もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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流星の夢と目覚め

 ぼんやりとした意識で目を開いた。

 俺の向かい側に、ヒンメルが座っている……不思議と、ひどく懐かしい気分になる。

 ああ、そうだ、俺は彼に自分の過去を語ったのだ。

 

 俺の長い身の上話を聞き終えて、ヒンメルは静かに瞠目している。

 まあ、我ながらかなり数奇な運命を辿ってきたとは思う。

 それが巡り巡って、”あいつ”と会わせたというのは皮肉なものだ。

 

「リーベ、君はフリーレンに会うべきだ」

「会って……それでどうするんですか。あいつは俺のことなんて嫌いだろうし、元々相性が悪い組み合わせだと思いますよ」

「それでも会って、話し合うべきだ」

 

 俺はヒンメルの前で初めて眉をひそめた。

 彼の言うことは正しいのかもしれない。

 だが、俺個人にもそれを選択する自由がある。

 俺は自分が一番嫌いだ……フリーレンを見ていると、時々自分の写し鏡を見ているようで嫌になる。

 

「確約はできませんが、まあ……いずれ」

「いずれじゃダメだ。僕が生きているうちにしてくれ」

「……」

 

 うやむやにするのもダメらしい。

 これは、平行線だな。

 

 長引くことになりそうなので、俺はたっぷり水の入ったヤカンに火を掛けた。

 

「じゃあ、こうしよう」

 

 それを後ろからヒンメルに声を掛けられた。

 振り返ると、我に必勝の策ありとでも言いたげな表情を浮かべていた。

 悪いが、これに関しては俺は譲る気はない。

 

「君が首を縦に振ってくれたら、君を僕たちの結婚式に招待しよう」

「分かりました!」

 

 俺は首が外れそうになるほど、首を縦に振った。

 ちょっと頚椎を痛めたかもしれない。

 

「そしてリーベ、君は絶対に”あの場所”へ行くんだ」

「あの場所、ですか……」

 

 ヒンメルは、俺をどうしてもあの場所に行かせたいらしい。

 俺は正直、今さらという気持ちもあって、そのことに関してはどうでもよかった。

 それに、一度だけだが行ったことはある……ひどい目に合ってしまったがな。

 

「いつか君たち二人で、あの場所に行って欲しい……きっと、”その人”も喜ぶはずだ」

 

 あいつが喜ぶかどうかはさておこう。

 俺は女神様に祈っているが、信仰心というものはない。

 だから当然、あの存在の有無について懐疑的だった。

 

 俺の表情を見て、俺の考えを察したのか、ヒンメルが微笑む。

 

「喜ぶよ。その人が僕だったら嬉しく思う」

 

 俺はその微笑みで、何も言い返せなくなった。

 うーん、やはり顔がいい……ちょっと喜びの吐血をしてしまった。

 

 それから間もなくして、ヒンメルとフリーレンは結婚した。

 結婚式は勇者一行と俺を入れた5人でのささやかなものであったが、気楽で飾らない楽しい結婚式だった。

 無論、俺は終始喜びの吐血をしていたので、祝いの席だというのに死にかけていた。

 特に誓いのキスの場面では、血を出尽くして干物のようになっていたらしい。

 

「し、死んでる…」

「ぎ、ぎりぎり大丈夫……ぐえぇ」

「えぇ…」

 

 意外なことにハイターとアイゼンは俺のことをすぐに受け入れてくれた。

 だがフリーレンとはやはり気が合わず、喧嘩こそしなかったが、互いを睨み合っている。

 ヒンメルには悪いが、やはりこいつとは仲良くなれなそうだと感じた。

 

 こうしてヒンメルとフリーレンは結ばれ、しばらくは幸せな結婚生活が続く事になる。

 ……だが、それは永遠には続かなかった。

 

「やはりダメかい?」

「くどいよヒンメル……私はこいつを絶対にあの場所へは近づけさせない」

「フリーレン!どこへ行くんだ!」

「……家出」

 

 ヒンメルとフリーレンはあの場所のことで何度も衝突し、ついにフリーレンは家を飛び出ることになる。

 それでも数ヶ月か、長くても1、2年くらいで戻っては来た。

 戻って来たフリーレンをヒンメルは暖かく迎え、今まで通りの結婚生活を送る。

 そんなことが10年に一度の周期で起きたのだ。

 

