もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

24 / 32
1話以来のバトル回。
なるべく早く投稿できるよう頑張りますが、年末も近いので少しペースが落ちるかもしれません。


全知と全能【過去話】

【魔王討伐から30年後】

 

 俺は随分と様変わりしてしまったヴァイゼに赴いた。

 半球型の結界で覆われた都市は結界越しからもひどく輝いて見える。

 建物、動植物、人に至るまで、その全てが黄金に変わっていた。

 

 俺は都市を覆っている結界を一瞥する。

 

「カンム一族の守護法陣。アンデラー式結界理論。そして隔絶大結界か……素晴らしい出来だが、あの結界と比べると少し見劣りするな」

 

 起源も術式も全く違う魔法理論を組み合わせた人類の結界魔法だ。

 人類の魔法らしく緻密な創意工夫が見られる……ここまで来ると芸術の域だろう。

 あのマハトが解除できない理由もよくわかった。

 

「すまんなマハト。これを解除してやりたいのは山々だが、そうするとお前のように虎の尾を踏むことになりそうだ……さすがに俺も、大魔法使いとは戦いたくはない」

「元より助けなど期待はしていなかった。まあ、こうして立ち話ができるとは思わなかったがな」

 

 空気は通っている様だが、音は遮断されていたので軽く弄って一時的に声を通した。

 おかげで俺たちはこうして結界越しに会話ができている。

 

「すごいぞマハト。あのデンケンのクソ坊主が宮廷魔法使いになったそうだ」

「あの実力なら不思議ではない。それに、お前にいびられたせいで根性も鍛えられたのだろう」

 

 デンケンは20年前にグリュック家が引き取った親戚筋の子供だった。

 初めのうちはレクテューレ先輩のいい遊び相手だったのだが、2人は日を追うごとにあはれの波動を帯びていった。

 普段の俺なら『初々しいあはれだ』とか言って内心でほくそ笑んでいたが、このデンケンというクソ坊主が何かと某クソボケエルフを彷彿とさせるところがあって苦手だった。

 俺が布教したヒンメル戦記を読んでも、あいつの推しがヒンメルではなく、フリーレンだったのも好かない。

 だから俺は、模擬戦という大義名分のもとにデンケンをいじめ抜いたのだが、あれが根をあげたことはなかった。

 

「ああ、敵に塩を送ってしまったらしいな……でも、先輩が幸せそうならいいか」

「レクテューレ様はお元気か?」

「元気だ。なにせ、魔王様お墨付きの伝説の薬草を飲んでるんだからな」

 

 レクテューレ先輩は子供の頃から病弱な体質だったが、俺と出会ってからは普通の元気な女の子に変わっていった。

 あまり知られていないが、俺は料理の次に医薬や魔法薬作りが得意だ。

 古代から現在に掛けての薬学の知識を持っているし、天脈竜の背で採取した薬草の栽培にも成功している。

 自分の複雑な体に比べたら、人間の病を治すことくらい簡単だ。

 

「子供も生まれたぞ。先輩そっくりの可愛い女の子だ」

 

 俺は結界に小さな穴を開けて、そこに赤ん坊を抱く先輩の写真を入れる。

 マハトは特に驚きもせず、ただその写真を受け取った。

 その穴はすぐに閉じたが、マハトはそれに文句も言わず写真を見つめている。

 

「確かにそっくりだな。しかし耳はデンケン様似だ」

「坊主のあの目つきが遺伝しなくてよかったよ。ちなみに、名前はお前が昔考えたやつが採用されたぞ」

「あれか……ただ戯れに語り合っただけの名前だったのにな」

 

 今は黄金と化した屋敷のバルコニーで、先輩の子供が生まれたらどんな名前を付けるか、気まぐれに話し合ったことがあった。

 どうせ採用されないだろうと、マハトと暇つぶし程度の感覚で名前を出し合ったものだ。

 今思い返せば、まだ子供だった頃の先輩が近くで本を読んでいたな。

 

 まあ、本当の第一希望だと男の子だったらマハト、女の子ならリーヴェリットだったそうだが、それはデンケンが頑なに許さなかったらしい。

 

