小説の中でもじゃじゃ馬がじゃじゃ馬していてほっこり。
慣れない子育てに奮闘しているゼーリエがクソメロかった(吐血)
『誕生日会ですか?』
ヒンメルの言葉に、俺は珍しく眉をひそめた。
それはヒンメルとフリーレンが結婚してからすぐのことだ。
レクテューレ先輩が最近調子を崩していると聞いたので、特製の魔法薬を作っていたところ、ヒンメルが家に訪れた。
分量を間違えれば爆発しかねない精密な作業中だったので、推しのご尊顔を拝謁する喜びに打ち震える体を抑えるのは大変だった。
突然のヒンメルの訪問に喜びはしたものの、開口一番に突きつけられた話はあまり好ましい話題ではなかった。
『フリーレンの誕生日が近いからね。知り合いを招いて楽しく祝おうと思うんだ』
『それはいい考えだと思いますが……もしかして』
『うん、君も誘おうと思ってね』
やはりか、と俺はその場でうなだれた。
俺はヒンフリの伝道師を自称しているが、いわゆる関係性オタクであって、フリーレン個人を好いているわけではない。
むしろ、あのクソボケエルフは個人的には嫌いに入る部類の相手だ。
これまでも何度か顔合わせてはきたが、その度に口論をしている。
ヒンメルはそんな俺たち2人をどうにか和気あいあいとした関係にさせたらしい。
さすがのヒンメルの願いでもそれは無理な難題だった。
だが、ヒンメルは……。
『いいや、君たちは絶対に仲良くなれる』
『……その根拠は?』
『僕の”直感”がそう囁くのさ』
勇者のくせに、どこぞの上司と同じ台詞を吐く姿に目眩のようなものを感じてしまう。
その上、その生のご尊顔の輝きが合わさって失明しそうなほど視覚にダメージが入って来た。
視覚は遮断して、感知機能でヒンメルの存在を感じることにしよう。
『せっかくの祝いの席で喧嘩したくはないので遠慮しておきます……』
『多少なら無礼講として構わないさ』
『ま、魔族は誕生日を祝う習慣がないので……』
『なら、尚更経験してみるべきだろう』
思いの外、今日のヒンメルは強情だった。
是が非でも俺を誕生日会に連れて行きたいらしい。
推しには常に誠実でありたいと心がけているが、とりあえずこの場は口約束して、当日は何か理由を付けて断ろう。
『では、行けたら行きます』
『そうかそうか。じゃあ、指切りげんまんしようか』
『…………はい』
ちょうど断る理由ができたな。
誤って針を千本飲み込んで重体だから、誕生日会には行けません、と。
『ちなみにあいつの誕生日っていつなんですか?』
『○月○日』
『へえ、そうなんですか』
俺は動揺しそうになった表情を魔力で強制的に固めた。
何の因果か、フリーレンと俺は同じ誕生日らしい……まあ、俺のは正確な日にちではないが、それは大して問題ではない。
ヒンメルは魔族に誕生日なんて概念があると思っていないせいか、俺の誕生日については言及したことがなかったが、これを知られれば『それはちょうどいい!フリーレンと一緒に祝おう!』となりかねない。
そうなれば余計に断りづらくなってしまう。
だが、思わぬところで断る理由ができた。
『すみません。その日は用事があっていけません』
『ほう、僕の目を見て、もう一度それを言えるかな』
『俺の目が目玉焼きになるのでやめていただきたい』
俺の瞼をこじ開けようとするヒンメルの手を振り払う。
別にやましいことがあって目を開けられないわけじゃない。
太陽を間近で直視するバカはいないということだ。
俺は胸を張って断った理由を言う。
『その日、墓参りがあるんですよ』
俺の言葉に、ヒンメルは一驚を喫した雰囲気を発した。
予想外の言葉というのもあっただろうが、魔族が墓参りをするなんて予想だにしなかったのだろう。
俺自身も、習慣でやり始めたこの行為が、千年以上も続くとは思わなかった。
まあ、魔王城に移住していた頃は距離や仕事もあったので、しばらくは足が遠のいていた時期もあった。
