もう付き合っちゃえよ(真顔)   作:オールドファッション

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とりあえずこれで一区切り
次回から現在と未来が進みながら物語が進みます

いつも誤字報告みなさま…本当に感謝してます(土下座)


未来と過去からの福音書【後編】

 あれから半年が経った。

 やはり、俺の魔力はこれ以上増えることなく、体調ばかりが悪くなっている。

 いつもは家の中で引きこもっているのだが、今日は珍しく外に連れ出されていた。

 長年世話になってた隣の家の住人が病で死んだらしい…いわゆる墓参りだ。

 

「死んだ人間に祈る意味ってあるのか?」

 

 目をつむりながら女に訊ねた。

 俺は特に何も感じることなく形式に則って石の墓に手を合わせている。

 

「聖典にも書いてあっただろ?ここ数百年じゃ祈ったら天国に行けるのが宗教のトレンドだ…女神様もちょろいな」

 

 信仰を微塵も感じられない女の言葉に呆れる。

 最近知ったが、これでも聖都でも有名な学士らしい。

 道理で家に哲学書や図鑑が並んでると思った。

 

「でもお前は女神様に嫌われてるのかもな…せっかく聖都からありがたい原書の写本持ってきて読ませても効果なしだ」

「それって勝手に持ち出していいものなのか?」

「知らんのか?バレなきゃ犯罪じゃないだぞ?」

 

 おまけに盗人ときたもんだ。

 

 墓参りが終わると、女に手を引かれながら歩いた。

 俺と女の体はあまりにも大きさが違うのに、不思議と歩幅が揃っている。

 

「くしゅん」

 

 風が少しだけ寒い、もうすぐ秋だ。

 ああ、くしゃみをした瞬間に鼻水と一緒に鼻血が垂れてきた。

 

「ハンカチ持ってるだろ…鼻に詰めとけ」

「んっ」

 

 俺は布を押し込んでとりあえず止血した。

 

「ちょっと休憩しようか」

「どっちでもいい」

「じゃあ、休憩タイムだな」

 

 女は道端に腰を下ろし、俺は力づくで女の膝の上に座らされた。

 後ろから女が抱きしめてくる…温かくて香水の香りがする。

 いつもは鬱陶しいが、冷えた体にはちょうど良かった。

 

「我が子を抱きしめる…お母さんになって体験したかった事6位だな」

「6位は我が子の反抗期じゃなかったか?」

「馬鹿だなリーベ、ランキング順位とは常に変動するものさ」

「多分いつまで経っても全部埋まらないぞ、それ」

 

 俺の言葉に女は豪快に笑う。

 村の酒場の酔った男連中みたいだ…絶対学士じゃなくて山賊の方が向いてるな。

 

 呆れていると、上から女が俺の顔を覗き込んでくる。

 

「何で私がお母さんランキングをやってるか知りたいって?教えてやろうか?」

「聞いてないし興味ない」

「そうだな…これは戦乱の世の話…」

「興味な…おい、本当にそれお母さんランキングの話か?」

 

 お母さんとは全く関係ない、戦記小説の開幕のような語りから女は話し出した。

 

 女がまだ子供だった頃、世の中は今以上に人間と魔族との戦争が激化していた。

 女は死にたくなかったのでエルフに弟子入りして魔法使いになろうとしたが…。

 

『全く見込みがないな…こっちくんな』

 

 と、門前払いされたらしい。

 まあ、俺から見ても、女の魔力量は普通の人間より少し多い程度だった。

 この歳でこれなら本当に才能がなかったのだろう。

 でも何であんな魔力お化けが生まれたか不思議だ。

 

『たのもー!』

『何じゃいワレェ!』

 

 次に女は魔法使いになるためにドワーフに弟子入りした。

 ……俺も何を言ってるのか分からなかった。

 

「知らんのかリーベ。健全な肉体には、健全な魂が宿るんだ…魂っていうのは割と魔力量に関係するんだぞ」

 

 確かに現代の基礎魔法学の本にそのような記述があったが、多分健康的な肉体という意味だろう。

 この女はどう解釈を拗らせたのか、ドワーフの元で筋肉を増強する訓練をしてきたのだ。

 