「坊主にとっては俺たちは倒すべき魔族だろうが、先輩にとっては今も変わらず、ただのマハトとただのリーベみたいだな」

「……そうか」

 

 マハトは微笑みを浮かべた。

 魔族特有の張り付いたような笑みではなく、自然な表情だ。

 

 俺はマハトの腕に付けられた”支配の石環”に視線を向けた。

 神話の時代、賢者エーヴィッヒが作り上げたと言われる魔道具であり、この世界で唯一魔族の心を支配することができる代物。

 俺の持つ女神の視界と同様に、複雑かつ膨大な量の構築式が刻まれている。

 だが、魔法の論理的解明を捨てた最も原始的な魔法だ。

 正直、こういうデタラメな魔法はあまり好きではない。

 

 支配の石環によって、マハトに掛けられた支配の内容は単純だった。

 ヴァイゼの民に仕え、悪意を抱いてはならない。

 破れば、その瞬間に装着者は死に至るだろう。

 

 俺は鼻で笑った。

 

 魔族のことをろくに理解もしていない誰かが考えた命令なのだろう。

 グリュックならば、これが安全装置として機能しないことを知っていたはずだ。

 元より、ここ何年も続いてるマハトの奔走は、魔族に欠落した悪意と罪悪感を知るためのものだった。

 本当にバカな命令だ……現に、マハトはヴァイゼを黄金に変えてもなお生きている。

 

 結果に落胆しているだろうと思って足を運んだが、どうやらそれも杞憂だった様だ。

 

「さて、マハト。人間の親友とヴァイゼを黄金に変えてもなお、お前は悪意を感じなかった……次はどうする?また新しい親友を作って試すか?」

 

 マハトは写真を懐に仕舞い込んだが、笑みは崩さなかった。

 

「リーベ、俺はヴァイゼの民に仕えよと命令された」

「ああ、知っている」

「ならば俺は、デンケン様の師であり、打ち倒すべき敵として、あの方の前に立ちはだかる必要がある。それがグリュック様から下された命令だ。この結界が解けようが、デンケン様が存命の間はここに残るつもりだ」

 

 マハトは振り返り、黄金と化したヴァイゼを一瞥する。

 その表情はとても穏やかなものに、俺には感じられた。

 俺もつい、釣られて笑ってしまう。

 

「そうか……楽しみだなマハト。デンケンはきっとお前を討ち亡ぼす魔法使いになるぞ」

「ああ、楽しみだな」

 

 子供の成長を待つ大人のように、俺たちはただ笑い合った。

 

 

 

 

 

 小高い丘から見えるヴァイゼは離れていても輝きを放っていた。

 結界に掛けられた強力な認識阻害で、普通の人間なら視認することは敵わないが、人の口に戸は立てられないものだ。

 噂を聞きつけた人間たちが、火の明かりに引き寄せられた羽虫のようにやってくるだろう。

 結界は魔族に特化した作りになっていたから、人なら結界を越えられるかもしれない。

 まあ、入ったら最後、誰1人として生きては帰れない。

 

 結局、マハトはヴァイゼを黄金にすることを選んだ。

 以前のマハトはどうせ死と同じ状態だと結論付けたが、それは違う。

 大事なものを壊すのと、それを遺すのとでは全く異なる。

 おそらく無意識の選択だろうが、マハトはもっとも痛みを伴わない方法でヴァイゼとの幕引きを選んだ。

 

 言うなれば、悪意と罪悪感の手前の感情。

 故に、支配の石環は発動しなかったのだろう。

 まあ、変容した魔族の魂では正常に機能しなかった可能性もなくはない。

 魂に関しては現代に至っても分からない未知の領域だ。

 

「アウラなら分かるかもな……でもあいつ、割と感覚派なところがあるからなぁ」

 

 アウラは未だに、俺を支配することを夢見ているらしい。

 だから俺はまだあいつを避けているが、いずれは会わなければならないだろう。

 

「まあ、行くなら早い方がいいか。魔族でも時間は有限だ」

 