 元々放浪癖のあるフリーレンだったので、これくらいの期間ならと、周囲は大目に見ていた。

 俺も今までよく一所に留まっていたものだとは思っていた。

 家出するなとフリーレンを咎めたい気持ちもあったが、そもそもの喧嘩の原因が俺のことなので強くは出れない。

 

 だが、家出は回を重ねるごとに、その放浪期間が長くなっていった。

 4回目の放浪では、10年近くもフリーレンは戻らなかった。

 

 流石のこれには俺も動くことになる。

 何年もフリーレンを見て来たので、こいつの行き場所はすぐに分かった。

 広い草原に腰を下ろし、こいつは何をするでもなくぼんやりと空を眺めている。

 

「よお、クソボケエルフ」

「……何でお前が迎えに来るんだよ」

「ヒンメル70歳超えてるんだぞ。老体に鞭を打たせるな」

 

 相変わらず、俺とこいつは顔合わせた瞬間から睨み合った。

 だが、それはヒンメルが望まないだろうから、俺はこいつから少し離れた場所に腰を下ろす。

 互いに顔も見ずに、俺も流れる雲を見つめる。

 

「……」

「……」

 

 しばらくの沈黙の末、俺は口を開いた。

 

「なあ、フリーレン。もうあの場所についてはいい。元々行く気もあんまりなかったし、俺は諦めるよ。だから、これからはヒンメルの側にずっといてくれ……ヒンメルも、もう歳だ」

 

 返事はしばらくなかった。

 浮かんでいた雲が1つか2つ消えた頃に、フリーレンはようやく口を開く。

 

「ヒンメル見た?老いぼれてたでしょ?」

「老いたヒンメルもイケメンだったな……いや、渋メンって言うのか」

「相変わらずヒンメル馬鹿だな」

 

 老いたヒンメルは瞳にかつての面影を残していたが、背は曲がり、杖なしでの歩行は難しくなっている。

 それでも、弱い魔物くらいなら倒せるほどの力を残しているのはちょっと頭がおかしい。

 一時期は髪が禿げそうになっていたから、強力な育毛剤をあげたら喜んでいたな。

 

「昔と比べて随分変わったよね」

「それは、人間は歳を取れば変わるもんだからな」

「そうだね、それは私も理解した上でヒンメルと結婚したつもりだった。でもね、老い行くヒンメルを見て……師匠を思い出した」

「……」

 

 手の甲に雨の雫が落ちて来た。

 幸か不幸か、どうやらにわか雨らしい。

 

「私ね……怖くなって逃げたんだ。一緒に居てあげたいのに、怖くてヒンメルが待つ家に帰れない」

 

 小さな雨音が、煩わしい音を消している。

 俺は声の方向には振り向かなかった。

 

「すまんなフリーレン、その辛さは俺にはよく分からない。俺はお前ほど人間と長く居たことがないからな。でもな、老いて死ぬっていうのは、人間の中じゃ上等な終わり方だ。それが大切な相手に看取られるんだったら、たぶん一番上等だ」

「……」

 

 返事は返ってこない。

 相手が落ち着くのには、まだしばらく掛かりそうだ。

 不本意だが、もう少し雨ざらしでいる必要があるらしい。

 

 俺は勝手に、もう1つの本題も話し始めることにした。

 

「それとな、そろそろ半世紀(エーラ)流星の時期だろ。みんなで見ようって、俺もヒンメルから誘われたよ。お前には悪いが、俺もついて行くから……これがみんなで見る最後の半世紀(エーラ)流星だしな」

 

 思えば、もうあれから50年も経ったのか。

 確かに一瞬の様で、それでも充実した毎日だった気がする。

 その一瞬の毎日が、きっとフリーレンにとっても大切な時間となっていたのだろう。

 俺は、このエルフが泣く日が来るなんて思いもしなかった。

 

 雲間から日の光が差し、雨が止んだ頃にフリーレンはようやく落ち着きを取り戻した。

 俺たちがヒンメルのところに戻る頃には、数週間後に半世紀(エーラ)流星が降る時期だ。

 その後すぐに、白毛の生えたハイターと、少しだけ衰えが見えるアイゼンが王都にやってくる。

 