「そして私は魔法を身につけたのさ…拳で大岩を粉砕する肉体言語という魔法をな」

「多分、物理現象じゃないかそれ?」

 

 こうして女はそこそこの戦士になった。

 だが、こんな化け物みたいな女でも勝てない相手が魔族にはたくさんいたらしい。

 

『くっ、新しい力欲しい…そうだ!たのもー!』

『オー!マイゴッド!』

 

 女は死にたくなかったので今度は聖都へ向かった。

 いわゆる女神さまの加護というものに縋ったらしい。

 残念ながら女神の魔法を扱う才能はなかったが、頭の方はめっぽう強かったので結果的に学士になったそうだ。

 お金も稼げてめでたしめでたし…おしまい。

 

「……お母さんランキング関係あったかこの話?」

「馬鹿だなリーベ、大有りだぞ…このあと聖都でアタシがデキ婚して、あのじゃじゃ馬が生まれたのさ」

「くだらない…」

 

 この女が僧侶になれたとしても、絶対やばい破戒僧になっていただろう。

 おい頭さわるな、汚れが移る。

 

 手を跳ね除けようと上を見上げると、女は何というか遠くでも眺めているような目をしていた。

 今まで見たことのない表情だ。

 

「まあ、こんな世の中だ。アタシもじゃじゃ馬もいつ死んじまうか分からない…だから親として、やりたいことをたくさん書き留めたのかなぁ」

「そうか、死が近い人間ってのはそういう行動をするのか」

「そうなのかもなぁ…お前にはないのか?」

「ないな…ん?何だよ…これ?」

 

 俺の頭の上に、分厚い羊皮紙の束が置かれた。

 見た限りでは魔法理論と魔法構築式が複数の筆跡で書き殴ってあったが…。

 

「言うなれば大陸中の匿名希望さんたちが死ぬ前に叶えたい事ランキング1位かな」

「何言って……なるほど、俺を”延命”させるための新しい魔法か」

 

 全部に目を通して見れば、自ずとその共通項は見えてくる。

 どれも体の健康や体内の魔力に関する論文だった。

 まあ、どれも人間の体に限った物なので俺に当てはめられるかは半々だ。

 

「お前は自覚がないかもしれんがな、お前と私は人間と魔族が共存できた初めての事例だ。何だかんだ、みんな魔族との戦争に疲れてるのかもな…そりゃ、こんな夢物語にも縋るさ」

「俺は特殊な例だし、多分当てにはならんぞ」

「それでも成功例だ…どうだ、役に立ちそうなのはあったか?」

「そうだな…これが一番だな」

 

 俺は見慣れた筆跡の紙束を拾い上げて女に渡した。

 それを見て、女が気まずそうに頬をかいた。

 

「これかぁ…でも優秀な魔法使いでも発動させるのに何年も掛かるって言ってたぞ」

「確かにアラは多いが、ここにある論文たちと現代魔法学の知識……あとは俺の脳を使って手っ取り早く使えそうなのはこれくらいだった」

「ふーん、ちなみに発動させるまでどれくらい?」

「”10秒”」

「ひゅー、我が子のカッコいいシーンだ…これは10位かな?」

「でも最大の問題がある…俺のゴミみたいな魔力量じゃどうやっても使えない…また鼻血が出てきた」

 

 俺は目の前の紙くずとなった羊皮紙に顔を埋めて鼻を噛んだ。

 そして丸めて捨てた。

 

「ひどいな、それ集めるのに2年掛かったんだぞ。頑張ってゴマをすったのに…」

「無駄だったな」

「相変わらず息子が冷たいぜ…ちなみにその魔力ってどれくらい必要なんだ」

「……俺の脳にいくらか負荷を掛けたとしても、まあ最低でも成人した普通の人間の魔力量は必要だな」

「ほう、良いことを聞いたぞ。”朗報”だリーベ…多分お前は助かるかもしれん」

「は?」

 

 俺は上を見上げた。

 女が自慢げに鼻をこすっている。

 

「実は母さんな…初めて”魔法”を覚えたのさ」

 