 あの結界を張った魔法使いたちはマハトの寿命を待っている。

 人類の中でマハトを討ち滅ぼせる魔法使いは極めて少数の傑物だけだ。

 その傑物がマハトを滅ぼす意思がなければ、時間による消耗戦が一番勝率の高いものになる。

 無論、100年や1000年規模の長さになるだろうが、それでも確実だろう。

 

 それに、それだけの期間があればマハトの万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)を解析できるかもしれない。

 あの人を殺す魔法(ゾルトラーク)ですら、今や解析し尽くされ、人類の魔法体系に組み込まれてしまった。

 装備による魔法耐性も格段に向上し、今や一般攻撃魔法として呼ばれている。

 腐敗の賢老が封印から目覚め、今の時代を見たらどう思うだろうか。

 

「人間の躍進とは凄まじいな……あんたはどう思う?」

 

 俺は、背後に立つ”エルフの女”に訊ねた。

 背後に立たれる瞬間まで、全く感知ができなかった。

 こうして背後を取られたのは、いつかのフレメさんの墓以来だ。

 

「不本意だが、同じ意見だな」

 

 エルフは抑揚のない平坦な声で返答した。

 

 目深に被ったフード越しからも感じられる圧倒的な魔力量。

 フリーレンが普段制限している魔力と同等の魔力だろう。

 だが、本能的に背後のエルフの方が格上だと分かる。

 

 俺は再び、ヴァイゼに視線を向けた。

 

「近くの小屋にいた魔法使いが伝令を放ったか。数分とはいえ、結界の近くに居座り過ぎたらしい……まあ、それにしたって、お前ほどの魔法使いが応援に来るほどの事態ではないだろうにな」

レルネン(あの子)が応援を寄越したんだ。それなら私しか対処できない相手ということだ」

「過分な評価だな。あんたもそう思うだろう?」

「たしかにいくらか拍子抜けだ。匹夫の野盗のように逃げの一手か」

 

 こうして話している間にも、俺はあらゆる精神魔法を使っていたが、エルフには効果がなかった。

 フリーレンには効果があったことを考えると、おそらくは高度な精神防御か、精神魔法に対する防御魔法を複数習得しているか……最悪、その両方の可能性もある。

 

 そうなると逃げる手段はほぼ失ったに等しい。

 あいにく、俺は残影のツァルトのような物理転移系の魔法を持っていなかった。

 この場で作れなくもないが、その隙も与えてはくれないだろう。

 

「そうだな、俺は卑しい魔族だから逃がしてくれ」

「逃す必要があるか?」

「ないな……でも、それにしては会話に付き合ってくれるじゃないか。それだって必要のない事じゃないのか?」

「そうだな。私もすぐに始末するつもりだった……だが、お前の”体”に興味が湧いた」

 

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 なぜか、今は亡き誰かを思い出してしまう。

 

「驚いた。エルフってのはみんな性欲が薄いものだと思ってたよ」

「なるほど、分散した神経細胞が独自の脳の役割をしているわけか。検索と処理速度に特化しているのも頷ける。魔法使いと言うより、杖か魔道具だなお前は」

「……」

 

 おまけにその誰かと同じセリフを喋り出している。

 出来の悪い悪夢でも見ているかのような錯覚すら感じてきた。

 俺は敵の前で思わず頭を抱えてしまう。

 

「俺を剥製か杖にでもするつもりか?」

「それもいいがな。でも、お前……」

 

 

万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)の解除方法を知っているな」

 

 

 動揺は見せなかった。

 最近、緩んできた表情筋が昔のように固くなって行くのを感じる。

 仕事時代の精神環境に戻って行くようだった。

 

「どうして分かった?精神防御を抜けられた感覚はなかったが」

「確かにお前の精神防御の構築力は凄まじいな。だが、これは魔法ではない……私の”直感”だ」

「……ますます昔の上司を思い出す」

 

 俺は首を横に傾け、軽く関節を鳴らす。

 最近は研究作業ばかりで、体がひどく鈍っていた。

 実戦なんて久方ぶりだろう……それが敗走前提のものというのは実に面倒だ。

 