「リーベとフリーレンはあまり変わりませんね」

「頭撫でんな」

「流石に俺も体の方は衰えてるよ……しかしエルフは本当に変わらないな」

 

 昔、よく見た光景が目の前で繰り返される。

 こうして直に見るのはやはり良いものだ。

 

「よし、行こう。今度は仲間全員での冒険だ」

 

 杖を差したヒンメルが俺を見てそう言った。

 その言葉にハイターとアイゼンも微笑む。

 フリーレンは睨みはしなかったが、感情の読めない真顔を浮かべている。

 

 俺は、初めて彼らと冒険をした。

 

 昔見た、変わらない自然の風景を眺め、時々襲いかかって来る魔物を皆で撃退する。

 朝はフリーレンの注文でパンケーキを焼き、昼と夜には俺の料理に皆が舌鼓を打った。

 初めて出会った頃からは想像もできなかった光景だ。

 

「なあ、フリーレン」

「何?」

 

 野営中に、俺はこっそりとフリーレンに声を掛けた。

 1つだけ気になっていたことがあったからだ。

 

「ヒンメルにちゃんと謝ったか?」

「……まだ」

「やっぱりか……」

 

 何となくだが、フリーレンの様子がおかしいとは思っていた。

 その理由も、大方そんなところだろうと予想はついていた。

 

「ちゃんと謝っておけよ」

「分かってるよ」

 

 フリーレンはそう答えたが、半世紀(エーラ)流星が綺麗に見える場所についても、中々言い出せずにいた。

 日が暮れ始めた頃、俺たちは草原に腰を下ろして一緒に空を眺める。

 

「色々なところを旅したね」

 

 ヒンメルが昔を懐かしむように俺たちに語りかけた。

 夜空を眺めているはずなのに、もっと遠くの、まるで時の果てでも見つめる様な眼差しだ。

 

「何もかも新鮮で、煌めいて見えた。その美しい思い出の中には僕とハイターとアイゼンとフリーレン、そして遠くにいつもリーベがいた」

 

 遠くを眺めるその姿はどこか儚げで、どこかへ消えてしまいそうだと思ったのはなぜだろう。

 

「僕はね、全員が揃うこの日を待ち望んでいたんだ。ありがとうフリーレン、リーベ。君たちにおかげで最後にとても楽しい冒険ができた」

 

 俺はその儚げな表情を一度だけ見たことがある。

 それは、人間が大切な相手に言葉を遺していく表情に似ていた。

 

「――綺麗だ」

 

 どこか消えてしまいそうな彼を、最後まで見ていたかった。

 それでも空を流れる眩い煌めきの星屑たちが、本当に美しくて、目を奪われる。

 それはまるで、人の一生のようだと俺は思った。

 

「ねえ、ヒンメル。あのね……ヒンメル?」

 

 フリーレンの問いかけに、ヒンメルが答えることはなかった。

 

 勇者ヒンメルは、この日、死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

【勇者ヒンメルの死から29年後】

 

 俺たちは北側諸国のクラー地方のとある村で1週間滞在していた。

 村にはフォル爺というドワーフの戦士がいて、彼はフリーレンの長寿友達だ。

 どうやらフリーレンは彼が死ぬ前にゆっくり話がしたいらしい。

 400年近くこの村を守っているというので、たしかにそろそろ寿命が来てもおかしくはない。

 しかし、あのフリーレンがそんなことを言い出すとは、俺は少し感慨深い思いになった。

 

「ふぁ……眠い」

「飯食う前に顔洗って来たらどうだ?」

 

 寝ぼけたフリーレンが、俺の焼いたパンケーキをウトウトしながら頬張っている。

 かくいう俺も、昨晩は遅くまで起きていたから少し眠い。

 まあ、そのお陰かは知らないが、久しぶりにヒンメルの夢を見れた。

 

「今日で出発ですからね」

「10年くらい居たかったのにな」

「それはしゃれにならねえよ」

 

 シュタルクがこの村に来た時と同じツッコミを返した。

 彼はここ1週間、フォル爺に鍛えられて少し雰囲気が変わったかもしれない。

 人間はすぐに変化するから面白いな。

 

 フリーレンもいくらか変わってきてはいるが、あの時間感覚だけは変わっていないようだ。

 呆れるのと同時に、安心感みたいな物が込み上げてくる。

 こいつはこいつで、変わらない部分があるから時々面白いのだ。

 

