【魔王討伐の1年前】
魔王城から生活拠点を移してからというもの、ほとんどエンデに戻ったことはない。
上司であり、旧友であったシュラハトが南の勇者と相打ちになってからは、余計に足が遠のいていた。
だから、魔王様直々の召集令状が来た時は、ものすごい渋い顔をしながらも魔王城に向かった。
俺の顔を見た門番が困惑してたな。
「おかえりー!」
通された部屋には俺の大嫌いな魔王様がいた。
相変わらず全身ローブ姿の魔王様は、まるで人間の子供のようにはしゃぎながらクラッカーを鳴らしている。
紙吹雪が服につくからやめて欲しい。
部屋の中央に置かれたテーブルには、ローソクの刺さったケーキと、上等そうな酒が用意されている。
俺は首を傾げた。
「何のつもりだ?」
「何って、任務完了のお祝い兼、1日早い誕生日パーティー?」
それを訊いて、俺はげんなりする。
誕生日というだけで憂鬱なのに、なぜ上司と顔を突き合わせて食事をしなければいけないのだ。
「あんた、今まで俺の誕生日祝ったことないだろう。何を企んでいる?」
「何だ。上司の純粋な労いを無下にするのか?首にしてやろうか、物理的に」
そう言って、魔王様は首を掻っ切る動作をする。
俺は仕方なく席に着いた。
カチャッ。
俺の前に、切り分けられたケーキが置かれた。
それを一瞬見下ろして、俺は魔王様に視線を投げかける。
「何だ、このケーキもどきは?」
「泡立てた卵白を焼き固めてケーキにしたものだ。ほとんどが空気と水分、少量のタンパク質と砂糖の塊だな」
「その説明だとちっとも美味しそうに聞こえないんだが……」
「そうだな。栄養もないし、味もイマイチだ。だが、食べやすいし、消化には優しいぞ」
俺は恐る恐る、ケーキを一口だけ口の中に入れた。
サクサクとした食感の後に、泡のように消えていく感触が口に広がる。
どちらかといえばクッキーのような食感だが、クリームやバターが使われていないから胃もたれはしなかった。
「味覚が落ちてるんだ。普通のケーキなんて、味のしないベタベタのスポンジを齧るようなものだろう」
「そうだな。かえってこういうものの方が食べやすい」
「酒も飲め。お前が以前に美味いといっていたやつを用意した。私じゃ飲めない度数だから全部飲んでいいぞ」
「ん、そりゃどうも」
手酌で注がれた酒を俺は飲み干す。
身体中にアルコールの刺激が染み渡るのを感じた。
こういう刺激物は味が分からなくても痛覚で受容できるから便利だ。
空になったグラスに、再び魔王様が酌をする。
「相変わらずの酒豪ぷりだな。見ていて気持ちがいいや」
「……あんたは食わないのか?」
「ん?……そうだな」
魔王様はローブ越しにフォークを握ると、それをケーキに突き刺す。
そして、ケーキを口元に持っていく……。
シュッ。
ケーキが消えた。
文字通り、その場から消えたのだ。
すると、魔王様の口元が動き、咀嚼音が鳴り出す。
「うーん。食感がおもしろいだけで味は微妙だな」
その何度も見た光景にもう驚きも沸き起こらなかった。
食事中くらいはローブをめくり上げるかと思えば、毎回食べ物を口へ転移させて食事をするのだ。
よほど素顔を晒すのが嫌らしい。
食べ終わった魔王様は書類の束をテーブルに広げた。
顔写真付きの名簿には、すべてばつ印が書かれている。
「500年か……随分と時間が掛かったな」
「量が量なんだ。それにあんたに預けられた子猫の件もある」
「仕方がないだろう、自軍で自軍の戦力を削いでいるんだ。後続を育てなければ私たちは滅んでいた。アウラはいい働きをしてくれたな。おかげで南の勇者も最低限の犠牲で討ち取ることができたよ」
その言葉を訊いて、俺は自分の羽織っている外套に視線を落とす。
「七崩賢3人と、シュラハトの犠牲が最低限か?」
俺の言葉に、しばしの沈黙が流れた。
別に、シュラハトを捨て駒にしたことを怒っているわけではない。
それだけ南の勇者は別次元の強さを持っていた。
なにせ、七崩賢を複数討ち倒した上に、未来視持ちのシュラハトまで相手取ったのだ。
ただ、最後にどうやって両者が死んだのか、それを確認できなかったのは残念だった。
最後に見たのは深い谷底に落ちていく姿だけだ。
あれから女神の視界に映らなくなったから、死亡しているのは確かだろう。
「リーベ……」