 逆に目の前のエルフは、俺の様子を見て口角を釣り上げている。

 肌を刺すような強大な魔力から、リヴァーレのような典型的な戦闘狂の雰囲気を感じた。

 本当に、魔王様と再会したような気分だ。

 

「どうする?情報をくれるなら優しく扱ってやるぞ」

「実験動物としてだろ。まあ、そうだな……とりあえず、戦ってから決めるか」

「上上だ」

 

 建前だけの交渉を吐き捨て、俺は魔力の膜で全身を覆った。

 エルフは無防備にも棒立ちのまま待っている。

 まるで、どうぞお先にとでも言っているような構えだ。

 

 

魔力を尖らせる魔法(スピーニアド)

 

 

 魔力の膜を無数の針へと形状変化させ、ただ前方へと針を噴射する。

 今回は精密射撃は捨て、量と密度を底上げした魔力の弾幕だ。

 大抵の魔法使いなら易々と塵に帰す。

 

「ただの魔力の塊。まあ、魔法の構築式に頼らずにここまで操れる奴は久しいな」

 

 だが、立ち込めた土煙を払い、無傷の姿のエルフが現れる。

 魔力で穿たれて大きく窪んだ地面から、こちらを見上げていた。

 

「やはりその膨大な魔力に阻害されるか。本当に、上司との初戦を焼き直ししてる気分だよ」

 

 元より、この攻撃が有効打になり得ないことは分かっていたことだ。

 それでもいくらかの手傷を負わせられるか期待はしていた。

 やはり古いやり方というのはいつまでも通用しない。

 

 まあ、おかげでいくらか戦いやすい環境にはなった。

 この”新しい魔法”は魔力を尖らせる魔法(スピーニアド)と比べるといくらか速度が劣る。

 空を飛べるならともかく、飛行手段のない人類にとってそこは死地だ。

 

 魔法はイメージの世界だと誰もが言うが、だからこそ、おのずとこの形になったのだろう。

 

 

触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)

 

 

 俺は背から黒く光るタコの触腕を伸ばす。

 幅にして2メートル。

 長さは魔力を注いだ分、無限に伸びる魔法の触腕だ。

 

 ブンッ。

 

 エルフは防御魔法を展開するが、すぐさま真横へと避ける。

 鞭の如く振り下ろされた触腕が防御魔法を容易く粉砕し、地面をバターでも掬うように抉り取った。

 

「……なるほど。大部分が高密度に圧縮されたゾルトラークの塊。それに数百の魔法が組み合わさっているわけか」

「ご名答。クヴァールとは個人的な親交があってな、勝手だが覚えてしまった」

 

 エルフの洞察力を手放しで賞賛するが、俺は内心ではいくらか動揺していた。

 フリーレンでも解析に一ヶ月は掛かるほどの構築式の量と複雑さを、この一瞬で見破られたのは痛い。

 やはり、目の前のエルフはフリーレンよりも格段に上の魔法使いだ。

 

 状況としてはこちらが有利に立ち回っている。

 だが、それでも後手に回っているエルフとの差は大きく開いていた。

 消耗戦には向かない相手だ。

 

 余裕の表情を浮かべるエルフは、広角の上がった口を開く。

 

「確かに人間の魔法使いならこれを防ぐ手段はないな。だか、避けられない速度でもない」

「そうだな。戦士でもない魔法使いでもいくらか避けられる程度の速度だ」

 

 実際、この魔法は攻撃魔法ではなく、攻防一体を目的にしたものだ。

 ソリテールやリヴァーレが魔力を壁にする魔法(ウォルマナマリア)を紙くず同然に砕くから、何十年か前に現代の魔法理論とソリテールから教わった人類の魔法で作り直した。

 まあ、これだと殴った相手も怪我するから結局お蔵入りになっていたのだが、ここで役立つとは皮肉だな。

 

 俺は苦笑しながら、エルフに言う。

 

「でもな、タコってのは”8本”なんだよ」

 

 俺が残りの7本の触腕を伸ばすと、エルフは目を見開いた。

 エルフは複数の攻撃魔法を放ったが、触腕はそれらを全て防ぎきる。

 この触腕には防御魔法も複数組み合わさっていた。

 

