もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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尊みの供給過多マシマシパンケーキ

 最近、何者からか精神干渉を受けている。

 精神干渉を受けた際の微かな感覚を残すだけで、魔法の痕跡は見つからない。

 かなりの距離からか、相手が卓越した技量の魔法使いなのか、あるいは両方か。

 

 しかし、相手を洗脳するような強制的なもの、記憶を操作するような悪辣なものではなさそうだった。

 まあ、時々それが煩わしく思うことがある。

 

『あなたはヒンメルのことを好きになーる…好きになーる』

 

 うん、私はヒンメルのことが好きだよ。

 だって仲間だもん。

 

『……そうか、エルフは恋愛感情が本当にないのか…かわいそうに』

 

 なんだこいつ、むかつくな。

 

 基本的には私の深層意識の中で一つの情報を残す効果。だがごく僅かな情報量だ。

 風の音という情報があるならば、その情報にはわずかに砂や木の葉の舞う音が含まれる…そんな微小なレベル。

 注意をしていても気付けたかわからない。

 

 気が付いた理由は、ふとしたことがきっかけだった。

 

「今日の気分はメルクーアプリンだろう」

 

 旅の道中で見つけた食事処で、ヒンメルは私の頼もうとした料理を当てた。

 

「なんでわかるの?」

「何年一緒に旅をしていると思っているんだ。なんとなくわかるさ」

「……私はみんなのこと何もわからない」

 

 だって、知り合ってまだ少ししか時間が経っていない。

 会話だって、まだ少ししかしていない。

 

 人間とエルフでは時間の感覚が違う。

 人間の1年はエルフの一日かもしれないし、人間の一日なんてエルフでは一瞬だ。

 彼らはその短い、一瞬の時間で私のことを知った。

 エルフの私からすれば、それはとてつもないことだった。

 

 私も努力すれば、いつかは彼らのことを理解できるかもしれない。

 だけど、私にとって無駄なことだ。どうせ、皆んなすぐに死ぬ。

 私の生きて来た時間に積み重なった経験。いや、諦めだ。

 

「なら知ってもらえるように頑張るとするかな」

 

 なのに、そんなどうしようない諦観を抱く私にヒンメルは寄り添ってくれた。

 彼のその言葉は私の一瞬にも満たない時間のはずなのに、ひどく脳裏に焼きつく。

 

(……みんなの好物くらいは覚えておこうかな)

 

 一瞬の冒険だ。だから、せめてその一瞬を覚えておこう。

 

「ちなみに僕の好物はルフオムレツ」『ルフオムレツ』

「ん?」

 

 あ、これ精神干渉受けてるなって気づいた。

 

『いいかフリーレン。男女が仲良くなるには旅の中でのハプニングが重要…と、この帝都で売っていた恋愛小説に書いてある』

「ハプニングって…魔物との遭遇とか?」

『いや、えっちなことだな』

「えっちか……投げキッスとか?」

『それはちょっとえっち過ぎないか?』

 

 痕跡をほとんど残さない魔法だ。

 危険だが、対策するにはより相手から干渉を受ける必要がある。

 些細な会話しつつ、より相手の精神干渉を引き出し痕跡を見つける。

 おかげで今ではこの魔族と会話することが日課になってしまった。

 

「フリーレン…最近独り言多くないか?」

『ほらフリーレン。ハプニングだ』

「…何でもないよ」

 

 仲間からの奇異の目で見られるのも面倒だ。

 話してもどうしようもないので、精神干渉を受けていることは秘密にしている。

 バレないように顔を引き締めないと…。

 

「…その顔は何かを隠している時の顔だね」

『何だ、そのだらしない顔は…』

 

 そんな…なぜバレたんだろう。

 

「ちゃんと僕の目を見て言ってごらん」

『はわわ…顔近い…うわぁ、顔よぉ…まつ毛長い…無理ぃ、ゾルトるわぁ』

 

 くだらない内容の干渉がいっぱい来た。

 どういうわけだか、この魔族は私がヒンメルの近くにいたり、ヒンメルと会話をするたびに言葉数が増える。

 

 ふむ…。

 

「ヒンメル…もうちょっと近くに」

「え…なっ!?」

『フ、フリーレン!今ここでするのか!?』

 

 私に視線を合わせるためにしゃがんだヒンメルの顔を引き寄せる。

 なぜか真っ赤に染まったヒンメルの顔が私の鼻先まで近づいた。

 

『いけー!やれフリーレン!いや、フリーレンさーん!!』

「なるほど…解析できた」

『…え?』

 

 案の定、強まった精神干渉から痕跡をたどった…今までの高度な精神干渉とは打って変わって稚拙で粗雑な魔法。

 私以外の魔法使いでも簡単に解除できるほど、それは穴だらけなものだった。

 

「バイバイ」

『クソボケエルフがあああ!ぐわー!!』

 

 魔族らしい…いや三下の悪党のようなセリフを残して干渉は完全に途絶えた。

 

 さて、魔法は解除できたけど、この状況どうしよう…。

 ヒンメルは固まって動かないし……あれ、ヒンメル?