 何を言っているかは理解できなかったが、それは絶対の自信があるときだけに見せる表情だった。

 

「……本当、みたいだな。魔法落第生がどうやったんだ?」

「実はすげえエルフの魔法使いがいてな。じゃじゃ馬と交換でこのアタシが唯一使える魔法をゲットしたのさ」

「人身売買だぞそれ…絶対邪悪なエルフだ…」

 

 本当に腹を痛めた我が子を売り払って、俺なんか生かそうとする意味が相変わらず分からない。

 まあ、死ぬまで分からないんだろうな。

 

「もうすぐ誕生日だな。誕生日プレゼントを楽しみしてろよ」

「抱きしめるな…苦しい…ぐえー…」

 

 さすがに俺でも生まれたばかりの日時は覚えてなかったが、この女が俺を拾ってきた日を勝手に俺の誕生日に決定したらしい。

 自称姉方は、今も隠れて花かんむりの残骸を生成している。

 かんむりが完成するか、あの白い花畑が全部毟り取れるかが見ものだな。

 

「……面倒だな。家族っていうのは…」

 

 相変わらず面倒な毎日だが、俺の誕生日がどんなことになるかは…少し気になった。

 

 

 

 

 

 

 恐ろしいほど広大で、まるで海のような多様な情報の空間。

 そして足元に広がる深海のごとき暗き底の見えない闇。

 私はその闇へと潜って行った。

 

 途中に、闇の中から稲光のような光と名状し難き無数の触手のようなものが私を目掛けて襲いかかる。

 私は何とか去なすが、当然それは私を捕らえようと追いかけた。

 

 私の周囲に閃光と稲光が舞った。

 

 迅雷と紫電がぶつかり合い、触腕が光る剣に切り裂かれる。

 その間の一瞬の時間、リーベの精神の防衛攻撃がわずかに隙を見せた。

 

『うぇ…気持ちわるいよぉ』

 

 脳裏に響くトートの声。

 恐らく、先ほどの紫電と光る剣はトートとソリテールの支援だろう。

 私は迷うことなく一気に底へと潜った…そして、膨大の記憶の波が押し寄せた。

 

『グラオザーム先生ともあろう者が情けない…俺はヒンメルがあのフリーレンの為に四苦八苦したり、たまに男を見せて大胆なアプローチをするのが好きなのさ』

『はわわ…顔近い…うわぁ、顔よぉ…まつ毛長い…無理ぃ、ゾルトるわぁ』

『クソボケエルフがあああ!ぐわー!!』

『二人の関係性がメロすぎてしんどい』

 

 クソみたいな情報なので放り捨てた。

 

 だが、次にまた膨大な量の情報が波として押し寄せる。

 古いが、それでも鮮明な情報だった。

 

『シュラハト…空ってめっちゃ寒いのな。あっ、毛布あったかい…』

『リヴァーレはハンバーグだけは作るのうまいな…でも量多いな、おい半分食ってくれ』

『ははっ、愛い奴め。次の仕事も頑張れ…ん、”覗き魔”がいるな…すけべめ』

『知らないの?封魔鉱はね、魔力をめっちゃ込めると……めっちゃ光るんだよ』

『おい魔王様、なんかすごい結界があるぞ。誰が作ったんだ…なんだよその顔』

 

 これもたぶん、クソの部類に入る情報なので放り捨てた。

 

 また次の波が押し寄せたが、古いのかどうか分からなかった。

 …”私の知る時代”にはなかったものだから。

 

『デンケンてめぇ!先輩を泣かせるとは何事だ!殴り合いじゃー!ぐえー!』

『まじか、俺も年上のお姉さんが好きらしいぞ』

『ゼンゼの髪の手入れをするのは割と楽しいな。…そういえば、お前はちょっと枝毛が多いな…おい逃げるなババア』

『いやー、今年の一級魔法使い試験は豊作だな。質のいいカップリングが…げ、知り合いに似てる顔のやつがいる』

『んー?……あぁ、大丈夫だよ”フェルン”と”シュタルク”。ん、何だよ”クソボケエルフ”…』

 