「8本同時、そしてこの地形なら逃げられないだろう」

 

 高密度のゾルトラークで構成された触腕が窪んだ大地ごと覆い込んだ。

 逃げる隙間など一切ない。

 あとは中のエルフを追い込み、触腕で締め上げるだけだった。

 

「惜しかったな」

 

 だが、触腕に覆われた場所から声が発せられた。

 同時に、触腕を通して異様な感覚が俺を襲った。

 

 空気中に黒い粒子が漂い始め、エルフの周囲の触腕が消失していく。

 これは魔物や魔族が死ぬ際に生じる分解された魔力の残滓だ。

 気づけば触腕にぽかりと穴が開けられていた。

 

「防御魔法……いや、解除したのか」

「複雑だが、ほとんどが人類の魔法で構成された魔法だ。ゾルトラークも今や人類の魔法でもある。知識と能力さえあればできないことではないだろう?」

「言うがやすしだな」

 

 俺が馬鹿げた魔法を作り、その理論を教えても、いつも皆が口を揃えて言う。

 それが有言実行できるなら、それはもはや全能だと。

 考えたくはないが、今対峙している相手はまさにそういう手合いらしい。

 

 ならば、魔法使いの基本的な弱点で攻めよう。

 

 

墨に変える魔法(トゥーシェソートス)

 

 

 触腕を粒子に分解し、黒い墨の霧を生成する魔法……いや、正確に言えば密度を変えただけの状態変化だ。

 ゾルトラークの粒子だから吸い込めば死ぬが、触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)を解除できる相手には通用しないだろう。

 だが、目くらまし程度にはなる。

 

「逃げる気か?」

「そうはさせてくれないだろう?」

 

 俺はエルフの背後から手刀を一線に放つ。

 だが、しゃがんで避けられたようだ。

 続けざまに回し蹴りを放ったが、ギリギリのところで躱される。

 

「声を掛けたとはいえ、魔法使いが背後からの奇襲を躱すか。何だかリヴァーレを思い出すな」

「ほう、徒手空拳もいけるのか」

「昔、どこかの悪役令嬢が護身のために教えてくれたんだよ」

 

 リーヴェリット時代に仕込まれたルヴィア嬢直伝の淑女の嗜み(対人格闘術)

 流石にルヴィア嬢レベルまでの技量は持ち合わせてはいないが、記憶している技はトレースできている。

 加えて、あの魔力の擬似回路による肉体操作と肉体強化の魔法も使っていた。

 一流の戦士とまではいかないが、それでも魔法使いには通用するレベルだろう。

 

 だが、どういうわけかエルフ相手には見切られているらしい。

 今この瞬間にも複数の技を放っているが、ことごとく往なされている。

 

 他者の魔力の中では魔力感知は機能しないだろう。

 このエルフが凄腕の戦士である可能性も低い。

 なにより、この既視感のようなものは……。

 

「ああ、未来視か」

「ご名答だ」

「ぐえっ」

 

 一瞬の隙を突かれてカウンターを鳩尾に食らう。

 ソリテールほどの威力ではないが、普通に痛かった。

 

 昔、魔王様の余興でシュラハトと手合わせしたことがあったが、今の状況と似通っていた。

 あの模擬試合では俺に勝ち筋がなかったからすぐに降参したな。

 正直、できることならこの戦いも降参したいところだ。

 

「一応、俺の精神防御は未来視や過去視にも反応するはずなんだがな」

「らしいな。手持ちの未来視の魔法ではお前を観測できなかった。だから、私自身の未来を観測している」

「それはズルくない?」

 

 意外な裏技だが、それなりの実戦経験がなければ思い付くものではない。

 技量もさることながら、戦闘の経験値の差を如実に感じる。

 まあ、未来視の魔法については、このエルフよりもシュラハトの方が格上だったのは、長い付き合いの俺にとっては嬉しかった。

 

 エルフによる解除が進んだ影響で墨に変える魔法(トゥーシェソートス)の霧が晴れていく。

 故に、それは必然から生まれた偶然だった。

 

