ」

「最低な魔法で下品なことやったアンタに言われたくない!」

「何か誤解してないか?」

 

 リーベは涼しい顔のまま、汚れたテーブルクロスと割れたカップを片付けた。

 ふと、彼がしゃがんだ拍子に陽光で透けたワイシャツの下…腹の辺りに包帯を厚く巻いているのが見えた。

 

「よく考えてみろ。部屋を作った製作者が、その部屋から出られなくなるヘマすると思うか?当然、俺が入った場合は好きに結界を解除できる」

「……言われて見ればそうだけど…その言い方だと誰だって誤解するわよ」

「そうだな、どうやらソリテールも誤解していたらしい…結界を解除したらなぜか鳩尾を思いっきり殴られた」

 

 しゃがんだ拍子に傷が開いたらしく、包帯に赤い染みが広がり始めた。

 たぶん、私よりも重症かもしれない。なんで重症人が病人の見舞いに来てるんだか…。

 

「そんな怪我して、せっかくのすごい魔法も失敗に終わって…残念なことね」

 

 私は、皮肉交じりに言葉を掛けた。

 だが、リーベは……笑っていた。

 

「そうだな…用意した策も努力も、それに見合う成果は得られなかった…だが、趣味と実益を兼ねた目標に進んでいる……それが、とても楽しい」

 

 初めて会った時から表情ひとつ動かしたことのない男が、たかが人間に執着し、そして笑った。

 付き合いは私の方が遥かに長い。長く言葉を交わして来た…それを会って数日の人間が、変化を与えた。

 その事実に、私は酷く不快感を覚えた。

 

「まどろっこしいわね。私の服従させる魔法(アゼリューゼ)で二人を支配してあげようかしら?」

「分かっていないなアウラ…くっ付きそうでくっ付かない絶妙な関係。旅路の中で少しずつ育まれる絆にこそメロさが宿るものだ」

「何言ってるかわからないけど、低俗な結界で無理やり距離を縮めようとしたあなたに言われたくないわね」

 

 得意げな顔で高説を垂れる姿に私はもっと不快感を覚えた。というかうざい。

 しかし私の反論に何やらリーベの表情が曇っていく。

 先ほどの楽しげな雰囲気とは真逆。まるで絶望にも似た負の感情が伝わってくる。

 

「……長くなるが…いいか?」

「一言でお願い」

「……クソボケ鈍感エルフ」

 

 その言葉には、勇者の一行のエルフの魔法使いフリーレンに対する凄まじい呪詛が込められていた。

 エルフは生殖本能に乏しい…まあ、つまりはそういうことなのだろう。

 

「俺だって自然にいい感じになるの期待してたんだよ…ヒンメルだってヒンメルなりに頑張ってメロいアプローチしてたんだよ…他のパーティーだって気を使ってたんだよ…なのにあのクソボケ鈍感エルフが……クソクソクソクソクソクソ」

「……服従させる魔法(アゼリューゼ)使う?」

「…………最終手段として考えておく」

 

 なんとなくだが、エルフが滅びた一因に触れたような気がした。

 

「ん、そろそろいいか」

 

 場の空気は冷え切っていたが、それでもオーブンの中でアップルパイが香ばしく焼けている。

 オーブンから取り出されたパイ生地はきつね色に輝き、具の果肉は芳醇な香りを漂わせていた。

 

 サクリっと、切るたびにパイ生地の心地よい音が響く…この音だけでも永遠に聴いていられるだろう。

 交換され純白のテーブルクロスに、置かれた焼きたてのアップルパイの芳ばしい焼き目がとても映えていた。

 

「本当、なんでこんなに料理が上手なのかしらね」

「言っただろう。回数を重ねただけだ」

 

 食べるのが勿体無いと思いつつも、食欲に抗うことはできずに一口大に切り分けて口に運んだ。

 生地の香ばしさの中に甘酸っぱいりんご、洋酒と香辛料の香りと風味が完璧な調和をもたらしている。

 悔しいが、口角が上がるのを抑えられない。

 

「相変わらず美味いな」

 

 あのマハトもこのアップルパイの味には笑みを浮かべた。

 他の魔族に話しても信じては貰えない光景だろう。

 

「レシピを教えようか?まあ、特別変わった物でもないが…」

 

 それなのに作った本人はと言うと、こんなものかと顔を崩すことなく咀嚼している。

 本当に、この男にとってこのアップルパイは特別でもなんでもなく、作り慣れた味らしい。

 相変わらずムカつく男だ。

 

(魔力量は…まだ私の方が少し下か)

 

 リーベは魔法の鍛錬をやめたとはいえ、500年生きた大魔族と同等の魔力量を持っている。

 今の段階では服従させる魔法(アゼリューゼ)を使うのは博打が過ぎる。

 

 焦らず、あと何年か待てば私の魔力が上回るだろう。

 その時が来たら護衛に使うもいいし、料理人としてこき使うのもいい。

 その憎たらしい顔を色んな表情にだって変えることができる。

 

「あとで教えてよ。新しい配下にりんご好きな子がいるの」

 

 そのために、私はこの男と交流を続けて来たのだ。

 その時まで、仮初めの知己を演じ続けよう。




リーベ「結界解除したぞ……え、なんで薄着なん…ぐえー!」

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