 

「し、死んでる…」

「ヒンメルー!」

「罪な女だ…」

 

 

 

 

 

 

 北部高原最大の人類圏となる城塞都市ヴァイゼ。

 帝都での政争に敗れた貴族が最後に行き着く悪徳の都。

 多くの貴族が都市の運営に係わっており、飽くことのない私利私欲の権力闘争が続いていた。

 

 正義に燃える若者や、理不尽に憤る常人もいた。

 だが政争に敗れたとはいえ、ほとんどは老獪な貴族たち。

 悪徳貴族への不満の声をあげた次の日に、突然の事故で死亡したり、理由もなく行方不明になることが日常だった。

 いつしか都市の住人でさえ平和を諦めた。

 

『ワアアアアアアアア!』

 

 そんな都市の住人たちが活気出し、誰もが笑顔を浮かべて大通りを歩いている。

 悪徳貴族に憚ることもなく、声を大にして都市の正常化を喜んでいた。

 

「まるでお祭りだな」

「ほう、祭りとはこういうものなのか?」

 

 俺はその光景を、屋敷のバルコニーから知己と共に眺めていた。

 

 黄金郷のマハトとして七崩賢に籍を置く俺が、恭しく使用人のようにパンケーキを切り分けている。

 この光景を他の魔族に話しても、信じるものはいないだろう。

 

 うす焼きのパンケーキ生地に、バターとオレンジソースとフランベしたリキュールを絡ませる。

 甘く濃厚。しかし爽やかな柑橘の香りが漂っていた。

 

「俺が知っている祭りは、もう少し小規模だったがな」

 

 生唾を禁じ得ない状況で、無表情に読書を続ける怠惰のリーベは感慨もなく答えた。

 彼が着いたガーデンテーブルには山のように本が積まれ、そのどれもがピンク色の表紙で、挿絵にはやたらとでかい目の登場人物が描かれている。

 見たこともない本だったが、それに興味もないので俺は無視した。

 

「……」

「……」

 

 無言の沈黙が流れたが、それは互いに慣れた静寂だった。

 知己と言っても、この男とはそこまで会話をしたことはない。

 

「…あぁ、そうだ」

 

 それを、珍しくリーベが打ち消す。

 

「サブリミナル効果というものがあるらしい…人間では意識できないレベルの刺激によって潜在意識に影響をもたらす効果だとか」

 

 相手から振られた突然の話題に、俺も少し手を止めた。

 

「昔、ソリテールに聞いたことがあったな……それがどうした?」

「どうやらエルフには効かないようだから気をつけておけ」

「…ふむ、使い道のなさそうな知識だが、覚えておこう」

 

 リーベの目標が、あまり進展してないのが分かった。

 ならば突然の来訪の目的も、おおよそ見当がつく。

 

 この男は、ただ愚痴を聞いてもらうだけのために北部高原最大の人類圏を訪れたのだ。

 俺やヴァイゼの住人たちを欺くほど強力な精神魔法で”人間の少女の姿”を象って。

 

「今度は奇跡のグラオザームに師事したのか」

「そうでなければあのエルフの精神防御は突破できまい…まあ、結局無駄になったがな」

 

 リーベは結界魔法に引き続き、今度は精神魔法まで習得した。

 どの分野も先達に及ぶものではないが、総合的には七崩賢にも勝る能力があるのかもしれない。

 未使用のリソースと、何より目標への執念が成せる技なのだろう。

 

「しかし、わざわざ人の姿でやって来たのに面倒ごとに巻き込まれるとは…俺は運がないな」

「いや、俺にとっては僥倖だ。ヴァイゼの住民や貴族たちに、人間の旧友がいると喧伝できた」

 