 今までの情報とは全くの異なる精神プロテクトが掛かった未知の情報の断片。

 気にはなったが、これを解析するには何十年も掛かりそうだ。

 私は迷わずにそれを放り投げて、さらに深い部分へと潜る。

 

(ようやく、陸地が見えましたね)

 

 今までの膨大な情報ではなく、リーベの心の核心に焼き付いて離れない深層心理。

 言うなれば、断層ごとに分かれた複数の陸地。

 そして私は、最初の記憶断層の大地に足を下ろした。

 

 

 

 

 

 これはきっと、魔王様とリーベの邂逅の記憶だ。

 今よりも背の低いリーベと魔王さまが古びた木造の小屋の前で対峙している。

 

『珍しい魔族と聞いてみれば……なんだ突然変異(バグ)か』

『何だ、おまえ?』

 

 小さい丸みを帯びた石の前で手を合わせるリーベ。

 背後から彼を一瞥して、魔王様は興味を失ったようにため息を吐く。

 

『なるほど、検索と処理速度に特化したまるで魔道具か杖だなお前は…持ってる情報を使って導ける問題は得意だが、無から有は決して生み出せない典型的な二流魔法使い。面白い魔法が掛かってはいるが……まあいい、剥製と杖になるの…どっちがお好みかな?』

『…とりあえず、戦ってから決めるか』

 

 振り向くリーベの顔を見て、魔王様は珍しく笑みを浮かべた。

 私には見慣れた、昔の生気の抜けたリーベの顔だ。

 

『何だ、魔族のくせに”悪意”があるのかお前。よし、部下になれ…お前は人類と魔族の共存の礎になるだろうよ』

『すまん、興味ない』

『ははっ、愛い奴だ。タコ対サメの世紀の対決だな…”おい”』

 

 二人の戦いが始まる前に、私は下に降りた。

 リーベの魔法には興味があったが、これ以上の覗き見は魔王様への背信行為へと当たる可能性があったからだ。

 なにより、これ以上は無粋だと…こちらを"見抜く”魔王様の視線には逆らえなかった。

 

 

 

 

 

 

(これは…)

 

 降りた先では満点の星空が広がっていた。

 広い草原の上で、リーベと…あのシュラハトが腰を下ろして語り合っている。

 近づいた瞬間、シュラハトだけがこちらに視線を向けた。

 

『珍しいなリーベ…お前、記憶を見られているぞ』

『え、まじで?あー、グラオザームか…精神防御新しく組み立てるか…いや、組み立てた上で覗かれてるのか?それはちょっとあいつ覗き魔根性すごいな』

「誰のために覗いてると思ってるんですか!」

 

 思わぬ言葉の返しに私は相手に聞こえもしない声を張り上げた。

 額を押さえている私を見て、シュラハトは哀れみを含んだ視線を投げかけている。

 彼は数回、片足で地面を叩く。

 

『お目当の意識はこの下だ…だが覚悟しておけ。忠告はこれで二度目だぞ』

「…今更、帰れるはずないでしょう」

『それもそうだな…これが本当に俺とお前の最後の別れだ。まあ、がんばれ…』

 

 私はあえて、どっちの意味かは問わなかった。

 後悔しないように即座に下へと降りていく。

 

 

 

 

 

 

 煙と悲鳴、血と死肉が焼ける匂い。

 魔族なら誰もが見慣れた、人間の村が滅びる光景だ。

 

「見慣れない時代のものですね…」

 

 建築様式や人間の村人の服装、木々の植生などは私の知識にはない時代の風景だった。

 そんな古い時代の中で、一つだけ私の見慣れたものが村の中央で佇んでいる。

 その周囲には、魔物が消滅する際の魔力のカケラが舞っていた。

 

 黒くツヤのある髪、その長髪を三つ編みに編んだ髪型。

 背丈は4、5歳の人間の子供ほどしかないが、間違いなく彼だった。

 だが私は、魔族というにはあまりにも脆弱なその生き物を見て、それがリーベだとは認めたくはなかった。

 筋肉のない細い四肢と、”人間ほどの魔力量”……魔族として生理的な反応、侮蔑と嫌悪の感情が湧き上がる。

 