 雲間から光が差すように、エルフに陽光が降り注ぐ。

 エルフに一瞬の隙が生まれたが、有効打になりえる攻撃がない現状、俺は後退を選んだ。

 

「どうした?戦いはもうこれで終わりか?」

 

 窪んだ大地から這い上がると、向こう側の縁にエルフが立っていた。

 予想していたが、やはり物理転移の移動魔法を持っているらしい。

 なら、物理転移の魔法を作り上げたとしても意味はないだろう。

 手数の多さもエルフの方が多いとなると、打つ手はほとんどなくなる。

 

「そうだな……最後のこれが通用しないなら詰みだな」

「ほう、まだ手が残っているのか。本当に面白い、次はどんな魔法を見せてくれるんだ?」

「……やっぱり邪悪なエルフだろお前」

 

 一応、あれは人類に分類されるとは思うが、一瞬だけ魔王様と見紛うてしまった。

 魔王様の素顔なんて最後まで見たことはなかったが、多分、目の前のエルフと同様に広角を上げて笑うのだろう。

 絶対的な強者だけが浮かべる貪欲な闘争心と戦いの愉悦の表情。

 これではどっちが魔族か分かったものではない。

 

「悪いが、多分好みの魔法じゃないぞ。”原始的”な技だ」

 

 俺は魔族特有の黒い魔力を右手に集中させていく。

 触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)がゾルトラークの構築式の密度で構成されたものならば、これは魔力操作によって魔力そのものを圧縮して密度を上げる技術だ。

 

 イメージとしては雑巾を絞り込むようなもの。

 球体がねじれ、細い螺旋状へと形状が変化していく。

 膨大な魔力量を無理やり圧縮することで、魔法ではない物理現象として周囲の空間までも湾曲させる。

 

(0.5……いや、10%が限界だな。これ以上込めるとこっちも無事じゃ済まない)

 

 俺は魔王様に言わせれば二流の魔法使いだ。

 だが、この体の特異性と魔力操作に関してはよく褒められた。

 これは魔族の頂点が認めた、魔力操作の極致に至った技と呼べる。

 

 最大の問題点としては、発動させるまでの時間、あらゆる魔法が使用できなくなる。

 正直、実戦でこれを使ったのは一度だけだ。

 だが、こうして待ち構えてくれる相手には有効的だろう。

 

「……素晴らしい」

 

 完成した物体を目にし、エルフの口角がさらに釣り上がる。

 球体の原型はなく、螺旋状にねじれた矢じりか槍を思わせる形をしていた。

 個人的には矢というより、槍のイメージだ。

 

 俺は神話の武器に倣って、それをこう呼んでいる。

 

 

全てを貫く魔法(グングニル)

 

 

 俺はなおも笑みを浮かべているエルフに向かってそれを解き放った。

 

 音を置き去りにする亜光速の閃光する槍。

 螺旋状の魔力の槍は全てを穿ち、脳の演算能力を駆使した投擲は目標に必中させる。

 逃げようとしても、周囲の湾曲する引力で動くこともままならない。

 

 神代の魔法使いですら殺し得る一撃が、国を揺らした。

 

 時間にすれば刹那の一時。

 俺の脳はその光景を鮮明に記録する。

 

 それはエルフの強固な防御魔法を穿ち、大地を竜のように抉り食い、山脈に風穴を開けた。

 雲を引き裂き、空に上がってもなお、その槍の勢いは決して止まらない。

 数秒も経たぬ内に、それは宙の星々の海へと消えていった。

 

 

 ドンッ!

