もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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グラオザーム先生の引率式【前編】

「指輪を貰ったそうだな…フリーレン」

「おまえは…」

 

 就寝前に宿屋の一室の扉を叩いたのは、旅に出たばかりの頃に出会った魔族だった。

 

 私が扉を開けるまで気づかないレベルでの存在の隠蔽。

 間違いない…あのダンジョンの結界魔法や近日の精神魔法は、この男の魔法だと得心する。

 それほどの魔法がこの空間に展開されている。

 

(ハイターは下の酒場で酔いつぶれているとして、ヒンメルとアイゼンはまだ起きているかな。でも…)

 

 他の仲間は気づいてはいないだろう。

 声を出しても間に合わない…その前に殺すと、その静かに怒る目が物語っていた。

 

「どこに仕舞った…答えろフリーレン」

「さあね、魔族に答える義理はないよ」

「時間稼ぎのつもりか?無駄だ…早く答えろ」

「……っ」

 

 初めて出会った頃の生きた屍のような印象とは真逆。

 まるで悪鬼と化した般若のような面相で私を見下ろす。

 

「指から外しているな…ポケットの中か?」

「……」

「では、なさそうだな…アクセサリーケース…なんてお洒落用品を持っているわけがないか」

「なんだこいつ、むかつくな…」

 

 失礼なやつだ。これでも女だから最低限のおしゃれはしている。

 だが、的確に的を射ている部分もなくはない。

 魔族にしては人間のことを正確に記憶し、分析しているようだ。

 

(だけど、指輪は安全な場所に隠してある…たとえ魔族でも見つけられないだろう)

 

 私は慢心隠しきれず笑みを零した。

 ……おい、なんだその残念そうなものを見るような表情は?

 

「まさかとは思うが……あのトランクの中に無造作に入れてないよな?」

「( =ω= )」

「おまっ、おバカ!クソボケエルフ!!」

 

 そんな…なぜバレたんだろう。

 

「あんな小さい指輪…ちゃんと保管しないと絶対失くすぞ」

「大丈夫だよ…たぶん…」

「そんなこと言ってあんた!いつも失くしたあとに後悔するじゃない!」

「お母さんかな?」

 

 ハイターも、私が寄り道したり寝坊したりするとよくこうして叱りつける。

 最近はこういう怒り方が流行っているのだろうか。

 

「紙や木材じゃない。金属なんだからきちんと保管すれば数百年は保つ……きちんとしたところに閉まっておけ」

「だから身近な荷物の中に入れてたんじゃないか」

「お前に預けるのが不安になってきたな……銀行の貸金庫にでも閉まっておいたらどうだ?」

「人間の運営しているところでしょう。数百年後になくなってるかもしれないじゃん」

「それも、そうだな…じゃあ、長命種の知り合いにでも預けたらどうだ?」

 

 すぐに思いつくのは同じエルフのゼーリエだろうか。

 そこまで仲のいい関係ではないが、それくらいの願い事なら引き受けてくれるだろう。

 

 ヒンメルから貰った指輪を…ゼーリエに…。

 

「なんか…やだ」

「……ほう」

 

 私が渋い顔をしていると、魔族は興味深そうにその顔を覗きこむ。

 観察するように。まるで、心を覗き込むように。

 気持ちが悪い。

 

 しばらくして何を得心したのか、魔族は懐から小箱のようなものを取り出す。

 

「なら…こういう指輪を保管するケースを持っておけ」

「いらない…魔族から貰ったものなんて使うわけないでしょ」

「だろうな。これは近くの露店で買ったやつだ。探せばこういうものはいくらでもある…できれば防犯系の魔法が掛かってる物がいいな」

 

 そういえば昼間にヒンメルとまわった露店市でも似たようなものが売っていた。

 流石に魔法が掛かったものはなかったが、大きな街に行けば見つかるかもしれない。

 だが、それをわざわざ魔族なんかに指摘されるのは癪だった。

 

「なんで魔族が私の指輪なんか気にするのさ」

「別に、あれがただの指輪なら俺もわざわざ押しかけに来なかった…だが、よりによって鏡蓮華の意匠とはな」

 

 魔族はこれでもかと長い溜息を吐いた。

 肺活量すごいな、こいつ。

 

「なにか意味あるの?」

「……」

 

 魔族はさらに長い溜息を吐いた。

 やめろ、二酸化炭素が充満する。

 