 数日まで、城塞都市ヴァイゼの領主グリュックに反目する貴族はわずかだが残っていた。

 しかし政争に敗れたとはいえ、老獪な貴族たちだ。魔族よりも姿をくらませる術を心得ている。

 相手の所在が掴めなければ、七崩賢の俺でもヴァイゼの実権を握る貴族の根絶は不可能だった。

 

『えーと、リーベです。マハトの友達ですけど…入れますか?』

 

 時を同じくして、突如現れた俺の友人と名乗る儚げな人間の少女。

 貴族たちには真実など、どうでもよかったのだろう。

 あるいは藁にもすがる思いであからさまな餌に飛びついたのか。

 魔族を御し得る弱点…そんなもの、この世のどこにもにもないというのに。

 

『なんだあの女は!人間じゃない…化けも…ぎゃっ』

『そっちが勝手に拉致したくせによく言うよ』

 

 おかげで残った貴族の始末は容易だった。

 文字通り、内からも外からも瓦解させることができたのだから。

 

『マハトさま!』

『英雄マハトさまー!』

 

 悪徳貴族に拉致された人間の友人を救うため、単身敵陣に乗り込んだ魔族。

 敵の排除と、人心の掌握が同時に適った。

 

 彼の助力がなくとも俺個人で成し得たことだろうが、結果として助力を受けてしまった。

 俺にしてほしいことがあるか訊ねると、彼は即答してこう言った。

 

『じゃあ、朝飯おごってよ』

 

 七崩賢の俺にこんなことを言うのはこいつぐらいだろう。

 本当に、変わり者だ。

 

 俺は出来上がったパンケーキを皿に装う。

 オレンジソースを纏った温かいパンケーキに、輪切りのオレンジと冷たいバニラアイスを盛り付けた。

 リーベもちょうど最後の小説を読み終えたらしく、山のように積まれた小説たちの頂点にそれを置く。

 

「ふーん、この地方だとこういうパンケーキなのか」

「他にも種類があるのか?」

「色々な。生クリームたっぷりなやつ、メレンゲやベーキングパウダーでふわふわなやつ、カリカリのベーコンとバターとハチミツを掛けたやつ……まあ、なんだかんだ普通のシンプルなのが美味かったかもな」

「ほう……しかし、これでいいのか?もう少し豪華な朝食も用意できたが…」

「知らないのかマハト?朝はパンケーキと決まってるんだぞ」

「知らんな」

 

 この男だけの常識か、あるいは俺の知らない古い文化のしきたりなのだろう。

 

 俺も相席し、腹は空いていなかったので紅茶だけいただくことにした。

 客人より先に口をつけるのは人間の文化では非礼に当たるらしい。

 だから、先ほどから”食前の祈り”をしているリーベを待った。

 

「驚いた…本当に祈りを捧げているんだな」

「さぼったりするけど朝と夜だけな…そういえばお前に見せたことはなかったな。知ってるのは魔王様とシュラハトとリヴァーレ…あ、アウラもか」

 

 特に気にする様子もなく、リーベは食事に手を付けた。

 魔族が女神に祈りを捧げるという異常事態が当たり前の様子だった。

 

「……何だよ、ちゃんとそこそこ美味しいぞ」

「女神の魔法が使えると言うのは本当か?」

「ん?あむ…知らん。試したことないし、使いたい魔法もないから」

「では信仰はあるのか?」

「別に、これも習慣だ。だから形式にやってるだけ…でも人間の文化圏で暮らすならお前も覚えた方がいいかもな。人間の貴族は形式的なものに拘りたがりだ」

 

 人類圏での文化を学び、何より女神への信仰儀式を忌避なく行う。

 何より人間の姿を模してのその行いはまるで本当の人間のようだった。

 

「素晴らしい…お前こそが人類と魔族の共存にもっとも近い存在だろう」

「共存ねぇ…距離感てのも大事だと思うがな…もむ、俺と勇者たちぐらいの距離感がちょうどいいと思うけどな」

「あれはだいぶ過干渉では?」

「知らないのかマハト…最近は会いに行ける推しが流行ってるんだぞ」

 

 ……いや、人間の文化に毒され過ぎるのも問題かもしれない。

 

「それに、人間てのは和を重んじる集団だ。個人主義の魔族向きではない…そもそも集団の為に個を損なうなんて、魔族の性質上土台無理な話だ」

「人間の自己犠牲というやつか」

「ああ、だが俺たち魔族の本質は自己保存の塊だ…魔族の未来の為に奔走したシュラハトでさえ、最後はその性質に抗えなかった。それはお前も俺も…あむ、たぶん魔王様も変わらない」