『そうか、それじゃ仕方がないか』
『……その割には嬉しそうな声ですね』
『ふふ、そうかもね』
せっかくの計画がご破算となったのに、ヒンメルの声音はいつもより柔らかく、そして温かみを帯びていた。
きっと、目を開けたらヒンメルは至上微笑みを湛えているに違いない。
それはもはや太陽を凌駕するビッグバン級の輝きだ……全身が消し炭になりそうだな。
『やっぱり、君はフリーレンと仲良くなれるよ』
感知能力越しにも感じられるコスモスあはれの波動に、俺はちょっと吐血した。
【勇者ヒンメルの死から29年後】
暁天に、明けの明星が浮かんだ時分。
俺は北部支部の資料室の中で軽く背伸びをし、身体中がぼきぼきと激しい音を立てた。
一晩中、資料室にこもって調べ物をしていたので、ひどく体が凝っていたらしい。
俺は魔道具のランタンを消してカーテンを開いた。
白んだ空から光が差し込み、ランタンの灯りよりも室内を照らしてくれる。
「まるで山頂の景色だな……」
オイサーストは湖に囲まれているため、この季節は朝霧が立って都市の周りを囲うのだ。
高い場所からそれを眺めると、まるで山頂から雲海を眺めているような気分になってくる。
俺は幻想的な風景を眺めながら、魔法瓶から熱々のコーヒーをカップに注ぎ、それを水でも飲み干すかのように胃の腑へと流し込んだ。
眠気覚ましに淹れたので、石油みたいに真っ黒でドロドロとした濃さだったが、味覚がないので特に何も感じない。
ただ何となく活力というか、眠気が飛んでいるような気はする。
ついでにお茶請け用のクッキーを摘んだが、これも咀嚼する感触だけが口の中に広がった。
ただ、普通のクッキーよりも滑らかな口当たりだったので、相当良質なバターや小麦粉を使っているらしい。
夜分に、受付嬢がわざわざ持って来てくれたものだが、どうやら来賓用に保管されていたもののようだ。
俺が料理にはうるさいという噂のせいだろうが、あいにく今の俺には食事はそこまで必要ない。
「勿体ないし、他の奴にやるか」
俺は感知能力で北部支部の施設内の気配を覗く。
流石に明け方なので人気はほとんどなく、あのゼーリエですら外出しているようだった。
諦めかけた俺は探知能力を切りかけたが、地下の方で見慣れた気配を見つけてしまった。
特別仲の良い相手ではないが、たまには茶飲話もいいだろう。
北部支部の地下には大陸魔法協会の魔法使いだけが使用できる工房が存在する。
杖の手入れや魔道具の製作のために設けられた場所で、俺もたまにここで魔法薬などを作っていた。
だが、魔法都市と言うだけあって街中には腕利きの職人が多く、そこに発注する魔法使いの方が多い。
ここを利用している魔法使いは、俺と同じ1級魔法使いのあいつだけだ。
「よおレルネン、年寄りのくせに徹夜か?」
「あなたも人のことを言えないでしょう」
分厚い扉をノックもせずに開くと、立ち作業をしているレルネン……そしてゴーレムと目が合う。
レルネンの目の前には筋骨隆々としたゴーレムが立っており、それが細い体の老人と並ぶ光景は中々にシュールなものだった。
レルネンがぽんっとゴーレムの肩を叩くと、それは地面に片膝を着き、徐々に小さくなっていく。
ネズミほどの大きさまで縮んだら、レルネンはそれを三角フラスコに入れてコルクで封をした。
「脱出用のゴーレムか」
「ええ、選抜試験用にゼンゼから頼まれましてね。そちらは何をされていたので?」
「ちょっと調べ物をな……それはそうと、お前、甘いものは大丈夫だったよな」
一瞬、レルネンから猜疑心を含んだ視線が向けられたが、俺が持っているクッキー缶を見て得心がいったようだ。
「それ、来賓用の最高級の茶菓子ですよ」
「賞味期限が近いからって、受付の子から貰ったんだよ。捨てるのも勿体ないから一緒に始末しよう」
俺は皿とコーヒーカップを取り出し、乱雑とした机の上でささやかな茶会を開いた。