「お前、恋愛小説とか読まないのか?」

「うーん、あんまり…」

「流行のために少しは読んだらどうだ?ちなみに最近のベストセラーはこれだ」

「魔族と人間の恋愛小説?…くだらない、こんなものが流行ってるのか」

 

 ピンク色の表紙に、やたらと目の大きなデザインのキャラクターの挿絵。

 見たことのない形式の本なので軽く目を通したが、あまりにも荒唐無稽な内容で呆れた。

 

 あの七崩賢のマハトと人間の少女との間に絆が生まれ、次第にそれが恋愛感情へと変わっていく。

 そして数々の困難を乗り越えた末に、舞踏会のダンスを終えて二人は結ばれるという話だった。

 フィクションなのはわかるが、あのマハトが人間の少女を助けたり、その少女とダンスを踊るなど…フィクションといえど想像ができない。

 

「ナウなヤングの間で流行中のチョベリグな本らしいぞ」

「何、その呪文?」

 

 あまりにも理解できない言語体系だったので、脳が理解を拒んだ。

 きっとこの本は精神汚染の呪われた本に違いない…あとで燃やしておこう。

 

「ずっと私たちを付け回して…何が目的なの?」

「目的……強いて言えば勇者ヒンメルの旅の結末を見ることか」

「どういう意味?」

「気にするな…お前らはただ楽しんで旅をしていればいい」

 

 魔族は私に背を向け、立ち去る準備を始めた。

 相手は隙だらけだ…だが、動くことができなかった。

 ここで戦えば良くて相打ち。最悪ヒンメルたちを巻き込んで全滅もありえる。

 

「ねえ、名前なんて言うの?」

 

 私は少しでも情報を得ようと、緊張して乾いた唇を動かす。

 

「そういえば名乗ってなかったな…リーベだ」

「そう、リーベ……聞いたことのない名前だ」

 

 大魔族は総じて人類にその名を知られている。

 初めて戦った際に見た莫大な魔力量からして、500年近くは生きているだろう。

 それなのに人類側に記録が残っていないということは、遭遇した人間を皆殺しにした可能性が高い。

 しかし、目の前の魔族には大魔族特有の死臭を感じなかった。

 

「安心しろフリーレン…俺は多分、大魔族の中で最も人間を殺していない魔族だ」

「ふーん、逃げ隠れが得意なんだ」

「臆病なのさ…お前と一緒でな」

 

 振り向いた一瞬の目線は、私の魔力を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 女神の石碑を監視していた配下からの報告が途絶えた。

 

 残影のツァルト。

 魔族と人類の魔法体系には天と地があると言うが、あの男の魔法は現在の人類が敵うレベルのものではない。

 敵うとするならば、同じ魔族か、この時代では未知の魔法使いだろう。

 

「未来の魔法にやられましたか…ツァルト」

 

 時空干渉波の発生。

 それは不可逆性の原理が捻じ曲げられたことを意味する。

 たとえ魔法技術がいくら発展しようと辿り着けない世界の理だ。

 

 そんなものを超越できるのはただ一人。

 天地の創造主、女神をおいて他ならない。

 

 ならば、私の任務はただ一つ。

 未来の情報を持ち帰ること。

 その任務のために欠かせない男の元に、不本意ながら向かった。

 

 人里離れた山脈に建つ簡素な作りの山小屋。

 無防備にも鍵は掛かっておらず、ノックもせずに扉を開ける。

 部屋の主人は特別驚く様子もなく、振り向きもせずに机に齧り付いて何かを書いていた。

 

「監視役が報告義務を怠るとは…相変わらず怠惰ですね」

「別に、監視役は命令されたが報告は命令されてないだろう」

「子供みたいな屁理屈言うんじゃありませんよ」

「お前は俺のお母さんか?」

 

 怠惰のリーベ。

 同じ魔族の同胞であり、その二つ名から想像できないほどの資質をシュラハトから聞き及んでいた。

 だが、私はこの男が嫌いだ。個人主義があまりにもすぎる。

 なぜ、あのシュラハトがこの男を友人と呼んだか今も理解できない。

 

「時空干渉波の発生を確認しました」

「そうか…」

 

 魔王様の見解によると、80年後の未来から何者かの意識が時空を逆行してきたという。

 石碑の近くいた人物と、80年後と言う情報を元に考えられるのはただ一人。

 勇者ヒンメルの一行、エルフの魔法使いフリーレンだ。

 