『埋めなきゃ…死んだら埋めなきゃな……何の為に?……いいや、考えるだけ面倒臭い。どうせこれも習慣だ…埋めなきゃな…どこか遠くへ』

 

 腕に抱えた人間の体を眺めなら、彼は何かを呟き続けている。

 これは過去の記憶と意識の映像ではあるが、その魔族の中には確かにリーベの意識が混在していた。

 私は現在の彼の意識を呼び覚ますために声をかける。

 

「リーベ…」

『?』

 

 振り返った彼の顔は、返り血で真っ赤に染まっていた。

 こちらを無感動な眼差しで見つめていたが、次第に目に光のようなものが宿り始めていく。

 そして…心底嫌そうに顔を歪ませた。

 

『げっ…ぶっおぇ…顔中血の味がする…クソまず』

「気がつきましたか?」

『え、なんでグラオザームが……あー、なるほど迎えに来てくれたのか。すごいな、想定だと起きるのに1週間掛かるはずだったのに』

「…500年掛かるのでは?」

『ん?誰がそんなこと…あー、トート辺りか?ちょっと脳を移動させて意識が戻りやすいようにしてたんだが…まあ何もしなければ500年っても間違いではないのか?しかし…やっぱり俺って同族から見ても特殊な構造してるんだな』

「……」

『ごめんて』

 

 私は彼に背を向けて深くため息を吐いた。

 これまでの努力は何だったのだろう。

 精神体のはずなのに頭痛を感じる。

 

『すまんグラオザーム…今回は完全に俺の失策だ』

「…いえ、私も石碑に触れるのを止めなかったですし、トートがせがんだことにも責任が」

『あー、いや…余計状況ややこしくしたの俺のせいなんだ。本来ならすぐに起きれたんだが…』

「…どういう…ことです?」

 

 私は彼の言葉に振り返った。

 姿勢を下ろし、彼の眼前に顔を合わせる。

 まるで大人が子供を諭すように。

 

『ほら、前に全員に呪いかけただろ。あれのペナルティ覚えてるか?』

「嫌いな食べ物の夢を一晩見るでしたよね…ですが効果範囲は半日だと聞きましたが」

『俺もそう思って徹夜したんだけど、ペナルティだけは絶対受けるんだろうな……多分100年徹夜して、その後寝たとしても一晩だけ悪夢を見るんじゃないか?』

「それは面倒ですが…それと今の状況に何か関係が?」

『だからほら、嫌いな食べ物の夢』

 

 彼は腕に抱えた人間の女と自分の顔を指差す。

 私は彼の言葉を思い出した。

 

 

 ”強いて言えば…人間か?魔力は高いが大してうまいと思えないし…次点でたまねぎ?”

 

 

 興味もないし、くだらな過ぎて聞き流していたが…確かにそう言っていた。

 

『これが最初で最後、俺が人間の味を経験した思い出…まあ、やっぱり俺も魔族なんだな。人間が食い物にカウントされるとは…』

「……」

『…本当にごめんて。呪いってまじで危険だな…見たくもない思い出だからめっちゃ底の方にあったのに』

 

 私は怒りを通り越して無我の境地にたどり着きそうだった。

 きっとこれが人間の僧侶で言うところの悟りなのだろう。

 今なら女神の魔法を私も使える気がしたが、任務のために魔族に戻った。

 

「帰る前に聞きますが、あなたは女神の魔法で気絶した…これは合っていますか?」

『あぁ、概ねそうだ…呪いもそうだが女神様とやらの魔法は怖いな。一生関わり合いになりたくない』

「私もそうしたいところですが、ただでは帰れませんよ」

『俺が今までに解読した女神の魔法だろ?いいよ、本来の任務分の情報はくれてやる…ついてこい』

 

 彼は人間を抱えたまま歩き出した。

 短い足で必死に歩きながら近くの森の方へと歩いていく。

 だが、私はそこから一歩も動かなかった。

 

 彼が森の前で立ち止まって、振り返らずに声を上げた。

 