「そうか…」

 

 俺よりも長い年月を生きた魔族の言葉。

 おそらく、それが正しいのだろう。

 だが、それでも……。

 

「諦めないんだろ?分かるよ、魔族だもんな」

 

 リーベは全てを見透かすような黒い瞳でこちらを見抜く。

 

「俺をよく理解してるのだな」

「別に、長年の経験則だ……まあ、下で騒いでる街の連中よりは分かるさ」

 

 食後のお茶を片手に、リーベはバルコニーの手すりから街全体を見下ろす。

 賑わいの中に、いくつも俺を讃える声が聞こえた。

 英雄、恩人、人類の味方。

 的外れの言葉に思わず笑ってしまう。

 

「こんなに好かれているのに、誰もお前を理解してくれないなんて…皮肉だな」

「理解されていたら、俺はここに立っていなかっただろう」

「だが、領主は違ったな…お前を理解するいい友人じゃないか…それを殺すのか?」

 

 本当によく俺を理解していると、笑みが溢れた。

 

「悪意と罪悪感…そんなもの抱く価値もないと思うがな」

「お前は感じたのか…?最大の友であるシュラハトを見殺しにして」

「感じない…そもそも俺じゃ南の勇者は倒せないだろ。あれは相性最悪だ」

 

 リーベから動揺は感じなかった。

 だが、街を見ていた瞳がもっと遠い場所を見ているように感じた。

 

「確かに、あいつは俺をよく理解してたな。俺の魔法を知る数少ない相手……あ、でもその条件だと俺の大親友が魔王様になるじゃないか…それはやだ気持ち悪い」

 

 変装した少女の年相応に不機嫌そうに顔を歪める。

 魔王様への忠誠心を持った魔族など少数だ。

 俺も魔王様への忠誠心を感じたことはないが、こいつほど露骨に魔王様を嫌う魔族も珍しい。

 

「人里離れた奥地で静かに隠遁生活してたのに、無理やり引っ張り出されたらこうもなるさ……ヒンメルが早く魔王様倒してくれないかなぁ」

 

 今度は恋する少女のように朗らかな笑みを浮かべる。

 感情的な魔族ではあったが、人間の姿だとこんな顔をするのかと繁々と顔を覗き込んだ。

 

「そういえば、今日は愚痴を言いに来たのではないのか?」

「あ、そうだったな…色々巻き込まれたせいで忘れてた」

 

 リーベは分厚い国語辞典を懐から取り出した。

 国語辞典のように分厚い本ではなく、本当の国語辞典だ。

 

「実はさ、日記を書いてるんだ」

「……なぜ?」

 

 純粋に疑問に思ったので聞き返した。

 人間のような短命で、記憶力が衰える種族なら分かる。

 だが、長命種の魔族にとっては縁遠いものだ。

 

「ヒンフリがあまりにも尊みでゾルトるからな…俺の脳内だけにこのメロさを留めて置くのは危険なのさ」

「なんだって?」

 

 幻聴だろうか。

 およそ人間とも魔族とも思えない言語体系の言葉に聞こえた。

 

「それで言葉にアウトプットしようとした時に、俺は自分の語彙力の無さを呪った…どうして今まで言葉というものを知ろうとしなかったんだろう。この脳を焼くような尊い一場面を正確な言葉で表すことができなかった…尊み、エモい、しゅきぴ、ガチ恋距離、ヤバい、メロい、きまZ、いとあはれ、をかし…人類の言葉は多様だった」

「なんだって?」

 

 後半の言語があまりにも理解できなかった。

 いや、無意識のうちに聴覚に防御魔法を掛けていたのかもしれない。

 あまりにも俺の知ってる言語とはかけ離れている。

 

「それは…その辞典に載っている言葉なのか?」

「いや、参考に読んでいる恋愛小説に使われる俗語だな…ナウでヤングな少女たちの間で流行っているらしい」

 

 テーブルの上に積み重なったピンク色の小説たちを指さして自慢げに宣伝する姿は少女らしい…が、中身は老齢の男魔族だ…眩暈がしてきた。

 

 これは小説じゃない…おそらく精神汚染の呪われた魔導書に違いない。

 

「そんな本を読んでいると頭が腐るぞ…その本も捨てておきなさい」

「まて、それは借り物だぞ!レクテューレ先輩のだぞ!彼女から選りすぐりの恋愛小説を借りたんだ!」

「……」

 

(グリュック様…レクテューレ様はもうダメかもしれません)

 

