俺が住むヴィッセン山脈は北部高原に位置し、勇者一行からもあまり離れた場所ではなかった。
俺の協力が得られなくとも地理的に時間のロスが少ないからと立ち寄ったんだろうが、どのみち無駄にならなかったことにグラオザームは安堵しているようだった。
「…あいつがいるのか」
山脈を降りて行く道中で、俺たちは他の協力者と合流した。
その協力者を見て、俺は心底長いため息を吐く。
「よお、久しいなリーベ」
「よお、老いぼれ」
「おい、お前も老いぼれだろうが」
血塗られし軍神リヴァーレ。
熟練の魔族の戦士、人類の分類する呼称では将軍に位置する魔族だ。
本人も魔族最強の戦士と自称し、実際に人類の戦士では到達できない武の高みにいる。
長命な魔族の中でもかなりの高齢に入る部類で、必然的に俺も何度も顔を合わせたことがある。
だが、俺とは真逆のタイプすぎて苦手な相手だった。
純戦士系は俺の魔法とも相性が悪い。
俺がシュラハトの直属の配下だった時代に、こいつと共同任務をすることになったのだが…。
『互いの実力が分からねば連携も取れんだろう…取り敢えず戦おうか』
『えぇ、なにゆえ…』
拳一つで並みの魔族の体に風穴を開けるような化け物だ。
一ヶ月くらい、こいつに殴られたら死ぬ文字通り必死の鬼ごっこをする羽目になった。
「何だ、元気がないぞ…俺が喝を入れてやろうか?」
「やめろ、今の状態で叩かれたら胴体が千切れる」
「…なんで戦う前から満身創痍なんだ?」
俺はグラオザームとソリテールを盾にして会話していた。
二人とも、羽虫でも見るような目で俺を見つめていたが慣れているので気にしなかった。
俺はリヴァーレからできるだけ距離を空けながら山脈を降りていった。
麓のあたりで、ちょうど椅子くらいの高さの岩に腰を掛ける少女が俺たちに手を振っている。
「やっほー、リベちゃん」
「トートまでいるのか……俺いらなくないか?」
終極の聖女トート。
こいつも中々の大物だ。戦い自体は苦手だが、厄介な呪いを扱う。
魔族によくある協調性に欠ける性格で、俺と同じで魔族の存亡や魔王さまのことにも興味がない。
魔法の探求と明日のご飯にさえ困らなければいいとよく言っている。
だが、こいつには他に役割があったはずだが…。
「こんなところにいていいのか?」
「正直、断ろうと思ったんだけどね…リベちゃんいるなら参加しようかなって」
「何だ、飯目当てか…」
「ご名答。リベちゃんのご飯美味しいからね」
グラオザームの名采配に内心で舌を巻いた。
俺がいなければこいつは『興味がない』と一蹴して帰っていただろう。
「……あなた達、仲よかったかしら?」
俺とトートを見比べて、盾がわりにしているソリテールが口を開いた。
「新しい魔法の開発でな、最近はよく会ってるんだ…今までクヴァールと相談してたが封印されたからな」
「手伝う代わりにご飯作ってもらってるんだ」
「へぇ…」
なぜだかソリテールが憂いを帯びた表情を俺に向ける。
その視線には魔族らしからぬ哀れみが含まれているように感じた。
「知ってる?リーベ…あなたみたいに何かを対価に年下の女の子と会う男を…人間はパパ活おじさんって言うのよ」
「ははっ、今日から怠惰からパパ活の二つ名にするかリーベ」
「グラオザーム先生…二人が俺を虐めるんです…ちゃんと注意してください」
おい、何震えてるんだグラオザーム?