『おーい、どうした。今魔力で腕を固定してるから腕がめっちゃ痛いんだ。だから早くきてくれよ』

「……」

『何だよ。迷惑行為への嫌がらせか?謝るから早く来いって…おっも』

「私は…そっちへは行きたくありません」

 

 私の言葉に、彼は振り向かなかった。

 だが、いつものように冗談交じりの平坦な口調でこちらに話しかける。

 

『…え、何?暗いところが怖いのか?仕方がないな、手を繋いで…すまん塞がってるわ』

「私は、ここへ来るまでも、ここへ来た瞬間からもあなたの精神内から情報を盗み出そうとしていました」

『うん、知ってる…だからわざわざ俺から情報提供するって…』

「そこは今までとは嘘みたいに精神防御がない。まるで獣をおびき寄せるための罠みたいに」

『……違うよ、お前を招き入れるために外してるんだよ…』

 

 私と彼は、その場から一歩たりとも動かなかったが、森の闇の中から何かコチラを凝視している。

 沈黙が痛いという表現があるが、私は今、体の節々が軋むほどの痛みをこの沈黙に感じていた。

 

 私は目の前の”それ”に尋ねた。

 

「あなたは…誰ですか?」

『誰って…リーベだよ。ああ、過去の意識と現在の意識が混在してるからわからないのか?』

「あなたは言葉ではあたかも感情豊かな表現をされるが…そんな満面の笑みを浮かべる方ではなかったはずです」

 

『……うるさいなぁ、  チ ニ  ォ 』

 

 原始の魔族は、人の言葉を真似て人をおびき寄せたという。

 目の前のそれはまさしく原始の魔族らしい姿だった。

 

『…はぁ、仕方ないなぁ』

 

 彼は私が動かないと見るや、わざとらしくため息を吐いた。

 そして振り返る……血にまみれた満面の微笑みで。

 

『なるほど、表情筋か…いや、精神の姿の問題か?まあ、この時代の俺ってどっちもそんなに笑わないしな』

 

 彼の背後で、暗闇の中から名状しがたき触手が蠢きのたうつ。

 最初の精神の防衛攻撃なんかと比べ用のないおぞましい怪物の本体がそこに潜んでいた。

 

『すまんグラオザーム、お前に女神の魔法を教えるのはいいが、女神の魔法を記憶する領域に近づかれると多く覗き見されそうなんだよな…それはちょっと互いのバランスが悪いな…多分シュラハトや魔王様の本意じゃない』

 

 彼の一言一言が貴重な情報に聞こえたが、それを忘却させるほどの精神への重圧。

 本体の脳にもダメージが入りそうなほど、精神が震える。

 

『安心しろ。多分、お前が本来入手したかった未来の情報が、お前の本体の精神の方に届くようにするよ。ただ、俺も経験したがちょっとキツイと思うぞ…例の『ババン、ボンッ!』だ。まあ、今のお前の姿は遠隔からのダミーらしいし、数日で起きれるだろう。たったこの一回のために俺が丹精込めた精神の防衛プログラムだ…良く味わえ』

 

 それはコチラを睥睨して口に弧を描く。

 背後の闇が歪み…ああ、闇じゃない…それは横長の瞳孔だ。

 森の中から這い出た瞳が、満月のごとき黄金の中に悪魔の瞳孔を愉悦に歪めた。

 

『すまんなグラオザーム先生。そろそろくそ楽しくもない姉弟の喧嘩が始まるんだ…俺も二度は見たくないし、手早く済まそう』

 

 ああ、本当に近づかなければよかった。

 だがそれでも、この男の精神が人ではないことに…僅かだが安堵を覚えた気がする。

 

 

 

 

 

 

「よお、徹夜明けの表情って感じだな…」

「実際そうだしね…」

 

 俺が意識を呼び覚ますと、寝不足気味の顔して見下ろすソリテールと目が合う。

 ちょっと浮腫んでたような気もしたが、気にはしなかった。

 

 体を動かそうとするが思うように動かない。

 脳がまだ混乱してるせいか、精神の問題かな。

 筋力が子供の頃に戻ったような気分だ。

 