 俺が頭を抱えていると、その原因の本人が肩を叩く。

 触るな。クソみたいな語彙力が移る。

 

「慌てるのは早いぞマハト…俺は恋愛小説を通して人類の中にも恐るべき存在がいることを知った」

「何?」

 

 顔を上げると、いつになく真剣な面持ちのリーベがいた。

 見れば、その肩を震わせている。

 臆病な男だが、それを態度に表すことはなかったはずだ。

 

「そんなに強敵なのか?」

「あぁ、強敵だ…それに数も多い。この街にも潜んでいるかもしれない」

「……特別、強い存在は俺の魔力探知には引っかからないが?」

「奴らを見くびるなよ。あれは…知性をかなぐり捨てた欲望の獣だ」

 

 ふむ、獣化の魔法を扱える人間がいるということだろうか。

 俺の魔力探知を掻い潜る化け物が、この街に複数人もいるとは考えにくいが…。

 

「お前でも勝てないのか」

「わからない…だが、俺の思想とは真逆の存在だ…下手に刺激しなければ村や畑から出てくることはないだろうが…」

 

 村と畑から連想するに農民に扮装しているのか?

 

「だが、対抗策の為に俺も勉強している。これ以上、奴らの思想を広めるわけにはいかない」

「精神汚染もするのか…やっかいな連中だな」

「あぁ、本当に恐ろしい…"夢女子"というやつは」

 

 夢女子…聞いたことのない言葉だ。

 だが、神話の魔物や長命種族には女だけの種族がいると聞いたことがある。

 そのほとんどが魅了などの強力な精神魔法を得意とするらしい。

 そんな存在が、今の時代まで生き残っていたのか。

 

「お前は顔がいいからな。きっとお前を狙う夢女子も多いだろう」

「この街で争いごとは困るな…そいつらの弱点はないのか?」

「あるぞ。血反吐を吐くほど発狂する嫌いなことが…夜の記念式典でやってみるか?」

「ああ、頼む」

 

 その夜、平和を記念する式典でリーベの到着を待った。

 何やら夢女子に対する装備を整えるのに時間が必要らしい。

 貴族たちを招いた盛大な式典のため、屋敷のホールは人混みで溢れていた。

 

 俺を見る好奇の眼差し。

 俺を讃える声。

 その中に夢女子がいると思うと、俺は初めて緊張というものを感じた。

 

「よ」

「遅い……なんだその格好は?」

「ん?対夢女子装備だが」

「特に…魔法的な優位性は感じないが?」

 

 現れたリーベは他の貴族令嬢にも負けないようなドレスに身を包んでいた。

 しかし服や施された装飾品に魔力が込められている様子もない。

 それに合わせて髪型を変え、化粧まで施しているが…これにも魔法的な効果は無かった。

 

「やっぱり綺麗です…リーベ様」

「いやいや、レクテューレ先輩がおめかししてくれたお陰ですよ」

 

 伴って歩くレクテューレ様に視線を合わし、仲良さげに互いの手を合わせるリーベ。

 周りの人間たちはその様子を微笑ましく見つめていたが、俺は死んだ魚のような目で見ていた。

 強引にリーベの肩を掴んで2人を離す。

 

「何をやってるんだお前は」

「何って…これからお前とダンスするんだよ」

「…なぜ?」

「言っただろ?マハトを狙う夢女子の脳をぶち壊すと」

「まさか弱点がダンスなんて言わないよな…」

「正確には違うが…まあ、効果は絶大だろう」

 

 思考が完全に停止していた俺の手を引き、リーベはフロア中央へと移動する。

 

「残念だが、ダンスは経験がないんだ…ちゃんとエスコートしろよな」

「本当に、こんなので夢女子が倒せるのか…」

 

 フロアに響く多くの黄色い声。

 俺たちを見つめる生暖かい眼差し。

 目の前で共に踊る少女に扮した男の存在。

 

 魔族にとって1日は一瞬。

 数時間の出来事など、魔族にとっては時間ですらない。

 だが、不思議とその数時間は永遠にも思えるほどの地獄の時だった。

 

「…魔族でもその量はさすがに体に毒だぞ」

「グリュック様、止めないでください」

 

 その日、初めて俺は浴びるほど酒を飲み干した。

 記憶は飛ばなかったが、二日酔いにはなった。




リーベ「マハトの夢女子は減ったが…まさかマハリーが公式カプ扱いになるとはな。見ろマハト、この本が最近のベストセラーらしい…ぐえー!」

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