「あなたならフリーレンの変化にすぐ気づいたでしょう」

「んー…まあ、石碑に触れた瞬間から精神防御がやたら強固になったなぁとは思ったが、さすがに未来から来たとは分からないだろ」

「飛行魔法を使ったのに?」

「……そこまで知ってるなら俺いらなくないか?」

 

 飛行魔法は現在に至るまで魔物と魔族だけが扱える魔法だった。

 それを扱えるのは、未来で解明されたからに違いない。

 

 相手は未来の知識を有する魔法使いだ。

 不安要素をなるべく取り除くためには、勇者一行のことをよく知る魔族が必要だった。

 なにより相手の正確な位置も知れる能力があるなら使うにこしたことはない。

 

「ついて来てくれますね?」

「え、嫌だけど?忙しいし…」

 

 悪びれる様子もなく、リーベは即答する。

 

「私の命令でもですか?」

「こう見えても俺、魔王様の勅令継続中なんだよなー…さすがに魔王様の命令を放棄することはできないなー…ごめんなーグラオザームさまー」

 

 明らかな棒読みのセリフ。

 私の精神魔法で作り出した幻影にノイズが走った。

 私にここまで怒りを覚えさせる者は珍しい。

 

「ね、言ったでしょ…彼は来ないわよ」

「何で居場所がバレたかと思ったら……お前かソリテール」

 

 外で待機していたソリテールが部屋の中にやってくる。

 彼女は後ろで腕組みをしながら、リーベの背中越しから彼が書いてる物を覗き込んだ。

 

「何書いてるの?マハトが言っていた日記?」

「いや、小説だ」

「…何で?」

 

 本当に何でだ。

 思わずソリテールに同調してしまった。

 

 呆けてる私たち向かってリーベは自信満々といった表情で振り返る。

 右手には羽ペン。左手には大量の原稿用紙が握られている。

 

「おそらく、ヒンメルは後世に名を残す勇者となるだろう。だが、悲しいかな…人の口伝の記録なんて物は粗雑で真実性に欠ける。ヒンメルなら『どんな形であれ僕の記録が後世に残ることは嬉しい』と許すだろう…だが俺が許すかな?いいや許さないね!」

「…つまり、ノンフィクションの伝記小説を書いているのですか?」

「その通り。だから帰れ」

「清々しいほど悪びれないわね」

 

 何だか、怒りを通り越して頭痛までしてきた…。

 私が額を押さえてる間、ソリテールは原稿を流し読みし始める。

 彼女が読み終えたら早くこの場から離れたいとすら思った。

 

 だが、それを読み終えたソリテールはこう言い放った。

 

「……つまらないわ」

「ぐえー!!!」

 

 たった一言。それも魔法ですらない言葉。

 言葉に言霊というものが宿るなら、それは今この瞬間証明されただろう。

 

 リーベはとてつもない勢いで机から転げ落ちた。

 文字通り、血反吐を吐きながらだ。

 

「ごめんなさい、私が魔族だからかもしれないけど…全く面白いと思えなかったわ」

「ひど、ぐえー!!!」

「たしかに正確な描写だとは思うけど、それにしたってひとつひとつの動作にあたる描写が長すぎる。これじゃ読みにくいし読者も途中で飽きてしまうと思うの」

「やめ、ぐえー!!!」

「何より文章から滲み出る独りよがりな感じが受け付けないわ…作者の願望丸出しな文章もちょっと気持ち悪い…自分の面白いと思うものを読者に押し付けすぎだわ…もう少し読者のニーズに寄り添ったものを書くべきよ」

「シテ…コロ……ぐ、え…」

 

 言葉というのは凄まじい。

 たったの数秒で魔族を血だるまにできるのだ。

 

(血だまりができている…)

 

 口、目、鼻、耳……ありという穴から血が噴き出している。

 最後の方など、血を出しきり骨と皮だけの状態になってしまった。

 流石に魔族の私でも、干物と化したリーベに哀れみを覚えた。

 

「何だよ…こんな状態の俺を連れて行くのか?もう、安らかにさせてくれよ…」

 

 確かに、こんな状態のリーベを連れても意味はないだろう。

 寧ろ、足手まといになりそうな状態だった。

 だが、ソリテールとのやり取りで、この男の行動原理というものをおおよそ理解できた。

 そして不本意ながら、私は彼を動かし得る魔法を持っている。

 初めて、自分の魔法を恨みながらそれを唱えた。

 

楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)

 

 私の魔法は、決して叶わないと諦めた幸せな夢でさえも実現できる…美しい幻影の中で。

 取り込まれた相手は感覚も記憶も誤認され、その幻想をあたかも真実として誤認する。

 彼ほどの大魔族に掛けたことはないが、今の弱り切った状態なら効くだろう…何を見ているか知りたくはないが…。

 

 

「あびゃあああああああああああああああ!!!!!」

 

 

(いや、何を見ているんだこいつは?)