「げっ…鼻や喉の中で血が固まったような感じがする…めっちゃ不快だ」

「血を吐いてたからな…ほれ、ハンカチだ」

 

 リヴァーレが丁度ハンカチを持っていたようなので俺はひったくって鼻をかんだ。

 だが、よく見たら俺の予備のハンカチだった……血まみれだ、捨てよ。

 

 向かいに座るトートがいつものように作り笑いをしてる。

 俺はもう一人を探したが視界にはいなかった。

 

「グラオザーム大丈夫だったか?」

「うーん、リベちゃんが目覚める数秒前に消えちゃったから…分からない」

「そっか…おいトート」

「何?」

「呪いって怖いな…二度と使わないわ」

「えー、才能あるよきっと」

 

 とりあえず感覚派の相手と作った魔法は金輪際使わないことを誓った。

 星空の位置を見て、倒れてからの大凡の時間を計ったが…。

 

(えー、なにあいつ。1時間で俺の精神の最深部に潜ったのか…本当に奇跡を見せてくれるな七崩賢)

 

 正確な違いは分からないがサメとタコの脳なんて全く別物だろうに、それでも干渉できるデタラメな魔法に賞賛を送る。

 まあ、だからってタコの脳に干渉する魔法が何に立つか分からないが。

 

 ぼーとしてる俺の頭をソリテールが触れた。

 昔の誰かを彷彿とさせる触り方だ。

 

「ねぇ、リーベ。私って昔の友達みーんな死んじゃった」

「…あぁ、”知ってる”」

「あなたは私の友達じゃなくて…拾った犬って感じだから死ぬ前は私に一言言ってね…勝手にどこかへ行く猫は嫌いよ」

「……善処する」

 

 折れたツノを撫でられて俺は久しく幻肢痛というものを感じた。

 まあ、犬なので飼い主に従順に従って吠えはしなかった。

 …何だよお前ら、二人とも噛みつくぞ…ばう。

 

 俺が野犬のごとき表情で睨むとトートとリヴァーレは少し離れた。

 俺は二人が離れた瞬間に秘密の計画をソリテールに持ちかける。

 

「なあ、ソリテール。その契約を守るために…ちょっと手伝ってくれないか」

「何、いつもの?」

「どう…なんだろうな。多分、俺のことなんだから俺の主義は変えてないと願いたいが…まあ今の俺じゃ土台無理だな。魔王様風に言わせれば、新しいことが生み出せる一流の魔法使いが必要らしい」

「どういうこと?」

 

 どういうことか…正直それは俺が一番聞きたいことが、現在の俺が自問自答したところで意味はない。

 

 まあ、しかし…魔法もそうだが時間や世界の摂理というものよく分からないものだ。

 意識の時間移動で時空干渉が起こるなら、未来から移動中の意識が過去の意識を観測する分には時空干渉は発生しないらしい。

 おかげで俺の現在の精神防御が、ある種の未来や過去を観測する魔眼のような現象にも反応することが分かったわけだ。

 ……じゃあシュラハトはその精神防御を掻い潜って現在の俺を観測してたのか…すごいな旧友ちょっとメロ付くぞお前。

 

「女神の石碑の魔力は…あー、やっぱり残ってるのか。じゃあ、女神の魔法じゃないな……これはさしずめ女神様に中指立てる新しい魔法だ。でも帰還の座標点が二つあったからエラーが発生したのかな…うん、やっぱりあのぴえんは言わなきゃよかったかもしれん」

「ちょっと、独り言じゃなくてわかりやすく説明して…」

 

 俺は豪快に首を上に向かされ、ソリテールと顔を合わせた。

 

 

「どうやら未来の俺は、新しい魔法を作って別の時間の過去に飛んだらしい。たぶん魔族初の時間旅行だな」

 

 

 未来で俺が何やってるか…実に興味が尽きない。

 ……いや、やっぱり興味ないな、多分これからすごい面倒臭いことの連続だ。




リーベ「おーい、グラオザーム先生ー。例の約束の続き……はぁ、無理か。見舞いの品置いとくから…食うなり捨てるなりしてくれ」

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