 

 

 音速の壁を超えたことによって生じる衝撃と轟音が遅れて発生し、周囲の山々にけたたましい音が木霊する。

 魔力で耳を覆えなかったから、それをもろに聴覚に食らった。

 おそらく鼓膜が片方破れているだろう。

 

「本当に扱いづらい技だ……2度と使いたくはない」

 

 射角を間違えれば、あれはトートのいる北部高原まで飛んで行った。

 攻撃魔法にしてはあまりにもオーバースペック過ぎるし、何より目立ち過ぎる。

 おかげで周辺の騎士や魔法使いが集まってくるだろう。

 

「…っ……さすがに、疲れるな」

 

 額から玉のような汗が溢れてくる。

 久しぶりの大技で流石に体が堪えたらしい。

 俺はハンカチを取り出し、汗と共に流れる鼻血を拭った。

 

 

 

 

「敵を前によそ見か?」

 

 

 

 

 

 触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)を出す前に、体を謎の圧力で締め上げられ、拘束された。

 巨人の手の中で握り込まれてるような感覚だ。

 

 それなのに、この現象に対して一切の魔力を感じられない。

 俺にはどうしてもこれを魔法とは認識できない。

 人類の概念で言えば、これは人類が扱う”呪い”だ。

 

「驚いた……あれを食らって原型があるのか」

 

 俺は背後から迫る血まみれのエルフに、まるで化け物でも見るかのように眉を潜めた。

 どうやら直撃は避けたようだが、逸らすので精一杯だったらしい。

 胸の中心から右肩に掛けて大きな裂傷と、衝撃で体の端々も出血していた。

 それでもエルフはなお、心底嬉しそうに笑みを浮かべ続けている。

 

「良い一撃だった。あれは、神話の時代でも届き得た魔法だ。誇って良いぞ」

「そう、かいっ」

 

 触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)を出そうとするが、どういうわけだか発動ができなかった。

 おそらく、この呪いによる圧力によって体外に魔力が排出できないようだ。

 まるで素手で鷲掴みされるタコの気分だな。

 

「これで終いにするのが惜しいくらいだ」

 

 体に掛けられた圧力が変化し、俺の体が持ち上がる。

 そして、まるで投げつけるように地面に叩きつけられた。

 

「がはっ!」

 

 衝撃で肺の中の空気が全て抜け、脳が激しく揺れる。

 痛みという感覚よりも、先に意識が途切れそうだった。

 

 仰向けに倒れる俺の体に、エルフは馬乗りになって跨る。

 そして、両手を首に掛けた。

 

 俺は体内の魔力を首に集中させる。

 体外に魔力を放出できないだけで、魔力操作だけなら可能だ。

 だが防御魔法でもない魔力による防御だ……そう長くはもたない。

 

「さすがに喉は潰させてはくれないか……仕方がない、反抗できない程度には痛めつけよう」

「お前、本当に人類、か?」

 

 自分に跨るそれが殊更魔王様に見えてくる。

 強いて違いを挙げるなら、魔王様はあの一撃を受けても無傷だったことだろう。

 血が出るということは、これは倒せる部類の相手だ。

 まあ、俺には無理だろうが……最後まで醜く足掻いてやろう。

 

 ちょうど”10秒”経った。

 

「狩人が……」

「ん?」

 

「獣の言葉を、信じるなよ」

 

 

 触腕を出す魔法(ルルイエテンタクルス)とは違い、これは体内で魔力操作が完結する魔法だ。

 一番使い慣れた魔法を、俺は発動させる。

 

 

○○○○○魔法(○○○○○○)

 

 

 フードがめくれ上がり、俺の素顔を見て硬直するエルフに魔法を干渉させる。

 その反動は、今までとは比べものにならないほど激しい。

 

「がっ!げほっ!」

 

 体内のあらゆる箇所が軋み、脳が悲鳴をあげて異常な熱を帯びる。

 血管が裂け、目や鼻の穴から血が流れ、食道からも血が逆流して吐血する。

 数時間はまともに魔法が行使できない状態だ。

 

 それだけの犠牲を払ったとしても、エルフには効きなかった。

 

「……興ざめだな。それは私がもっともよく知る魔法理論の1つだ」

 

 落胆するエルフの声だけが聞こえた。

 目が血に濡れ、視界がほとんど機能しない。

 

「そう、だろうな。今までのものより古く、構築の雑な魔法だ。どうせ効かないだろうから取っておいただけに過ぎない」

 

 成功したとして、”拒絶反応”で死ぬ可能性もあった。

 何せ、魔力を制限した状態でフリーレンと同等の魔力量なのだからな。

 本当に恐ろしいエルフだ。

 