こっち振り向け、顔見せろ。
トートがお前の顔見て爆笑してるぞ。
しばらくパパ活おじさんとなじられながら俺たちは森の中を歩いた。
曇り空も相まって、森の中は昼間とは思えないほど薄暗い。
「でも何でリベちゃんヴィッセン山脈なんか住んでるの?ここいつも天気悪くてどんよりしてない?」
「案外、住み慣れればいいところだぞ…険しい山だから人も来ないしな」
「私が住んでるところに引っ越せば?ここよりは住みやすいよ」
「引っ越しが面倒だ」
「怠惰だねぇ」
トートの魂胆は丸わかりだ。
引っ越しした瞬間から飯目当てで新居に入り浸るのがわかったから断った。
何より、あの家には自作のヒンフリグッズが大量にあるから引っ越しが面倒なのもあながち間違いではない。
「ここに住む理由か…」
空を見上げながら、俺は過去を思い返した。
「実はな、この辺りは天脈竜の生息地なんだ」
「天脈竜…悠久の時を生きる巨大な竜ですね。その背は独自の生態系が発展した自然豊かな島になっているという」
「あー、確かに天気のいい日にたまに見るね」
皆つられて空を見上げる。
曇っていて分からないが、魔力探知が届かない遥か上空で今も漂っているのだろう。
「…でもなんで?」
「あいつの背中の上に住もうとしたことがあったんだ。人は絶対に近寄れないし、魔族だって飛行魔法ギリギリの高度…まさに安息の地だな」
「おー、なるほど」
「でも問題が一つあった…」
「問題?」
「俺、飛行魔法使えないんだよな」
俺の言葉にトートは目を丸くする。
他の面々は俺のことをよく知っているので驚きはなかった。
ただ俺への視線に哀れみというか、残念なものを見るような感情が含まれているように感じる。
「あ、だから私たち陸路で移動してるのか…えぇ、でもなんで飛べないの?」
「逆になんでお前ら簡単に飛んでるのか、俺はわからないんだよな…コツとかあるのか?」
「コツ……うーん、こう…ビュッ、バッって感じ?」
「感覚派…」
あのマハトやアウラですら飛行魔法の言語化は難しそうだった。
こいつらにとって飛行魔法は、意識せず歩けることと同じで当たり前のことなんだろう。
「でも俺みたいな隠遁型の魔族って、空飛ぶ必要ほぼないんだよな」
「そうね、私も戦うこと以外で空飛ぶことってあまりないわ。かえって目立つから」
「でも色んな魔法覚えられるなら、そのうち飛行魔法も覚えられるんじゃないですか?」
「無理だろうな。興味ないうえに、必要性が感じられないんだ…空きリソースや技術云々の問題じゃない」
「えぇ、なんか勿体ない…」
そんなこと言われたって無理なものは無理だ。
俺に飛行魔法を覚えさせたかったら、俺の興味をそそるプレゼンを持ってくるしかない。
「昔の俺はシュラハトに天脈竜の背まで飛ばしてくれるよう懇願したよ…無論、あいつは断ったが、俺は一歩も引かず……結果的にシュラハトが先に折れた」
「よく、シュラハトは了承しましたね…」
「あいつが折れるまで口をきかなかったからな」
『ムスー…』
『……分かった。でも絶対後悔するぞ』
たしか、数年ほど言葉を交わさなかっただろう。
俺の徹底的な無視に折れたシュラハトは見ものだったな。
「反抗期の子供かお前は」
俺の話に呆れたリヴァーレが、俺の頭を軽く小突く。
とっさに一点集中の防御魔法を展開したが、拳の風圧で全部砕け散った。
「ま、まあ、こうして俺の努力の末、天脈竜の背へとたどり着いたわけだ」
「どちらかといえばシュラハトのおかげじゃ……あれ、飛行魔法使えないんじゃ降りられないじゃん」
「いい質問だトート。たとえ魔王様が俺に命令を下しても「天脈竜の上から降りられない」という最強の殺し文句ができたんだ」
「もー、怠惰だねぇ……ん?待って…でも今は地上に住んでるよね」
ふむ、リヴァーレよりも痛いところを的確に突いてきた。
たしかに、当初の目的どおりに天脈竜の背までたどり着いた。
天脈竜は竜の中でも温厚な種のため暴れることはないし、島の中に外敵となりえる存在もいなかった。
まさに俺の望んだ楽園だった。
だが、当時の俺は最大の問題に気がついていなかったんだ。
飛行魔法を使えないからこその気づけなかった問題に。
「知っているかトート。空の上って…めちゃくちゃ寒いんだぞ」
「当たり前じゃん。そんなの飛べばみんな分かるよ」
そう、天脈竜は外敵にいない雲の上を飛んでいるが、その環境は地上の環境よりも過酷だった。
雪山よりも常に低い低温化低酸素の環境。
雲の中を通過する際は無数の水滴や氷の粒がぶつかり、竜巻や雷が襲いかかる。