普段なら机の上を片付けてとっておきのティーセットを出していただろうが、レルネン相手なので気兼ねなくやらせてもらおう。
「……このコールタールのようなどす黒い液体は?」
「知らんのかレルネン。これは大人の飲み物コーヒーだ」
「私の知っているコーヒーの数十倍の濃さなんですが」
レルネンがコーヒーに口を付けると、珍しく柔和な表情をひどく歪ませる。
眠気覚まし用にただ濃さを追求したコーヒーなので、その苦さは想像を絶するもののようだ。
ミルクと砂糖をなみなみとぶち込んで、ようやくレルネンはちびちびと飲み始めた。
「脳にガツンと来る味ですね。クッキーにも合う」
「それは良かった。だが、よく考えたら……これ飲んだら、たぶん昼間寝れなくなるな」
「……」
「ごめんて」
レルネンから向けられる殺気を浴びながら、俺は涼しい顔でコーヒーを啜る。
魔王様やゼーリエの殺気に比べたら可愛いものだ。
「しかしまあ……そろそろここも整理しないとな」
俺はざっと室内を見渡した。
埃に塗れた魔法の触媒となる生物や鉱物の標本、おどろおどろしい瘴気を漂わせる魔物の素材。
魔法薬の素材となる薬草は天井付近に吊るされ、そこには蜘蛛が大きな巣を張っている。
床に散らばる書きなぐったような悪筆のメモ用紙は、何度も踏まれて床と同化してしまった。
改めて見ると中々にひどい有様だ。
俺もレルネンも熱中してしまうと他のことが疎かになるタイプなので、片付けは苦手だった。
年末も近いことだし、近いうちに1級魔法使い全員で工房を片付ける必要があるだろう。
ここには一般の職員では扱いきれない危険な素材が多い。
大掃除までには、工房の大半を陣取っている”巨大なゴーレム”を完成させて貰いたいところだ。
入った瞬間、妙に狭いと思ったらあれが工房内を占領していた。
レルネンが作るゴーレムはいつも大男くらいの大きさだが、このゴーレムは小さな家なら踏み潰せるほどの大きさだった。
「こっちはデンケンのために作ってる奴か?」
「そうです。まあ、あのマハト相手では時間稼ぎにもならないでしょうね」
「ああ、瞬殺だな」
今期の選抜試験者の名簿にデンケンの名前が載っていた時点で薄々は感づいてはいた。
あの腰の重いクソ坊主が動いたということは、誰かからの後押しもあったはずだ。
レルネンは1級魔法使いになる前、とある国で宮仕えの地位にまで上り詰めた武闘派の魔法使いだった。
普段から物腰が柔らかそうな風貌をしているが、その地位にたどり着くまでに魔法の才覚で他者を圧倒してきたのだろ。
だが、政や腹芸に関しては拙く、対人関係も良好とは言えなかった……当然、やっかみや政敵の計略に掛かって失脚したらしい。
その当時の同期の宮仕えがデンケンであり、デンケンは最後までレルネンを助けようと上層部に掛け合っていた。
2人は仲が良く、デンケンは酒の席で先輩とのノロケ話や俺への愚痴をよくこぼしていたそうだ。
そのせいかレルネンとは初対面の頃から距離を置かれてしまい、不意に俺がデンケンとゼーリエの悪口を吐露してからは半世紀以上も塩対応をされている。
多分、失脚したのはそういう融通の利かない性格のせいだろうな。
「まあ、せいぜいがんばれ。俺の知り合いだからってマハトは手を抜かないぞ」
「元より期待などしていませんよ」
「そうか……じゃあ、そろそろ退散するか」
間者の真似事をするつもりは一切ないが、マハトの関係者である俺がいたらゴーレムの開発も進まないだろう。
俺はクッキー缶を置いて出入り口へと向かった。
「リーベ」
珍しくレルネンから名前を呼ばれて振り向くと、何やら小さい棒状のものを投げつけられる。
魔力の触手で掴んでみると、それは万年筆だった。
「……何だこれは?」
「万年筆ですよ。私が帝国にいた頃に買ったものですが、結局使わずにしまっておいたので新品同様の状態です」
「見たらわかる。何でそれを投げつけたんだ?」