珍しく、魔王様から動揺したような声色を感じる。
俺の姿に、何やら感じるものがあったのだろうか。
「お前があの時……勃たなかったのは、それが理由?」
「ノーマルだよ馬鹿野郎」
ブレないな、このセクハラ上司。
「それにしたって最近はマハトやリヴァーレとも仲良いだろう?どっちが本命だ?」
「マジで殺していいか?」
俺はフォークを魔王様に投擲する。
だが案の定、転移魔法でフォークは虚空に消え去った。
ローブ越しにも、ニタニタと笑う顔が目に浮かぶ。
だから、魔王様との食事は嫌なんだ。
「そんな嫌な顔するな。ちゃんと誕生日プレゼントも用意してきたんだぞ」
「用意って……手ぶらじゃないか」
「ここにはないさ。”書庫”に置いてある」
俺の耳がピクリと動く。
風の噂で耳にした話だが、魔王様は大変な収集家で、古代の書物を数多く保管しているらしい。
だが、それを実際に見た者はいない……俺も今まで眉唾物の話だと思っていた。
「恋愛小説にハマってるんだろう?古典で良ければいくらでもやるぞ」
「……」
俺は逡巡した。
古典に興味がないわけではないが、魔王様から贈り物を貰うのは嫌だった。
だから、考えられるだけの無理難題を突きつけることにする。
「〇〇〇〇〇の著書」
俺は、とある古代の哲学者の名前を呟いた。
それを訊いて、魔王様の揺らめいていたローブが静止する。
「……驚いた。どこでその名を知った」
「昔、どこかの主婦が、俺のために古い書物を色々集めてくれたんだよ」
「どこかの主婦すげぇな。何者だよ」
俺の言葉に軽口を返してはいるが、魔王様は明らかに動揺していた。
首を左右に傾けてうんうんと考え込んでいる。
そして、ついには折れた。
「すまんな。それは私でも持っていない」
「何だ。自慢の書庫にもないのか」
「無理言うな。それはそもそも”存在しない”ものだ」
魔王様は書類を一枚手にとって、それをパタパタと揺らめかせる。
「その哲学者は生粋の対話主義者だ。視線、声色、身振り手振り、その場の環境すらも使って言葉は紡ぐものだと考えた。だから、書物に書かれた言葉は死んだ言葉として嫌ったのさ。まあ、それだと記録が口伝だけになるから、弟子たちがその言葉を文字にして記録していったわけだ」
無論、知っている。
俺がその哲学者の名前を知ったのも、その弟子の著書に名前が載っていたからだ。
口伝だけだったら俺が知る機会もなかっただろう。
「”無知の知”なんて言葉のせいでレスバおじさんのイメージが定着したが、教育と道徳の基礎的概念を作った爺さんだ。それを読ませた主婦は教育ママさんだな」
「ただの主婦だぞ」
「お前の考える普通の主婦のハードル高いのなんなの?将来結婚できんぞ?」
そう言いながら、魔王様は書類をくしゃくしゃに丸め潰す。
珍しく機嫌が悪そうに見えた。
俺の無理難題に丸め込まれたのがよほど不服だったらしい。
それをプレゼント代わりに貰って退散することにしよう。
「教えてやろうか?」
「は?」
俺が女神の視界をいじっていると、魔王様は不意に声を掛けてくる。
俺は首を傾げながら聞き返した。
「私の”目的”だよ」
長い沈黙が、流れた。
妙な渇きを覚え、俺は酒を口に含む。
魔王様が人類との共存を願っていることは、ごく限られた者しか知らない。
だが、その計画の全貌を知っている者は、おそらくは本人とシュラハトだけだ。
共存を謳いながら、長きに渡る人類との戦乱をもたらした首魁の目的……気にならないといえば、嘘になる。
「どういうつもりだ?」
「今日はお前の誕生日パーティーだ。それくらいのサプライズは欲しいだろう……だが、さすがに全ては話せないな。シュラハトの未来視に影響が出ない範囲の事柄だけだ」
魔王様は指を3本立てる。
「3つだ。私が人類と魔族の共存を目指す理由を3つだけ教えてやる」
3つも。
そんな重要な情報を3つも明かすというのか。
未だ俺の驚きが冷めやらぬうちに、魔王様は指を1つ折った。
「私はな、人間が嫌いなのさ。嫌悪していると言っていい」
「……はっ?」
1つ目の理由は、さらに予想外の言葉だった。
人類と共存を謳った者の言葉とは思えないほど、その声音には苛立ちが含まれている。
偽りの言葉とも思えなかったが、理由が理由の体を成していない。
俺の様子を察したのか、言葉を付け足した。