空を飛んだことのない俺には想像すらできなかった恐ろしい場所だった。
「到着して一日目で後悔したが、俺にはどうすることもできなかった…シュラハトが迎えに来るまで生きた心地がしなかったな」
「シュラハトが不憫ね…」
『…だから言っただろう』
『ごめんて』
雲の水滴でずぶ濡れになっているところにシュラハトが新しい着替えと毛布を持って現れた。
あれほどシュラハトに感謝したことはなかったな。
今の俺だったら盛大にメロついただろう。
「結局、天脈竜の背では暮らせなかったが、その際に島から持ち帰った木材で今の山小屋を建てたんだ…手入れせずに500年くらいは長持ちしてるな」
「へぇ…その小屋広い?私も住んでいい?」
「飯目当てか?飯抜きならいいぞ」
「やっぱりいいや」
無駄話をしつつも魔族の足なので歩く速度は速い。
このペースなら数日で目的地にまでたどり着くだろう。
(……このペースじゃ時間稼ぎにもならないな)
フリーレンが未来から来たってことは、おそらくこの状況を何とか切り抜けたんだろう。
そして、勇者一行は魔王様も倒し、旅の結末を迎えた。
その未来予想はたぶん正しい……だが、こちらの戦力があまりにも揃いすぎている。
グラオザーム、リヴァーレ、ソリテールたち相手ならギリギリ切り抜ける可能性はあるだろう。
しかし、俺はともかくトートが加わった時点で勇者一行の勝ち筋が消えた。
(ヒンメルたちが全滅する…どうしよう)
未来について、それはシュラハトの専門分野だ。
歴史の収束によって勇者一行が助かるか、未来のフリーレンや俺たちの介入によって未来が書き換わるかは、あの全知を司る男にしか分からないだろう。
過去を思い返したおかげで、俺は久しく旧友に会いたい気持ちが湧いた。
ヴィッセン山脈を下山してから一日目の道中、私たちは野営をすることとなった。
大魔族である我々にとって睡眠はほとんど必要ない。
数日は不眠不休でも戦えるだろう。
しかし勇者一行を女神の視界という魔道具で監視していたリーベが…。
『早く着きすぎても暇だろう…どうせ勇者たちは女神の石碑の元に再び戻って来る』
実際、勇者一行の移動速度を鑑みても一晩くらいの遅れは問題は無かった。
私は必要がないと反対したが、多数決の結果リーベの意見にトートとソリテールが賛成したため野営することが決定した。
「では、俺は夕食の準備をするから各自で食料調達をすること」
「めんどくさいわ…」
「はーい」
「はは、まるでキャンプだな」
「……」
他の付き合いの多い面々はリーベのやり方に慣れているようで、直様食料調達を行い始める。
口では面倒くさがるソリテールでさえ、拒否することなく川で魚を捕まえていた。
私はこの光景に頭痛がしてきた…。
「リーベ料理長ー、グラオザーム先生がサボってまーす」
「グラオザーム先生といえど働かざる者食うべからず…晩御飯抜きですよ!」
「お母さんかな?」
私は仕方がなく食べられそうな山菜を拾い集めた。
私の隣ではトートがカゴいっぱいにキノコを集めていたが…どう見ても食べれる種類の色をしていない。
赤い傘に白い斑点のあるもの、黄色と黒の縞模様のあるもの、ドクロ模様があるもの…あからさまな警告色だ。
「分かってないなぁ。こういうのが珍味だったりするんだよ」
「珍味というか、ただの毒味では?」
自身満々の様子でリーベにキノコを見せに行くと、彼はもっとも毒々しい見た目の物を摘んでこう告げた。
「猛毒だな…一口齧った瞬間、1時間で脳みそが溶けて鼻から流れ落ちる…」
「こわいよぉ…」
本当に毒味させられるところだった。
リーベは手慣れた様子でキノコを選別し、結果としてカゴの底にわずかに残った数本のキノコが食料となった。
「こんなものかしらね」
「……」
ソリテールは人数分の川魚を捕まえ、鱗取りや内臓処理済ませた状態で持って来た。
私も、おかしなものは食べたくないのでそこそこの量の山菜を持っていく。
リーベは集まった材料を煮えた鉄鍋の中にちょうどいい大きさに切り分けて放り投げた。
「とりあえず鍋ができるまでパンとチーズがあるから焚き火で焼いて食べてろ」
人数分渡される布に包まれた大きなライ麦パンとヤギのチーズ。
ソリテールとトートは細く研いだ木の枝に薄く切ったパンやチーズの塊を突き刺し、遠火で焦げないように火を通していく。
ほどよく焼き目のついたパンの上に、とろとろのチーズを乗せて二人はかぶり付いた。
「チーズおいしー」
「パンもいいわね…自家製かしら」