「差し上げます。だって、今日は”誕生日”なのでしょう」
俺は予想外の返答にポカンっと呆気に取られた。
俺の誕生日を知っている者はわずかながら存在するが、大陸魔法協会のメンバーでそれを知っている者はいない。
勘の鋭いゼーリエなら知っていてもおかしくはないが、それを他者に口外するとは考えづらいし、ゼーリエから祝われたこと自体一度もない。
そうなると考えられる可能性は1つだ。
「フリーレンたちか」
「ええ、あなたへの誕生日プレゼントのアドバイスを訊きにやって来られましたが、逆に我々が驚かされましたよ」
「お前の耳に入っているくらいだ……ほぼ全員に知れ渡っているか」
面倒だな、と内心で悪態をつきながら頭をもたげる。
誕生日を祝われること自体が億劫なのに、職員全員から諸手を挙げて祝福されるなんてただの拷問だ。
しばらくは郊外の森にでも隠れるか。
「まあ、お前のプレゼントのチョイスは良かったよ」
半永久的に使えるペンだから万年筆……随分と大言壮語な名前だ。
流石に1万年も使えはしないだろうが、俺が生きているうちは問題なく使えるだろう。
魔道具に変えてしまえばもっと長くもつだろうが、せっかくの贈り物に手を加えるというのは風情がない。
「死ぬなよレルネン。これのお返しをしなきゃならんからな」
俺は別れ際にそんな言葉を吐きながら、工房を出て行った。
横目でかすかに映ったレルネンの口元は、気のせいか笑っているように思えた。
支部の裏口から出ると、北側諸国の冷たい外気が顔に触れる。
外套のおかげで大して寒くは感じないが、人間にはそこそこ堪える冷気だろう。
朝焼けの空が街を赤く照らすと、まるで都市全体が冷たいのに燃えているような奇妙な錯覚を覚えた。
不意に、その光景がどこかの村と重なる。
あの村も、この色のように燃えていた。
(誕生日のせいだな……早速嫌な記憶が浮かんでくる)
記憶力が良いというのも考えものだ……忘れたい記憶すら完全に思い返してしまう。
アルコールは脳を萎縮させるというが、俺にはそこまで効果がないらしい。
まあ、効果があっても都合よく記憶が消せるものでもないか。
酒場を見ると、こんな時間帯でも開いている店がいくらかあった。
店の前で酒瓶を抱いたまま眠っている泥酔者や、千鳥足で店から出てくる赤ら顔の客。
この時間帯で外にいるのはこういう気の抜けた連中だけだろう。
だが裏を返せば、この都市がそれだけ平穏な場所とも言える。
「リーベ様?」
横から掛けられた言葉に振り向くと、支部の受付嬢をしているメガネの女性が立っていた。
何やら書類の束や、封蝋された封筒などを大事そうに抱えている。
「随分と早起きだな……”ウーフ”」
俺の言葉に受付嬢のウーフはその硬い表情をほころばせた。
ウーフは影が薄いせいかなかなか相手に名前を覚えてもらえず、周囲から『受付のメガネのお姉さん』という呼び名が定着している。
あの生真面目なレルネンですら彼女の名前を思い出すのに一苦労するそうだ……そこまでいくと、ある種の特異体質なのかもしれない。
ウーフの名前をまともに覚えているのは、俺とゼーリエくらいのものだ。
そのせいか、ウーフは自分の名前を呼ばれることを殊更に喜ぶ。
普段の機械的に業務をこなす姿からは想像もつかない喜びようだ。
「こほん」
ウーフはしばらく余韻に浸っていたが、すぐに気を引き締めて表情を戻した。
こういう堅実な姿勢から、俺もウーフには自分の正体を打ち明けている。
他に俺の正体を知っているのは1級魔法使いの同輩たちと、直属の上司であるゼーリエだけだ。
「徹夜されたのですか?」
「ああ、それなりに量があったからな……で、その封筒はもしや」
「はい、頼まれていたものです。聖都から速達で届きました」
「思ったより早かったな。ご苦労だった」
早速その仕事の早さに、俺はいつも通り内心でウーフを称揚した。