 

 今までのミイラのような姿から一変して瑞々しくツヤを帯び始めている。

 恐らくだが、『楽園へと導く魔法』の中で精神を回復させるほどの何かを見ていることは明らかだった。

 だが、正直それを見たくない…というか、関わり合いたくない。

 

「不味いわグラオザーム。私も彼のこんな叫び声は聞いたことないわ…」

「私もですよ…」

 

 リーベの体が元どおりの大きさになった段階で私は魔法を解除した。

 だが、彼は放心状態のまま微動だにしない。

 

 ゴキ!バキ!バキンッ!!

 

 ソリテールはリーベの意識回復のため、彼の鳩尾を執拗に殴り続けた。

 ……やけに腰の入った一撃だと思ったが、緊急事態なので止めはしなかった。

 

「はっ!俺は……あ、なんかお腹痛い……」

「かわいそうに…きっとグラオザームの楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)の副作用のせいね」

「えっ」

「マジかよ……腸内環境を破壊する魔法(ハラクソーイテェイ)とかに改名しろよグラオザーム…シャレにならないほど痛いんだが…」

「え、ちが…」

 

 私は当然、それについて弁明しようとしたが……ソリテールの無機質な目に睨まれて何も言えなかった。

 

『いいか、リーベに関わるな。死にたくなかったらな』

 

 ふと、脳裏によぎった古い記憶。

 シュラハトがまだ存命だった頃に、彼が呟いた何気ない言葉だった。

 

(ああ、全知のシュラハトよ。なぜもっと念を押して言わなかったのですか…)

 

 と、私は亡き彼を恨んだ。

 

「それで、何を見たの?」

 

 私の言えなかった言葉をソリテールは即座に口にする。

 別に聞きたくもないが、それに興味がないわけではなかった。

 私も反射的に答えに聞き耳を立てていた。

 

「うーん……」

 

 しかし、ソリテールにそういう言われたリーベは、体験したそれを言語化するのにひどく時間を弄した。

 七崩賢にもにべもなく即答するような男が考え混んでいる…その様子は不気味だった。

 

「…一言で言い表すのは難しいな。だが強いて表現するなら……」

「なら?」

 

 なら?

 

「今まで小規模で運営していた弱小サークルに、ある日突然神絵師が現れて『どうせファンはこういうイラストが好きなんでしょう?』って原作を読みもしないくせしてファンが脳を焼かれた場面を的確にイラストにして…それが大衆受けして元いたサークルメンバーが蔑ろにされたまま…サークルが新参者の神絵師の所有物になったような心境だ…」

「どういうこと?」

 

 どういうことだ?

 

「つまり……お前の魔法嫌い!」

「えぇ…」

 

 別にリーベに好かれたくもないが、勝手に嫌われたことに困惑する。

 私に背を向けて縮こまるリーベの背を撫でながら『どう収拾つけるつもり?』と睨むソリテールに、私はさらに困惑する。

 

「オレ、オマエノ、マホウ、キライ!」

「幼児退行してるじゃない…どうするのよ」

 

 助けて欲しいのは私の方だった。

 

 だが、彼は作品の評価に嘘が付けないらしい。

 背を向けて縮こまりながらも私にこう言った。

 

「デモ、オレ……オマエノ、サクヒン…スキ!ソクファボ…リツイート!」

 

 別に好かれたくもないが、ここまで来た労力を考えると彼を利用する他ない。

 私は死んだ魚のような目で彼の望む言葉を掛けた。

 

「…今回の任務を手伝った暁には…その続きをお見せしますよ」

「……イク!!!」

 

 全知のシュラハト。

 目の前の男を残して死んだ彼を、私は心底恨んだ。




グラオザーム「何ですか?」
シュラハト「……頑張れ」
グラオザーム「?」

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