「私は人間たちを冷めて見ている。だから、変に人間を贔屓目に見てる人間至上主義の連中よりは、客観的になれるのさ。向き不向きの点では、私はどちらかといえば向いていた……それが1つ目の理由かな」
そう言い終えると、魔王様は2つ目の指を折る。
「2つ目は、私の長い寿命だ。それも共存を目指す上で、人間よりも計画立案に向いていたからだ」
「……人間よりも時間を多く持てるからか?」
「それは少し違うな。時間感覚の問題さ」
魔王様は再び書類の束を取って、それを俺の目の前にかざす。
その分厚さが、俺の仕事量を物語っているようだった。
「人間はな。時間がないからせっかちさんなんだよ。物事を終わらせることに何日か、何年か、長くて何十年か……そういう時間感覚に捕らわれている。連中は早々に結果を求めるんだ。お前のように500年規模のスケジュールは立てられん……千年先や万年先のことは絶対に考えられんのさ」
それはそうだ。
人間は長くても100年前後しか生きられない。
その寿命を大きく超える時間感覚は、簡単に想像できるものではないだろう。
「アンタの計画は、それだけ時間を有するものなのか?」
「否定はせん」
返答を終え、魔王様は3つ目の指を折る。
これが最後の理由だ。
グラスを置いて、その言葉に全神経を向ける。
呼吸や心臓の鼓動音すら、うるさく感じられるほど俺は集中して訊き入っていた。
魔王様はゆっくりと口を開ける。
「戦いに疲れた……それが最初で、そして最大の理由だな」
ため息を吐きながら、魔王様は言葉を呟いた。
珍しく、声色に疲労感をにじませている。
「……戦いに疲れたのに、わざわざ戦争を起こしたのか?」
「そうだ」
「矛盾してないか、それ?」
「かもなぁ……」
人類との共存を目指す最大の理由は、戦いに疲れたから。
そう、目の前の当人は語っている。
別にそれが嘘とも思えなかったが、同時に多くの矛盾を抱えていた。
戦いに疲れたから戦争を引き起こし、人類と共存したいから今も戦争を続けている。
これではあべこべだらけだ。
「何だ。これだけのヒントを与えてやったというのに、まだ解けんのか?」
「分かるわけがないだろう」
「ふむ、なるほど。まだ重要な情報が欠けてるのか……”あいつ”も思いのほか忠臣のようだな」
そう言いながら、魔王様は空の酒瓶を振る。
話を訊き入っているうちに、ずいぶんと飲んでしまったようだ。
軽い酔いも相まって、考えがまとまらない。
あんなに喋っていた魔王も、今は口を閉ざしている。
これ以上の情報は明かしてはくれないだろう。
何とも言えない沈黙が部屋の中に木霊していた。
「何か白けてしまったな……二次会でも行くか?」
「行かない。帰らせろ」
「いいから付き合えよ」
俺は立ち上がったが、魔王様が外套の袖を掴んで離さない。
破けそうなので勘弁願いたい。
軽く上気した顔で魔王様を睨みつけると、多分、魔王様は笑い返した。
「墓参りに行きたいんだろう?私の魔法で送って行ってやる。超特急便だぞ」
呆気にとられた俺は、しばらくしてから深くため息を吐く。
時刻はちょうど、日付が変わった瞬間だった。
本当に、最悪な上司だと俺は思った。
【第二期放送記念・2話同時視聴会】
トート「リベちゃーん。そろそろ2話始まるよー?」
リーベ「ウン、タノシミダナァ」
ソリテール「心ここに在らずね」
リヴァーレ「アウラとマハトまでテンション低いぞ」
【南の勇者】
リーベ「げぇ……やっぱり出てきた」
トート「そんなに強かったの?」
マハト「あれは強さの次元が違った」
リヴァーレ「戦ってみたかったなぁ」
アウラ「あ、私のシルエットだけ映った」
【未来視】
リーベ「あぁ、やっぱり未来視持ちか」
ソリテール「気付いてたの?」
リーベ「南の勇者戦で俺も召集されてな。顔を見られた瞬間、なぜかひどく驚かれた」
アウラ「私もリーベの隣で見てたけど、すごい顔してたわよ」
【剣の魔族】
リーベ「あー……あの魔族かぁ」
トート「知り合い?」
リーベ「”一回だけ”会ったことがある」
リヴァーレ「若い魔族はやはりダメだな。あの程度の防御魔法を破壊できないとは」
リーベ「お前の拳と比べるな……うーん、今回もすばらしい補完だった。それにヒンメルもたくさん出てきてホクホクだわ」