個人的には手放しで褒めてやりたいところだが、ここでの立場を考えるとただの職員1人に入れ込みすぎるのはよろしくない。
しかし魔族の俺が人間関係に苦慮するというのは、なんともおかしな話だ。
俺は手で封蝋を粗雑に引き剥がし、中の書類に軽く目を通し始める。
大きな都市というだけあってかなりの枚数が入っていた。
「リーベ様、訊いてもよろしいですか?」
「ん、何だ」
「何故……オイサーストとシュトラールの市民の”出生証明書”を集めているのですか?」
ここ何十年かに生まれたシュトラール市民の出生証明書の写しをパラパラとめくり、その枚数を確認し終えた俺は顔を上げた。
「どうしても知りたいのか?」
「……いえ、出過ぎたことを申しました。申し訳ありません」
「それでよろしい。お前は少し抜けたところもあるが、やはり優秀だよウーフ」
俺が名前を呼ぶと、再びウーフの表情が和らいでいく。
こういう可愛げのある隙は、ある意味では美徳とも言えるだろう。
「急がせたようで悪かったな。朝食も食べずに来たんだろう」
「いえ、ちゃんと食べて……」
ぐぅー。
「きま……した」
「……そうか」
表情と同じく、腹の虫の具合も緩んでしまったらしい。
隙があり過ぎるのも問題なのかもしれないな。
ウーフはいつもの仏頂面に戻ったが、顔は珍しく赤面している。
無理やり体裁を保とうとする姿が何とも哀れだ。
こんなに面白いところがあるのに、どうして名前を忘れられるのだろう。
「仕方がない。朝食くらいなら俺が奢ろう」
「い、いえ、それは流石に……」
「そんなに高い店じゃないから気にするな。どうせこの時間帯で暖簾が掛かってるのは大衆酒場くらいだ」
いつもなら手料理のひとつでも振る舞うところだが、徹夜明けで料理をする気力もない。
何度か足を運んだ酒場を見つけ、俺はウーフを連れて入っていく。
こんな時間帯でも数人の柄の悪い男たちがカウンターで飲み食いしていたが、俺は気にせずそいつらの隣に座った。
ウーフは店の客層に戸惑っている様子だったが、逡巡した末にカウンターに腰を下ろした。
「らっしゃい。何にしやしょうか」
頬に十字傷をつけた店主が、グラスを磨きながらぶっきらぼうに注文を訊いてきた。
俺は迷わず、この店の看板メニューを読み上げる。
「マスターの気まぐれ日替わりデザートセットを2つ」
「あいよー。デザートセット2丁」
俺とマスターとのやり取りに、ウーフのメガネがずり落ちる。
何やら勘違いをしていたようだが、若い女を連れて入る店だから当然ちゃんとした場所を選んだ。
ここは酒よりも、店主の作るデザートの方が美味しいと評判の酒場なのだ。
「くくっ、ここのデザートは絶品だぜ」
「ぐへへっ、このデザートこそが俺たち冒険者の活力の源なのさ」
隣の世紀末スタイルのモヒカン男やトゲ付き肩パット男もデザートに舌鼓を打っている。
可愛らしい料理に対して、相変わらずひどい客層だ……そのせいで隠れた名店になっているらしい。
店主がメレンゲを泡立てている間、俺は店内の雰囲気に戸惑っているウーフに話を振る。
「繁忙期なのに余計な仕事を頼んで悪かったな」
「いえ、確かに量はありましたが、それを全て確認されるリーベ様の方が大変でしょう」
「まあ、1人で確認しているからな。おかげで徹夜明けだ」
「手伝いましょうか?」
「さすがにそこまでは頼めんよ」
やんわりと俺は断ったが、実のところ、確認作業だけなら俺1人でやる方が早い。
一度見てしまえばそれを完全に記憶してしまうから、パラパラとめくって見るだけで内容は把握できる。
むしろ資料集めの方で時間を取られているくらいだ。
「リーベ様。少し訊きたいことがあるのですが」
「何だ」
「リーベ様にとって、1級魔法使いとはどういうものですか?」
突然の質問に俺は首を傾げた。
理由を訊いて見ると、どうやら1級魔法使い全員に同じことを訊いて回っているそうだ。
ゲナウは、平和のために他者を容赦なく切り捨てられる魔法使いであるべきだと答えた。