 俺たちは身支度を済ませ、村を出発するため街道へと向かった。

 すると最初に村に来た時と同じ様に、村の入り口にある岩に腰を下ろしたフォル爺と顔を合わせる。

 アイゼンと同じドワーフの戦士だが、老いのせいか身長はアイゼンよりも低い。

 眉毛やヒゲも真っ白な白髪で、いかにも老人という風貌だが、いまだにこの村を魔物から守っているらしい。

 夢を見たせいか、老いたヒンメルのことを思い出してしまう。

 

「おはよう、フォル爺」

「おはよう、フリーレン。よく眠れたか?」

「寝不足気味かな」

 

 昨日はなにやら二人で、思い出話を夜遅くまで語り合っていたらしい。

 それにしてはフォル爺の方はあまり眠不足には見えなかった。

 

 俺がフォル爺を見ていると、向こうも俺に視線を返した。

 そして……なぜか拝む様に手を合わせてくる。

 

「ありがたや、ありがたや……」

「俺はお地蔵様か?」

「村に来た時は兄ちゃんが斬られちまうんじゃないかと心配したが、ずっとこの調子だな。兄ちゃんは心当たりとかはないのか?」

「さあな……どっかの誰かと勘違いしてるんじゃないか」

 

 思い当たる節がないわけではないが、説明すると長い話になるので皆には言わなかった。

 具体的には上中下くらいの長さだ。

 

「じゃあね、フォル爺。元気で」

 

 フリーレンはそう別れを告げた。

 また会おうとは言わず、これが今生の別れのような言い方だったが、湿っぽさはない。

 

「フリーレン」

 

 背を向けたフリーレンにフォル爺は声を掛けてくる。

 振り返ると、彼はどこか微笑んでいるように見えた。

 

「妻の夢を見た」

「そう」

「お前と昔話をしたお陰かもしれんな」

 

 俺とフリーレン以外の皆は、その言葉に首を傾げていた。

 俺はフォル爺とヒンメルの会話を聞いていたので、それがどれだけ喜ばしいことなのか分かっている。

 だからこそ、夜遅くまで”こんな物”を作っていたのだ。

 

「フォル爺」

「む、ありがたや、ありがたや……」

「手を合わせるな。ほら、手を開けろ」

 

 俺はフォル爺の手の平にペンダントを置いた。

 ペンダントについている留め金を外すと、それは動き出す。

 フォル爺の目が初めて大きく見開いた。

 

「これは……ワシと妻だ」

「ああ、あんたの思い出の光景だ」

 

 不躾だが、フォル爺が眠った隙に精神魔法で深層意識に潜り込んで拾った記憶映像だ。

 それをペンダントに組み込んで魔道具にするのは少しだけ時間が掛かった。

 

 俺の作った魔道具を、他の皆も興味深そうに見つめてくる。

 

「写真?……いや、動いてるぞ」

「映像だね。またとんでもない事をして……」

「これ、もう1つ作れますか?ハイター様のが欲しいんですが」

「あ、じゃあ俺も」

「なら、次の誕生日にでも用意しておくか」

 

 一点物のつもりだったが、思いのほか欲しがる相手が多かった。

 少し手間が掛かるが、数個程度なら作ってやろう。

 

 俺はペンダントに食いついているフォル爺に向き直った。

 

「フォル爺、変わらない毎日の繰り返しっていうのは記憶力の低下に繋がりやすい。たまには新しい事でも始めた方がいいぞ」

「……ありがとう。魔族のお方」

「何だ、やっぱり気づいてたか」

「ああ、そして思い出した……昔、どこかでワシはお前と会っているな」

 

 フォル爺の言葉で視線が俺に集まる。

 だが俺は、そのことについて話をするつもりはない。

 別にフォル爺と親しい間柄でもないしな。

 

「さあな、その記憶は”あいつ”が未来に連れて行くよ」

 

 長い話だ。

 気が向いた時にでも話してやろう。




【要塞都市フォーリヒ・オルデン家の屋敷】

ザイン「俺たちも踊るか?」
フリーレン「ケーキ食べる」
ザイン「そう…」
リーベ「きゃー!見てザイン!うちの子達が踊ってるわー!」
ザイン「子供の運動会を見ているお母さんか?」

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