「確かに、無理やり継ぎ接ぎにしたような粗さだ……お前ならいくらでも改良できただろうに、どうしてそんな効率の悪い魔法を使った?」

「どうしてか……どうしてだろうなぁ」

 

 面倒だったから、興味がなかったからと、昔のように怠惰なことを吐き捨てようかと思った。

 だが、この魔法はあまりにも多くの時を共に過ごしすぎた。

 俺は最初に思いついた言葉を反射的に言ってしまう。

 

 

「多分これは、ただの感傷だ」

 

 

 ”あの人”がくれた物は、もうこの時代にこれしか残っていない。

 それを人間の子供みたいに、大事にとっておきたかったんだろう。

 これから殺されるかもしれない状況だというのに、なぜかひどく穏やかな心持ちだ。

 

「不思議な奴だな。魔法の極みに近いくせに、使うのは魔力操作と人類の魔法が大半。お前ならきっと、万能の願望でさえ叶えられる……だが、魔法使いとしてもっとも重要な傑出が欠けている。お前には新しい物を生み出す才能がない」

「ああ、上司にもよく二流だと言われた」

 

 エルフの手が俺の頬に添えられる。

 肌の感覚は覚えろげだが、ぼんやりとした感触が伝わった。

 

「さて、お前の命は私の手の中だ。私がこの指先を動かせば簡単に殺せる」

「そうだな」

 

 どうやら年貢の納め時が来たらしい。

 結局、時間旅行もできずに俺は死ぬようだ。

 未来への収束というのも、案外当てにはならないな。

 

 俺にはここからどうやっても助かる未来など思い浮かばなかった。 

 

 

「だが、気が変わったよ……お前、私の”弟子”になれ」

 

 

 だが、やはり未来というのは収束するらしい。

 俺はその言葉に耳を疑った。

 

「最近は人間の魔法使いが少なくてな。1級魔法使いの数も揃っていない、猫の手でも借りたいくらいにな」

「……そういえば、デンケンから聞いたな。大陸魔法協会とかいう組織ができたとか、創設者はたしか……」

「ゼーリエだ。お前の名は?」

 

 ゼーリエ、あの時代でも聞いたことのある名前だ。

 マハトは知らないだろうが、俺はその名をよく知ってる。

 神話の時代の遺物……道理で太刀打ちできないわけだ。

 

「リーベ……再就職か、ブラックな所はもう嫌なんだけどな」

「良かったな、うちはホワイトだぞ。でも、お前は魔族だから逆らったらすぐ殺すが」

「……はぁ」

 

 ますます以って魔王様を思い出させるエルフだ。

 やはりエルフにはろくな奴がいない。

 

 呪いの拘束が解け、ようやく体が楽になる。

 回復魔法も使えない状態だから、応急処置として物理的な止血と手持ちの薬で済ませた。

 

 視界も晴れ、こちらの顔を覗き込むゼーリエの表情と向かい合う。

 さっきとは打って変わって、なぜか感傷に浸ってるようだった。

 何を思っているかは知らないが、こっちは最悪の気分だ。

 

「まるで邪悪なエルフに身売りする気分だよ」

「はっ、昔とった弟子にも言われたな」

 

 面倒だが、これも運命か。

 しばらくはまた社畜生活になるだろう。

 ますますお前が恋しいよ、シュラハトよ。




リーベ「デンケンてめぇ!先輩を泣かせるとは何事だ!殴り合いじゃー!ぐえー!」
デンケン「お前は魔族のくせに容易く帝国に入ってくるな」
リーベ「くっ、結婚記念日に休暇も取れない男に言われたくはない!」
デンケン「……なるべく早く帰ると伝えておいてくれ」
リーベ「いや許さん!仕事なんて放って帰ってこい!」
デンケン「誰のせいで仕事が増えてると思うんだ?」
リーベ「え?」
デンケン「フラーゼがな、俺のところにまで来て苦言を呈してきた。帝都内で謎の魔族が出没している可能性があるとな」
リーベ「……」
デンケン「……」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。