ゼンゼは、互いに背中を預けられる信頼すべき魔法使いであるべきだと答えた。
ブルグは、どんな状況でも不動でいられる強固な魔法使いであるべきだと答えた。
ファルシュは、ゼーリエの与える任務を滞りなく遂行できる魔法使いであるべきだと答えた。
レルネンは、その答えを未だに見出せなかった。
全員が三者三様の異なる答え出したのは想定内だが、改めて訊いて見るとそれぞれ個性的な答えだ。
同じ1つの概念に対し、こんなにも違った意見が出るとは興味深い。
「魔王軍との長い戦火の時代の洗練された魔法使い……と、答えたいところだが、これはゼーリエの言葉だしな」
概ね、その言葉と同意見だったが、ウーフの求めている言葉とは違うだろう。
俺は自分なりの言葉をひねり出すため、しばしの間、虚空を見つめる。
そして、不意に思いついた言葉をこともなげに呟いた。
「面白いやつかな」
「……はい?」
俺の答えにウーフは目を点にする。
突拍子もない言葉に、さすがのウーフも理解が追いついていない様子だ。
「強いかどうかは選抜試験の篩掛けで残った副次的な要素に過ぎない。その本質はゼーリエを満足させるほどの面白みのある人物かどうかだ。むしろ、あいつが面白がる魔法使いなら弱くたって構わないだろう……まあ、それでも最低限の強さは必要だろうが」
ただ強い魔法使いなんてものは面白くも何ともない。
どうせならとびっきりの個性派で、面白みのある奴がいいだろう。
ゼーリエの悠久に続く孤独を紛らわせるほどの、思い出すだけで笑みを浮かべるような愉快な弟子が、あいつの人生には必要だ。
「なら、きっと一番の1級魔法使いはリーベ様ですね」
褒められているのか、貶されているのか、微妙な言葉をウーフから投げかけられた。
狂ったように推し活を楽しんでいた時代の俺ならまだしも、今はわりとまともにやっていうつもりなのだがな。
「どうだろうな。その枠には永久殿堂入りしている超絶面白いやつがいるだろうから」
「その方は芸人か何かで?」
芸人というより、あれは珍生物のカテゴリーだ。
人間の形をしているだけで、中身はほぼウマ科の生物同然だろう。
その珍妙な生態を思い返して不意に笑みがこぼれそうになる。
「あの、リーベ様」
「何だ」
「今日、誕生日なんですよね?」
その言葉に、せっかくの笑みが完全引っ込んだ。
ため息が出そうになったが、部下の手前、それを飲み込む。
まず手始めに、協会の関係者で俺の情報を聞きやすい相手といったら支部の受付係だろう。
ウーフがこの話を広めたとは思わないが、早い段階で情報が伝わった可能性は大きい。
ならば、当然用意しているはずだ。
「もしかして、書類と一緒に抱えていたそれがプレゼントか?」
「はい、僭越ながら用意しておりました……お誕生日おめでとうございます」
そう言いながら、ウーフは小さな小箱を手渡した。
その場で開けて見ると、加工された色とりどりの花々がこぢんまりと敷き詰められている。
いわゆるプリザーブドフラワーという保存加工された花だ。
レルネンとは違った趣旨のプレゼントだが、こういう消え物は後腐れがなくて助かる。
「いいチョイスだな。で、これはお前個人からのプレゼントか?」
「いいえ、受付係全員で選んだものです。一人一人から贈られるのはかえって面倒かと思いまして」
「……やっぱりお前は優秀な受付嬢だよ、ウーフ」
「ありがとうございます」
どうやら彼女を見込んだ俺の目は、間違ってはいなかったようだ。
リーベ「ウーフ」
ウーフ「はい、ウーフです」
ゼーリエ「ウーフ」
ウーフ「はい、もっと呼んでください」
リーベ「……今更だが、お前の誕生日プレゼント、お前の名前を呼ぶことだけで本当にいいのか?」
ゼーリエ「私はともかく、こいつは時々言っているだろう」
ウーフ「いいんです。あと100回くらい呼んでください」
2人「えぇ……」