「まあな。ちなみに酵母も自家製だ」
二人は当たり前のように食しているが、私は渡されたものを眺めつつどうするべきか困惑していた。
そもそもさほど空腹でもないし、食べなければ死ぬほどの危機的状況でもない。
そんな一人取り残された私にリーベが声をかけて来る。
「とりあえず食っておけ…”本体”がここにいるかは知らんが」
「……はぁ」
私は二人を真似てパンとチーズを焼き始めた。
ガザガサッ。
すると、向こうの茂みから斧を担いだリヴァーレが顔を出した。
「おいリーベ、どうやら俺が一番の大猟らしいな」
「どこ行ってたかと思えば……えぇ、何それ…」
「見て分かるだろ。イノシシだ」
引きずられたそれは確かにイノシシの特徴を持っていたが、一般的に呼ばれるイノシシとはかけ離れた大きさだった。
イノシシはイノシシでも
だがリヴァーレが持って来た獅子猪は通常個体よりも大きい…おそらくここら辺を縄張りとする主なのだろう。
「それどうすんだよ…丸焼き?」
「昔、作ってくれたやつあっただろ?あれを作ってくれ」
「あー、あれか……血抜きして、川にさらして、乾かして、香辛料とすりおろした果物に漬けて、じっくり火を入れたやつな……一晩でできるか馬鹿野郎」
「なんだ…できんのか?」
「…とりあえず捌いて川にさらしとけ。ソリテール…結界頼む」
「……」
「ごめんて…」
「…二割…いや三割ちょうだいね」
「いいなー」
おかしい。食に執着する魔族なんて少数のはずなのにひどく疎外感を感じた。
「おい、それだと焦げるぞ…ちょっと貸せ」
鍋の方があらかた終わったのか、リーベは私の隣に腰を下ろして代わりにパンを焼き始める。
「あなたは食べないのですか?」
「忙しいから後でな」
「一人で食前の祈りを捧げるために?」
動揺は見られない。
淡々とパンを焼き終えて、次にチーズを焼き始める。
「……俺、お前と一緒の時にやったことあったか?…いや、シュラハトか」
「彼は話してませんよ。私が精神魔法で…」
「知ってる。シュラハトはそういうことはしない…と、できた」
焼き目がつき、とろみを帯びたチーズを薄切りのパンに乗せ、それを私の口の中に無造作に放り込む。
ライ麦の風味と独特の酸味が、焼かれたことによって香ばしい香りに変わった。
上に乗ったとろとろのチーズの塩味ともよく合っている。
「シュラハトともよくこうして食べてたな…懐かしい」
リーベは焚き火の揺らめく炎を見ながら、どこか別の光景を見ているようだった。
「あなたなら聞いたことがあるんじゃないですか?シュラハトの知る未来について」
全知のシュラハト。
未来視を持つ魔法の使い手であり、その目は千年後の未来まで見通していた。
未来を何万何億と見て来た末に彼がたどり着いた千年後の魔族のための計画。
その計画の実情を知るものは魔王様とシュラハト本人だけだろう。
だが、リーベはもっともシュラハトに近かった男だ。
「言うわけないだろう…俺は割と口が軽いからな」
「ご冗談を…私ですらあなたの魔法を知らないのに」
「でも、”未来”について何か聞いたことはあったな」
「……」
思わぬ返答に、私は固まる。
正直、探りを入れても情報が得られるとは考えていなかった。
未来というのは我々にとって未知であるがゆえに訪れる。
だからこそ、シュラハトは計画について何も言わなかった。
この男が知っているということはそれもシュラハトの計画なのだろう…そうと言ってくれ。
そうでなければ、この男の些細な言葉一つで未来が大きく変わり得るのだから。
「たしか……あれはあの時に…」
「まっ」
「……ごめんやっぱり覚えてない…どうしたグラオザーム?」
前のめりで倒れた私に、リーベが声をかける。
「私をおちょくってるんですか…」
「いやぁ、何か聞いたような気はするんだよ…年のせいで忘れたかな?」
「はぁ…」
この男と話していると頭が痛い。
鍋を食べたら早く眠ろう。
「リーベ、イノシシの内臓も鍋に入れていいか?きっとうまいぞ」
「よーし、いいだろう。お前、この鍋に一歩でも近づいたら戦争だからな」
「おぉ、久しく拳を交えてなかったな…よし!ここで戦うか!」
「グラオザーム先生ー、リベちゃんとリヴァちゃんが喧嘩してまーす」
「ぐえー!」
「リーベ死にそうよ…」
ああ、シュラハトよ。
あなたはなぜ死んでしまったのですか。
マハト「ビュッ、バッって感じだな」
アウラ「ビュッ、バッって感じよね」
リーベ「感覚派…助けてクヴァール」
クヴァール「……」
リーベ「クヴァール?」